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第一六章 「変わらないものなんて、何もないんだからさ」

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 Ⅰ

 アチラは向かい合う「執行人」が何も言わずに立っているだけなので、しびれを切らしてため息をつく。大鎌を上空へと投げてどこかにしまい込むと、パチンと指を鳴らした。
「ちょっと、呼び出しておいて、もてなしもないとか酷いんじゃないの?」
 アチラが指を鳴らせば、豪奢な椅子が二つと、小さめの丸テーブルが一つ現れた。椅子は向かい合うように置かれ、その間にテーブルが置かれている。ちなみに、その中で一際豪奢な椅子はアチラ専用の椅子であった。
 丸テーブルの上には、アフタヌーンティーの準備がされていて。お洒落なティーカップが二つと、紅茶の入ったポットも一つ置かれていた。真ん中には3段トレイのアフタヌーンティースタンドがそびえ立ち、サンドウィッチやケーキなどが綺麗に並べられている。
 真夜中にアフタヌーンティーなのか、というツッコミをする者はこの場にはいなかった。
「はいはい、どうぞー。呼び出したからにはこれぐらいして欲しいところだけどねえ」
 アチラは文句を言いつつも、自身の椅子に腰かけるとさっさと自身のティーカップに紅茶をつぎ始めた。まるで、自身の領域であるかのような振る舞いである。
 アチラが我が物顔で振舞っていれば、「執行人」がようやく動き始めた。アチラの出した椅子に腰掛けると、手にしていた薙刀を床に置く。ちょこんと座ったかと思えば、そこから動く様子はなく。ただ、何かをじっと待っていた。
 アチラはそれを見てため息をつきつつも、自身のティーカップの後に、相手のティーカップにも紅茶をついでやる。
 アチラは再度口を開いた。
「君ねえ、俺のこと使用人かなんかだと思っていない?    俺はそういうの向いてないからやめて欲しいんだけど」
 こう文句を言っているアチラではあるが、そう怒っているわけではない。むしろ、これは毎回のことだ。アチラが何を言っても、結局訪問すれば同じことの繰り返しだ。何を言っても無駄だろうとは思いつつも、言わずにいるのはアチラの性分としては難しい。
 要は、無駄だと分かっていても、文句の一つぐらいは言っておかないと気が済まないのである。
 だからこそ、問題なのかもねえ……。
 アチラは蒼い瞳を細める。
 両手でこと足りるほどしか出会っていない相手。同僚とは言えど、ここまで気を遣うもとい面倒を見なくてはいけない状態を許してきたことがこの結果なのだろうか。
 アチラとの状態がこれなのだから、おそらく局長であるレイと会っていたとしてもこの状態なのだろう。もしかしたら、会った皆がこんな風に甘やかしてきた結果なのかもしれなかった。
 カズネのことも決着が着いたわけだし、できればこっちもどうにかしておきたいよねえ……。ま、話を聞いてからにするかねえ。
 アチラが紅茶をすすると、「執行人」が一度間を置いてからどこからともなくスケッチブックとペンを取り出した。ペンのキャップをポンと外すと、スケッチブックにサラサラと何かを書き込んでいく。そして、書き終わるとペンを元に戻してからアチラへと書いた面を向けたのだ。
 アチラはスケッチブックを眺めて再度ため息をつく。
「『私がやらずとも、お前がやる』じゃあないんだよねえ。というか、相変わらず直す気ないんだ?」
 アチラはちょいちょいとスケッチブックを指差す。
 それを見た「執行人」がスケッチブックへ視線を落としてから、ゆっくりとコクンと頷いた。
 アチラは呆れた。
「あのねえ……。だから、君はいつまで経っても他の審判者に会わせて貰えないんだよ、分かる?」
 アチラが苦虫を噛み潰したように告げれば、「執行人」はビクリと身体を震わせた。


 ――ユウたちの手前、アチラは「執行人」は人見知りだから会おうとしないと説明したものの、実は「執行人」が会わないのではなく、「執行人」が他の者たちと会えないように制限されている、が正しかったのである。

 この判断を下したのは、もちろん局長であるレイであった。だが、この判断にはアチラも賛同していた。

 薙刀使い、通称「執行人」――名を、ユクトという。
 かっこいい名ではあるが、ユクトは女性であった。人見知りであることは、嘘ではない。これもれっきとした真実である。
 だが、大きな理由はそれ以外にもあった。
 アチラも呼び出しがなければ、わざわざ会いたいとは思わない。

 なぜなら――。


「……まあ、そりゃあねえ、そんな状態じゃあ局長も会わせることを考えちゃうよねえ」
「……?」
 ユクトはなんのことか理解できていないらしく、首を傾げている。
 アチラは指折り思いつく限りの要因を述べて言った。
「会話はしない、顔は見せない、人見知りで普段表には出てこない、限りある者が限りある回数しか出会えていない事実」
「……っ!」
「おまけに――」
 アチラの言葉に怒っているであろうユクトが、サラサラと何かをスケッチブックに書き込み、ダンと書いた面をアチラへと向ける。
 アチラはそれを見て、またため息をついた。もう何度目かも分からない。
「――口下手で、口は悪いし、字は達筆すぎて読むのに時間がかかる、とくればねえ」
 アチラは文章に目を走らせつつ、そう告げる。

 アチラがわざわざ会いたいと思わない理由、それは――。

 ――ただ単に面倒な案件が多すぎるからであった。

 アチラの言葉に、ユクトは今度こそ衝撃を受けて項垂れるのであった。



 Ⅱ

「というか、何これ。『無礼な。私の心境など知りもしないものを』……って、分かるわけないでしょ。両手でこと足りるほどしか会ってないっていうのに」
 続けて「馬鹿でしょ」とアチラは吐き捨てるようにして告げる。
 これによってさらにショックを受けたユクトはしおしおと萎れてしまった。
 アチラは追い打ちをかけるかのように口を開く。
「そもそも、自分から歩み寄ろうともしないのに、偉そうな口聞かないでくれる?    そんなんだったら、確実に俺のほうが偉いから。俺は最終階層任せられているわけだし」
 アチラは容赦なく次々と言葉を投げかける。次々とダメージを与えていくアチラは、ユクトの様子など知ったこっちゃない。
 ここで正論をぶつけとかないと、調子に乗るだろうし。今のうちに天狗の鼻を折っといてやろうっと。今まで甘やかしてきた結果なんだし、たまには良いでしょ。
 だが、いくら正論だとしても、再起不能になっては仕方がない。アチラはやれやれと首を振った。
「……ま、今日はこれぐらいにしておいてやりますか。いつまで萎れているの?    俺に何か用があったからあんな手紙渡してきたんでしょ?    早く本題に入りなよ」
 アチラが声をかければ、ユクトはようやく項垂れていた顔を上げる。それから、のそのそとスケッチブックに何かを記載し、書き終わるとアチラへ見せた。
 アチラはそれに視線を走らせる。
「……なになに。『他の審判者の様子は?』……って、気になるんなら自分から行けよ。毎回毎回同じこと聞きやがって」
 アチラは吐き捨てると、舌打ちする。
 アチラがそんな態度になるのも無理はない。大抵アチラを呼び出したと思ったら、この内容ばかりだからだ。アチラが一番把握していると思っているのか、何故か呼び出されるたびに聞かれるのはこのことなのである。
 まったく、気になっているのになんでその一歩が出ないかねえ……。何十年とここに引きこもっているはずなのに。
 ユクトは自ら誰かにかかわりに行こうとはしない。そのため、ほとんど引きこもり状態だ。審判者たちのことを気にはなっていても、その外に出るという行動に勇気が出ないのだろう。
 案の定、ユクトはアチラの目の前でブンブンと横に首を振っている。完全なる否定の意思であった。
 アチラは頭を抱える。
「……あのねえ、俺たちは普通に会って、話して、仕事してんの。あんたがしてるのは仕事の部分だけ。会うなって言われているのは、あんたが動こうとしないから。別に、あんたが会って話せるなら誰も止めないんだよ。……いつまで駄々こねてんの。せっかく第三階層を任せられているなら、堂々としてなよ。あんたがその位置にいるのだって、ことなんだから」
 アチラは長い足を組み、頬杖をつきながら告げる。
 すると、ユクトが何かをスケッチブックに書き込んだ。アチラへと見せてくる。
「えーと……、『知らない人怖い』。あのさあ、それ、何十年言い続けりゃ気が済むわけ?    他の審判者だって、あんたのこと気になり始めてる。そろそろ面会したって良いわけでしょうが」
 アチラは吐き捨てるようにして告げる。内心は苛立ちが募っていて、大鎌を振るいたくて仕方がなかった。
 マジで、これはやばいなあ……。
 自分の精神状態もではあるが、どちらかと言えば相手の成長ぶりだ。まったく以前会った時と何も変わっていない。このままだと、仕事に支障が出てくる可能性も高まってくる。
 ようやくまとまりつつあるんだ、ここで崩されてたまるか……。
 アチラが頭を働かせていると、ユクトが何かをスケッチブックに書き込む。今までよりも長くスケッチブックと向き合っていたかと思うと、それをアチラへと見せてくるのであった。



 Ⅲ

 長く綴られた文章を、アチラは文句一つ言うことなくすべてを読み上げた。
「なになに……。『人見知りがそんなに簡単に直るわけがない。他の者たちがどんな者か知らないのに、自分から近づこうとも思わない。自分の領域が一番安全』、ねえ……。君の言ってることも、間違ってはいないけどねえ」
 アチラは呆れつつも、思考の海へと沈む。
 おそらく、ユクトが言っていることは間違っていない。
 性格や考え方をすぐに変えられる者など、そうそういないだろう。相手がどんな者か分からないのに、一歩踏み出すのには相当な勇気がいる。そして、自分が生きてきた、自分で守っている環境なら、そこは自分の中で一番安全だと言い切れる。何者にも脅かされず、自分の生きたいように生きるだけで良いのだから。
 だが、それではダメなんだ……。
 アチラは蒼い瞳を細めた。それから、肩をすくめる。
「……あのさ、君がいくら望まぬ形で『執行人』の名を得たとしてもさ、立場があるでしょ。そんな駄々こねてばかりじゃ、審判者たちどころか、他の局員にも見せられない。……君の名前のとおり、通り名を『行人』って付けようとしたら、格好がつかないからって却下食らって『執行人』になったとはいえ、さあ」


 ――アチラの言葉は、真実である。

 アチラたちの通称もとい通り名は、基本的には自分で決めていた。アチラは自身の武器が大鎌だったというのもあって、すんなり決まったのは懐かしい思い出だ。
 中には、誰かに案を出してもらって決めた者もいた。代表的なのは、ユウである。何にしたら良いのか、そう相談を受けたアチラとシノビが案を出して「勇者」で落ち着いたのであった。その名前にした理由も、確か武器からちなんでいたのと、ユウの名前から取ったというのも理由だったはずである。
 カズネはおそらく自分で決めているのだろう。どう決めたのか理由は聞いたことがないが、話が出回っていないということはそういうことだろうと思っていた。

 ――そんな中、例外だったのは、くだんのユクトである。

 彼女が名前を漢字で書くのであれば、その字は「行人」となる。なので、そのまま通り名として使っても問題ないだろうと判断したユクトは、それを通り名として申請した。
 だが、局長含め上の人間からは却下を食らう結果となったわけである。他の者たちに比べて、存在感が薄れるというのと、格好つかないというのが理由であった。それから、局長たちが同じ漢字を使っているということで、「執行人」を代替案として採用することにしたのであった。

 だが、元々のきっかけはそうだったかもしれないが、今の彼女は「執行人」の名に相応しい。
 それにはまた別の理由があるのだが、その話はまた別の機会となるだろう。


 アチラはそれを理解しているから、彼女には何としてでも審判者の自覚を持って欲しいと思っている。しかも、今では審判者たちが連携を取れ始めた頃だ、ここで彼女が本格的に他の審判者たちと連携できるようになればまた話が変わってくる。今の仕事の状態から、さらに連携が上手く取れるようになるだろうと思うのだ。
 そのためには、何としてでも「執行人」に変わってもらう必要がある。良い方向に動き始めているんだ、その歯車を止めたくはない……。
 アチラはどうしようかとすでに限界を超えている頭で考えた。時刻はすでに午前二時を刺そうとしている。こんな時間に頭を働かせることなどなかなかないため、思うように頭は動かない。

 だが――。

「……悪いけどさ、『執行人』。今後もこの話なら、俺は二度とこの地に足を踏み入れないから。ちょっとは進歩してよねえ」
「……っ!」
 アチラの言葉が予想外だったのか、急にユクトがアタフタし始める。だが、アチラは気にすることなく続けた。
「変わらないものなんて、何もないんだからさ。君が変わらないのは自由だけど、そしたら皆に置いていかれるからねえ。……現代も変わりつつある。転生者が多くなったのは、それが理由だ。何かしらの問題が起き、それが原因で命を奪われる者も存在する。世界が、現代が変わらないなんて、俺たちには言い切ることができないし、そんなことは絶対にないんだよ。今、こうして時が刻まれてるように――」
 アチラが告げれば、ユクトは動きを止める。項垂れた頭を冷ややかに見つつ、アチラはパチンと指を鳴らして降ってきた大鎌を掴んでぐるりと回す。それから、自身の肩に担ぎ上げてから再度口を開いた。
「……いつまでそこから動かないつもり?    言っておくけど、俺はあんたの仕事ぶりは信用してるんだから、さっさとどうにかしてよねえ」
 アチラはパチンと再度指を鳴らして椅子二つとテーブルをどこかへとしまってしまう。ぺたんと床に座り込むユクトを横目で見つつ、アチラはひらりと手を振った。
 だが、部屋から出る直前に、アチラは言い忘れたとばかりに吐き捨てて言った。
「今のままじゃ、俺たちの中であんたが一番お荷物になるんだからねえ」



 Ⅳ

 アチラは部屋を出てから真っ暗で静かな廊下を歩き始める。大鎌を手にして、アチラはやれやれと首を振った。
 アチラは眠たい頭を働かせる。
 これで、「執行人」がどう動くのかは分からないにせよ、何かしらの動きはあると見て良さそう、かなあ。まったく、俺だって悪役になりたいわけじゃないんだから、あまり言わせないで欲しいんだけどねえ。
 アチラはふむと顎に手を添える。
 相手の出方が分からなかったため、賭けに近い行動ではあったが、まったく動きがないという様子ではなかった。カズネのように分かりやすい性格でもないが、心が折れている様子でもなさそうであった。
 ならば、特に問題はないと思うのではあるが――。
「……ああ、ダメだ、これは限界だなあ」
 アチラは回らない頭を抱える。深夜にしては上出来だろうと思いたいものの、成果が出ているわけではない。ぬか喜びはできないだろう。
 だが――。
「……とりあえず、明日局長に話に行こうかなあ。それよりも先に、仮眠だ。今から多少でも寝ねえと、明日に響く。……というか、俺、働きすぎじゃね?    表彰もんじゃん、絶対今度局長に休みを貰おう」
 アチラは有給休暇を貰う意思だけを固め、廊下を早足で後にする。向かうは、自身の部屋だ。さっさと帰って、明日に備えて寝たい。


 まだ、今後の展開がどうなるかは、分からない。

 だが、これだけは言えるだろう。

 歯車はすでに、動き出している――。
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