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1話
しおりを挟む夜、とあるマンションの屋上。
人の気配は無く、ここにいるのは私のみ。
飛び降りるには絶好のシチュエーションだ。
ドラマなどでよくある、家族やら友人やらが自殺を止めようと説得する、なんて事は絶対に無い。
家族は壊れ────友人は全て失った。
そう、全てはあの男が原因だ。
あの男、兄さえいなければ私は真っ当な人生を謳歌していたはずなのに。
「おい────引きこもり」
私は兄に、そう言葉を突きつけた。
もしも第三者がこの光景を目の当たりにしていたのなら、随分辛辣な言葉をを言う妹だ、と思うかもしれない。
だがそんなことは無い。
私の兄、淳平は既に三十を超えたオッサンであるにも関わらず仕事をしていない。いわゆるニートである。
そんな男が家で堂々とゲームをしているのだ。この程度の発言をしたところで何も問題はあるまい。
だが────その考えは甘かった。
私は知らなかったのだ。
兄が、この時ゲームの実況動画を撮っていたことを。
兄が、動画を動画投稿サイトにアップロードしていたことを。
それから数ヶ月後、家の周りで異変が起きていた。
不審な人物が私たち家族が住むマンションの近くを徘徊していたり、意味不明な配達物が届いたり。
挙句の果てにはポストが破壊され、部屋のドアにはペンキで落書きをされた。
何故、こんな目に合わなければいけないのか。
家族の皆がそう疑問に思ったであろう瞬間、兄が何か小声で呟いていることに気がついた。何回も何回も、同じことを繰り返し呟いている。
私は耳を澄ました。兄はただでさえ声が小さく会話する時でもボソボソと話す。今、呟いている声量はソレよりも小さいため『耳を澄ます』なんてことをしなければ上手く聞き取れないのだ。まぁ、たまに一人ハイテンションで何かを叫んでいる時もあるのだが。
「俺の……だで……」
微かに、何と言っているのか理解出来てきた。
壊れたラジオのような声色で、ただひたすら同じ言葉を繰り返す。
「俺の、せいだで……」
なん、だと────?
聞き取れた。聞き取ってしまった。
俺のせい、などという糞っタレな言葉を、私は聞き取ってしまったのだ。
そして、
「おい! それどういうことだよ!」
私は兄の胸ぐらに掴みかかった。
そこから数分、兄は懺悔の言葉を吐き続けた。動画投稿サイトに動画をアップロードしていること、そしてその動画の影響でこのマンションと私たちが住む部屋までもが特定されてしまっていることを私は初めて知ったのだ。
だが、そこで疑問が生まれる。それは何故ここまでの嫌がらせが発生するのか、という疑問だ。マトモな動画をアップロードしていたのならここまで酷いことはされなかったはずだと私は考えた。
しかし、その場で兄にこの疑問を投げかけることは出来なかった。
怒り狂った父親が兄を殴り続けていたからだ。
私はその後、兄の名前をネットで検索してみた。
先ほどの騒動で、兄は自分の実名もバレてしまっているという発言を聞いたからだ。
これで兄がどんな動画を投稿しているのか知ることができる。
結果、私は後悔した。
あらゆる誹謗中傷の数々を見てしまった事もある。自分の家の内装を晒されてしまったというおぞましさもある。
だが何よりも、
兄の動画が酷く滑稽で、くだらないモノだったと知ってしまったからだ。
こんなモノのせいで私たちは嫌がらせを受けているのか、と思い私は怒りに震えて、そして後悔した。
兄のことを調べなければこんな想いをしなくて済んだはずなのだ。
人の噂も七十五日。
放っておけばいずれ嫌がらせも収まったのだろう。ならば何も知らずに、ただただ日常を過ごしておけばよかったと思ってしまった。
そして私は思い立ち、兄の部屋に乗り込んだ。
この怒りを兄へぶつけるために。
だが、兄は忽然と姿を消した。
私たち家族の────更なる個人情報をネットへ流出させた後に。
どうやら兄はネットのあちこちで悪者と化しており、失踪した兄への悪意は私たち家族へ及んだ。
兄が消える直前に流した情報の中には家の電話番号、携帯番号、メールアドレスから父や姉の職場などが含まれていたため嫌がらせの規模は拡大。
更に謎の失踪を兄が遂げたことによりマスコミにも注目され、この状況に拍車がかかる。
ネットには私の顔写真が載り『おい────引きこもり』を言った妹として祭り上げられた。
その効果は大きく、親しい友達も離れていった。TwitterやLINEも晒されていたから当然の結果だろう。
いつしか周囲の目が恐ろしくなり、遂に私は家に引きこもり始めた。
フリーターだったが故に、家から出ないなどという兄のような行動を実行するのは容易かった。
しかし家でも地獄の日々は続く。ストレスからかどんどん痩せていく家族の姿を見なければならないからだ。父も母も姉も何も悪くない。なのに窶れていく姿を見続けるのは辛かった。
そして何よりも、兄と同じ状況に陥っている自分が嫌だった。
消える直前、家族の何もかもを晒すという意味不明な暴挙に出たあの糞男と同じ『引きこもり』というだけで毎日が地獄のようだった。
そうして私は思い立つ。自分の生に意味は無い、と。
だから────自殺を決意したのだ。
マンションから見下げる。案外高いな、なんてことを思いながら私は躊躇無く迷い無く、その一歩を踏み出した。
感じる浮遊感が数秒後の死を予感させる。
ああ、これでようやく──────
「は、ぁ……?」
その時、ありえない異変が起きた。
思わす間の抜けた声が出てしまう。が、それもそのはず。
だって、目の前に太陽のような光が広がっているのだから。
そしてその光が私を包んだ瞬間、
「アッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッ」
耳障りな声が聞こえた。
気がつくと、見知らぬ場所に私はいた。辺りには木々が立ち並ぶ、森と形容しても問題無い場所。空は暗く夜だということが判断出来た。
「どういう、ことだ……?」
私は一人、言葉を作る。
死ぬためにマンションから飛び降りた。
でもその後、光が私を包んで声が、聞こえ、て
「あの、声は────」
「お? 妹起きとるかー?」
不意に、頭上から声が聞こえた。
声の方向へ視線を送る。
そこに、兄がいた。
その格好は全身黒ずくめ、そして赤いマントを羽織るという趣味の悪さ。
顔の大きさを度外視したサングラスはいつ見ても腹立たしい。
そんな兄が、何故か宙に浮き私を見下している。
「テメェ! この糞野郎!」
私は叫ぶ。
何もかもを壊した諸悪の根源が、ずっとぶつけたかった怒りの対象が目の前にいる。だから叫んだ。
しかし罵声を浴びせるだけでは足りない。
もはや殴り飛ばしても怒りは沈まない。
殺さなければ、腹の虫は収まらない。
「あのさ、妹よ。俺さぁ、この世界で魔王やってるんだよね~。だからさぁ?」
兄が言葉を発する。そしてニヤリと笑い、
「────敬語使うべきじゃん」
そう言った。
「ふっざけんな!!」
私は再び叫ぶ。
魔王という意味がわからない単語からその態度まで、何もかもが気に入らない。
だが、
「が、ァ───────!」
身体に衝撃が走った。
焼けるように熱く、痺れる痛みが全身を跋扈する。
「あれぇ? 丘people!? 敬語使えって言ったよねぇ!?」
その言葉と共に壮絶な痛みから解放される。
しかし、身体は痺れ続けていて手も足も動かない。辛うじて少しだけ首を上げられたので後は目を上にやり、兄を見る。
その手には先ほどまでは無かった杖のようなものが握られていた。
「それにしても、この杖inじゃねーの」
「テ、メェ……。ぶっ殺して、やる」
私は言う。その声は小さく先ほどの叫びとは比べものにならないほどだ。
だが、渾身の恨みと殺意を籠めて奴を睨みつけた。
しかしそんな視線も、
「妹、とりあえず落ち着け」
の一言で受け流されてしまう。
「あーもしかして、色々流しちゃったこと怒ってるんかなぁ?」
不意に、奴はそんなことを口走った。
「あれは親父が悪いんやで。あんな殴ったりするから。それにあんときの俺は死ぬつもりやったから思いっきり家族に迷惑かけてやれーって感じやったし」
その時、頭を殴られたような衝撃が、私を襲った。
一体何を、言って、いるんだ?
家族に迷惑をかけて、死のうとした?
元々、迷惑をかけていた、お前がか?
「ほんでー、光に包まれて気がついたら魔王になってたわけよぉ。アッアッアッアッアッアッアッアッ」
奴の笑い声が辺りに響き渡る。
その声はどんな雑音よりも酷く、醜く、不快に思えた。
やめろ、お前の笑い声なんて聞きたくない。
私はそう強く思い耳を塞ごうとしたが手も腕も動かないのでそれは叶わなかった。
暫く雑音に耐え続けていたら奴の笑いが止まる。
そして小さな目を見開き、私を見据え言葉を放った。
「ちなみに妹をこの世界に呼んだのも俺やで~。魔王になってから誰にも負ける気しないし。この世界に馬鹿にしてた奴らを呼んで見返すだで」
ああ────なるほど。
私はこの男に、死ぬことすら邪魔されたということか。
「妹が俺に従うのなら許してやってもええで?」
そして奴は、私にそう問いかけた。
だから、
「黙れ────引きこもり」
私は冷めた目で、口元を歪ませながらそう言った。
丁度良いチャンスだ。全てを狂わせた男に対する復讐の。
所詮魔王なんてモノになっても淳平は淳平。
とてつもなく浅はかで馬鹿なことをしてくれるに決まっている。強大な力を持っていようとその点を突けば私にも勝機はあるはずだ。
「なんでそういうこと言うんですかね~? ただの嫉妬ですかねぇ?」
やれやれといった風で私を見下し奴はそう言う。
やはり私のことを舐め切っている。これなら確実に大ポカをしてくれるに違いないと心の中で私は確信する。
すると奴は私から視線を外し、マントを翻し、
「それでは妹、またのおおおおおおおおうう!アッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッア」
と奇声を上げで何処かへ消えてしまった。
奴が消え失せた後、周りは静寂に包まれた。
「はぁ……」
ため息が漏れる。身体の痺れは今だ取れずに私は一歩も動けずにいた。
もういっそのこと、ここで寝てしまって良いかもしれないなどと考えてしまう。それほど痺れや肉体的、精神的に疲弊していた。
徐々に瞼が重くなっていくこの状況下で僅かに思考する。
最終目的は兄、淳平の殺害。
だが、それに至るための手段がまるで思いつかない。
まぁ、そんなことは明日考えれば良いか。
そして私は、意識を閉じた。
時を同じくして、とある平原。
ここに一人の男がこの世界に降り立つ。
プロレスと呼ばれる格闘技の試合中、突然起きた不慮の事故により死にかけた男。リングの上で意識を手離した瞬間、光に包まれこの世界へ導かれた。
「今度は────お前を潰してやるだで」
その名は斎藤飛華流。シバターと呼ばれる男。そして、淳平に敗北した男。
次回 獣神が、目覚める。
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