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第三三章 怒りを露わにする冬景色
しおりを挟むⅠ
全員、息を呑んだ。アマテラスの言葉が頭に何度も反響していく。特に、葵羽は青年に何を言われたのか、一瞬頭が思考を停止するほどであった。これまでいくつもの話を聞く中でも理解できないほどの内容はあったが、それを遥かに超えるほどの内容のような気がしたのである。
冬景色が、元々人だった・・・・・・?
葵羽は口元に右手を当てていた。口元を覆うのは絶句の意味でもあったが、それよりも内部で沸き起こる気持ちの悪さであった。込み上げてくるそれに、蹲りたくなる。だが、それを無理やり押さえ込んで、何とか必死に立っていた。口の中に残る苦々しさが自分の意識を手放さないようにしてくれていた。嬉しくもないことではあるが、今だけはそれに助かっていた。
葵羽は一つゆっくりと息を吐き出した。深呼吸をするかのように、ただゆっくりと。自分の顔から血の気が引いていることを理解しつつ、それでも必死に奮い立たせた。
周囲からの視線が自分に刺さっていることを理解しているものの、それに反応できるほどの余裕はなかった。視線を向けてくるのは、カイルたちなので問題ないとも思っていた。彼らが心配してくれているのだと思えば、それすらも自分の力になってくれた。
葵羽はアマテラスと名乗った青年に、生じた疑問をぶつける。
「・・・・・・どういう、ことだ。人が刀になるなんて、有り得ることだとでも言うのか」
「有り得ないことなんてない、それは君自身が経験しているはずだ。君の中では、私の言葉に心当たりがあるのだろう? 何せ――」
青年は意味深な視線を葵羽に投げかける。しっかりと彼女を視界に捉え、それから意地の悪い笑みを浮かべた。そして、一度区切った言葉の続きを告げる。
「――君は元々、この世界の人間ではないのだから」
「・・・・・・っ!」
葵羽は再度息を呑んだ。大きく目を見開き、固まってしまう。何も彼女が言えない中、周囲では動揺する声が上がった。
「どういう、こと・・・・・・? 葵羽、そんな話――」
カイルの言葉を聞いて、葵羽は諦めたように目を伏せた。隠したかったわけではない。話したくないわけでもなかった。だから、静かに口を開くことにした。
「・・・・・・黙っていて、すまない。カイルたちを混乱させるだろうと思っていたんだ。それに、この世界に来た俺は、前の世界で命を落としている。わざわざ言う必要がないと思ったんだ」
葵羽は正直に胸の内を明かした。語ったのは、本心だった。嘘偽りなく、素直にこの世界では関係のない話だと、彼らには話さなかった。
葵羽の言葉を聞いて、カイルたちはさらに困惑していた。
「葵羽が、別の世界の人間だった・・・・・・?」
「・・・・・・信じられないけど、でも――」
スカーレットが困惑しつつ言葉を零し、カイルが感想を述べる。葵羽は黙ってそれを聞いていたが、次に耳に届いた言葉に再度目を見開いた。
「――葵羽だもんねえ」
「・・・・・・は」
「そうだな。それに、そこまで人や魔物を虜にしていく者など、葵羽以外に見たことがない。納得がいくというものだ」
「そっか、やけに気に入られるなあと思っていたけど、それが理由なんだろうねえ」
カイルとスカーレットが口々に言葉を紡ぎながら、うんうんと深く頷きを繰り返している。怒っている様子も、怖がる様子もない二人に、葵羽は目を瞬いた。それから、二人に確認する。
「それだけ、か? 怒らないのか?」
「何で? 驚いたけど、怒る必要はないでしょ?」
葵羽の言葉に、カイルは首を傾げる。呆気に取られる葵羽とは違い、彼らは淡々としていた。
「葵羽の考え方の違いとかも、別世界のものだったんだね」
「まあ、今回の話を聞いて、妙に納得したな。特にそれ以外の理由はないが、強いて言うなら後できちんと説明をして欲しいところだ」
『主、我は主がどこから来ようと、誰であろうと、どこにも行きませぬ』
『ご主人、僕はご主人が良いよ!』
カイルとスカーレットに続いて、セレストもシークも声を上げる。葵羽は動きを止めて、彼らのことを呆然と見ていたが、やがてクスリと笑った。
・・・・・・考えすぎ、だったのかもな。
いつだって救われているのは、自分で。
いつだって欲しい言葉をかけてくれるのは、ここにいる仲間たちで。
葵羽はようやく肩の荷が下りて、彼らに笑って言葉をかける。目頭が熱くなったのは、彼らには内緒である。
「・・・・・・ありがとな、お前ら」
葵羽の言葉を聞いて、仲間たちは満足そうに頷いた。
そんな中、ぽんと場違いな音を奏でつつ手を打ったのは、一人今まで蚊帳の外であった、アマテラスで。彼は先ほどと変わらない笑顔で告げる。
「話はついたかい? 本題に戻らせてもらうよ」
「――ああ」
葵羽の瞳には一切の不安も迷いもなかった。先ほどの気分の悪さもない。意思のこもった瞳を向けられたアマテラスはその視線を受け止めつつ、ふわりと笑う。
「この本に記載されているのは、その刀の元となった人物のこと、刀の詳細、そして歴代の持ち主のことだ」
アマテラスの言葉を聞いて、葵羽は返答する。
「刀の詳細については、だいたい分かっている。冬景色本人から聞いた話もあるからな。だが、その本は俺には読めない部分が多かった」
葵羽の言葉に、アマテラスは「そうだろうね」と呟く。そして、本をペラリとゆっくりめくりながら、さらに続けた。
「文字が消えかかっているものも確かにある。けど、それだけじゃない。これはこの世界の文字ではないからね。言うなれば、君がいた世界の昔の人の字、と言ったところかな」
「昔・・・・・・」
葵羽はその単語に引っかかりを覚えた。言葉を繰り返して、本の文字を思い出す。ミミズが走ったような、繋がった文字だったと記憶していた。それから、青年が告げた「昔」の言葉。それらを踏まえて考え、やがて一つの繋がりがあることに気がつく。衝動的に言葉を叫んでいた。
「そうか、昔は確かに文字が連なっていたはずだ・・・・・・! 行書体みたいなものだったのか」
「ギョウショ・・・・・・? 何それ」
「意味が分からん」
カイルやスカーレットが眉間に皺を作る。何を言っているのか、葵羽が何に気がついたのか、まったく分からないのだろう。そんな中、一人アマテラスは笑う。
「文字と文字が繋がって書かれたもの、という感じかな。読み取りにくいのも無理はないし、君が読めないのも仕方のない話だろう。・・・・・・そして、君でその刀を扱う者は三人目となる。つまり、君は三代目となるわけだ」
アマテラスの言葉に、今度は葵羽が眉を寄せた。
「・・・・・・思ったより少ないんだな。もう少しいるかと思っていた」
「それは無理があったんだよ。何と言っても、ここが重要でね。君と似たような者しかその刀を扱うことはできなかったんだよ」
青年は告げながら笑う。葵羽たちはまた動きを止めたのであった。
Ⅱ
「どういうことだ」
葵羽が低く聞き返す。青年は気を悪くした様子はなく、楽しそうに淡々と告げた。
「刀を使える者は、この世界では少ない。特に、この世界の者と限定してしまえば、ね。だから、君のように君の元いた世界から人を呼び出す必要があった。そして、所持していた者が命を奪われたら、その都度呼び出していた、ということだろう」
「ちょっと待て」
葵羽は青年の言葉を止める。青年や周囲で一緒に聞いていたカイルたちが首を傾げる中、葵羽は青年に向けて疑問を口にした。
「冬景色が言っていた、自分が選ばなかったら、刀を抜いた者は命を奪われる、と。つまり、今の話から考えれば、刀の持ち主が決まらなかったなら、再度俺がいた世界から人を呼び出さなくてはいけないということだ。そんなに何度も呼び出せるものなのか?」
葵羽の疑問はそれであった。
当時の葵羽は、冬景色の呪いを分からずに刀を抜いて、冬景色に気に入られたがために生きることが出来たようなものだったのだ。下手をすれば、あの時点で転生したにもかかわらず、すぐに命を失っていた可能性もある。自分が呼び出された人間の何人目かは分からないが、そんなに頻繁に呼び出せるものなのか。そもそも呼び出すことはそんなにも簡単なことなのか。葵羽はそこが理解できずにいた。
だが、アマテラスはあっけらかんとしていた。
「呼び出すこと自体は難しくないと思うよ。それに、言いたくはないけど、その刀からしたら呼び出すのは誰でも良かっただろうしね。選ばなかったとしても、その人間を自分が乗っ取って操るだけ。何も問題はないということだよ」
青年の言葉に、葵羽はなるほどと頷いた。確かに、当初冬景色は葵羽のことも乗っ取るかもしれないと述べていた。それを考えれば、考えられないことではないと理解する。
今さらだが、厄介なものに命を握られたものだ。
こうしていろいろと話を聞くようになって、痛感するようになった。思わず、頭を抱える。自分が生きていることすら、不思議に思えてくるほどであった。それを見ていた青年はクスクスと笑っていた。それから、葵羽へとさらに続けた。
「まあ、君に関しては問題ないだろう。君はその刀に気に入られているようだからね」
「・・・・・・は?」
青年の言葉に、葵羽は間の抜けた声を出す。だが、言葉をかけられた当の本人よりも、同意を示したのはスカーレットとカイルであった。
「まったくだ。刀まで魅了する奴がいるとは、私も思わなかったしな」
「物好きな刀がいるなあ、って思っていたけど、葵羽ならおかしくないって思えちゃうんだよね・・・・・・」
「俺を変な奴みたいに言うな」
青年の言葉を肯定する二人に、葵羽は思わず否定した。だが、葵羽の言葉を聞いても、二人は首を横に振った。
「いやいや、葵羽が人気なのは事実でしょ。しかも、人や魔物に限らず」
「お前は変な奴に好かれすぎなんだ」
葵羽は何となく二人の言葉に言い返すことができず、この時ばかりは悔しく思えたのだった。
ため息を一つ吐き出していれば、そこに聞こえてくるのは青年の笑い声で。彼は一通りクスクスと笑った後、楽しさを隠そうともしないで言葉を紡いだ。
「まあ、その刀はある男が姿を変えたものであることは事実だ。さらに言おえば、その刀の技の数々も、その刀自身が生み出したと言って良い。君は――」
そこまで青年が告げたところで、全員の頭にある声が届いた。
――随分と、お喋りな口だな。
久々に聞いたその声は、いつもの何倍も低く、今までに聞いたことのない冷徹さを含んでいるものであった。
Ⅲ
葵羽は自身の腰に控えている刀を見下ろす。何やら禍々しいオーラを放っているそれに、思わず名を呼んでいた。
「冬、景色・・・・・・」
だが、今の冬景色の視界には、葵羽ではなく、目の前にいるアマテラスだけのようで。葵羽の声には一切反応を示すことなく、青年に話しかけていた。
――小僧、随分と勝手に話をしてくれる。私の葵羽に余計なことを吹き込まないでもらおうか。
「お前のものになった覚えはない」
冬景色の言葉に、葵羽はつい言い返していた。だが、それに対しても冬景色からの返答はなかった。
対して、青年は怒るわけでもなく、ただ楽しそうに笑うだけであった。
「あの凶悪な者が随分と惚れ込んでいるようだね。いや、執着、と言った方が正しいかな」
――葵羽は私が目をつけた、私の主人だ。勝手な話をされては困る。
「その君の主人が、君のことを知るために、私の元へと来たんだよ。解明したいと思うことに、協力してはいけないことはないと私は思うけどね?」
――勝手に話をして楽しんでいるだけだろう。白々しいものよ。
バチバチと火花を散らしている冬景色とアマテラス。その光景は、どこか浮世離れしていて。しかも、何に対してのいいあいをしているのか、葵羽には理解できなかった。
ただ単に、勝手に話をするな、ということなのか・・・・・・? それにしては、怒っている気がするが・・・・・・。
葵羽はバチバチと火花が散っている光景を呆然と眺めながらもそう感じ取っていた。
自分は関係ないはずだが、冬景色が腰に控えているおかげで、自分とアマテラスが対峙しているかのような光景になっている。不思議な体験だな、と思っていれば、両隣でため息が聞こえた。見れば、右にカイルが、左にスカーレットが立っていた。二人は諦めたように肩を落とした。
「・・・・・・葵羽、罪な人だよねえ」
「まったくだ。この光景を不思議だとか思っているんじゃないぞ。お前に関しては、よく起こっていることだからな」
「は?」
本日何度目か分からない間の抜けた返しをした葵羽。対するカイルたちは、深いため息をついた。自分が深く関係しているとは思ってもいない葵羽は首を傾げるだけであった。ちなみに、理解していない葵羽によって、カイルとスカーレットの頭痛は痛みを増すこととなった。
そんな中、冬景色はいまだに火花を散らしつつ、言葉を紡いでいく。
――私は葵羽から離れるつもりはない。葵羽を私から離すつもりもない。何を話したところで、葵羽はすでに私の手の中だ。逃れることなどできない。
「それは君に負ければ、の話だろう? 君と離れたいと彼女が思っているとするなら、それは彼女の意に反している。束縛の強い男は嫌われるよ?」
――貴様に言われる筋合いはないわ。
嫌味を言い合う二人に、葵羽たちは置いてけぼりをくらっている。しかも、アマテラスは先ほど葵羽たちと話していた時とは比べ物にならないぐらいに冷ややかな態度であった。冷酷な物言いに、葵羽たちも思わず冷や汗が出てくる。
そんな中、葵羽は恐る恐る口を挟んだ。
「・・・・・・聞いた話では、冬景色と決闘をしてそれに勝てば封印することが可能、ということだったんだが」
葵羽の言葉に、二人が各々反応する。青年は笑い、刀は大きな舌打ちをした。いまだに火花が飛び散っている光景だけが、変わらなかった。
葵羽は冬景色の舌打ちを聞いても、珍しいこともあるもんだ、と素直な感想を抱くだけであった。
Ⅳ
アマテラスは葵羽の言葉を優しく肯定した。
「その話は本当だよ。君が彼を封印したいと思うのであれば、彼と対峙する必要がある。その前に西に向かわないとね」
「それは間違っていないんだな」
「ちなみに、一つ言っておくとするなら――」
アマテラスはにこりと微笑んでから葵羽にゆっくりと歩み寄り、右手を伸ばして葵羽の顎を上へ向かせるようにして掬う。周囲で多種多様の声が上がる中、当の本人である葵羽はキョトンと目を瞬いた。呆けている葵羽へと青年は笑いかけたまま告げた。
「――微力ながら、私の力を喜んで貸そう。いつでも声をかけて良いよ」
葵羽はそれを聞いて一度目を瞬いてから、肩を落とす。呆れたように呟いた。
「・・・・・・物好きだな」
だが、青年は笑うだけだった。
「君にはそれだけの魅力があるということだよ。たったの数時間を共にしただけの私が欲しがるぐらいには、ね。君は面白いから」
アマテラスがにこりと微笑む中、葵羽は一つ息をついて彼の手をゆっくりと外す。それから、葵羽は青年に向き直った。
「・・・・・・だが、まだ話は終わってないんだろ」
「・・・・・・そうだね、続けるとしようか」
青年は嫌がる素振りもなく、葵羽の言葉に頷く。冬景色からはいまだに禍々しいオーラと共に火花が散らされていたが、葵羽は何としてでも青年から話を聞かなくてはいけなかった。
今まで、封印することしか考えていなかったが、その考えが正しいのかも分からない。とりあえず、すべての話を聞き終えるまでは、この地を離れるわけにはいかない・・・・・・。
葵羽の考えは冬景色には筒抜けのはずであったが、刀は何も言わなかった。
この地を離れるには、もう少し時間がかかりそうであった――。
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