こちらは死神のアチラです~流行りの転生者が多すぎて仕事に追われていますが、毎日楽しいです~

色彩和

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第二七章 「……俺の、名は――」

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 Ⅰ

「局長、きちんと説明してください!    アチラが消えるって、どういうことですか!?」
 ユウの悲痛な声が、転生局局長室の中で響き渡る。ユウは冷静さを欠いていた。だが、そんなことを言っている場合ではなかったのである。冷静など、保っていられるはずもなかった。
 ユウの頭の中では、ずっと局長であるレイの言葉がぐるぐると回っていた。先ほど聞いてしまった言葉が、ずっと頭の中を占めているのである。聞き捨てならない、信じたくない、そんな思いも抱えて、ユウが冷静でいられないのも無理はなかった。何度も何度も、頭の中で同じ言葉が繰り返されて仕方がない。できることなら、時間を戻して聞かない未来を選択したかった。
 しかし、そうもいかない。聞いてしまった限りそれは事実として残るし、何より聞かなかったら聞かなかったで後悔したことだろう。
 あらゆる感情が渦巻いて複雑な感情になり、ユウの心は重たくなるばかりであった。
 だが、目の前の局長であるレイは、魂が抜けたかのように脱力してしまっていた。
 ユウはさらに詰め寄る。
「局長、早く……、早く説明してくださいっ!    アチラを止めないとって……!」
「落ち着け、ユウ」
 レイに詰め寄るユウを止めたのは、シノビであった。ユウの肩にとんと手を置き、冷静な声音で言葉を紡ぐ。言葉だけでなく、シノビの声がユウを落ち着かせようとしているかのようであった。
 ユウは戸惑いの視線をシノビへとつい向ける。
 だが、そんな視線を受けてなお、シノビは冷静であった。
「皆、同じ気持ちよ。お主だけでなく、この場にいる私たち全員が、な。焦る気持ちも分からんでもない」
「なら――!」
「だが、今の局長に説明を求めるのは些か無謀だというもの。局長は我を失っている、説明をしたところで支離滅裂になる可能性は高い。一度、私たちも踏まえて全員が落ち着くことこそ優先事項だと見受けられる」
 シノビの言葉に、ユウはハッとした。慌てて周囲に視線を巡らせてみれば、カズネも戸惑っている様子で。彼女の顔からは血の気が引いている。真っ青な顔と微かに震えている身体を見て、ユウはようやく自分だけが困惑しているわけではないことを理解した。
 ユウが再度シノビへと視線を戻せば、彼は強く頷いた。その瞳には、強い意志が宿っている。
 シノビはハッキリと言葉にした。
「まずは局長を落ち着かせ、私たちがきちんと現状を把握した上でアチラを止めに行かねばなるまい。今の私たちには武器がないのだ。策を練らねば、どうにもならぬ」
 シノビの言葉に、だんだんとユウの頭も冷えていく。気持ちが徐々に落ち着いていき、高ぶる感情は知らぬ間にどこかへと行っていた。ユウは顔を俯かせて頷く。
「そう、だよな……。ごめん、シノビ」
 だが、シノビは横に首を振ってその言葉を受け入れなかった。
「謝ることではない。ユウが代弁してくれなければ、この中の誰かが声を張り上げていた。ユウのおかげで私は冷静でいるようなものだ。……それに、私は何としてでもアチラを止めるつもりでいる」
「え……?」
 シノビの言葉に、ユウは目を瞬いた。
 シノビはフンと鼻を鳴らす。何か息巻いているようであった。
「奴の思い通りになどさせぬ。武器がないにせよ、アチラを止めることは殴るなり、蹴るなりで事足りる。そうだろう」
 シノビは断言した。アチラを止める意志が、ヒシヒシと伝わってくる。
 ユウはこんな状況だというのに、シノビの物言いに笑えてきてしまって。つい、小さく吹き出した。肩を震わせて、ついつい状況を忘れて笑ってしまう。
 シノビはそれを見ながらも、咎める様子はなく。それよりも現状を把握しようと口を開く。
「……まずは、局長にどう説明してもらおうか考えるべきだ。今の状況では説明もままならないだろう」
「局長……」
 シノビの視線が、局長であるレイに釘付けとなる。
 ユウもその視線に促されるかのように、局長へと視線を向けた。
 まだ、局長は力無く椅子に背を預けている。普段の彼女からはまったく予想できない姿であった。
「それでも、局長には説明してもらわねばならぬ。何としてでも――」
 シノビの言葉が紡げたのは、そこまでであった。それ以降の言葉が、続くことはできなかった。
 それは、ポツリと紡がれた言葉があったからであった。
「……奴は、馬鹿なガキだった」
 その言葉に、ユウもシノビも、放心状態だったカズネも一点に視線を向けていた。
 椅子に力無く背を預け、虚無の表情をしているレイが、小さな声で語っていく。
 それは、どこか祈るようで、懺悔しているようで。
「……まだ、私が転生局を作る前に出会った、クソガキだった。奴は、騙し、裏切り、欲にまみれていく者たちを見て、嫌悪していた。自分の価値を見いだせずに、手を赤く染めていくことしか、できていなかった。自分も同じ存在だと理解して、反吐が出ると語っていた……」
「……っ!    ま、さか……」
「奴と私は相まみえ、刃を交わし、ようやく私に力を貸した……」
「アチラの、過去……!?」
 局長はユウたちの反応などお構い無しに語っていく。いや、きっと彼女は思い出してつい言葉にしてしまっているだけなのだろう。ユウたちの反応は目に、耳に入っていないようであった。
 ユウはハッと気が付き、それを言葉にする。シノビやカズネも察したのだろう。これはアチラの過去を知るチャンスで、止めるきっかけにもなるはずだ、と。彼らは耳を澄ませて一音たりとも逃さぬようにと、さらに集中した。
 レイは独り言のようにさらに語る。
「……奴は、自分の過去を、私に協力した。それが、奴の罪滅ぼしになるのだと信じて。だが、奴の中にはすでにが宿ってしまっていた……。それは、始まりであり、終わりの力……、それこそが、奴がこの場所に固執していた理由だった……」
「始まりであり、終わりの力……?」
 カズネは局長の言葉を繰り返す。
 その言葉に引っ掛かりを覚えたのは、カズネだけではなかった。その場にいた全員が、その言葉の真意を探ろうと頭を働かせる。
 だが、そんな彼らを待つことなく、レイの言葉はまだ続いていく。終わりの見えない話が、途切らせることすら許さないようであった。
「……私が、局員へと推薦した者たちは、皆、元々転生者の立場であった。だが、アチラだけは、違う……」
「……アチラは、違う」
 シノビが眉間の皺を深くする。言葉を繰り返す彼は、何かを探るように視線を鋭くし、考え込むために顎に手を添えた。


 ――転生局に勤めている局員たちは、元々転生者の立場で訪れた者ばかりであった。

 局長であるレイは、その中でも正義感の強い者や目に留まった者、転生にまったく興味がない者などを対象に、転生局の局員になるよう勧誘した。
 そのため、転生局局員たちの九割九分が、元転生者であるということになる。

 だが――。


「……アチラは、違う。奴はこの世界において、手を赤く染めた。幾人もの者たちを手にかけ、一人荒野に佇んでいた。……いつか、アチラは宿った力を使い、消えるだろう。それを知りながら、私はこの場所にアチラを招いた。そんなことが起こらないことを、祈りながら……」
「局長……」
 ユウたちには、まだすべてを理解できない。
 アチラが何か罪を犯したことは理解した。命を奪い、その手を赤く染めていたことを、レイの言葉で知った。
 だから、アチラが過去を話したがらなかったのだということを、ようやく今頃になって悟った。
 アチラは頑なに話さなかった。以前、飲みに行った時も、肝心なことははぐらかされた。それはきっと、そんな罪を犯したことを、知られたくなかったから。
 ユウたちはそう考えて、それでもアチラを止めたいと思った。今のアチラを見てきて、彼を嫌う理由がなかったからだった。

 過去よりも、現在のアチラを、必要としたからであった――。

 レイはさらに大事なことを語る。
「……アチラの、本当の名は――」
 その言葉に、ユウたちは目を見開き、固まってしまったのであった。



 Ⅱ

 アチラは「奈落」で大鎌を振るい続けていた。少しずつ転生者たちの数を減らしていくものの、それでも数は減っていかない。
 地に叩き伏せられた転生者たちの数は、おおよそ五〇〇。だが、その数が可愛く見えるほどに、転生者たちはまだ武器を手にしてアチラへと襲いかかってくる。彼らはさらに下に存在している、地獄を目指して進もうとしており、その邪魔をしているアチラを倒そうと躍起になっているのであった。アチラをぐるりと取り囲み、たった一人で立ちはだかっているアチラを、さっさと倒したくて仕方がないのだろう。邪魔者を排除したほうが安易に進めると考えているのかもしれない。
 くそっ、数が多すぎる……!    「奈落」に送る数、見直したほうが良いかもねえ……!
 アチラは悠長にそんなことを考える。この後、「奈落」を鎮圧したら、地獄にも行かねばならないというのに、手こずっていた。
 本当は、もう少し体力を残しておきたいところであった。いくらアチラといえど、これほどの者たちを相手にしていれば、一瞬ではカタがつかない。
 地獄には、地獄の王率いる、番人たちが控えている。そうそう、アチラに頼らなければいけない状況ではないはずだ。できることなら、地獄のほうはカタがついたと一報が入って欲しいところである。
 ……おまけに、数が多すぎて拘束しても意味がないし、意識を逸らされれば、勝手に解除されてるし……、厄介すぎるでしょ!
 アチラはダメ元で再度指をパチンと一度鳴らす。何人かを拘束することに成功したものの、攻撃されそうになり避けることに専念した瞬間解除されてしまった。拘束されたはずの転生者が復活し、再度武器を手にする。
 ならば、と大鎌を手にする力を強くする。やはり、大鎌を振るって地に叩き伏せたほうが早く効率が良いのである。
 転生者たちの攻撃を右に避け、下に避け、ついでに足払いをし、時には転生者同士を衝突させて、大鎌を振るい、さらには足で蹴飛ばす。
 過去の経験が、動きが、読みが、アチラの感覚を鋭くさせ、強くさせていく。
 だが、それでも数の面では完全に不利だ。時には避けたつもりでも、攻撃を食らってしまう。アチラ一人に対して、転生者の数は現時点でも優に万を超える。肩を打たれ、顔を殴られ、足を強く踏まれた。手や足の数は圧倒的に多く、アチラはやむなく攻撃を受けてしまう結果となる。
 どうにか、しないとねえ……。
 そろそろ大鎌だけでは、辛くなってきた。
 その時、アチラの背後で雄叫びが上がる。襲いかかってきた転生者が、アチラの頭上へと強く武器を振り下ろそうとしていた。
 アチラはそれに気が付き、間一髪で指を鳴らすと取り出した一丁の拳銃の銃口を相手の眉間に向ける。そして、迷うことなく引き金を引いた。
 大きな発砲音がして、次いで転生者が地に倒れ込む。だが、そこから出血は確認できなかった。
 アチラはそれを見下ろし、一つ息をつく。懐に一度拳銃を収めた。
 ……俺の武器は、今は相手を傷つけることはない。致命傷になることもなく、ただ気絶させるだけ。それが、俺が犯した罪の証。それでも――。
 アチラは奥歯を噛み締める。グッと大鎌を握る力を強くし、急に重たく感じる大鎌をなんとか担ぎ上げた。
 自分自身に、強く地に引き止める、冷たく重い鎖が繋がれた錯覚に陥った。
 武器を振るって、心が痛まないなんてこと、あるわけねえっ……!
 アチラは見た目こそ余裕を保っていたものの、確実に自分の精神が削られていることを悟っていた。それでも、他の誰かに今の自分の立場を任せるつもりはない。

 自分一人が、この重荷を背負えば良いと、そう考えていたからだった――。

「なんで、一人でそこまでっ……!」
「怯むな、そのまま畳かけろ!」
「強すぎるだろ……!    だって、あいつ……、ずっと一人で俺たちを相手にしているんだぞっ……!?」
 転生者たちの戸惑う声や怒りの声が、アチラの耳に届く。悲痛な声も時には聞こえたが、中には強く罵詈雑言を発する者もいて。その言葉が、大きくアチラの精神をさらに削っていった。
 罵詈雑言なんて、言われ慣れている……。今さらそれをどうこう言わないし、「奈落」にいる者たちは余計に言いそうだ……。だけど……。
「……言われ慣れていたとしてもなあ!」
 アチラは大鎌を振りかぶる。そして、彼らしくない、力任せの振り方で転生者全員を薙ぎ払うかのように振り下ろした。
「どうしててめえらは……、その言葉の数々が他人を傷つけていることなんだって、なぜ気が付かないんだあ!」
 アチラの叫びと共に、振るわれた大鎌によってアチラの周囲にいた大半の転生者が吹き飛ばされ、地へと叩き伏せられる。
 アチラは肩で息をしながら、ゆらりと立ち尽くす。

 その姿は、正しく「死神」と呼ぶに相応しい――。

「な、なん、だよ……!    なんなんだよ、てめえはっ……!?」
 転生者の一人が、悲鳴じみた声を上げた。アチラを震える指で差しながら、怯えた目で目の前の「死神」を見つめた。
 アチラは振り返ることなく、小さく言葉を紡ぐ。
「……俺の、名は――」



 Ⅲ

 まだ、転生者の数は多い。
 アチラはそれを理解しながらも、問いかけられたことに対して答えるために一度手を止める。グッと言葉を一度飲み込んで、そして苦い顔で自分の名前を名乗った。
「……俺の、名は――悪知羅アチラ
 アチラは大鎌を地面に突き刺し、その場にいる転生者全員に名乗るかのようにハッキリと告げる。
「悪を知り修羅の道を行く――。それが、俺の元の名であり、俺の……罪」
 アチラは名乗ってから、何も握っていない右手を見つめた。左手で握る大鎌の柄が、やけに重たくて、自分を縛り付ける鎖のように感じて仕方がない。
 ああ、ついに言ってしまった……。
 アチラは名乗ることに、どこか怯えて、どこか心が軽くなった気がしていた。


 ――アチラの過去は、それは重たく、暗く深い闇のようなもの。

 人を斬り伏せ、地を赤く染め、自分以外の人間を見下していた、あの悪ガキ時代。思い出したくもなく、今の自分が見ても、ろくでもない過去であった。
 だが、そんな時に、現転生局局長である、レイと出会った。偶然とも呼べ、必然とも呼べるその出会いによって、アチラは変わるきっかけを得た。そして、転生局で働き始め、今も尚この場所に居続けている。
 この時の彼はまだ知らなかったが、後に自分の漢字の名に強い力が宿っていることに気がついた。その力の源となっていたのは、後悔、怒り、憎しみ、恨み……、それらの感情が混ざりあったもの。強く、重たく、生きるものすべてに宿る、どうしようもない感情の数々であった。
 どれだけ転生局で働こうとも、どれだけ人のために動こうとも、どれだけ人と関わろうとも……、彼の名に纏わり付く感情たちが消える気配はなかった。いつしか、それは呪いのように彼を縛り付けていた。
 そして、力はどんどん大きくなり、取り返しのつかないところまで来ていたのである。
 彼はその力を使えば、自分が最期を迎えることを悟っていた。
 アチラがその名を背負い、清算が終わることと同時に、彼が消滅するということを――。
 アチラはそれを知った時、決意していた。
 自分がその名を口にするのは、転生局や世話になった人が危機に陥った時だということを。
 そして、自分一人が犠牲になることを――。

 ――それが、今、この時なのである。


 アチラはずっとこの名を口にしたくはなかった。
 自分の名前が、とにかく嫌いであった。名を聞くたびに、自分の過ちを思い出し、自分がろくでもない者だということを再確認してしまうからだった。
 だから、自分の名前を名乗る時は茶化すかのように必ず決まった台詞を吐いていた。アチラとコチラ、そうやって自分の名前を誤魔化すようにあべこべなことを言って、現実から目を逸らしていたのである。
 だが、今となっては、それも昔の話――。
 アチラは大鎌を担ぎ直す。
 転生者たちはしばらく呆然とアチラを見ていたが、まだ諦めるつもりがないらしい。またアチラを取り囲んで、ジリジリと迫ってきている。
 アチラは懐に一度収めていた拳銃を、指を鳴らしてしまい込むと、代わりに聖剣を引き抜く。
 右手には聖剣、左手には大鎌。
 そして、聖剣を見れば思い出すのは、同僚の顔で。
 ……ユウ、大事に使っていたんだねえ、この聖剣。
 他の武器たちもそうだった。大事に手入れされていた。皆が大事に使ってくれていたことを、痛く理解する。
 アチラは聖剣を転生者へと向けて前に突き出すかのように構えた。
「……今さら俺がどれだけ手を汚そうとも構うことはねえ。この手をいくら汚そうとも、ここは絶対に食い止める。けど……」
 アチラは蒼い瞳を燃えたぎらせ、強く転生者たちを睨めつけた。
「……けど、ユウたちや局長たちには、手を汚させるわけにはいかねえんだ」
 そう、ユウたちの手は、転生者たちの背中を押し出すもの。局長の手は、ユウたち局員を支えるもの。絶対に汚させはしねえ……!
 アチラの決意が籠った蒼いサファイアは、転生者たちを怯えさせた。誰かが一歩下がれば、少しずつ皆それが伝染して後退する。それでも、また指揮を上げて立ち向かおうとしてくるのだ。それは、アチラが一人で戦っているからなのだろう、勝機があると思い込んで疑っていないようであった。
 アチラは深呼吸する。そして、足に力を込めて、高く跳躍した。多くの転生者たちを風圧で蹴飛ばし、聖剣と大鎌を同時に振るう。一斉に薙ぎ払われた転生者たちは、今までの転生者たちの中で一番吹き飛ばされたことだろう。強く地面に叩きつけられていた。
 アチラはそれに構うことなく、また聖剣を前に突き出して転生者たちへと挑発するかのように言葉を発する。
「さっさとかかってこい、時間がねえんだよ」
 襲いかかってくる転生者たちを、アチラは虚しくも武器を振るって、「奈落」を縦横無尽に駆けて行く。

 もはや、「死神」が「阿修羅」になるのも、時間の問題であった――。



 IV

 一方、ユウたちは局長であるレイの話を一通り聞くなり、局長室を飛び出していた。
 今の彼らには武器もなく、同僚を止める術もない。それでも、彼らは迷うことなく、ある場所に向けて一身に駆けて行く。
 ユウは足を止めることなく、横を走るシノビを見る。
「局長の話が、本当だと言うのなら……!」
「四の五の言っている場合ではない。それを真実かどうかも見極める時間などないのだ。もはや、私たちにはアチラを止めるしか手がないのだ」
 シノビはユウの言葉を聞きながらも、強く言い返すだけであった。彼はすでに心を決めているのだろう。走りながら語る彼は、まったく息が乱れていなかった。
 シノビの言葉を聞いて、聞き返したのは二人の後を追いかけるカズネで。
「でも、どうやって……!?」
 カズネはユウとシノビの後を必死に追いかけている。だが、アチラを止めようと足を動かしていた。
 必死な問いかけに答えたのもシノビで。
「今や私たちには武器がない。おそらく、すべてアチラの元に集結しているのだろう。ならば、私たちが止める術など、一つのようなものだ」
「一つって……!」
「ま、まさか、シノビ……!」
 カズネが繰り返す中、ユウは思い当たる節があって嘘だろうと言わんばかりに彼の名を呼んだ。
 シノビは真剣な表情で頷く。
「無論、先ほど言った通りだ。奴を蹴るなり、殴るなり、叩き伏せて止めるのみ」
「冗談だと思ってたのに、本気なのか!?」
「それ以外に方法などなかろう」
 三人は走りながら、ああでもない、こうでもないと言葉を交わす。アチラの元に辿り着く前に結論が出るかは甚だ疑問であった。



 そんなユウたちは気が付かない。

 その彼らの後を、ゆっくりと追いかける影がいたことを――。

 ――その影は、ユウたちとの距離を詰めることなく、のそりのそりと追いかけていくのであった。
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