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第二三章 「――全責任は、俺が取る」
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Ⅰ
「……で?」
アチラは不機嫌な声で問いかける。その表情は、いかにも「苛立っています」と言わんばかりのものであった。
アチラの目の前には苦笑している者が一人と、満面の笑みで対応する者が一人。
満面の笑みで対応する者に、アチラは厳しく鋭い蒼を向けていた。
――ここは、転生局清算部。
通称、「奈落」と称されている場所である。
今回、アチラがこの場所に足を運んだのは、気になる点があったからであった。普段は局長に頼まれないと来ないが、今回は別である。局長の依頼でもなく
何か急ぎの仕事の用件があるわけでもない。
正直に言えば、気は進まなかったのではあるが、どうしてもここ、「奈落」に来る必要があった。
というのも、清算部の部長であるソウウンに話がしたかったからなのである。
だが、意を決してここまで足を運んでみれば、まさかのアチラにとっては天敵がいて。
――そして、冒頭に至るわけである。
アチラは怒りのままに口を開く。相手が不在であることを願って来た。願って来たというのに、まさかの最初から室内に待機しているなどと、誰が予想しただろうか。
アチラはピクピクとこめかみを震わせ、青筋を立てながら天敵を睨みつけた。
天敵――サイガは、にこにこと笑ってアチラの視線を一心に受け止めている。どんな視線も彼にとってはご褒美らしい。
アチラは長い長いため息をつく。
「俺はソウウンに話があったのにさー。なんでサイガまでいるんだよー。予想外すぎたんだけど、ああ、マジかよ、もう」
アチラは目の前に本人がいるというのに、そんなことはお構いなしに悪態をつく。
だが、サイガはそれすらもご褒美のようで、にこにこと笑ったまま言葉を紡いだ。
「ああ、愛しの君! 最近はまったくこの場所に来訪してくれないから私としてはとても悲しかったが、ようやく、そう、ようやく私の前に……! この時を夢見るほどに今か今かと待ち望んでいたよ……!」
「俺は願い下げだっつーの」
通常運転をしているサイガを見て、アチラは冷たく返しながら頭を抱えた。
どう考えてもおかしい、なぜこいつがここにと頭を働かせていく。
……俺がここに来ることは、ソウウン以外には言っていないはず。サイガが予測して毎日ここにいたとは考えられない。少なくとも、こいつは研究者だ。そうそうこの場所に足を運ぶとは思えない。まさか、俺が来なさすぎて予想がつくようになった……? そんな馬鹿な話があってたまるか。
アチラはもはや迷走している。予想外すぎて頭が正常に働いていないのだ。
怒りを隠そうともしないアチラの様子を見て、サイガは何かを察したのかあっけらかんと答えた。
「そりゃあね、ソウウン部長から愛しの君が来ることを聞いたのさ」
語尾に星でも付きそうなほどの軽快な物言いに腹が立つが、それ以上に聞き逃せない内容を耳にして、アチラは蒼い瞳を鋭くさせてこれでもかと犯人を睨みつける。
睨みつけられた犯人――ソウウンは、乾いた笑いを零した。
「ソウウンー……?」
「え、えっと、ごめんなさい!」
ソウウンはアチラに名前を呼ばれて素直に謝罪した。
アチラはため息をつく。ソウウンなら、この可能性は確かに高い。どうせ、部下に見境なく自分が来ることを言いふらしたのだろうと予測する。
まあ、俺が来ることだけを言いふらしたのなら困ることもないけど……。それ以外のことを言いふらされると、今後は困るかもしれないよねえ……。
口止めしておかねえとな、とアチラは心の中で決意を固める。
そこまで考えて、でも現状が馬鹿らしく思えてきて。このままじゃあ、サイガの調子に乗せられることも理解して。
アチラはようやく本題に入ることにした。
「……もう良い、気にしないことにする。……ソウウン、ついでにサイガ。今回は局長の以来としてではなく、俺が個人的に頼みたくてここに来たんだ」
アチラは先ほどとは違った、意思の籠った蒼く鋭い瞳を目の前の二人に向ける。
対して、ソウウンとサイガはぱちくりと目を瞬いた後、お互いの顔を見合せた。
そして、アチラはゆっくりと語り始めた、この間の元転生者が起こした悪事について――。
Ⅱ
「……そ、それは本当のことですか?」
ソウウンが震える声で告げる。
サイガは何も言わなかったが、事態を重く受け止めているように見えた。
アチラは一つため息をつく。
「作り話だったなら、質は悪いけど尚更良かったかもねえ。……残念だけど、今回は違う。すべて俺の目の前で起こった、事実だよ」
アチラが語ったのは、つい先日アチラが現世で異世界と呼ばれている世界で、元転生者が悪事を働き、国を混乱に陥れたこと。
自身の力に酔い、欲に溺れ、好き勝手振舞っていた元転生者のこと。
そして、その元転生者を、アチラが再度「奈落」行きにしたこと――。
前例がない事態に関して、アチラも相当重く受け止めていた。だが、今回「奈落」もとい清算部にこうして情報共有したのは、この重い事態を清算部の局員に認識しておいて欲しかったからであった。
今回、アチラは局長にこのことを相談していない。アチラにしては珍しいことであるが、如何せん今回のことは前例がない。おそらくだが、局長は大事にしたくないと言うだろう。それを踏まえた結果である。
だからこそ、ソウウンだけに話しておくつもりだった。そのために、事前にソウウンには人払いをしてもらっていた。
だというのに――。
「その人の努力を水に流してまでこの場所に居座るアホに、俺が腹を立てないと思ったのかよ……!」
「いやあ、すまない。私はなんと言っても愛しの君を最優先に考えてしまうからね」
「褒めてねえし、嬉しくねえんだよ!」
アチラは怒りを再度サイガへと向ける。
サイガはまったく反省していない様子で、上辺だけの謝罪を述べる。
アチラはガチギレであった。
だが、サイガに何を言ったところで、どうしようもないだろう。今日どころか、常日頃から何を言っても意味がないとアチラは理解している。理解しているものの、文句の一つぐらいは言いたくなるのである。
アチラは一つ息をついて自分を落ち着かせると、ソウウンに再度向き直った。
「……付け加えておくと、前回相手にした転生者には俺たちの記憶がなかった。まあ、それ自体は不思議な話じゃない。記憶が残るほうが珍しい話だからね。だけど……」
アチラは言葉を一度区切って、顔を曇らせる。彼にしては珍しい表情であった。
ソウウンとサイガは心配そうに、だけど黙って見守るだけに留まっていた。
アチラは自身の行動を悔いるように、ギュッと膝の上に置いた拳に力を入れる。
「……まさか、俺たちが第二の人生を送って欲しいと、辛いことを繰り返さないで欲しいと願って快く送り出した転生者が、あんなことをするとは思っていなかった。あんな……、あんな非道な行い――」
アチラは自身が見てきた光景を思い出して、一層腹が立った。
――思い出したのは、あの住処とされていた洞窟内のこと。
種族関係なく、集められた女性たち。縛られて、全員の表情に不安や恐怖、絶望の色が見て取れた。何をしたのか、なんて首謀者に問いかけることなく、大体の想像がつく。
力に溺れ、欲に溺れ、そして人の命を無駄に奪っていく。
そんな、クズとしか言いようのない奴で――。
人間にはよくありそうな話だ。そんなことはよく分かっている。
だけど……。
――できれば、自分たちが審判した転生者から、そんな奴を送り出したくはなかった。
アチラは拳に込める力をさらに強くする。
自分たちはきちんと仕事を行っていた。間違った審判を下すこともあったが、それを正そうと努力した。
転生者が第二の人生を歩もうとするなら、その背中を押すような、そんな仕事をしたかった。
なら、それを止めるのが、俺の仕事――。
――俺にしかできない仕事。
アチラは蒼い瞳に、意志を込める。
すると、それを見てなのか、サイガがふむと頷き口を開いた。
「……それで、愛しの君は何をご所望なんだい?」
「その呼び方はやめろ」
アチラはサイガに強く言い返してから、何度目かは分からない息をついて落ち着きを取り戻す。やがて、先ほどから強い光を放っているサファイアを二人へと向けて見つめる。
迷いは、ない――。
アチラは口を開いた。
「……頼みたいことは、一つ。もし、『奈落』で今後同じようなことが起こったら、真っ先に俺に教えて欲しい。局長には、知られることなく」
アチラの低く鋭い声が、室内に強く響き渡っていた。
その声は、まさに「死神の大鎌」のようであった――。
Ⅲ
アチラの言葉に、ソウウンは耳を疑った。ソウウンは震える声で問いかける。
「た、確かに、アチラさんは自分たちよりも上の方に当たります。上司と言っても過言ではありません。で、ですが……、ですが、そんな異常事態が起こったとすれば、本来転生局の長である、局長へまず報告するべきでは……?」
ソウウンが告げたことは間違っていない。むしろ、紛れもなく正しい対処法だろう。
異常事態が起これば、すべての情報は各部署より転生局の総責任者でもある局長へと報告される。局長がその情報を元に、指示を出し、対処される仕組みとなっているのだ。
だが、アチラはそれを理解している上で、局長よりも自分に先に報告して欲しいと、ソウウンたちに頼み込んでいるのだ。
ソウウンが戸惑うのも無理はない。
アチラは「分かっている」と告げる。
「分かってはいるんだ。けど、これは俺しかできないことなんだ。……もし、今後同じように転生者が道を踏み外したり、『奈落』で反乱でも起こったりするようなことがあれば、確実に転生局は終わる。ましてや、ここ、『奈落』が反乱を起こした転生者たちの手の中にあるとなれば、転生局は不利になる。抑えられなくなるかもしれない。それだけは避けておきたいんだ。……それに、一応は局長に許可をもらっているわけだしね」
――正式に、許可をもらったわけではなかった。
正確に言うのであれば、局長からは「頼むぞ」と言われただけだ。
アチラがこの間、事態を収めて報告しに行った時に言われたそのたった一言。そのすべてに、複数の意味が込められていることを、アチラは察していた。
だが、正確に局長に確認したわけではない。
つまり、言ってしまえば、アチラは局長であるレイの言葉を、良いように解釈している、ということになる。
……もし、転生局が今までの方法を取るとするのなら、その間に転生局は終わるだろう。前例がなかった今だからこそ、異例の事態に備えて動くべきだ。
それに、とアチラは思う。
それに、俺が一番早くに動けないと、意味がない。
だからこそ――。
――俺は、この方法を取る。
アチラの覚悟はとっくに決まっていた。
動いた後でどんな責任を取らされようが、この仕事を失うことになろうが、アチラは今回この方法を取ることを決めたのである。
それは、前回の転生者との戦いの後に、すでに決めていたことであった。
もし、それで審判者じゃなくなったとしても――、アチラに悔いはない。
アチラしか動けない。それは、他の誰もが知らない事実。だが、アチラはそれを痛いほどに理解している。
……俺の名前は、そこが由来できている。もし、ここで一番早くに動けなかったらそれこそ困ることになる。
誰も対処できないのだから――。
アチラはそこまで頭を働かせて、ソウウンに問いかける。
「……ちなみに聞いておくけど、まだ『奈落』でそんなことが起きたって話はないよね?」
「縁起でもないこと、言わないでください!」
「とりあえず、そんな異常事態は起きていないよ、愛しの君! それに、この私がいてそんなことを簡単に起こしてしまっては、愛しの君に顔向けできないからね!」
「一生、顔向けできなくて良いけどね」
ソウウンが泣きそうに言い返す中、サイガは通常運転で言い放った。
アチラは普段通りに言い返したが、それを聞いて内心一安心する。
まだ、準備ができる。とりあえず、俺はやれるだけのことはやる。自分の職を失うことが怖くて見過ごすなんてこと、できるわけがねえ。ましてや、俺は――、俺たちが、審判者なんだ。
アチラはふーと長く息を吐き出す。
その音に、ソウウンとサイガはアチラへと視線を向けた。
アチラは二人の顔を交互に見つつ、鋭く言い放つ。
「――全責任は、俺が取る。二人は俺に命令されただけだと、貫き通せば問題にはならないだろう。俺もそれに関して何も文句は言わない。文句を言う権利はないからねえ。……無理を言っているのは分かっている。だけど、頼む。今だけは俺に従って欲しい。転生局の、未来のためだ」
アチラの言葉に、ソウウンとサイガは顔を見合わせる。しばらく沈黙が部屋を包み込んだ。やがて、顔を見合せていた二人は困ったように笑い、それから言葉を紡いだ。
「……分かりました、他でもないアチラさんの頼みです。引き受けましょう。ただし、局員には知られないように徹底します。そして、責任を取るとしたら、俺も一緒ですよ。アチラさんがいない場所で、仕事なんてできませんし」
「もちろんだよ、愛しの君! 任せておくれ! それから、私と君は一蓮托生だ! 辞める時ももちろん一緒だよ!」
二人の温かい言葉に、アチラは呆然とする。予想外の言葉が返ってきて、思考が停止したのだ。
だが、理解すると少しばかり口元を緩めて言い返す。
「……助かる。けど、てめえと一緒は絶対やだ」
アチラの普段通りの姿に、ソウウンもサイガもようやく力が抜けたように微笑んだのであった。
IV
「……とりあえず、これで『奈落』は大丈夫だろうな」
アチラは「奈落」もとい清算部を後にしつつ、足を進める。指折り数えながら、あと何ができるかを必死に考えた。
「……気にすることとしたら、転生者か。毎日のように来ているし、変な思考を持った奴がいてもおかしくはない。今以上に警戒しとかないとなあ」
ユウやシノビには気が付かれないようにしとかねえと。あの二人、こういうことに関しては察するだろうからなあ。言わないと余計に怒られそうだし。
今回のことは、元から言うつもりはなかった。他の審判者には自身の仕事に専念して欲しいと考えたからである。特に、ユウに話せば、仕事どころではなくなるだろう。それだけは避けたいところである。
ふと、アチラは一つ思いついた。だが、そこまで必要かと考える。
……確かに、俺にしかできないこと。まだできそうなことはたくさんあるわけだし、不要な気もするけど、念には念を入れておく必要がある、か。
うーん、とアチラは悩んだ挙句、今から出向くことにした。
「……あまり気は進まないけど、仕方ない、か。何とかするしかねえし」
アチラは転生局の自身の仕事部屋にさっさと戻り、人目がないことを念のため確認した後で、大鎌を取り出す。ぐるんと回して構えると、何もない空間を大鎌で切り裂いた。別空間へと繋ぐその入口に、アチラはトンと床を蹴って飛び込む。
誰にも何も告げることなく、「死神」は住処から姿を消した。
この「死神」が未来で掴むのは、希望か、絶望か――。
――それはまだ、誰にも分からない。
「……で?」
アチラは不機嫌な声で問いかける。その表情は、いかにも「苛立っています」と言わんばかりのものであった。
アチラの目の前には苦笑している者が一人と、満面の笑みで対応する者が一人。
満面の笑みで対応する者に、アチラは厳しく鋭い蒼を向けていた。
――ここは、転生局清算部。
通称、「奈落」と称されている場所である。
今回、アチラがこの場所に足を運んだのは、気になる点があったからであった。普段は局長に頼まれないと来ないが、今回は別である。局長の依頼でもなく
何か急ぎの仕事の用件があるわけでもない。
正直に言えば、気は進まなかったのではあるが、どうしてもここ、「奈落」に来る必要があった。
というのも、清算部の部長であるソウウンに話がしたかったからなのである。
だが、意を決してここまで足を運んでみれば、まさかのアチラにとっては天敵がいて。
――そして、冒頭に至るわけである。
アチラは怒りのままに口を開く。相手が不在であることを願って来た。願って来たというのに、まさかの最初から室内に待機しているなどと、誰が予想しただろうか。
アチラはピクピクとこめかみを震わせ、青筋を立てながら天敵を睨みつけた。
天敵――サイガは、にこにこと笑ってアチラの視線を一心に受け止めている。どんな視線も彼にとってはご褒美らしい。
アチラは長い長いため息をつく。
「俺はソウウンに話があったのにさー。なんでサイガまでいるんだよー。予想外すぎたんだけど、ああ、マジかよ、もう」
アチラは目の前に本人がいるというのに、そんなことはお構いなしに悪態をつく。
だが、サイガはそれすらもご褒美のようで、にこにこと笑ったまま言葉を紡いだ。
「ああ、愛しの君! 最近はまったくこの場所に来訪してくれないから私としてはとても悲しかったが、ようやく、そう、ようやく私の前に……! この時を夢見るほどに今か今かと待ち望んでいたよ……!」
「俺は願い下げだっつーの」
通常運転をしているサイガを見て、アチラは冷たく返しながら頭を抱えた。
どう考えてもおかしい、なぜこいつがここにと頭を働かせていく。
……俺がここに来ることは、ソウウン以外には言っていないはず。サイガが予測して毎日ここにいたとは考えられない。少なくとも、こいつは研究者だ。そうそうこの場所に足を運ぶとは思えない。まさか、俺が来なさすぎて予想がつくようになった……? そんな馬鹿な話があってたまるか。
アチラはもはや迷走している。予想外すぎて頭が正常に働いていないのだ。
怒りを隠そうともしないアチラの様子を見て、サイガは何かを察したのかあっけらかんと答えた。
「そりゃあね、ソウウン部長から愛しの君が来ることを聞いたのさ」
語尾に星でも付きそうなほどの軽快な物言いに腹が立つが、それ以上に聞き逃せない内容を耳にして、アチラは蒼い瞳を鋭くさせてこれでもかと犯人を睨みつける。
睨みつけられた犯人――ソウウンは、乾いた笑いを零した。
「ソウウンー……?」
「え、えっと、ごめんなさい!」
ソウウンはアチラに名前を呼ばれて素直に謝罪した。
アチラはため息をつく。ソウウンなら、この可能性は確かに高い。どうせ、部下に見境なく自分が来ることを言いふらしたのだろうと予測する。
まあ、俺が来ることだけを言いふらしたのなら困ることもないけど……。それ以外のことを言いふらされると、今後は困るかもしれないよねえ……。
口止めしておかねえとな、とアチラは心の中で決意を固める。
そこまで考えて、でも現状が馬鹿らしく思えてきて。このままじゃあ、サイガの調子に乗せられることも理解して。
アチラはようやく本題に入ることにした。
「……もう良い、気にしないことにする。……ソウウン、ついでにサイガ。今回は局長の以来としてではなく、俺が個人的に頼みたくてここに来たんだ」
アチラは先ほどとは違った、意思の籠った蒼く鋭い瞳を目の前の二人に向ける。
対して、ソウウンとサイガはぱちくりと目を瞬いた後、お互いの顔を見合せた。
そして、アチラはゆっくりと語り始めた、この間の元転生者が起こした悪事について――。
Ⅱ
「……そ、それは本当のことですか?」
ソウウンが震える声で告げる。
サイガは何も言わなかったが、事態を重く受け止めているように見えた。
アチラは一つため息をつく。
「作り話だったなら、質は悪いけど尚更良かったかもねえ。……残念だけど、今回は違う。すべて俺の目の前で起こった、事実だよ」
アチラが語ったのは、つい先日アチラが現世で異世界と呼ばれている世界で、元転生者が悪事を働き、国を混乱に陥れたこと。
自身の力に酔い、欲に溺れ、好き勝手振舞っていた元転生者のこと。
そして、その元転生者を、アチラが再度「奈落」行きにしたこと――。
前例がない事態に関して、アチラも相当重く受け止めていた。だが、今回「奈落」もとい清算部にこうして情報共有したのは、この重い事態を清算部の局員に認識しておいて欲しかったからであった。
今回、アチラは局長にこのことを相談していない。アチラにしては珍しいことであるが、如何せん今回のことは前例がない。おそらくだが、局長は大事にしたくないと言うだろう。それを踏まえた結果である。
だからこそ、ソウウンだけに話しておくつもりだった。そのために、事前にソウウンには人払いをしてもらっていた。
だというのに――。
「その人の努力を水に流してまでこの場所に居座るアホに、俺が腹を立てないと思ったのかよ……!」
「いやあ、すまない。私はなんと言っても愛しの君を最優先に考えてしまうからね」
「褒めてねえし、嬉しくねえんだよ!」
アチラは怒りを再度サイガへと向ける。
サイガはまったく反省していない様子で、上辺だけの謝罪を述べる。
アチラはガチギレであった。
だが、サイガに何を言ったところで、どうしようもないだろう。今日どころか、常日頃から何を言っても意味がないとアチラは理解している。理解しているものの、文句の一つぐらいは言いたくなるのである。
アチラは一つ息をついて自分を落ち着かせると、ソウウンに再度向き直った。
「……付け加えておくと、前回相手にした転生者には俺たちの記憶がなかった。まあ、それ自体は不思議な話じゃない。記憶が残るほうが珍しい話だからね。だけど……」
アチラは言葉を一度区切って、顔を曇らせる。彼にしては珍しい表情であった。
ソウウンとサイガは心配そうに、だけど黙って見守るだけに留まっていた。
アチラは自身の行動を悔いるように、ギュッと膝の上に置いた拳に力を入れる。
「……まさか、俺たちが第二の人生を送って欲しいと、辛いことを繰り返さないで欲しいと願って快く送り出した転生者が、あんなことをするとは思っていなかった。あんな……、あんな非道な行い――」
アチラは自身が見てきた光景を思い出して、一層腹が立った。
――思い出したのは、あの住処とされていた洞窟内のこと。
種族関係なく、集められた女性たち。縛られて、全員の表情に不安や恐怖、絶望の色が見て取れた。何をしたのか、なんて首謀者に問いかけることなく、大体の想像がつく。
力に溺れ、欲に溺れ、そして人の命を無駄に奪っていく。
そんな、クズとしか言いようのない奴で――。
人間にはよくありそうな話だ。そんなことはよく分かっている。
だけど……。
――できれば、自分たちが審判した転生者から、そんな奴を送り出したくはなかった。
アチラは拳に込める力をさらに強くする。
自分たちはきちんと仕事を行っていた。間違った審判を下すこともあったが、それを正そうと努力した。
転生者が第二の人生を歩もうとするなら、その背中を押すような、そんな仕事をしたかった。
なら、それを止めるのが、俺の仕事――。
――俺にしかできない仕事。
アチラは蒼い瞳に、意志を込める。
すると、それを見てなのか、サイガがふむと頷き口を開いた。
「……それで、愛しの君は何をご所望なんだい?」
「その呼び方はやめろ」
アチラはサイガに強く言い返してから、何度目かは分からない息をついて落ち着きを取り戻す。やがて、先ほどから強い光を放っているサファイアを二人へと向けて見つめる。
迷いは、ない――。
アチラは口を開いた。
「……頼みたいことは、一つ。もし、『奈落』で今後同じようなことが起こったら、真っ先に俺に教えて欲しい。局長には、知られることなく」
アチラの低く鋭い声が、室内に強く響き渡っていた。
その声は、まさに「死神の大鎌」のようであった――。
Ⅲ
アチラの言葉に、ソウウンは耳を疑った。ソウウンは震える声で問いかける。
「た、確かに、アチラさんは自分たちよりも上の方に当たります。上司と言っても過言ではありません。で、ですが……、ですが、そんな異常事態が起こったとすれば、本来転生局の長である、局長へまず報告するべきでは……?」
ソウウンが告げたことは間違っていない。むしろ、紛れもなく正しい対処法だろう。
異常事態が起これば、すべての情報は各部署より転生局の総責任者でもある局長へと報告される。局長がその情報を元に、指示を出し、対処される仕組みとなっているのだ。
だが、アチラはそれを理解している上で、局長よりも自分に先に報告して欲しいと、ソウウンたちに頼み込んでいるのだ。
ソウウンが戸惑うのも無理はない。
アチラは「分かっている」と告げる。
「分かってはいるんだ。けど、これは俺しかできないことなんだ。……もし、今後同じように転生者が道を踏み外したり、『奈落』で反乱でも起こったりするようなことがあれば、確実に転生局は終わる。ましてや、ここ、『奈落』が反乱を起こした転生者たちの手の中にあるとなれば、転生局は不利になる。抑えられなくなるかもしれない。それだけは避けておきたいんだ。……それに、一応は局長に許可をもらっているわけだしね」
――正式に、許可をもらったわけではなかった。
正確に言うのであれば、局長からは「頼むぞ」と言われただけだ。
アチラがこの間、事態を収めて報告しに行った時に言われたそのたった一言。そのすべてに、複数の意味が込められていることを、アチラは察していた。
だが、正確に局長に確認したわけではない。
つまり、言ってしまえば、アチラは局長であるレイの言葉を、良いように解釈している、ということになる。
……もし、転生局が今までの方法を取るとするのなら、その間に転生局は終わるだろう。前例がなかった今だからこそ、異例の事態に備えて動くべきだ。
それに、とアチラは思う。
それに、俺が一番早くに動けないと、意味がない。
だからこそ――。
――俺は、この方法を取る。
アチラの覚悟はとっくに決まっていた。
動いた後でどんな責任を取らされようが、この仕事を失うことになろうが、アチラは今回この方法を取ることを決めたのである。
それは、前回の転生者との戦いの後に、すでに決めていたことであった。
もし、それで審判者じゃなくなったとしても――、アチラに悔いはない。
アチラしか動けない。それは、他の誰もが知らない事実。だが、アチラはそれを痛いほどに理解している。
……俺の名前は、そこが由来できている。もし、ここで一番早くに動けなかったらそれこそ困ることになる。
誰も対処できないのだから――。
アチラはそこまで頭を働かせて、ソウウンに問いかける。
「……ちなみに聞いておくけど、まだ『奈落』でそんなことが起きたって話はないよね?」
「縁起でもないこと、言わないでください!」
「とりあえず、そんな異常事態は起きていないよ、愛しの君! それに、この私がいてそんなことを簡単に起こしてしまっては、愛しの君に顔向けできないからね!」
「一生、顔向けできなくて良いけどね」
ソウウンが泣きそうに言い返す中、サイガは通常運転で言い放った。
アチラは普段通りに言い返したが、それを聞いて内心一安心する。
まだ、準備ができる。とりあえず、俺はやれるだけのことはやる。自分の職を失うことが怖くて見過ごすなんてこと、できるわけがねえ。ましてや、俺は――、俺たちが、審判者なんだ。
アチラはふーと長く息を吐き出す。
その音に、ソウウンとサイガはアチラへと視線を向けた。
アチラは二人の顔を交互に見つつ、鋭く言い放つ。
「――全責任は、俺が取る。二人は俺に命令されただけだと、貫き通せば問題にはならないだろう。俺もそれに関して何も文句は言わない。文句を言う権利はないからねえ。……無理を言っているのは分かっている。だけど、頼む。今だけは俺に従って欲しい。転生局の、未来のためだ」
アチラの言葉に、ソウウンとサイガは顔を見合わせる。しばらく沈黙が部屋を包み込んだ。やがて、顔を見合せていた二人は困ったように笑い、それから言葉を紡いだ。
「……分かりました、他でもないアチラさんの頼みです。引き受けましょう。ただし、局員には知られないように徹底します。そして、責任を取るとしたら、俺も一緒ですよ。アチラさんがいない場所で、仕事なんてできませんし」
「もちろんだよ、愛しの君! 任せておくれ! それから、私と君は一蓮托生だ! 辞める時ももちろん一緒だよ!」
二人の温かい言葉に、アチラは呆然とする。予想外の言葉が返ってきて、思考が停止したのだ。
だが、理解すると少しばかり口元を緩めて言い返す。
「……助かる。けど、てめえと一緒は絶対やだ」
アチラの普段通りの姿に、ソウウンもサイガもようやく力が抜けたように微笑んだのであった。
IV
「……とりあえず、これで『奈落』は大丈夫だろうな」
アチラは「奈落」もとい清算部を後にしつつ、足を進める。指折り数えながら、あと何ができるかを必死に考えた。
「……気にすることとしたら、転生者か。毎日のように来ているし、変な思考を持った奴がいてもおかしくはない。今以上に警戒しとかないとなあ」
ユウやシノビには気が付かれないようにしとかねえと。あの二人、こういうことに関しては察するだろうからなあ。言わないと余計に怒られそうだし。
今回のことは、元から言うつもりはなかった。他の審判者には自身の仕事に専念して欲しいと考えたからである。特に、ユウに話せば、仕事どころではなくなるだろう。それだけは避けたいところである。
ふと、アチラは一つ思いついた。だが、そこまで必要かと考える。
……確かに、俺にしかできないこと。まだできそうなことはたくさんあるわけだし、不要な気もするけど、念には念を入れておく必要がある、か。
うーん、とアチラは悩んだ挙句、今から出向くことにした。
「……あまり気は進まないけど、仕方ない、か。何とかするしかねえし」
アチラは転生局の自身の仕事部屋にさっさと戻り、人目がないことを念のため確認した後で、大鎌を取り出す。ぐるんと回して構えると、何もない空間を大鎌で切り裂いた。別空間へと繋ぐその入口に、アチラはトンと床を蹴って飛び込む。
誰にも何も告げることなく、「死神」は住処から姿を消した。
この「死神」が未来で掴むのは、希望か、絶望か――。
――それはまだ、誰にも分からない。
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欠損奴隷を安く買って高値で売りつけてたらむしろ感謝されるんだけどどういうことなんだろうか!?
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ハズれギフトの追放冒険者、ワケありハーレムと荷物を運んで国を取る! #ハズワケ!
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※ハーレムの女の子が合流するまで、マジメで自己肯定感の低い主人公の一人称はちょい暗めです。
※明るい女の子たちが重い空気を吹き飛ばしてゆく様をお楽しみください(笑)
※タイトルの画像は「東雲いづる」先生に描いていただきました。
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