リア=リローランと黒の鷹

橙乃紅瑚

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第二章

17.ばら屋敷 ★

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 魔力の渦を抜けた後、リアは広い室内に出た。
 豪華なシャンデリアに見事な階段、吹き抜け、飾られた大きな絵画は、城の広間を思わせた。

 室内だというのに、大きな噴水がある。白い壁には優美な薔薇の模様が施され、同じく白い柱には、美しい赤と桃色のつる薔薇が巻いている。自分が踏んでいる赤いカーペットはふかふかとしていて、リアは思わず、なるべく体重をかけないように歩いた。

(ここは……?)

 リアは辺りを見渡した。辺りは静まり返っており、誰もいないように見える。ゼルドリックは、アンジェロは、そして自分の家具は一体何処に行ったのだろう?

「……ブラッドスター様……パルナパ様……?」

 呼びかけてもどこからも返事が無い。リアは不安になってきた。

「ここ……どこなんだろう……」

「私の屋敷だ」

 リアの横に黒いもやが唐突に立ち上り、そこからゼルドリックが姿を現した。リアは驚き、頓狂な声を出した。

「きゃっ……! なっ……な、や、しきっ……?」

「落ちつけ。全く、仕方のない奴だ。こんな転移魔法ひとつでそれほど驚いていたら、エルフの多い王都では暮らしていけんぞ」

 また尻餅をつきそうになったリアを、ゼルドリックは柔らかく抱き留めた。リアは礼を言い、ゼルドリックに支えられながら改めて広間を見渡した。視察に訪れた際、ゼルドリックはリアに屋敷の世話係はどうかと言ってきたが、まさかこれほどまでに広い家に住んでいるとはリアも思わなかった。

「とても、綺麗で広い家に住んでいらっしゃるのですね……まるで、お城みたいな」

 リアは日々読んでいる恋愛小説に登場する城を思い浮かべた。実際の城を見たことがないから分からないが、シャンデリアも吹き抜けも大きな階段もある。リアの中の城のイメージは、ゼルドリックの屋敷の広間に上書かれた。

「ほう? お城とは。随分と可愛らしい感想を言ってくれるじゃないか」

 ゼルドリックはくつくつと笑った。

「王城とは比ぶべくもないが、この屋敷もそれなりに金をかけて建てたものだからな。君の目を輝かせることが出来て何よりだ。田舎村に住んだままであれば、このような美しいエルフ様式の家に入ることは叶わなかったのだぞ。光栄に思えよ」

 ゼルドリックはリアの瞳を覗き込んで言った。顔が近い。その距離の近さに思わず彼の胸を押したが、リアが腕に力を入れようとすると、どういう訳かまた力が抜けてしまうのだった。

「あの……パルナパ様は?」

「あやつならもう帰った。君が気にする必要はない」

 ゼルドリックはぴしゃりと言い、それよりもと続けた。

「リローラン。私は君を、目の届く範囲に置くことができて非常に喜ばしいと思っているのだよ。私の熱心な視察報告により、非常に残念ではあるが、はずれの村は汚職に関わっている可能性がごく低いと判断され、視察の回数を数ヶ月に一度とする命が下されたばかりなのだ」

「そ、そうなのですか」

「私が毎週熱心に道徳を説き続け、やっと村の住民共も君の身を案じるようになったばかりだというのに。視察が数ヶ月に一度では、また混ざり血の君がこき使われて終わってしまうと危惧していたのでな」

 ゼルドリックの腕に力が込められ、リアの顔が彼の胸に埋まった。黒い胸から、とくとくとゼルドリックの鼓動が聞こえる。

(えっ!? 抱きしめられてる……)

「だが、王女の命で君を王都に連れてくることが出来て、中央政府に勤める者として心から安心したのだ。君をやたらに働かせようとする頭の悪い人間共は、ここにはいない。君はこれから、このゼルドリック=ブラッドスターの屋敷で暮らしていくのだからな。私は混ざり血に対して実に優しいエルフであるゆえ、今までこき使われ、擦れ切った君に贅沢をさせてやろう。感謝したまえよ」

 リアはゼルドリックの胸の中でぴたりと動きを止めた。

(ん? 屋敷で、暮らしていく……?)

「わ、私はここで暮らすのですか?」

「そうだ。何か不満か? 光栄だろう」

 ゼルドリックはリアの顔を見た。

「あ、の……ブラッドスター様に、ご迷惑をお掛けするのではないかと……」

 リアは恐る恐る切り出した。ゼルドリックは中央政府の役人としてハーフドワーフである自分に目をかけてくれるが、基本的には自分という存在が嫌いなはずだ。だから髪を毒草に例えたり、体型を馬鹿にしたりするのだ。リアはそう思った。

(週に一度でも傷付いていたのに……毎日顔を合わせるなんて、絶対に持たないわ)

 親切心からゼルドリックはリアに屋敷に住むように言っているのだろうが、リアは上手くこの場を切り抜けて、自分だけの住居を探すつもりでいた。

「ふん、私の屋敷は充分に広いのでな。君のような混ざり血の女が一人住んでも特別何とも思わん」

「ご厚意は嬉しいのですが、ブラッドスター様だけではなく、一緒に暮らしている方にご迷惑をおかけしますし」

「ここには私一人で住んでいる、他に住んでいる者は居ない」

(えっ……それじゃ二人暮らしじゃない! だめよ、やっぱり何としても断ろう)

 リアは顔を赤らめた。初心なリアにとって、いくら広い屋敷だといえども未婚の男女が一つ屋根の下で暮らしていくのには抵抗があった。

「私、自分で住む家を探してみようかと考えているのですが」

「何だと? 私の厚意を無駄にするのか?」

 リアの肩に添えられたゼルドリックの手に力が込められた。ゼルドリックの低い声にリアは肩を震わせた。

「そういう訳ではないのです、ただ私は一人暮らしの方が落ち着くので……」

「はっ……笑わせるな。君に王都での一人暮らしは早い。広い王都には一人暮らしの女を狙う姑息な輩が潜んでいるのでな。田舎から来たばかりの混ざり血の女など、恰好の餌食だ」

 そして、ゼルドリックはねっとりとした声音でリアに囁いた。

「君のパルシファーの綿毛の如き赤毛はよく目立つ。そのやたらと肉付きが良い身体も、好きな奴は好きだろう。君はいつしか悪い男に目を付けられて、劣情を催されて、例えばこんな風に抱き込まれて……抵抗もできず、そのまま襲われてしまうかもしれないな」

 ゼルドリックの大きな手がリアの腰に回り、そのまま緩慢な動作で背中までなぞられた。片手はリアの手首を掴み、息がかかりそうなほどにゼルドリックの顔が近づく。

 ぞくり、とリアの背筋が冷えた。

 背中をなぞった手に何かいやらしさの様なものを感じ、ゼルドリックの瞳に何か昏いものを見た気がした。リアが思わず赤い瞳を潤ませると、ゼルドリックの身体がぱっと離れた。

「リローラン、そんな顔をするな。少し脅かしただけだ。だが一人暮らしの女を狙う奴はどこにでもいる。私は中央政府の者として、王女召抱えの宝石職人となった君を庇護する義務があるのだ。ゆえに、この屋敷で暮らせ。これは命令だ」

 ゼルドリックは口の端をくいっと曲げ、リアに付いてくるように命じた。

「これから、君が暮らしていくことになるこの屋敷を案内する。……なんだ、まだ腰が抜けているのか?」

「あ……」

(何だろう……ブラッドスター様のあの目が、少し、……怖かった)

 リアは言葉を紡ぐことができなかった。頭の奥底で、警鐘の様なものが鳴っていた。呆けたままのリアを見て、ゼルドリックはリアの腰に手を添えた。

「仕方のないやつめ。……さあ、お手をどうぞ? 赤い髪の姫君」

 揶揄うようなわざとらしい言い方で、ゼルドリックはリアの手を取り歩き出した。


 ――――――――――


 夜の帳が降りる前の、橙と紺に彩られた空。それは、はずれの村でよく見上げていた空だというのに、王都でこの空を見ているのだと思うと、リアは不思議な感じがした。

 ゼルドリックはまず、自分の家の庭をリアに紹介した。橙や桃、赤や白などの色とりどりの薔薇がぎっしりと植わっている。自由に散歩して良いという言葉を貰ったので、花が好きなリアは暇を見つけて散策させてもらおうと考えていた。

(ブラッドスター様は、薔薇が好きなのかな?)

 リアがそんなことを思いながら薔薇を見て微笑んでいると、ゼルドリックは薔薇の植わっていない一点を指差した。

「私の美しき屋敷に、畑という庶民的なものはないのでな。悪いが君の野菜は、空いているところに適当に植えさせてもらったぞ」

 見れば、リアの育てていた野菜が丁寧に植えられている。適当に植えたというが、土はわざわざ耕された様だった。大量の植木鉢も、整理整頓された状態で並べられている。

「私の野菜とお花……ブラッドスター様、ありがとうございます! とても、良い土に植えて下さったのですね」

 リアは満面の笑みでゼルドリックに礼を言った。今までに自分が苦労して育ててきた植物を、場所を変えても育てることが出来るのはとても嬉しいことだった。打ち解けた人間のいない王都で暮らしていく上で、それは慰みになるような気がした。

「綺麗なお庭の中に場所を作っていただけて、すごく嬉しいです。薔薇を眺めながら畑仕事をするのは、なんだか素敵ですね」

 リアは弾んだ声で話しかけた。ところが、ゼルドリックは言葉を返さず少しだけ目を見開いてリアを見た。

「……? ブラッドスター様?」

(馴れ馴れしかっただろうか…?)

 リアは不安になった。そういえば、自分から笑ってゼルドリックに話しかけたことなど無かった気がした。

「あ、ああ……そうだな。君の慰みになるようなら良かった」

 ゼルドリックは短く言い、冷えるからそろそろ中に入るぞと言った。リアはその様子に違和感を覚えた。

(……上から目線だったり、何かしら棘のある答えを返されると思ったのに)


 次にリアが案内された場所は、豪華なキッチンだった。
 オーブンから様々な形の鍋まで、綺麗に揃っている。どんな料理にも挑戦が出来る気がした。

 ゼルドリックはリアに、このキッチンは自由に使って良いと言った。

「私の家で暮らしてもらう以上飢えさせることはしないし、台所にある色々な食材も自由に使ってくれて構わない。なに、田舎で長く暮らしていた以上、見覚えのない食材もあろうが、その時はこの私に聞くことだ。丁寧に調理法を教えてやるからな」

 ゼルドリックはぱちりと器用に片目を閉じた。リアはふと、壁の一番手前に掛けられた鍋を見た。それはよく使い込まれているようだった。

「ブラッドスター様も、ご自分で料理をされるのですか」

「当然だ。料理は一人前の男の嗜みであるからな。私の腕は良いのだぞ。君に食べたこともない様な素晴らしい料理を作って出すことができる。そうだ、今度作ってやろうか? 今日は君の、素朴な田舎料理もご馳走になったことだしな、是非とも礼はしないと」

 ゼルドリックは笑った。その言葉には少しの棘が含まれているように聞こえたが、リアは気にしなかった。むしろ、同じ料理好きとしてゼルドリックと打ち解けられる気がした。

「私も料理は好きなのです。ブラッドスター様の作ったお料理を食べられるなんて素敵なことです。その際は是非、一緒にお手伝いさせて下さいね」

 リアが笑って答えると、またゼルドリックは目を見開いてリアを見た。黒く尖った耳が、ひくひくと動いている。

「……次の場所に行くぞ」

(あれ、また……? どうしたんだろう?)

 それから、リアはゼルドリックから、大浴場や手洗い場、リビング、書斎などを案内された。どの場所も非常に美しく豪華なもので、リアはここで暮らしていくのかと思うと頭がくらくらしてしまった。

 そんなリアを前にしてゼルドリックはいつも通り嫌味を言うのだが、リアは住まわせてもらう以上、出来るだけゼルドリックと穏やかに過ごしていけたらと思っていた。ゼルドリックの問いかけに笑顔で応えれば、彼はまた口数少なくなった。

「最後はここだ。ここが君の過ごす部屋になる」

 ゼルドリックが金のドアノブを回すと、赤いカーペットが敷き詰められた、広い部屋が見えた。そこには、リアのログハウスから持ってきた家具がしっかりと備え付けられていた。リアの私物の他にも、マホガニーの机と椅子や、大きなクローゼット、薔薇の装飾が施された姿見等の高級なそうな家具がずらりと並んでいる。天井には赤いつる薔薇が伝い、華やかで芳しい香りを漂わせている。シャンデリアが燦々と輝き、リアとゼルドリックの姿を美しく照らした。

「こんな、豪華なお部屋を使わせていただけるのですか……?」

「ああそうだ。今の君は、王女召抱えの宝石職人であるからな。狭い部屋で過ごさせては私の品格が疑われる。ここには君の家から持ってきた家具もあることだし、狭いが個人用の風呂と手洗い場も付いている。ゆるりと過ごせよ」

 言っておくことがある、とゼルドリックは続けた。

「ベッドだけは君の家に置いてきた。この部屋に置いてあるベッドはとても大きく重いものでな、移動させるのが大変なのだよ。まあ天蓋も付いていることだし、君の使っていた小さなものよりは良いだろう」

「ありがとうございます……」

「必要なものは揃えたと思うが、何か必要だったら私にすぐに言え。都度恵んでやる。私は大量の給金を貰っているゆえ。君一人を養うことなど何でもないからな……」

 ゼルドリックはリアに近づいた。リアは思わず一歩引くが、彼に腕を掴まれた。

「リローラン。もし君が任を解かれたとしても、私は混ざり血の君を決して見放すことはしない。多種族が如何なる差別も受けることなく過ごすため、日々奔走している中央政府の者として、混ざり血の君が何者にも害されず過ごしているか見守っていく義務があるからな」

「は、い……? ありがとうございます……」

「ゆえに、君は何の心配もなくここで暮らしていくといい……金も、住居も、贅沢品も、必要なものは全て私が用意できる。君の家はここだ。君はこれから私と共に暮らすのだ。ずっと……」

「っ……」

 リアは息を呑んだ。ゼルドリックの瞳に、また深い深い昏さの様なものが宿った気がした。

「だから、この屋敷を出て一人暮らしをするなどど二度と言うなよ。君は私の元に居るのが一番安全なのだから」

 リアは昏く強い瞳を呆けたように見ていたが、分かったか、と答えを急かされ小さく頷いた。すると瞳から昏さがたちまち隠れ、ゼルドリックはいつも通り口の端を曲げる特徴的な笑みを浮かべた。

「今日は慌ただしい一日だったからな。ゆっくり休むといい。ああ、夕食は要らないと聞いている、だが……」

 ゼルドリックはぱちりと指を鳴らした。するとサイドテーブルの上にスパイスが入った温かいワインと、可愛らしいシルクのネグリジェが現れた。

「寝る前にそのワインを飲んでおけ。よく眠れると思うのでな。あと風呂に湯を張っておいたから入るように。それではな、リローラン」

 ゼルドリックはそう言い残すと、リアを残して部屋を出ていった。

 リアは呆けた。
 ゼルドリックの、中央政府の役人としての振る舞いと忠誠心は、少し過剰なものに思えた。混ざり血の自分を気遣ってくれているのは分かる。そして、それはとてもありがたいことだ。しかし、いくら混ざり血に気を配っているといえども、自らの屋敷に住まわせ、こんな豪華な部屋を用意するだろうか?

(……まあ、彼が何を思っているのかは分からないわ。非常に仕事熱心なだけかもしれないし)

 リアはホットワインを飲みながら、つる薔薇の這う天井を見上げた。シャンデリアに照らされて、薔薇の花びらがひらりひらりと雨のように降る。それは現実離れしたあまりにも美しい光景で、エルフという種の強さを見た気がした。

 リアはゼルドリックの厚意に甘え、自室の風呂に入ることにした。ゼルドリックは狭いと言っていたが、泳げるくらいに充分広い風呂だった。赤い薔薇の花びらが浮かべられている風呂にゆったりと入り、シルクのネグリジェに袖を通せば、何だか自分が本当に姫君にでもなったような気がした。

(いつか、ブラッドスター様にこの恩を返したいな……)

 リアは大きなベッドの上に横になり、すぐ眠りについた。シャンデリアの灯りが静かに消え、静寂が訪れる。

 リアは気が付かなかった。

 飲んだホットワインに大量の魔力が含まれていたことを。
 自分の入浴を、ゼルドリックが熱の籠った目で見ていたことを。
 ゼルドリックが自分を襲う機会を、常に伺っていたことを。


 ――――――――――


 月明かりの美しい夜半。

 薔薇の刺繍が施された天蓋を音も無く開け、ゼルドリックは静かにリアに覆い被さった。しっかりとした作りの大きなベッドは、ゼルドリックが伸し掛かっても音を立てることはない。ふわりと、ゼルドリックとリアの身体を沈み込ませる。

 リアは、慌ただしい一日を過ごし疲れが溜まっていたのか、深く眠っていた。赤い睫毛が月明かりに照らされて柔らかな影を落とす。滑らかな絹のネグリジェはドレスの様に広がり、リアの腰の曲線を際立たせた。

 ゼルドリックはリアの寝姿をしばらく見ていた。思わず口角が上がる。自分の屋敷の中で、自分が用意したものを見につけて眠るリアは、ゼルドリックに大きな安心感を与えた。

(俺の屋敷でこれだけ無防備に眠るとはな。話す時は少し警戒されていると思っていたが、気の所為だったか?)

 ゼルドリックはリアの無防備さを嗤った。

 ゼルドリックの屋敷は、彼の魔力に満たされている。この広い屋敷で一人暮らしていたゼルドリックは、己の魔力を用いて生活を送っていた。湯を張るのも、掃除も、何をするにも魔法を使った。その中で暮らしていくリアは、少なからず魔力の影響を受けていくだろう。

 そして、ゼルドリックはリアの部屋にあるものに、念入りに己の魔力を纏わせた。ベッドのシーツにも、リアが身につけているネグリジェにも、風呂に張られた水にも、彼女が飲んだホットワインにも、全て。

 目的はひとつ。自分の魔力にリアを晒し続けて、魔力の器を彼女の内に形作り、己が精神世界に引きずり込むため。そのためには、ゼルドリックはあらゆる手段を用いると決めていた。

(俺の屋敷にリアを住まわせることが出来たのだ……目的達成は近い。一度匿ってしまえば、中々外から手出しは出来んだろう。……さて、愉しもうか。リア……俺は今すぐに君が欲しいんだ)

 ゼルドリックはリアを起こさないようにそっと頬に手を添えると、彼女に口付けた。そしてゼルドリックはリアの口に魔力を注ぎ込む様に、幻惑を見せる呪文を唱えた。





 リアは夜風の冷たさに目を覚ました。

(ここは……?)

 リアは辺りを見回した。

 自分はどういう訳か綺麗なドレスを着ていて、薔薇の咲き誇る庭園の中で、白い椅子にもたれ掛かって眠ってしまったようだった。夜風に吹かれたせいか身体が冷え切っている。ふるりと身を震わせると、柔らかな布が肩に掛けられ、誰かに後ろから抱きしめられた。

「リア、肩を出していたら風邪を引くぞ」

 耳元に低くも甘い声が落とされる。夜風からリアを守るように、ゼルドリックの大きな身体がリアをすっぽりと包み込んだ。

「ブラッドスター様……」

「いいや、違う。この前教えただろう?」

 ゼルドリックはリアの耳たぶを優しく食んだ。

「ゼルドリックと呼べ」

(……? ああ、私はまた……夢を見ているのね……)

 甘い甘い「黒の王子様」だ。彼はまた、ゼルドリックの姿で現れた。

 ブローチをゼルドリックに手渡した時に、彼に対する想いは手放した筈なのに。
 実在のゼルドリックと再会したら、黒の王子様もまた心の奥底から出てきてしまった。

「リア……俺の名を呼んでみろ」

 ゼルドリックはリアの肩に鼻筋を寄せた。リアがゼルドリック様と呼べば、彼は嬉しそうにリアの肩に鼻を擦り付け匂いを嗅いだ。

「今日も良い香りがする……ずっとこうしたかった、会いたかった」

「ゼルドリック様……」

 その切ない声色に、リアの胸が締め付けられた。彼はリアに会えず本当に寂しかったと声を震わせ、リアの肩を離さないというように、優しく強く抱え込む。

(私も、寂しかったわ……また会えて嬉しい)

 また幻を作り上げて、実在の人物を汚してしまった。自分の浅ましさをごまかすように、リアはゼルドリックの腕に自分の手を添えた。ゼルドリックはリアの手を握り、愛を乞うた。

「赤い髪の姫君、君の愛をくれないか」

 ゼルドリックがリアの髪を一房手に取り、口付ける。彼の黒い髪が垂れ下がり、さらさらと夜風に揺れた。

(その呼び方……)

 赤い髪の姫君。王子はゼルドリックと同じ呼び方でリアを呼んだ。違うのは、そこに揶揄う色は一切なく、ただひたすらに甘いこと。

「喜んで……」

 リアは実在するゼルドリックに心の中で謝って、目の前の王子の頬に、自分から口付けをした。そしてどちらからともなく、柔らかく触れるだけの口付けを交わした。互いを労るような口付けは、段々と色を含んだものに変化していく。

「ふっ……ん……っ……んぅ………」

「リアっ……んっ………リア……」

「ゼル、ドリックさま………ふっ……んんっ……」

 ゼルドリックの大きな手がリアの首筋に触れ、リアもまたゼルドリックの尖った黒い耳に触れながら、お互い何度も何度も口付けを繰り返す。

 薔薇の咲き誇る庭園の中で、姫君のように優しく労られながら王子の愛に応えるのは、胸をときめかせながら読んだ恋愛小説の情景にそっくりで、リアは蕩けた顔でこの瞬間を愉しんだ。

 リアは抱えられ、ゼルドリックの膝の上に乗せられた。しばらくお互いに瞳を合わせた後、口付けは深いものに変わった。

「はっ…あぁっ……リ、ア……んくっ……ふ、う……」

「ああっ……はあ、あ………あぅ……! ああっ……」

 お互いを繋ぐ銀の糸が月明かりに照らされる。リアは寂しさを埋めるように、必死で目の前の男と舌を絡ませあった。

「リア、リア……」

 胸が肌蹴られ、冷たい夜の外気が流れ込んでくる。リアが身体をすくませれば、暖めるようにゼルドリックが抱きしめた。リアの胸を柔らかく掬い、尖った頂きが口に含まれる。ちゅく、ちゅくと甘えるように胸を吸うゼルドリックに対し、リアは愛おしさが募った。

「ふっ……ゼルドリックさま……ああ……」

「んっ……ちゅ………ふっ……あむっ……硬く、なってきたな……」

 ゼルドリックがリアの乳首を捏ねれば、リアは息を乱れた息を鋭く吐いた。

「あああっ……ん、んんっ……ゼルドリックさま……あっ……」

 リアが愛撫に応えるようにゼルドリックの首に腕を回し、首や耳に舌を這わせれば、ゼルドリックもまた瞳を潤ませ、荒い息を何度も吐いた。

 ゼルドリックはネグリジェのリボンに手を掛けた。大きな手が、月明かりに照らされたリアの青白い腹を慈しむように擦り、下着の中に手を差し込む。そこはもうぬかるんでいて、弱点である張り詰めた尖りを人差し指でごく優しく撫でれば、リアは官能に濡れた声を上げた。

「ああああっ……そこは、敏感だって……言った、のに……ふ、うううっ!」

「ああ、そうだったな。だから触っている……君のその必死に快楽に耐える顔を、ずっと見たかったんだ……」

「あああっ……ひ、どい……意地悪ぅ……あっ……やあっ……」

 リアは言葉と裏腹に、悦んでいるように見えた。だらしなく開いた口は微笑んだように見え、ゼルドリックの身体に甘えるように縋り付く。

「こんなに物欲しそうに尖らせておいて、酷いだなんて言えるのか? 君も、俺に触れられるのを待ち望んでいたんじゃないのか? なあ、姫君……」

 ゼルドリックは手を深く差し込み、親指と人差し指でリアの肉芽を摘んだ。優しく捏ねてやれば、リアは目を見開いて涙を流した。

「ああああああっ! あっ…だめ! ……やあっ、それ本当にだめっ……」

「本当に?」

「つらいのっ……うぅ……すぐに、気持ち良くなっちゃうからあっ……この前みたいに、何度もくの、つらいのっ……」

「そうか、それは結構な事だ……なら尚更、ここを可愛がってやらなければ、な……」

 ゼルドリックが嬉しそうに陰核を苛み続ければ、リアは引き攣れたように身体を震わせ、何度も絶頂を迎えた。

「あ……あ……ああああああああっ! ……うっ……ああっ……」

 自分に身体を預けきり、虚ろな目で何度も痙攣するリアを見て、ゼルドリックは昏い笑みを浮かべた。リアは溜まった疲れのせいで、もう少しで気を失ってしまいそうだった。これなら彼女から力を奪う魔法も、もうかけておく必要はないように見えた。

 ゼルドリックはそそり勃った自身のそれを、リアの濡れそぼった下着の上に擦りつけた。黒く大きな男根は、熱を解き放つ瞬間を今か今かと待ち望んで、ぬらぬらとした汁を垂らし続けている。

「リア……リアっ……リア……!」

 狂気的な執着を含ませて、ゼルドリックは何度もリアを呼ぶ。後は、この意味を為さない下着を取り去って、リアの秘所を己のもので暴くだけ。

 ――もうすぐだ。もうすぐで彼女が己のものになる。

(ははっ……リア、君を犯してやる……! ついに、ついに……)

 その時、ふとゼルドリックの脳裏に、リアの眩しげな笑顔が過ぎった。

 庭を案内した時の、薔薇を眺めながら畑仕事ができると喜んだリアの満面の笑み。台所を案内した時の、一緒に手伝わせて下さいと言ったリアの楽しそうな顔。受けてきた教育ゆえに、つい高慢な態度を取ってしまう自分を遠ざけることなく、受け入れてくれるとでもいうようなリアの笑顔。

 心優しい内向的なリアが見せる、社交辞令としての色が強い柔らかな微笑みではない。
 今日リアが自分に対して見せた満面の笑みは、親しい者に見せるような打ち解けたものだった。

 ゼルドリックは、その笑顔の眩しさに一瞬我を忘れてしまったのだった。嬉しかった。心がこそばゆくなった。
 彼女と自分の心の距離が、確かに縮んだ気がしたのだ。ゼルドリックはリアにもっとその笑顔を見せてほしいと望んだ。

(今のは……?)

 気がつけば、腕の中のリアは安らかな寝息を立てていた。眠るリアを暴くのは簡単なことなのに、ゼルドリックはそれを選ばなかった。

 選べない気がした。

「何故。……何故だ? 俺は…………」

 ゼルドリックは自分で自分が分からなかった。リアを犯したいが故に、こんな「夢」を見せているのに。

(俺は、リアを汚すことを希って動いてきたのに。俺に溺れ、リアが快楽にすすり泣く顔を見たかったはずなのに)

 ただ漠然と思った。このままリアを追い詰めて、無理やりその身体の奥を暴けば、あの眩しい心からの笑顔はこの先手に入らない気がした。ゼルドリックは、あの笑顔がどうしようもなく欲しくなってしまった。

 結局また、気を失ったリアの身体に己を擦りつけ、彼女の白い腹に射精することを選んだ。ゼルドリックの放った精液は光を帯び、純粋な魔力としてリアの中に吸い込まれていった。

 ゼルドリックは労るように赤い髪を撫で、幻惑魔法を解いた。快楽に気を失ったリアを綺麗にしながら、ぼんやりと考える。なぜリアを犯すことが出来なかったのだろうか。その問いの答えは、直ぐに得られない気がした。

「俺は……どうしたんだ……?」

 ゼルドリックの問いが、静かな部屋に寂しく響いた。
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