お昼寝カフェ【BAKU】へようこそ!~夢喰いバクと社畜は美少女アイドルの悪夢を見る~

保月ミヒル

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第25話 沈黙の人魚姫―6

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「それで、どうするんだよこれ。どうにかしてここを出ないと、マイの希望……じゃなくて、声を探すこともできないだろ」

 狭い牢の中、3人で顔を見合わせる。

「それどころか、私たちに至っては処分される恐れもありますね。このまま延々に私たちに牢を貸してくれる気はないでしょうから」
「処分!?」
「マイさんはさすがにそこまでされないでしょうけど、私たちの命にはあまり関心がなさそうでしたよ。魔女も兵士も」

 確かにそれはそうかもしれない。
 俺たちがこの城に客として招かれたのは、ひとえに魔女のお気に入りであるマイが助けて、どうにかして連れ帰ってきたからだ。
 おそらくは渋々受け入れられたのだろう。
 従って、怪しいやつだと判断されれば、それこそおとぎ話の暴君に出逢った時のように処刑されてもおかしくないのだ。

 『夢の中で首を斬られて現実の首もちぎれる』などという物理的にスプラッタな事態にはならないにしても、“痛んだ夢”の特性を考えると、何らかの精神的なダメージを受ける可能性は十分に考えられる。

「どうにかしてここから出る方法を探さないと」 
「そこで有能な私の出番ですよ」

 夢見は器用に背中に口元を近づけて、そのやたら手触りの良さそうな毛並みの中から、何かを咥えて取り出した。

「なんだそれ。……鍵?」
「さっき兵士に連れてこられた時、腰にかかってたスペアの鍵をこっそり拝借したんです」
「いや早く言えよ」

 ここに来てから結構経ったぞ。

「……鍵があるからといって油断するのは早いですよ。もしここを出られたとしても、城内のどこかにあるマイさんの声をこっそり探すのは困難です」
「声は、さっきの玉座の間みたいな場所にあるって分かってるのか?」
『分からない。見つからないの。ずっと探してるんだけど』

 マイはそう紙に走り書きをして、こちらに見せてきた。

「……わかった。作戦を立てよう」

 俺たちは鍵を持っている。そして兵士たちに鍵を奪ったことを気付かれないうちにここを出てて――けれど、城を去るわけにはいかない。
 ここにはおそらくマイの希望である『声』があるのだから。

「おそらく、魔女はマイが探していた場所には声を保管してない。というか、もしあったとしても、さっきの時点で移動してる。こうして城で暮らしてるマイが未だに見つけられないのなら、よほど注意深く管理してるはずだろ」

 その理由が、私利私欲のためなのか、単に親代わりとまで言われているマイへの愛情からなのかは分からない。
 唯一確かなのは、マイの意思をろくに確認せず強引な手段を取っているということだった。

 ……と考えてみたところで、これはあくまでもマイの主観で形作られた夢でしかない。

 現実での裕美さんの本心だとは限らないのだから、ここを掘り下げて考えても特に意味はないだろう。
 この夢の中の世界においては、マイがどう捉えているのかというところがすべてだ。

「一番可能性が高いのは、魔女自身が持っているパターンだろうな。魔女にとっても大切なものなら、少なくとも奪われかけた今晩は、肌身離さず持つくらいのことはするんじゃないのか?」

 まあ、声とやらが持ち歩けるサイズのものなのかどうかは分からないけど。

「なるほど。では今マイさんの声は魔女の手元にあると。奪うのは困難になりましたね」
「いや、これは良いチャンスかもしれない」

 俺は一度言葉を切って、マイの方に視線を向ける。

「どうやらここには、現実と同じく夜が来るらしい。ということは、俺たちを捕まえて安心した魔女もきっと眠りにつく。そこを狙って魔女の寝室に忍び込み、側にあるだろう声を盗めばいい」
「そううまくいくでしょうか……?」

 でっかい獣の姿で小首を傾げる夢見。その懸念ももっともだ。
 第一、声がどんな形状でどんな保管の仕方をされているのか分からない以上、お粗末な推理だった。

 しかし今一番重要なのは、ある程度納得感のある説をここで共有するということだ。
 他人の夢に不法侵入するのもこれで二度目。その中で俺は気づいたことがある。
 鍋のフタを出したり、小さなナイフの形を変えることは、なんらかの障害がない限りは比較的容易に出来るらしい。けれど、夢そのものを変容させるような干渉の仕方はできない。
 俺のイメージの貧困さもあるだろうが、それより何より、元々この夢の持ち主ではないという点が大きいような気がした。

 逆に言えば、この夢の持ち主の思い込みを利用すれば、ある程度状況をコントロールすることも可能なのではないだろうか。
 もし当たっていれば、たとえ今の時点で実際にはマイの声が他の場所に保管されていたとしても、警戒した魔女が一晩起きていることに決めていたとしても――
 ここにいるマイがそう思い込めば、きっと夢の中にもある程度反映されるだろう。

「やってみる価値はあるだろ」
「……まあ、そうですね。あなたの狙いもなんとなくわかりますし、賭けてみる価値はあります」

 ……もしかして、俺の提案の理由を推測したうえでの懸念だったのか?
 つくづく読めない獣である。何も考えていないようで、こちらよりもよほど割り切った考えを持っている。
 こいつはあくまでも人間とは別の生き物だ。どんなに間が抜けた生き物に見えても、あまり油断すべきじゃないと、俺は改めてそう肝に銘じた。

「では次にルートですね。この地下牢の出口にはおそらく見張りがいるでしょう。たとえ出られたとしても、この3人が廊下を歩いていればすぐに見つかります。となると、残る手段は――」

 夢見は牢の外、天井付近を指差した。そこにあるのは、小さな換気口だ。きっと外に続いている。

「……外を通って、魔女の部屋に忍び込むっていうことか」
『夜は魔物がいるよ』

 もう少なくなってきた余白に、マイがそう書き込む。

「知ってる。危険は分かってるが、今は行くしかない。できる限り守れるようにするから、ついてきてくれ」

 俺は冷静を装ってそう伝えた。
 正直魔物を前にしたら悲鳴を上げる自信はあるが、怯えて躊躇しているマイ相手にその事実を隠すくらいの意地は残っていた。
 しかし、マイは首を横に振る。

『私はいいの。外の世界にはそれなりに慣れてるし、声を取り戻した先は、またひとりで生きていかなくちゃいけないから。でも、あなたたちはどうしてそこまでして私の声を取り戻そうとしてくれてるの?』

 ――現実のお前が死ぬかもしれないからだ。

 そんなことは言葉にできないし、こうして改めてここにいる理由を認識したところで、人さまの人生のそんな重大な分岐点になぜ自分が関わってるのか、よく分からなくなってくる。

 俺は医者でもなければ心理学者でもない。
 元々マイと親しい人間でもなかったし、ただのサラリーマンだ。
 本来なら、人の夢――精神に干渉してどうこうする資格なんてないってのに。

「話はあとだ。急ごう」

 とりあえずそれっぽく誤魔化してみたりした。
 悲しいことに、大人は当たり障りなく話をぼかすのが得意な生き物だった。

「さて、では鍵を開けますよ。昭博は、天井付近まで登れる梯子を作っておいてください。難しそうであれば梯子のようなものでも可です」
「いちいち付け足すな。今度こそちゃんと出してやるよ」

 盾っぽい鍋のフタじゃなくて、完璧な梯子をな!
 前回の失態を挽回すべく、俺は軽く目を閉じて梯子をイメージし始めた。

 ◆

 俺たちは狭い通気口から外に這い出て、静かに地面を降り立った。
 そして視線を周囲に向けた瞬間、あっけなく理性が吹き飛ぶ。

「魔物ってあれ!? あれ魔物!? 嘘だろちょっとやばいやばいまじやばいって」
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