ヤンデレトナカイと落ちこぼれサンタクロースの十二月二十四日

橙乃紅瑚

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第六話

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「レ、レイン? どうしたの?」

 両手をひとまとめにされた状態で床に押し付けられる。なぜレインに伸し掛かられているのか分からず、ニコルはきょとんとした顔で彼を見上げた。

「ニコって馬鹿だよね」

「えっ、いきなり罵倒するのやめてよ」

「はぁ……僕のサンタクロースはどうしてこんなに能天気なんだろう」

 呆れ交じりの声が落ちる。深紅色の目をぱちぱちと瞬く主を見下ろし、レインは溜息を吐いた。

「君は本当に警戒心がない。さっきまで足に僕のモノを擦り付けられてたんだぞ? いったい何なんだその態度は!」

「なんなんだって言われても……。レインに抱きつきたくなったから抱きついただけ、だよ……?」

 レインのことが男のひととして好きだから、できるだけ長く触れていたい……。赤面するニコルの内心など露知らず、レインは頭を抱えながら大声を上げた。

「あああああああッ、もう!! いいか、僕はニコに欲情してるんだぞ! それなのにどうして自分から近づいてくるんだ!? 必死の思いで君を放した僕が馬鹿みたいじゃないか!」

 白い眉を寄せ、レインはニコルの柔らかな頬をふにふにと伸ばした。

 ニコルに男として見てもらいたいのに、彼女はこちらを意識することなく『ユッカ村いちばんの可愛くて賢いトナカイさん』と言ってくる。

 それが腹立たしくて仕方ない。この無垢な少女に所有印を刻みつけて、自分が男であるということを思い知らせてやりたい。

 この激しく燃え盛る恋を知らずに、頬を伸ばされて涙目になっている少女が憎らしくもある。

「……ニコのばか」 

 丸みのある口吻マズルが、ふすふすと音を立てながらニコルの首筋に近づけられる。彼女の白い肌に鼻先を擦り付け、レインは口の隙間からちらりと歯を覗かせた。

「僕は獣人の男だ。はだかんぼの人間の娘なんかどうにでもできるくらい力が強いのに、そんな無防備に抱きついてきていいわけ? どんな目に遭っても文句は言えないよ」

「あ、あなたは乱暴なことしないでしょ。だって」

「ユッカ村いちばんの可愛くて賢いトナカイさんだから?」

 気まずそうに笑うニコルを睨み、レインは怒りを滲ませた低い声を出した。

「僕ね、そう言われるのが気に入らなかった。可愛いって言ってもらえるのは嬉しいけど、同時にいつまでもぬいぐるみのままだって言われてる気がして、すごく胸が痛かったんだ……」

 黄と青の瞳が揺れる。沈んだレインの顔に、ニコルはひゅっと息を呑んだ。

 自分は何度、彼の前で『ユッカ村いちばんの可愛くて賢いトナカイさん』と口にしただろうか。その度に、彼を傷つけてしまっていたのだと思うと罪悪感が込み上げてくる。

「そんなつもりじゃ……レイン、ごめんなさ――」

 謝ろうとしたニコルの口に指が置かれる。ふわふわした指先で少女の唇をなぞり、レインは震え声を出した。

「ぬいぐるみに襲われる訳がないと思った? だとしたら間違いだよ、ニコ。僕は無理やり聖人サンタクロースの女の子を食べることができる、怖ろしい獣人なんだ」

 色違いの目に暗い熱が宿る。欲望が全面に出た目で見つめられると、全身がぞくぞくと震え、体から力が抜けてしまう。

 顔を強張らせたニコルを見つめ、レインは哀しくも嬉しそうな、複雑な表情を浮かべた。

「なあにその顔。怯えてるの? ふふっ……どうしてそんな顔をするのかな。こうなることが分かってて僕に抱きついたんじゃないの」

 剥き出しの乳房に遠慮なく触れられる。先端を捏ねられ嬌声を上げたニコルの耳元に、甘い言葉が注がれる。

「可愛いニコ。大好きなニコ。もしかして、僕の気持ちにまだ気が付いてないのかな? 旅の途中、ずっと体を舐め続けてきたのに? ふふ、ふふっ……。鈍感なニコのことだから、あれを獣特有のじゃれ合いだと思ってたりして。だとしたら僕、本当に報われないなあ」

「ひっ、ひあっ! や、待ってレイン、むねっ、もまないでぇ……」

「僕は君をひとりの女の子として好きなんだよ。その唇に愛のキスをしたいと思っていた。ずっと、ニコの番になりたかったんだ」

 少女の深紅色の目を食い入るように見つめ、レインは抱え込んでいた激情を吐露した。

「鈍感な君でも分かるようにはっきり言ってやる。僕は君を抱いて、その腹に精液を塗りつけて、他のオスが近寄れないくらいに自分の臭いを擦り付けたかった! 僕は下劣なことばかり考えてた男だ、可愛くて賢いトナカイなんかじゃないんだよ!」

「ひっ……!」

 少女の白い腹に、そそり勃った陰茎がぴとりとくっつけられる。逞しい肉棒の先端から流れ出す粘液が、とろとろとニコルの肌を汚していく。

「ニコのお腹は柔らかいよね。薄くて細くてちっちゃいのに、僕のモノをしっかりと包み込んでくれそうな肉付きの良さもある。ほら見て、ニコ。僕のを挿れたらきっとここまで届くよ」

 指で下腹をとんとんと叩かれ、その奥にある子宮の形を確かめるかのように腹の肉を揉まれる。金色の下生えを優しく引っ張られ、ニコルは羞恥に身を震わせた。

「はぁっ……ニコ、今すぐに君を抱きたい。隅々まで可愛がって、しっかりほぐれたら僕のモノで掻き回してやるんだ。君が悲鳴を上げても気を遣っても絶対に止まってやらない。夜が更けるまで精液をたっぷり飲ませて、飲みきれない分は外に出してマーキングしてやる」

「ぁっ……あ、やぁ……!」

 レインに抱かれるところを想像すると顔に熱が集まってしまう。肌を舐められただけであんなに気持ちよかったのに、その先に進んだら一体自分はどうなってしまうのだろう?

 ニコルは弱々しく首を横に振り、レインに懇願した。

「待って、ちょっとまってレイン。心の準備がまだできてないの」

 欲望が全面に出たレインの言葉は、初心なニコルにとってあまりにもいやらしく耐え難い。顔を真っ赤にした彼女は急いでレインから離れようとしたが、男の太い腕に呆気なく捕らえられてしまった。

「逃げないでよ、自分から近づいてきたくせに。ねえ、ニコのこと食べてもいい? 全身を舐め回して、汚して、汗も涙も飲み込んで、僕が君のことをどんなに好きなのか思い知らせてあげる! 夜が明けた時にはもう、可愛いサンタクロースのすべては僕のものだ」

 口の端に男の舌が這う。
 体を震わせるニコルを暗い表情で見下ろし、レインはとろりとした声で囁いた。

「番になろう。恋人同士になろう。夫婦になろう! 僕たちは永遠に一緒だ。愛してるよ……ニコ」 

 大きな体が伸し掛かってくる。ニコルは腹を擦り上げる男根の感触に悲鳴を上げながら、レインの様子をそっと窺った。

(あれ? なんか……)



 じれったい。

 色違いの目にどろりとした熱を滾らせながらも、レインの腕は獣欲を抑え込むように小刻みに震えている。自分の肌を撫でる手の動きは緩慢で、舌は唇の端から動こうとしない。

 包み隠さない言葉を口にしたにも拘わらず、彼はいつまでも体を暴こうとしない。その様子は、こちらの反応を窺っているかのように見えた。

(……もしかして……。レイン、我慢してくれてる?)

 男を見上げる。ニコルの視線に気がついたレインは、苦しそうな顔で彼女を見つめた。

「なあに、いまさら僕のことが怖くなったの? 止めてほしくなった?」

 歪な笑みを浮かべるレインに、ニコルはそっと手を伸ばした。

「……あの、ね……」

 胸に温かいものが込み上げてきて、思わず涙を流してしまう。
 レインは優しい。この期に及んでまだ自分を気遣おうとしている。きっと、自分を傷つけてしまうことを怖れているのだ。

 きっと、ここで『嫌だ』と拒絶すればレインは手を止めてくれるし、『可愛くて賢いトナカイに戻って』と頼めばそうしてくれるのだろう。その胸に、強い痛みを抱えたまま……。 

(でも、私はやめてほしいだなんて思ってない)

 夜、肌を舐められた時も。裸のまま抱き締められた時も、足に男根を擦り付けられている時も、どろどろした欲望が籠もった言葉をぶつけられた時も。恥ずかしいとは思っても、レインに嫌悪を覚えることは決してなかった。

(あなたのことが好き、大好き。この関係から一歩進みたい)

 やっとこの感情の形を掴むことができた。
 だから一刻も早く、レインにこの気持ちを伝えたい。

「……レイン」

 もこもことした彼の首に腕を回す。美しい獣の目を真っ直ぐに見つめ、ニコルは力強く言い切った。

「私のこと、早く食べて」

「はっ?」

 平たい耳がぴくりと動く。驚愕に固まる男の、半開きの口からはみ出た舌に、ニコルは自分の唇をぴとりとくっつけた。

「大好きだよ、レイン。大好き。私のことが欲しいなら、いくらでも食べていいよ」

 ニコルが大好きと囁く度、少女の吐息を受ける赤い舌がひくひくと蠢く。長い舌を慌てて引っ込め、レインは喉からきゅるきゅるという音を漏らした。

「うぇっ、あ、あの……え、うそっ……!?」

 男の顔がぼっと紅潮する。
 レインは口元を押さえ、急いでニコルから距離を取った。

「だっだめだよニコ。簡単にそんなこと言っちゃ! 初めて会った時も思ったけど、君って結構適当に『いいよ』って言うよね?」

「そんなことないと思うけど」

「いいや、そんなことあるね! 獣人の頼みを受け入れたせいで、君はこんな男と暮らす羽目になってるんだぞ! 自分の言葉の意味が本当に、ほんっとうに分かってるの!?」

 焦るレインに、ニコルは頬を膨らませた。

「もう、私が考えなしって言いたいの!? やめてよ、そんな念押ししなくてもちゃんと分かってるってば! レインのことが大好きだから食べられたっていい、これが私の本心なの!」

「に、ニコ……」

「ねえ逃げないで、さっき伝えたいことがあるって言ったでしょ? 私の話を聞いてよ」

 ニコルはレインにじりじりと近づき、彼を押し倒そうと試みた。しかし大きな男の体を床に縫い付けられるはずもなく、そのままレインに寄り添う形になってしまう。胸元の真っ白い毛にぽふりと顔を埋め、ニコルは幸福の笑みを浮かべた。

「うふふっ、あったかい。レインと初めて会った時ね、このやわらかい胸毛の虜になったのよ。私はこの白い毛も、持ち主さんのこともだーいすき」

「……。それはたぶん、可愛いという意味での好きだろ。君はもこもこふわふわのトナカイをぬいぐるみみたいに思ってるだけだよ。僕の感情は、もっとどろどろして汚いものなんだ。ニコの好きは、僕の好きとは違う……」

「ううん、同じだよ」

 勇気を出してレインの口にキスをする。
 驚きにひくつく鼻が愛おしく、ニコルは口付けを交わしながら彼の鼻元を撫でた。

「あなたに可愛いって言われたり、ほっぺたにキスをされると胸が跳ねるの。くすぐったくて、嬉しくて、ちょっと切ない不思議な感覚。レインに微笑まれると顔が熱くなる」

 レインの手を握り、自分の胸の上に置く。とくとくとリズムを刻む心音を彼に聞かせ、ニコルは甘い声で囁いた。

「ほら、レインとキスをするとこんなに鼓動が速くなるの。これって恋でしょ?」

「そ、っそそ、そう……かも……ね」

 可愛らしい問いかけに、レインは吃りながら頷いた。

「でも、私は自分がこうなる理由と向き合おうとしなかった。恥ずかしくて、心の中に芽生えた感情に気が付かないふりをしたの。私はあなたの言う通り馬鹿だわ。レインがあんなにアピールしてくれていたのに逃げ続けたんだから。ごめんね、レイン……。本当にごめんなさい。私はあなたをいっぱい傷つけてしまった」

 レインをぎゅうと抱き締め、ニコルは一生懸命に謝った。

「今更遅いけど、やっとこの感情が何なのか分かったの。私は、レインを男のひととして好きだと思ってる」

「ほ、ほんとう?」

「本当だよ。体を舐められた時、嫌だなんて少しも思わなかった、むしろ、気持ちよくてもっとしてほしいと思ったの。レインになら何をされてもいい」

 あなたの恋人になりたいし、あなたと夫婦になりたい。
 愛してるわ、レイン。だから早く私を食べて。

 ニコルの追撃に、大きな体から悲鳴が上がる。限界を迎えたレインはニコルを膝の上に乗せたまま、ふらふらと後ろに倒れ込んだ。

「どうしてそんな殺し文句を言うんだよ! 僕……嬉しくて嬉しくて嬉しすぎて頭がおかしくなりそうだ。まさか、ニコが僕を愛してくれるだなんて。僕を男として見てくれるなんてっ……! ああっ、今まで生きてきた中で、今が最高の時かもしれない!」

 半開きになった口からはあはあと荒い息が漏れ出る。歓喜の息を何度も吐いた後、レインははっとした顔で起き上がった。

「そ、それならっ。どうして僕を手放すようなことを言ったの? 他の奴といた方が幸せになれるんじゃないかって君に言われた時、すごく傷付いたんだよ!」

「……だって。私と一緒にいたら、レインまで悪く言われてしまうでしょ」

 頭のどこかが足りない。愚図。のろま。ぶつけられてきた心無い言葉を思い出し、ニコルはぽろぽろと涙を流した。

「私はいい。どんな酷いことを言われても、まだ耐えられる。でも、レインを『悪しき魔女の使い』って言われるのだけは我慢できなかった」

「有象無象に何を言われようが気にしないよ」

「私が気にしてしまうわ。レインはこんなに優しくて、いつも私のことを支えてくれる最高のパートナーなのに。私がドジなせいで、あなたまで酷いことを言われるのは耐えられない……!」

 ニコルの涙は止まらない。レインは眉を下げ、一生懸命彼女を慰めた。

「泣かないで、ニコ。下らないことを言ってくる奴らのせいで、君が泣く必要なんてないんだ」

「うっ、うぅ……!」

 レインの胸毛にニコルの涙が落ちていく。ふわふわした白い毛に顔を埋め、ニコルは自分の気持ちを打ち明けた。

「私は、あなたと離れたくない! でも、こんな何でもできる獣人さんを、落ちこぼれのサンタクロースに縛り付けるのは申し訳ない気持ちでいっぱいなの……。私はもう大人なのに、何一つ上手くできないまま。こんなドジな女は、いつか絶対に愛想を尽かされる。だからそうなる前にあなたとお別れした方がいいんじゃないかって思ったの」

 しばらく悩んでたの、私はレインの傍にいる資格があるのかって。
 一緒にいることでレインを苦しめてしまうのに、それでも隣にいたいと思うのは私の我儘なんじゃないかって……。 

 俯きながらそう話すニコルの頭を撫で、レインはくすくすと笑った。

「もう、君はそんなことを気にしてたの? やだなあ、僕がニコを嫌がる訳ないじゃないか。こんなにも、こんなにも……。言葉にして伝えきれないほど、僕は君のことを深く愛しているんだよ」

 レインの胸に温かなものが巡る。

 自分を想うが故に遠ざけようとした少女のいじらしさが堪らない。ニコルの頬を伝う涙を指で掬い取りながら、レインは強い安堵を感じていた。

 ――近頃思うの。優秀なトナカイはこんな落ちこぼれじゃなくて、誰か他の人といた方が幸せになれるんじゃないかって。

 ニコルは、自分を嫌ってあのような言葉を吐いたのではない。むしろ自分を愛するがゆえに、心の痛みを堪えながらあんなことを言ったのだ。心がずたずたに引き裂かれた怖ろしい言葉も、真意が分かってしまえば愛おしく感じる。

 心を寄せ続けた少女が、自分から離れて他の男のもとへ行ってしまうのではないかと思うと気が気でなかった。だがニコルは、自分を好きだと言ってくれる。この獣を愛してくれていると思うと、涙が出るほど嬉しい……。

 レインは微笑み、ニコルの艷やかな唇をぺろりと舐め上げた。

「ニコのことをそこまで不安にさせているとは思わなかった。だって僕は、いつも君のことが大好きだって口にしてきたから」

 ニコルの頭が撫でられる。優しい手の動きに心地よさを感じながら、ニコルはレインの首に腕を回した。
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