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第一章
6.熱に苛まれる
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視察の日からちょうど一週間後。向日葵が咲き疲れたように項垂れる程の強烈な真夏日。
ゼルドリックとアンジェロが再び視察に訪れる日だというのに、リアは熱を出して寝込んでいた。
「リア、大丈夫?」
リアの寝台の傍らに座り、マルティンが心配そうに額の布を取り替えた。リアはかすれきった声で礼を言った。マルティンはリアをゆっくりと抱き起こすと、水瓶を差し出して飲むように言った。冷たい水をいくら飲んでも身体が怠く、ただリアは荒い息を短く吐き続けた。
「本当にごめんなさい……。視察の日だと言うのに熱を出してしまって」
頑丈なドワーフの血を引くリアは、滅多に体調を崩すことはない。リアと十年ほど共に過ごしてきたマルティンは、いつも元気なリアが寝込んでしまったことを重く見て、朝早くからリアの傍らで世話をした。
「視察のことは気にしなくていい。それよりも、こんな時なのに一緒にいられなくてごめん」
マルティンはたっぷりとした髭をもごもごと動かしながら、申し訳なさそうにぽつりと呟いた。リアは先週の視察日以降、体調がどうも優れないようでずっと苦しんでいた。心優しい姉が苦しんでいるのに、自分には何もできないのが歯がゆかった。
「マル……そんな顔をしないで」
不安そうに眉を下げたマルティンに向かって、リアは安心させるように笑って続けた。
「働きすぎてしまったのかもしれないわね……。このまま寝ていれば、その内良くなるはずよ。それより今日の視察のことだけど、マル一人で本当に平気?」
「僕は平気だよ。きっと一人だってうまくやれるさ。だからリアはゆっくり休んでいてね」
「気遣ってくれてありがとう。何事も、ないといいね……」
「そうだね。本音を言えば、ダークエルフの役人さんは怖くて仕方ないけど、僕にはあまり話しかけてこないから視察もすぐ終わると思うんだよね」
マルティンはリアを安心させるように自分を鼓舞した。
「先週、次は僕がリアを守るって言ったろ。リアがいつも守ってくれるから、今回は僕がやってみるんだ」
リアはいつになくやる気を漲らせているマルティンを見て安心をした。どうかゼルドリックがマルティンを傷つけることのないようにと願った。
「リア……あの、それでね、聞いてほしいことがあるんだけど」
器用に林檎の皮をくるくると剥きながら、マルティンはリアに切り出した。
「さっきリアが寝ている間に、村長さんを交えて自警団の人たちと話してきたんだけど……。お役人さんの指摘通り、リア一人に随分負担をかけさせてしまったと思うんだ。だから、今まで一生懸命に働いてくれた分、しばらく休んでもらったらどうかって」
マルティンは、ゆっくりとリアを労るように言った。
「視察の応対も、リアにとって負担だったと思うんだ。お役人さんがリアの髪を馬鹿にしたり、べたべた身体に触ったり、どう考えてもおかしいと思うしさ。だからリアが良ければ、これからは僕と誰かもう一人でやってみようと思うよ。……という訳で、応対は先週で終わりということにしない?」
リアは目を瞬かせた。それは、リアにとってありがたい話だった。ゼルドリックと会う度に髪を毒草に例えられたり、手やら肩やら唇やらを触られないと思うと、ほっとする気持ちだった。気遣ってくれた村長と自警団の人たちへの感謝や、マルティンに対する心配など話したいことがあるのに、短く礼を言った後、リアは激しく咳き込んでしまった。
「リアが言いたいことは分かってるよ。今は辛いだろうから、無理に話さなくて大丈夫」
マルティンは壁に掛けられた時計を見た。視察の時間が迫っている。体調の悪いリアを家に残していきたくなかったが、リアを守るために応対に行かなければならなかった。マルティンはそろそろ行ってくると、リアに声をかけた。
リアは水を飲んで息を落ちつけ、申し訳なさそうにマルティンを送り出した。マルティンはリアに笑って、家の扉を優しく閉めると、急いで林の小道を駆け抜けて事務所へ向かうのであった。
――――――――――
マルティンが家を出た後、リアはゆっくりと目を閉じた。窓から差し込む、真夏日の眩しい日差しが鬱陶しい。
熱がどんどん上がっている気がする。身体は重く、怠く、目を開けているのすら億劫だった。家の扉に鍵をかけなければいけないと分かっているのに、起き上がる気力すらなかった。
熱が出た時こそ昨夜だが、リアは前回の視察があった日から、ずっと身体に違和感があった。高台でゼルドリックに抱き込まれた時、力の強いリアならば彼を簡単に突き飛ばせるはずなのに、どういう訳か腕に全く力が入らなかった。
そして、彼の黒く長い指に掌をなぞられた時、頬や唇に優しく触れられた時の、自分の奥底が燻るような、切なく疼く感覚がずっと続いている。その感覚を覚えているせいか、日常のふとした瞬間にゼルドリックの姿がちらついた。
――エルフって寿命が長くて、皆頭も良くて、色々な魔法が使えるんでしょう? 怒らせたら、その魔法で何をされるか分からないから……。
ふと、マルティンの言葉を思い出す。
もしかしたら自分は、ゼルドリックから何らかの魔法をかけられてしまったのかもしれないと思った。
馬鹿らしい想像だ。エルフという種族は魔法を操ることに対して厳しさやプライドを見せるという。取るに足らない自分に対して、そうそう簡単に魔法をかける訳がない。リアは自分の想像を嗤った。
そしてリアは、自分の手を撫でた。ひび割れやささくれだらけだったというのに、ゼルドリックに軟膏を塗り込まれた手は、すぐに本来の柔らかさを取り戻した。あの軟膏はとても滑らかで良い香りがした。ゼルドリックは大したものではないと言っていたが、もしかしたらとても上等なものだったのではないかと思った。
リアは寝返りをうち、壁に立て掛けているオーク材の棚を見た。そこには視察の度に、ゼルドリックから手渡された品が丁寧に飾ってある。
美しい細工が施された貝、金とルビーで彩られた口紅の箱、硝子の薔薇、太古の花を閉じ込めた琥珀、虹色のインクが満たされた魔法のペン、蛍のランプ、よく磨き上げられた手鏡、桃色のマニキュア、きらびやかな貴石入りの万華鏡、イランイランの精油。
その他いくつもの品を、リアはゼルドリックから受け取ってきた。いずれも優美なエルフ様式の一目で高級な品だと分かるものだった。リアはそれらに手を付けることを躊躇い、かといって受け取った以上どうすることもできず、こうして棚に丁寧に受け取った品を飾った。リアは綺麗なものや可愛いものが大好きだ。受け取った品は高級すぎて手を付ける気にならないということを除けば、いずれもリアの好みだった。
ゼルドリックから渡された品を眺めていると、自然と口角が上がっていることに気が付いた。
(どうして、私にこんな良いものをくれるんだろう?)
村の人間にこき使われている混ざり血の女に同情して良いものをくれるのか、あるいは田舎に住むリアに対して、お前にこんなものはとても買えないだろうと言いたいがためのまた別方面からの嫌がらせなのか。そんな否定的な考えが浮かんできたが、いずれもしっくりくるものではなかった。手渡される品に対して悪意は感じない。
手渡された品を見ていると、いつもゼルドリックに対する感情が揺さぶられ迷子になってしまう。もしかしたら、彼は高慢で嫌味たらしくはあるが、純粋に自分を気遣ってくれているのではないかという期待を持ってしまいそうになる。
そしてその後、彼から直接言われてきた言葉を思い出し、自分の心をいたずらに傷付けて終わるのだ。
――これは驚いた。まるでパルシファーの綿毛の様な髪だ!
――そのやたらと長く真っ赤な髪。さぞまとめ辛いだろう?
――田舎者。こんなものも知らんのか? これは爪に塗る染料だ。まあ受け取りたまえ、爪化粧の瓶も見たことがないかわいそうな君に恵んでやろう。少しはこれを塗って女らしく過ごしてみてはどうだ?
――唇に紅でも差してみたらどうだ? 煤と土に汚れた働き者の顔も、少しは女らしくなるかもしれんな。
――そんなに忙しく過ごしていては年頃だというのに恋人もできんだろう?
――ささくれが多い。女の手としては実にふさわしくないと思わないか?
――ドワーフは陽の届かぬ岩窟に暮らすと聞いたが、混ざり血の君には当てはまらんらしい。君の顔には随分とそばかすがある。太陽の下でよく過ごしてきたようだな? 王都の女は陽を避け傘を差しているというのに。全く君は……。
――低い背、短い手足。エルフとは絶対的に違う見た目。力が強そうにはとても見えぬな……。本当にドワーフの血を引いているのか? 私なら魔力を使わずとも君を簡単に往なせそうだ。
――低い鼻だ。本当に骨があるのか?
――細身が多いエルフの女とは違い、君は随分と肉付きが良い。何を食べたらそうなるのだ? 全く、どこを触っても柔らかそうだな……。
――ドワーフは男女問わず髭が生えているのだろう? 君に髭は生えないのか。ああ、髭の分がそのまとまりのない綿毛のような髪に行ってしまったのか。
――君を苛めるのは楽しいな。なに、そんな顔をする方が悪いのだ。だから止まらなくなる……。
心の中でゼルドリックが嗤っている。自分を揶揄って、傷付けることが堪らなく嬉しいというような顔。そう、確かに自分は彼に嫌われているのだ。だから握手の度に手の硬さを馬鹿にしたり、髪を毒草に例えたりするのだろう。
色々な品を手渡すのも、過剰な接触も、全て嫌がらせに繋がっている。全ては自分を揺さぶり、苛み、楽しむため。
結局のところそれが事実なのだろうと、リアは決定づけた。
「ふっ……」
涙がひとつ、溢れ落ちた。
風邪を引いて後ろ向きになっているせいか、彼から嫌われているということが、今はどうしようもなく悲しく感じられた。ゼルドリックのことを考えて落ち込むことはよくあれど、涙を流したのは、初めて出会った時に髪をパルシファーの綿毛に例えられたこと以来だった。
(悲しい、悲しい……)
あの夕日の中で輝く彼の横顔を思い出す。強く美しいダークエルフ。彼のことを考える度に、切なく胸が締め付けられる。自分とは立場が違うのに。彼は中央政府の役人なのだ。エリートなのだ。田舎者の自分が好かれる訳がない。自分と道が交わる訳がない。だから、嫌われたって別にいいではないか……。こんな悲しむ必要なんて、どこにもないのに……。
リアは鬱々とした考えを振り払うように毛布にもぐりこんだ。もう寝てしまおうと考えた。自分はゼルドリックとはもう会わなくて済むのだ。これからは彼のことで悩まされることは無い。だが、日常の些細なふとした瞬間に、ゼルドリックの姿がちらつく。頭から追い出しても追い出しても、またやってくる。そうして自分の中にいつまでも居座ろうとするのだ。あの意地悪な笑みを浮かべて――
ゼルドリックのことを考えるのは止めようと思うのに、自分を抱き込んだゼルドリックの体温が、低い声が、あの高台で夕焼けの光を浴びて黄金色に輝いた彼の顔が、青い瞳の強さが。彼の全てが、リアの中から簡単には消えてくれなさそうだった。
(彼からはたくさん傷付けられた。……もう会わなくて済む。それなのに……どうして、会えなくて寂しいって思うんだろう)
目を瞑ると黒の王子様が出てくる。王子の姿に、ゼルドリックの姿が重なっていく。自分よりずっと身体が大きくて、自分の膂力をものともしないような力強く意地悪な大人の男性。愛する女以外はどうでもいいというような、少しの残酷さと強烈な執着心を持つ、薄暗く愛おしい王子。その王子はゼルドリックの姿をしている。黒い肌、青い瞳。愛おしい王子が彼と被る。なぜまた、このような想像をしてしまうのだろうか。
リア、とゼルドリックの低い声で呼ばれる想像をした。それは甘美で、ただの想像だというのに心が歓喜に震えるようだった。彼に好かれていたら良かったのに。そしたら意地悪なことを言われても受け流して、後から存分に甘やかしてもらうことだって出来たかもしれないのに。
(そんなことがある訳ない。起こる訳がない。馬鹿らしい想像だ。……夢に期待するのはやめなさい、いい大人なのだから。こんな想像をしては、ブラッドスター様に申し訳ないのだから……)
リアは静かに涙を流し続け、自分を戒めた。なぜ彼に嫌われていることがここまで悲しいのか、それが引っかかったが、その感情を深掘りするのは止めることにした。心が痛くて痛くて、もう持たなかった。
そしてリアは身体の怠さから、玄関に鍵をかけることも忘れ、そのまま深く眠ってしまった。
ゼルドリックとアンジェロが再び視察に訪れる日だというのに、リアは熱を出して寝込んでいた。
「リア、大丈夫?」
リアの寝台の傍らに座り、マルティンが心配そうに額の布を取り替えた。リアはかすれきった声で礼を言った。マルティンはリアをゆっくりと抱き起こすと、水瓶を差し出して飲むように言った。冷たい水をいくら飲んでも身体が怠く、ただリアは荒い息を短く吐き続けた。
「本当にごめんなさい……。視察の日だと言うのに熱を出してしまって」
頑丈なドワーフの血を引くリアは、滅多に体調を崩すことはない。リアと十年ほど共に過ごしてきたマルティンは、いつも元気なリアが寝込んでしまったことを重く見て、朝早くからリアの傍らで世話をした。
「視察のことは気にしなくていい。それよりも、こんな時なのに一緒にいられなくてごめん」
マルティンはたっぷりとした髭をもごもごと動かしながら、申し訳なさそうにぽつりと呟いた。リアは先週の視察日以降、体調がどうも優れないようでずっと苦しんでいた。心優しい姉が苦しんでいるのに、自分には何もできないのが歯がゆかった。
「マル……そんな顔をしないで」
不安そうに眉を下げたマルティンに向かって、リアは安心させるように笑って続けた。
「働きすぎてしまったのかもしれないわね……。このまま寝ていれば、その内良くなるはずよ。それより今日の視察のことだけど、マル一人で本当に平気?」
「僕は平気だよ。きっと一人だってうまくやれるさ。だからリアはゆっくり休んでいてね」
「気遣ってくれてありがとう。何事も、ないといいね……」
「そうだね。本音を言えば、ダークエルフの役人さんは怖くて仕方ないけど、僕にはあまり話しかけてこないから視察もすぐ終わると思うんだよね」
マルティンはリアを安心させるように自分を鼓舞した。
「先週、次は僕がリアを守るって言ったろ。リアがいつも守ってくれるから、今回は僕がやってみるんだ」
リアはいつになくやる気を漲らせているマルティンを見て安心をした。どうかゼルドリックがマルティンを傷つけることのないようにと願った。
「リア……あの、それでね、聞いてほしいことがあるんだけど」
器用に林檎の皮をくるくると剥きながら、マルティンはリアに切り出した。
「さっきリアが寝ている間に、村長さんを交えて自警団の人たちと話してきたんだけど……。お役人さんの指摘通り、リア一人に随分負担をかけさせてしまったと思うんだ。だから、今まで一生懸命に働いてくれた分、しばらく休んでもらったらどうかって」
マルティンは、ゆっくりとリアを労るように言った。
「視察の応対も、リアにとって負担だったと思うんだ。お役人さんがリアの髪を馬鹿にしたり、べたべた身体に触ったり、どう考えてもおかしいと思うしさ。だからリアが良ければ、これからは僕と誰かもう一人でやってみようと思うよ。……という訳で、応対は先週で終わりということにしない?」
リアは目を瞬かせた。それは、リアにとってありがたい話だった。ゼルドリックと会う度に髪を毒草に例えられたり、手やら肩やら唇やらを触られないと思うと、ほっとする気持ちだった。気遣ってくれた村長と自警団の人たちへの感謝や、マルティンに対する心配など話したいことがあるのに、短く礼を言った後、リアは激しく咳き込んでしまった。
「リアが言いたいことは分かってるよ。今は辛いだろうから、無理に話さなくて大丈夫」
マルティンは壁に掛けられた時計を見た。視察の時間が迫っている。体調の悪いリアを家に残していきたくなかったが、リアを守るために応対に行かなければならなかった。マルティンはそろそろ行ってくると、リアに声をかけた。
リアは水を飲んで息を落ちつけ、申し訳なさそうにマルティンを送り出した。マルティンはリアに笑って、家の扉を優しく閉めると、急いで林の小道を駆け抜けて事務所へ向かうのであった。
――――――――――
マルティンが家を出た後、リアはゆっくりと目を閉じた。窓から差し込む、真夏日の眩しい日差しが鬱陶しい。
熱がどんどん上がっている気がする。身体は重く、怠く、目を開けているのすら億劫だった。家の扉に鍵をかけなければいけないと分かっているのに、起き上がる気力すらなかった。
熱が出た時こそ昨夜だが、リアは前回の視察があった日から、ずっと身体に違和感があった。高台でゼルドリックに抱き込まれた時、力の強いリアならば彼を簡単に突き飛ばせるはずなのに、どういう訳か腕に全く力が入らなかった。
そして、彼の黒く長い指に掌をなぞられた時、頬や唇に優しく触れられた時の、自分の奥底が燻るような、切なく疼く感覚がずっと続いている。その感覚を覚えているせいか、日常のふとした瞬間にゼルドリックの姿がちらついた。
――エルフって寿命が長くて、皆頭も良くて、色々な魔法が使えるんでしょう? 怒らせたら、その魔法で何をされるか分からないから……。
ふと、マルティンの言葉を思い出す。
もしかしたら自分は、ゼルドリックから何らかの魔法をかけられてしまったのかもしれないと思った。
馬鹿らしい想像だ。エルフという種族は魔法を操ることに対して厳しさやプライドを見せるという。取るに足らない自分に対して、そうそう簡単に魔法をかける訳がない。リアは自分の想像を嗤った。
そしてリアは、自分の手を撫でた。ひび割れやささくれだらけだったというのに、ゼルドリックに軟膏を塗り込まれた手は、すぐに本来の柔らかさを取り戻した。あの軟膏はとても滑らかで良い香りがした。ゼルドリックは大したものではないと言っていたが、もしかしたらとても上等なものだったのではないかと思った。
リアは寝返りをうち、壁に立て掛けているオーク材の棚を見た。そこには視察の度に、ゼルドリックから手渡された品が丁寧に飾ってある。
美しい細工が施された貝、金とルビーで彩られた口紅の箱、硝子の薔薇、太古の花を閉じ込めた琥珀、虹色のインクが満たされた魔法のペン、蛍のランプ、よく磨き上げられた手鏡、桃色のマニキュア、きらびやかな貴石入りの万華鏡、イランイランの精油。
その他いくつもの品を、リアはゼルドリックから受け取ってきた。いずれも優美なエルフ様式の一目で高級な品だと分かるものだった。リアはそれらに手を付けることを躊躇い、かといって受け取った以上どうすることもできず、こうして棚に丁寧に受け取った品を飾った。リアは綺麗なものや可愛いものが大好きだ。受け取った品は高級すぎて手を付ける気にならないということを除けば、いずれもリアの好みだった。
ゼルドリックから渡された品を眺めていると、自然と口角が上がっていることに気が付いた。
(どうして、私にこんな良いものをくれるんだろう?)
村の人間にこき使われている混ざり血の女に同情して良いものをくれるのか、あるいは田舎に住むリアに対して、お前にこんなものはとても買えないだろうと言いたいがためのまた別方面からの嫌がらせなのか。そんな否定的な考えが浮かんできたが、いずれもしっくりくるものではなかった。手渡される品に対して悪意は感じない。
手渡された品を見ていると、いつもゼルドリックに対する感情が揺さぶられ迷子になってしまう。もしかしたら、彼は高慢で嫌味たらしくはあるが、純粋に自分を気遣ってくれているのではないかという期待を持ってしまいそうになる。
そしてその後、彼から直接言われてきた言葉を思い出し、自分の心をいたずらに傷付けて終わるのだ。
――これは驚いた。まるでパルシファーの綿毛の様な髪だ!
――そのやたらと長く真っ赤な髪。さぞまとめ辛いだろう?
――田舎者。こんなものも知らんのか? これは爪に塗る染料だ。まあ受け取りたまえ、爪化粧の瓶も見たことがないかわいそうな君に恵んでやろう。少しはこれを塗って女らしく過ごしてみてはどうだ?
――唇に紅でも差してみたらどうだ? 煤と土に汚れた働き者の顔も、少しは女らしくなるかもしれんな。
――そんなに忙しく過ごしていては年頃だというのに恋人もできんだろう?
――ささくれが多い。女の手としては実にふさわしくないと思わないか?
――ドワーフは陽の届かぬ岩窟に暮らすと聞いたが、混ざり血の君には当てはまらんらしい。君の顔には随分とそばかすがある。太陽の下でよく過ごしてきたようだな? 王都の女は陽を避け傘を差しているというのに。全く君は……。
――低い背、短い手足。エルフとは絶対的に違う見た目。力が強そうにはとても見えぬな……。本当にドワーフの血を引いているのか? 私なら魔力を使わずとも君を簡単に往なせそうだ。
――低い鼻だ。本当に骨があるのか?
――細身が多いエルフの女とは違い、君は随分と肉付きが良い。何を食べたらそうなるのだ? 全く、どこを触っても柔らかそうだな……。
――ドワーフは男女問わず髭が生えているのだろう? 君に髭は生えないのか。ああ、髭の分がそのまとまりのない綿毛のような髪に行ってしまったのか。
――君を苛めるのは楽しいな。なに、そんな顔をする方が悪いのだ。だから止まらなくなる……。
心の中でゼルドリックが嗤っている。自分を揶揄って、傷付けることが堪らなく嬉しいというような顔。そう、確かに自分は彼に嫌われているのだ。だから握手の度に手の硬さを馬鹿にしたり、髪を毒草に例えたりするのだろう。
色々な品を手渡すのも、過剰な接触も、全て嫌がらせに繋がっている。全ては自分を揺さぶり、苛み、楽しむため。
結局のところそれが事実なのだろうと、リアは決定づけた。
「ふっ……」
涙がひとつ、溢れ落ちた。
風邪を引いて後ろ向きになっているせいか、彼から嫌われているということが、今はどうしようもなく悲しく感じられた。ゼルドリックのことを考えて落ち込むことはよくあれど、涙を流したのは、初めて出会った時に髪をパルシファーの綿毛に例えられたこと以来だった。
(悲しい、悲しい……)
あの夕日の中で輝く彼の横顔を思い出す。強く美しいダークエルフ。彼のことを考える度に、切なく胸が締め付けられる。自分とは立場が違うのに。彼は中央政府の役人なのだ。エリートなのだ。田舎者の自分が好かれる訳がない。自分と道が交わる訳がない。だから、嫌われたって別にいいではないか……。こんな悲しむ必要なんて、どこにもないのに……。
リアは鬱々とした考えを振り払うように毛布にもぐりこんだ。もう寝てしまおうと考えた。自分はゼルドリックとはもう会わなくて済むのだ。これからは彼のことで悩まされることは無い。だが、日常の些細なふとした瞬間に、ゼルドリックの姿がちらつく。頭から追い出しても追い出しても、またやってくる。そうして自分の中にいつまでも居座ろうとするのだ。あの意地悪な笑みを浮かべて――
ゼルドリックのことを考えるのは止めようと思うのに、自分を抱き込んだゼルドリックの体温が、低い声が、あの高台で夕焼けの光を浴びて黄金色に輝いた彼の顔が、青い瞳の強さが。彼の全てが、リアの中から簡単には消えてくれなさそうだった。
(彼からはたくさん傷付けられた。……もう会わなくて済む。それなのに……どうして、会えなくて寂しいって思うんだろう)
目を瞑ると黒の王子様が出てくる。王子の姿に、ゼルドリックの姿が重なっていく。自分よりずっと身体が大きくて、自分の膂力をものともしないような力強く意地悪な大人の男性。愛する女以外はどうでもいいというような、少しの残酷さと強烈な執着心を持つ、薄暗く愛おしい王子。その王子はゼルドリックの姿をしている。黒い肌、青い瞳。愛おしい王子が彼と被る。なぜまた、このような想像をしてしまうのだろうか。
リア、とゼルドリックの低い声で呼ばれる想像をした。それは甘美で、ただの想像だというのに心が歓喜に震えるようだった。彼に好かれていたら良かったのに。そしたら意地悪なことを言われても受け流して、後から存分に甘やかしてもらうことだって出来たかもしれないのに。
(そんなことがある訳ない。起こる訳がない。馬鹿らしい想像だ。……夢に期待するのはやめなさい、いい大人なのだから。こんな想像をしては、ブラッドスター様に申し訳ないのだから……)
リアは静かに涙を流し続け、自分を戒めた。なぜ彼に嫌われていることがここまで悲しいのか、それが引っかかったが、その感情を深掘りするのは止めることにした。心が痛くて痛くて、もう持たなかった。
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