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第二九章 本の中身と店主の話
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Ⅰ
葵羽の意思によって、一行は今まで時間をかけて進んでいた道を、今度は時間をかけて引き返していた。少し前に寄ったはずの街をいくつか通り過ぎて、そこまで時間が経過していないはずなのに、何とも昔のことのように思えて懐かしさを感じてしまう。過去の事情を含めて、街を経由せずに遠回りしたことによってさらに時間はかかったものの、それでも順調に、確実に一行は旅してきた道を戻っていた。
スカーレットに出会った森や、セレストと出会った街の近くを通り、一行は始まりの街を目指す。ここで言う「始まりの街」とは、葵羽にとっての始まりの街であった。
道を引き返しつつ、その道中で足を止めるたびに、葵羽はエルフの里長から貰った本を開いた。
だが――。
「……難しすぎるな」
すべてが読めないわけではなかった。なんとなく、雰囲気で読めるものもあったわけである。葵羽でも理解できるような内容もいくつかあったのだ。だが、普段話している言葉と違うのか、記載されていることは分かっても文字を読むことができなかったり、逆に文字が薄れて読めなかったりで、解読はなかなか進展しなかった。
試しにスカーレットやセレストたちに文字を見せて問いかけても、皆、首を傾げた。カイルにいたっては、まったく何が書いてあるのか分からないようで、激しく首を横に振って否定していた。
唯一、一行の中で分かりそうなのは、冬景色だ。里長がくれた書物にはきっと冬景色のことが記載されていると、葵羽は踏んでいたからだった。
だが――。
「どう? 葵羽」
「……ダメだな。やはり、返答がない」
エルフの里に行って以来、冬景色は口を聞かなくなった。葵羽が何を言ってもだんまりで、反応する気配もない。
……唯一、解読できそうな冬景色が黙ったままとなると、ほかの方法を考えるしかないな。
葵羽は以前の記憶を手繰り寄せていた。冬景色と話した内容を、である。
冬景色は葵羽をこの世界に呼んだ際、この世界の言語を葵羽が理解できるようにしてくれていたのだ。本人の知らぬ間にそんなことをどうしたのか、今となっては聞いておけば良かったと悔いるものの、とりあえずそれは後回しだ。
兎にも角にも、それが可能だったと考えれば、冬景色が何かしらの方法を知っているがために解読できる可能性が高い。だが、相手が答えないとなれば、その道は閉ざされてしまう。
魔法も試してみたが、あまり効果は得られなかったしな……。
葵羽の頭の中からすっかり忘れかけていた魔法の存在。ふと思い出したそれを、葵羽は物は試しだと使ってみることにした。シークやセレストと会話をするために使った、「翻訳」の魔法をかけてみたが、結果は残念なものとなった。多少、理解しやすくなったものの、絶大な効果が得られたわけではなかったのである。
「……地道に進めるしかねえか」
葵羽は真っ黒な表紙の本を見つめる。タイトルのない本は、黒い表紙だからか存在感がある。だが、それがさらに得体の知れないものにも見せていた。
……それにしても、この本が何を握っていると言うんだろうな。
葵羽はいまだに不明な本をじっと見つめた。ところどころで読むことしかできないため、頭の中で内容が繋がっていかない。キーワードのみが読み取れる程度で、里長が何故自分にこの本を寄越したのか、謎が解けずにいた。
気長に待て、ということか……? だが、それなら行き先すら教えることはないだろう……。ならば、やはりこの本が鍵を握っているとしか、考えられねえか……。
葵羽は自身を落ち着かせるために長く息を吐く。とりあえず、と視線を手元から遠くへと向けた。
葵羽が寄りたかった目的地は、もう目の前であった。
Ⅱ
街へ着くと、やはり彼らは目立った。フェンリルやドラゴンもいるのだ、目立つことは避けられない。だが、彼らは気にすることなく、街の中を堂々と進んだ。
葵羽が街の中で目指した先には、「武器・防具店」と記載された一件の店。カイルとスカーレットは看板を見上げて、不思議そうな顔をした。セレストも不思議そうに店を見上げて、首を傾げていた。
「……葵羽、ここか?」
「あれ、葵羽って何か欲しいものがあったの?」
スカーレットもカイルも、何故この店に来たのか、思い当たる節がまったくないため、各々口を開いて葵羽に問いかける。葵羽はそれに対して焦ることもなく、ただクスリと笑った。
「少し、な」
葵羽は店の扉を開けて店内に颯爽と入っていく。カイルたちは一拍間を空けて、慌てて後を追うようにして店内に足を踏み入れた。
「いらっしゃい!」
店内に足を踏み入れた瞬間、元気な男の声が店内に響き渡る。店主だろうか、カウンターの前に立っていた。カイルたちはそれを呆然と見ていたが、葵羽はそれを見て口元を緩める。それから、彼に話しかけた。
「久しいな、店主殿」
「お、もしかして、あの時の嬢ちゃんか!」
店主は相手が葵羽だと気がついたようで、カウンターから出てくると、葵羽の背中をバシバシと勢いよく叩いた。葵羽はそれを苦笑しつつも、受け止めている。店主はその状態でにこやかに葵羽へと声をかけた。
「元気そうだな! あれからまったく来ねえから、次に来た時はぼったくってやろうかと思ったぜ!」
「次は一割引き、と言っていただろ。正反対なことを言うな。しかも、ちゃんと旅に出ると告げただろうが」
「細けえことは気にすんな! 元気ならいいんだ!」
店主はガハハと笑いながら言葉を紡いでいく。葵羽もそれに対して困ったように笑うものの、嫌な顔は一つもしなかった。
一方、カイルたちはただその光景をぽかんと見ていた。目の前で何が起きているのか、いまいち理解できずにいる。葵羽は楽しそうに話しているものの、ほかのメンバーは思い当たる節どころか、見覚えもない。記憶の断片に残っていることもなく、思考が停止してしまう中、唯一動いたのは今の今までセレストの背中に乗っていたシークだった。シークは迷うことなく飛ぶと、葵羽の右肩に着地する。
店主はドラゴンに気がつくと、「お」と短く声を上げた。
「あの時のドラゴンじゃねえか! サイズが変わんねえな!」
「シークは元から成獣だ。出会った時から子どもじゃねえんだ、変わるはずがないだろ」
「それもそうか!」
店主が高笑いする中、メンバーの中でいち早く我に返ったカイルが声を上げる。
「あ、葵羽、説明! 説明を求めるよ、俺!」
すると、葵羽は一度目を瞬いてから、あっけらかんと答えた。
「カイルは知ってるだろうが、元ストーカー」
「それやめて、っていうか久しぶりに聞いた! ……え、知ってる?」
カイルはその言葉に動きを止める。ゆっくりと時間をかけて記憶を手繰り寄せて、はたと気がついた。小さく言葉を紡ぐ。
「ま、まさか……」
「そのまさかだ。俺が装備一式を揃えた店なんだよ、ここは。結局、買った武器は使ってないけどな」
「いや、使えよ!」
「忘れるんだよ」
カイルの問いかけに、葵羽はけろっと答えていて。だが、その言葉の中に聞き捨てならない言葉があったことにより、店主が鋭いツッコミを入れた。葵羽はそれに対しても悪びれることもなく、ただけろっと答えていた。
カイルは言われて思い出す。自分がまだ葵羽と出会った時のこと。まだこんな風に一緒に旅をしていたわけではなく、一時的なパーティでの関係で。しかも、葵羽にただ協力してもらいたくて、ストーカーもとい付きまとっていたあの頃。
言われてみれば、今さらながらに葵羽と出会った街だ。ならば、葵羽が店主と知り合いだとしても、スカーレットたちが知らないのも無理はない。
だが――。
……何だろう、このモヤモヤ感。
カイルは思わず眉間にシワを作っていた。葵羽の知らない一面を垣間見た気がして、何だか納得がいかない。
隣のスカーレットも怖い顔をしているし、セレストは床に叩きつける勢いで不機嫌そうに尻尾を揺らしていた。
そんな中、葵羽はまったく気がつく様子もないまま、店主へと話しかけていた。
「仲間もこの通り増えたし、行き先も決まってな。旅の道具を一式揃えようと、ここまで戻ってきたんだ。常連になれって、言ってただろ?」
「お、ちゃんと覚えていたか! 嬉しいねえ。ま、ゆっくりしていけよ」
「ああ」
……なんか、納得いかない。
そう思うカイルだけでなく、スカーレットたちもその様子を不機嫌そうに見つめるのであった。
Ⅲ
「しかし、すげえパーティだな。しかも、美人な姉ちゃんも一緒ときた」
店主の言葉に、スカーレットが低い声を出しつつ、鋭い視線を向ける。すると、葵羽がけろりと答えた。
「いい女だろ? だが、アンタでも手を出したら容赦しねえぞ。俺の仲間だ」
「おー、怖え、怖え! 俺は命知らずじゃねえから、やらねえよ」
「懸命な判断だな」
店主は葵羽の言葉を聞いて、降参と言わんばかりに両手を上げた。茶化す店主の言葉を、葵羽はふっと笑って返すだけに留めている。
彼らが言葉を交わす中、スカーレットは突然の不意打ちを食らって、真っ赤な顔を隠そうと必死になっていた。
カイルはそれに気がついて、思わず苦笑する。
そんな中、セレストが葵羽に近づいて、彼女の足元にするりと擦り寄った。それに対抗するかのように、シークが彼女に頬を擦り寄せる。葵羽は二匹の行動を怒るわけでもなく、ただクスリと笑った。
「ちょっと待ってろよ」
葵羽は二匹を優しく撫でてから、店内を物色する。それを見ていたカイルは、ふと気になって葵羽に声をかけた。
「葵羽、何かいるの?」
「これからの旅は長くなるだろうからな、今のうちに調達だ。どこの街でも問題はなかったんだが、以前ここの店主に言われたことを思い出してな。せっかくだから店主の言葉を信じて、ここに寄ったと言うわけだ」
「あー、なるほど」
カイルはようやく納得した。
葵羽はわざわざ寄りたいところがあると言っていたが、こうして必要なものを調達するだけなら、別にどこの街でも良かったと思うのだ。だが、葵羽の言葉を聞いて、理由が判明すれば頷くしかない。
だが、彼女の言葉はそこで終わらなかった。
「……それに」
「……?」
葵羽は言葉を区切って、店主を見た。先が続かない言葉を待ちつつ、カイルは首を傾げる。葵羽はじっと店主を見て、しばらくしてから口を開いた。
「なあ、店主殿、刀の話って何か聞いたことがあるか?」
「刀? 珍しい代物ってことしか知らねえなあ」
店主は首を傾げながらも答える。ほとんど何も知らないようで、唸りながら考えていた。葵羽は気にすることなく、質問を続ける。
「仕入先はあるのか?」
「いや? 基本的には知らねえよ。たまたま仕入先にあったら、入れることもあるが、なかなか売れねえしなあ」
「……売れない?」
葵羽はその言葉にピクリと反応した。その言葉が気になったようで、葵羽は言葉を繰り返す。店主は頷いた。
「なかなか見ねえ形だからな。扱いずらいって言うので、大体売れ残る。そんなもんを毎回仕入れてもなあ」
「なるほどな」
葵羽はその言葉に頷いた。店主の言葉に嘘偽りないことを感じ取り、その話の内容が冬景色には関係ないことを悟る。葵羽は一度考える素振りをしてから、再度問いかけた。
「……西に、封印の地があると聞いたんだが、心当たりはあるか?」
「……どうした」
さすがに店主も気がついたようだ。眉間に皺を寄せて、訝しげに葵羽を見ている。葵羽は素直に謝罪した。
「すまない、気分を害させた。……少し、調べていることがあってな。アンタなら、武器のことには詳しいと考えたんだ。あと、アンタなら聞きやすい、というのもあった。アンタとは顔も会わせているし、何より以前会話もしっかりしたからな」
「……武器、だと?」
「ああ、こいつが関係している。それと、これもな」
葵羽は冬景色をぽんと一度軽く叩いてから、黒い表紙の本を見せる。店主はそれを見て、ふむと一度頷いてから口を開いた。
「……もう少し、詳細を教えてくれ。何か力になれるかもしれん」
「アンタのそういうところ、俺は好きだぜ」
葵羽は店主を見て、ふっと笑う。
それに再度モヤッとしたのは、カイルだけではなかったことだろう。
Ⅳ
店主は葵羽の話を黙って聞いていた。葵羽が語り終わると、黒い表紙の本を手にしてパラパラとめくっていく。店主はしばらく本の中身を見ていたが、一つ息をついた。
「なるほどな。だが、俺もこれを読むことはできねえし、そんな封印の地について聞いたことはねえな」
「……そうか」
葵羽は静かに頷いた。だが、店主の言葉はそこで終わらなかった。
「そういや、『言語の神』と呼ばれている奴がいるらしいぜ」
「……『言語の神』?」
葵羽は店主の言葉を繰り返した。カイルやスカーレットも目を瞬いている。店主は頷いて見せた。
「ああ、何でもどんな言語でも読めるし書けるって奴らしい。本当に神様なのかは知らねえけど、知らねえ言語はねえってことから、この二つ名がついたと噂では聞いたことがあるな。もっとも、俺は会ったことねえけどよ」
「……どこに行ったら会える?」
「ここからもう少し東に行ったところらしいぜ」
「完全に反対方向じゃねえか」
店主の言葉に、葵羽は思わず言い返していた。だか、店主は気を悪くした様子もなく、ガハハと笑うだけであった。
葵羽は少し考えて、再度問いかける。
「……それは、確かな情報か」
「行ってみる価値はあるんじゃねえか?」
葵羽は店主の言葉を受け止めた。それから、カイルとスカーレットへ視線を移す。三人は目線で会話をすると、意思が一致していることを理解して頷き合う。葵羽の足元にいたセレストも、肩に乗っていたシークも元気よく鳴いた。
葵羽は店主に向き直る。
「分かった、行ってみよう。ありがとう、店主殿。あと、店主殿、道具のことだが――」
「おう、いいぜ! 二割引きで!」
「おいおい、商売する気はあるのか」
葵羽は苦笑する。店主はガハハと笑うだけだった。
結局、店主の厚意で、葵羽たちは三割引きで買い物を済ませることができたのであった。
葵羽たちは店を出て、宿を取らずにそのまま旅に出ることにする。
旅の道具は揃った。有力な情報を得ることもできた。資金もなんだかんだと余っている。何かあっても、どうにかなるだろう。
「行くか」
葵羽の言葉に全員が頷いた。
目指すは、「言語の神」と呼ばれる人物の元。葵羽たちは前へ進むのであった――。
葵羽の意思によって、一行は今まで時間をかけて進んでいた道を、今度は時間をかけて引き返していた。少し前に寄ったはずの街をいくつか通り過ぎて、そこまで時間が経過していないはずなのに、何とも昔のことのように思えて懐かしさを感じてしまう。過去の事情を含めて、街を経由せずに遠回りしたことによってさらに時間はかかったものの、それでも順調に、確実に一行は旅してきた道を戻っていた。
スカーレットに出会った森や、セレストと出会った街の近くを通り、一行は始まりの街を目指す。ここで言う「始まりの街」とは、葵羽にとっての始まりの街であった。
道を引き返しつつ、その道中で足を止めるたびに、葵羽はエルフの里長から貰った本を開いた。
だが――。
「……難しすぎるな」
すべてが読めないわけではなかった。なんとなく、雰囲気で読めるものもあったわけである。葵羽でも理解できるような内容もいくつかあったのだ。だが、普段話している言葉と違うのか、記載されていることは分かっても文字を読むことができなかったり、逆に文字が薄れて読めなかったりで、解読はなかなか進展しなかった。
試しにスカーレットやセレストたちに文字を見せて問いかけても、皆、首を傾げた。カイルにいたっては、まったく何が書いてあるのか分からないようで、激しく首を横に振って否定していた。
唯一、一行の中で分かりそうなのは、冬景色だ。里長がくれた書物にはきっと冬景色のことが記載されていると、葵羽は踏んでいたからだった。
だが――。
「どう? 葵羽」
「……ダメだな。やはり、返答がない」
エルフの里に行って以来、冬景色は口を聞かなくなった。葵羽が何を言ってもだんまりで、反応する気配もない。
……唯一、解読できそうな冬景色が黙ったままとなると、ほかの方法を考えるしかないな。
葵羽は以前の記憶を手繰り寄せていた。冬景色と話した内容を、である。
冬景色は葵羽をこの世界に呼んだ際、この世界の言語を葵羽が理解できるようにしてくれていたのだ。本人の知らぬ間にそんなことをどうしたのか、今となっては聞いておけば良かったと悔いるものの、とりあえずそれは後回しだ。
兎にも角にも、それが可能だったと考えれば、冬景色が何かしらの方法を知っているがために解読できる可能性が高い。だが、相手が答えないとなれば、その道は閉ざされてしまう。
魔法も試してみたが、あまり効果は得られなかったしな……。
葵羽の頭の中からすっかり忘れかけていた魔法の存在。ふと思い出したそれを、葵羽は物は試しだと使ってみることにした。シークやセレストと会話をするために使った、「翻訳」の魔法をかけてみたが、結果は残念なものとなった。多少、理解しやすくなったものの、絶大な効果が得られたわけではなかったのである。
「……地道に進めるしかねえか」
葵羽は真っ黒な表紙の本を見つめる。タイトルのない本は、黒い表紙だからか存在感がある。だが、それがさらに得体の知れないものにも見せていた。
……それにしても、この本が何を握っていると言うんだろうな。
葵羽はいまだに不明な本をじっと見つめた。ところどころで読むことしかできないため、頭の中で内容が繋がっていかない。キーワードのみが読み取れる程度で、里長が何故自分にこの本を寄越したのか、謎が解けずにいた。
気長に待て、ということか……? だが、それなら行き先すら教えることはないだろう……。ならば、やはりこの本が鍵を握っているとしか、考えられねえか……。
葵羽は自身を落ち着かせるために長く息を吐く。とりあえず、と視線を手元から遠くへと向けた。
葵羽が寄りたかった目的地は、もう目の前であった。
Ⅱ
街へ着くと、やはり彼らは目立った。フェンリルやドラゴンもいるのだ、目立つことは避けられない。だが、彼らは気にすることなく、街の中を堂々と進んだ。
葵羽が街の中で目指した先には、「武器・防具店」と記載された一件の店。カイルとスカーレットは看板を見上げて、不思議そうな顔をした。セレストも不思議そうに店を見上げて、首を傾げていた。
「……葵羽、ここか?」
「あれ、葵羽って何か欲しいものがあったの?」
スカーレットもカイルも、何故この店に来たのか、思い当たる節がまったくないため、各々口を開いて葵羽に問いかける。葵羽はそれに対して焦ることもなく、ただクスリと笑った。
「少し、な」
葵羽は店の扉を開けて店内に颯爽と入っていく。カイルたちは一拍間を空けて、慌てて後を追うようにして店内に足を踏み入れた。
「いらっしゃい!」
店内に足を踏み入れた瞬間、元気な男の声が店内に響き渡る。店主だろうか、カウンターの前に立っていた。カイルたちはそれを呆然と見ていたが、葵羽はそれを見て口元を緩める。それから、彼に話しかけた。
「久しいな、店主殿」
「お、もしかして、あの時の嬢ちゃんか!」
店主は相手が葵羽だと気がついたようで、カウンターから出てくると、葵羽の背中をバシバシと勢いよく叩いた。葵羽はそれを苦笑しつつも、受け止めている。店主はその状態でにこやかに葵羽へと声をかけた。
「元気そうだな! あれからまったく来ねえから、次に来た時はぼったくってやろうかと思ったぜ!」
「次は一割引き、と言っていただろ。正反対なことを言うな。しかも、ちゃんと旅に出ると告げただろうが」
「細けえことは気にすんな! 元気ならいいんだ!」
店主はガハハと笑いながら言葉を紡いでいく。葵羽もそれに対して困ったように笑うものの、嫌な顔は一つもしなかった。
一方、カイルたちはただその光景をぽかんと見ていた。目の前で何が起きているのか、いまいち理解できずにいる。葵羽は楽しそうに話しているものの、ほかのメンバーは思い当たる節どころか、見覚えもない。記憶の断片に残っていることもなく、思考が停止してしまう中、唯一動いたのは今の今までセレストの背中に乗っていたシークだった。シークは迷うことなく飛ぶと、葵羽の右肩に着地する。
店主はドラゴンに気がつくと、「お」と短く声を上げた。
「あの時のドラゴンじゃねえか! サイズが変わんねえな!」
「シークは元から成獣だ。出会った時から子どもじゃねえんだ、変わるはずがないだろ」
「それもそうか!」
店主が高笑いする中、メンバーの中でいち早く我に返ったカイルが声を上げる。
「あ、葵羽、説明! 説明を求めるよ、俺!」
すると、葵羽は一度目を瞬いてから、あっけらかんと答えた。
「カイルは知ってるだろうが、元ストーカー」
「それやめて、っていうか久しぶりに聞いた! ……え、知ってる?」
カイルはその言葉に動きを止める。ゆっくりと時間をかけて記憶を手繰り寄せて、はたと気がついた。小さく言葉を紡ぐ。
「ま、まさか……」
「そのまさかだ。俺が装備一式を揃えた店なんだよ、ここは。結局、買った武器は使ってないけどな」
「いや、使えよ!」
「忘れるんだよ」
カイルの問いかけに、葵羽はけろっと答えていて。だが、その言葉の中に聞き捨てならない言葉があったことにより、店主が鋭いツッコミを入れた。葵羽はそれに対しても悪びれることもなく、ただけろっと答えていた。
カイルは言われて思い出す。自分がまだ葵羽と出会った時のこと。まだこんな風に一緒に旅をしていたわけではなく、一時的なパーティでの関係で。しかも、葵羽にただ協力してもらいたくて、ストーカーもとい付きまとっていたあの頃。
言われてみれば、今さらながらに葵羽と出会った街だ。ならば、葵羽が店主と知り合いだとしても、スカーレットたちが知らないのも無理はない。
だが――。
……何だろう、このモヤモヤ感。
カイルは思わず眉間にシワを作っていた。葵羽の知らない一面を垣間見た気がして、何だか納得がいかない。
隣のスカーレットも怖い顔をしているし、セレストは床に叩きつける勢いで不機嫌そうに尻尾を揺らしていた。
そんな中、葵羽はまったく気がつく様子もないまま、店主へと話しかけていた。
「仲間もこの通り増えたし、行き先も決まってな。旅の道具を一式揃えようと、ここまで戻ってきたんだ。常連になれって、言ってただろ?」
「お、ちゃんと覚えていたか! 嬉しいねえ。ま、ゆっくりしていけよ」
「ああ」
……なんか、納得いかない。
そう思うカイルだけでなく、スカーレットたちもその様子を不機嫌そうに見つめるのであった。
Ⅲ
「しかし、すげえパーティだな。しかも、美人な姉ちゃんも一緒ときた」
店主の言葉に、スカーレットが低い声を出しつつ、鋭い視線を向ける。すると、葵羽がけろりと答えた。
「いい女だろ? だが、アンタでも手を出したら容赦しねえぞ。俺の仲間だ」
「おー、怖え、怖え! 俺は命知らずじゃねえから、やらねえよ」
「懸命な判断だな」
店主は葵羽の言葉を聞いて、降参と言わんばかりに両手を上げた。茶化す店主の言葉を、葵羽はふっと笑って返すだけに留めている。
彼らが言葉を交わす中、スカーレットは突然の不意打ちを食らって、真っ赤な顔を隠そうと必死になっていた。
カイルはそれに気がついて、思わず苦笑する。
そんな中、セレストが葵羽に近づいて、彼女の足元にするりと擦り寄った。それに対抗するかのように、シークが彼女に頬を擦り寄せる。葵羽は二匹の行動を怒るわけでもなく、ただクスリと笑った。
「ちょっと待ってろよ」
葵羽は二匹を優しく撫でてから、店内を物色する。それを見ていたカイルは、ふと気になって葵羽に声をかけた。
「葵羽、何かいるの?」
「これからの旅は長くなるだろうからな、今のうちに調達だ。どこの街でも問題はなかったんだが、以前ここの店主に言われたことを思い出してな。せっかくだから店主の言葉を信じて、ここに寄ったと言うわけだ」
「あー、なるほど」
カイルはようやく納得した。
葵羽はわざわざ寄りたいところがあると言っていたが、こうして必要なものを調達するだけなら、別にどこの街でも良かったと思うのだ。だが、葵羽の言葉を聞いて、理由が判明すれば頷くしかない。
だが、彼女の言葉はそこで終わらなかった。
「……それに」
「……?」
葵羽は言葉を区切って、店主を見た。先が続かない言葉を待ちつつ、カイルは首を傾げる。葵羽はじっと店主を見て、しばらくしてから口を開いた。
「なあ、店主殿、刀の話って何か聞いたことがあるか?」
「刀? 珍しい代物ってことしか知らねえなあ」
店主は首を傾げながらも答える。ほとんど何も知らないようで、唸りながら考えていた。葵羽は気にすることなく、質問を続ける。
「仕入先はあるのか?」
「いや? 基本的には知らねえよ。たまたま仕入先にあったら、入れることもあるが、なかなか売れねえしなあ」
「……売れない?」
葵羽はその言葉にピクリと反応した。その言葉が気になったようで、葵羽は言葉を繰り返す。店主は頷いた。
「なかなか見ねえ形だからな。扱いずらいって言うので、大体売れ残る。そんなもんを毎回仕入れてもなあ」
「なるほどな」
葵羽はその言葉に頷いた。店主の言葉に嘘偽りないことを感じ取り、その話の内容が冬景色には関係ないことを悟る。葵羽は一度考える素振りをしてから、再度問いかけた。
「……西に、封印の地があると聞いたんだが、心当たりはあるか?」
「……どうした」
さすがに店主も気がついたようだ。眉間に皺を寄せて、訝しげに葵羽を見ている。葵羽は素直に謝罪した。
「すまない、気分を害させた。……少し、調べていることがあってな。アンタなら、武器のことには詳しいと考えたんだ。あと、アンタなら聞きやすい、というのもあった。アンタとは顔も会わせているし、何より以前会話もしっかりしたからな」
「……武器、だと?」
「ああ、こいつが関係している。それと、これもな」
葵羽は冬景色をぽんと一度軽く叩いてから、黒い表紙の本を見せる。店主はそれを見て、ふむと一度頷いてから口を開いた。
「……もう少し、詳細を教えてくれ。何か力になれるかもしれん」
「アンタのそういうところ、俺は好きだぜ」
葵羽は店主を見て、ふっと笑う。
それに再度モヤッとしたのは、カイルだけではなかったことだろう。
Ⅳ
店主は葵羽の話を黙って聞いていた。葵羽が語り終わると、黒い表紙の本を手にしてパラパラとめくっていく。店主はしばらく本の中身を見ていたが、一つ息をついた。
「なるほどな。だが、俺もこれを読むことはできねえし、そんな封印の地について聞いたことはねえな」
「……そうか」
葵羽は静かに頷いた。だが、店主の言葉はそこで終わらなかった。
「そういや、『言語の神』と呼ばれている奴がいるらしいぜ」
「……『言語の神』?」
葵羽は店主の言葉を繰り返した。カイルやスカーレットも目を瞬いている。店主は頷いて見せた。
「ああ、何でもどんな言語でも読めるし書けるって奴らしい。本当に神様なのかは知らねえけど、知らねえ言語はねえってことから、この二つ名がついたと噂では聞いたことがあるな。もっとも、俺は会ったことねえけどよ」
「……どこに行ったら会える?」
「ここからもう少し東に行ったところらしいぜ」
「完全に反対方向じゃねえか」
店主の言葉に、葵羽は思わず言い返していた。だか、店主は気を悪くした様子もなく、ガハハと笑うだけであった。
葵羽は少し考えて、再度問いかける。
「……それは、確かな情報か」
「行ってみる価値はあるんじゃねえか?」
葵羽は店主の言葉を受け止めた。それから、カイルとスカーレットへ視線を移す。三人は目線で会話をすると、意思が一致していることを理解して頷き合う。葵羽の足元にいたセレストも、肩に乗っていたシークも元気よく鳴いた。
葵羽は店主に向き直る。
「分かった、行ってみよう。ありがとう、店主殿。あと、店主殿、道具のことだが――」
「おう、いいぜ! 二割引きで!」
「おいおい、商売する気はあるのか」
葵羽は苦笑する。店主はガハハと笑うだけだった。
結局、店主の厚意で、葵羽たちは三割引きで買い物を済ませることができたのであった。
葵羽たちは店を出て、宿を取らずにそのまま旅に出ることにする。
旅の道具は揃った。有力な情報を得ることもできた。資金もなんだかんだと余っている。何かあっても、どうにかなるだろう。
「行くか」
葵羽の言葉に全員が頷いた。
目指すは、「言語の神」と呼ばれる人物の元。葵羽たちは前へ進むのであった――。
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