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第二六章 エルフの青年と刀の因縁

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    Ⅰ

    リュミエルは葵羽の手の中にある、一振の刀を睨んだ。「気に食わない」、そう言っているかのように見えたのである。いつもの雰囲気とは違う。柔らかくて少しおちゃらけたように見えていたあの明るいリュミエルは、今目の前にいない。目の前にいるのは、笑顔が一切消えてしまった、冷たい視線と表情で刀を見つめる彼だけであった。

    光と闇が、対峙している――。

    葵羽はそれを直感的に感じ取っていた。
    葵羽は迷ったが、冬景色ではなく、リュミエルに声をかけることにした。というのも、冬景色はあまりリュミエルに関して気にしていないような雰囲気を醸し出していたからであった。
「リュミエル、俺たちの後を追いかけてきたのか」
「いや、決して後をつけたわけではないさ!    君が寂しがるのであれば、後をつけるつもり満々であったけどね!」
「……頼むから、会話をしてくれ。というか、さっきまでの雰囲気はどこに行ったんだ」
    葵羽は頭を抱えた。今回はまともに会話ができそうだと期待していたが、残念ながらそうではなかったらしい。葵羽と会話をする時は、表情も雰囲気もいつもの状態に戻っている。会話がすれ違っている、ということを、このリュミエルという男はどこまで理解しているのだろうか、葵羽はそう考えてため息をついた。
    リュミエルは葵羽に向けていた優しい眼差しを再度鋭くして刀へと向けた。しかし、じっと睨むことはなく、ちらりと一瞥しただけですぐに葵羽へと視線を戻してしまう。それから、優しく言葉を紡いだ。
「……私はね、葵羽。その刀について、里に報告するために一度戻ったんだ」
「……里、だと?」
「ああ、エルフの里だ。エルフのみが住むことのできる里。正式名称は別にあるんだが、あまり外では名称を出したくなくてね。また別の機会にさせてもらうよ。誰が聞いてるかなんて、分からないからね」
    やけに、慎重だな……。
    葵羽はリュミエルの言葉を聞いて、不思議に思った。彼の言動に目を細める。リュミエルを疑っているわけではなかった。だが、エルフという人種は、そう考える者が多いのだろうか、そう疑問に思ったのである。葵羽は未だにこの世界についての知識が圧倒的に足りていないと、自覚している。リュミエルが何故そこまで警戒しているのか、彼女は理解できずにいた。
    リュミエルは一つ息をつく。
「葵羽、やはりその刀を捨てたほうが良い。……いや、捨てられないんだったかな?」
「……そうだな、今は一心同体の状態だ。……リュミエル、俺にはまだ分からないことがある。何故そこまで冬景色を敵対視するんだ」
    葵羽の問いかけに、リュミエルは一度口を噤む。それから、ゆっくりと口を開いて言葉を紡いだ。
「……私たちエルフが、その刀を憎んでいるからだよ」



    Ⅱ

    その言葉に、その場にいた葵羽たち全員が大きく目を見開いた。葵羽は一つ息を吐き出し、それから呟くように言葉を紡ぐ。
「……どういう、ことだ」
    わけが分からない。思いがけない言葉に、頭を殴られたかのような衝撃を受けた。リュミエルの言葉を理解するまでに、時間がかかったのは確かである。
    先ほどの冬景色の言葉を思い出す。冬景色の話では、自分より前の主の身体を乗っ取ったことはないと、言っていた。
    もしかして、その言葉自体が嘘だと言うのか……?
    葵羽は自分の手の中にある冬景色を見つめる。すると、冬景色はその視線を受けてか、一つため息をついた。「呆れた」と言わんばかりの声音であった。
    ――エルフよ、貴様が何を勘違いしているかは知らんが、私がエルフに手を出したことはないぞ。
「……見間違えるはずがない。その刀は珍しい。刃が逆になっていることもそうだが、刀というもの自体が、この世界では珍しいのだから」
「そうなのか?」
    リュミエルの言葉を聞いて、葵羽はカイルとスカーレットに問いかける。二人はすぐに頷いた。
「本音を言えば、葵羽が刀を持っているところを見て、最初は驚いていたんだ。基本的に、『剣』と呼ばれるものしか流通していないからね」
「『刀』と呼ばれるたぐいのものは、ほとんど出回らない。珍しいと言われるのは、作れる者が限られているからだ」
「……なるほど」
    葵羽はカイルとスカーレットの言葉に頷く。ようやく納得がいった。確かに、刀を使っている者を見かけたことはない。この世界には、自分たちが言う「日本刀」と呼ばれる刀が少ないのだろう。
    つまり、だ。
    ……つまり、刀は冬景色を始めとして、この世界では数少ない武器。もしかしたら、冬景色しかない可能性もある、ということか。
    葵羽はリュミエルに視線を戻す。リュミエルは刀から目を逸らさずに、苦々しく告げた。
「……エルフの里は、一度滅ぼされかけた。お前に、『冬景色』と呼ばれた刀に……!」
「……!?」
    全員が、静かに息を呑んだ。自分の音だけではなく、他の音すらもやけに大きく聞こえたような気がしたのであった。



    Ⅲ

    葵羽はリュミエルと冬景色を交互に見る。絞り出すように、声を出した。
「……どういう、ことだ」
    本日、何度目か分からないその言葉を告げる。頭での理解が追いついていない。次々と告げられる真実に、気が滅入りそうであった。
    リュミエルは葵羽を見て、静かに告げる。
「そのままだよ。君ではなく、以前の冬景色の持ち主が、エルフの里を攻めた。……冬景色の力は強大だ。あの、紅に染っていく氷……、あの光景を今でもよく覚えている。嫌なことに、夢にまで見るほどだよ。あの氷に、何人の同胞が食われたことか……!」
「……冬景色、どういうことだ。お前はさっき、俺以外の身体を乗っ取ったことはないと言っていなかったか」
    葵羽は冬景色に冷たい声音で問いかける。冬景色は一度長く息をつくと、慌てる素振りもなく、冷静に淡々と告げるだけだった。
    ――私は確かにそう言った。だが、それはあくまで「前の主を助けるために乗っ取ったことはない」ということだ。……以前は、私も暴れることが好きだったからな。若気の至りだ。
「冬景色……!」
    葵羽はギリッと奥歯を噛み締めた。刀が「若気の至り」などと言っていること自体おかしな話ではあるが、それどころではない。そんなものに構っている余裕も、冷静にツッコミを入れる気力もなかった。
    こいつのことが、もう分からない……!
    普段から分からない部分はあった。すべてを分かったと思ったことはなかった。いつかこいつを分かる日が来るのだろうか、そう考えたこともあった。だが、ここに来て、ここまで一緒に旅をしてきて、今壁にぶち当たっている。
    心做しか、裏切られたような気分にもなってしまっていた。だが、それを何とか振り落とす。
    ……今はそれどころじゃない。リュミエルのように、冬景色を恨んでいる奴は、少なくないかもしれない。
    そうなれば、確実に言えることは、自分どころか、カイルたちまで危険な目に遭う可能性が高い。それだけは絶対に避けたかった。
    葵羽はざわつく心を抑え込んだ。リュミエルたちを納得させる方法なんて、まったく分からない。冬景色に何をさせるべきかも分からなかった。もし、もし仮に自分が犠牲になったところで、何も解決しないだろう。
    原因が、くだんの刀なのだから――。
「……リュミエル」
    葵羽は痛む頭と心をそのままに、エルフの青年の名を呼んだ。リュミエルは、真剣な表情のまま、葵羽を見つめた。葵羽はその視線を受け止めつつ、怖気付くことなく、静かに言葉を紡いだ。
「……すまない。冬景色がここまで何かを隠しているとは知らなかった。そして、リュミエル、お前にそんな過去があったことも――。何を言っても、言い訳にしか聞こえないとは思うが……」
「君が謝ることはない、葵羽。君はその刀でたくさんの人を、命を救ってきたのだろう。その刀であったことは、正直に言えば複雑ではある。だが、君が誰かを救ったということは、そこにいる彼らを見ていれば分かる」
「……」
    葵羽は無言を貫いた。だが、それに反応したのは、カイルたちである。うんうんと何度も頷いてみせた。
「それは確実だね。俺がここにいられるのは、葵羽のおかげだしさ」
「違いないな。葵羽は誰かを必ず救ってきていたしな。もちろん、この場にいる私たちがそれを証明しているに値するだろう」
『ご主人、ご主人!    僕のことを助けてくれたのは、ご主人だけだよ!    だから、ご主人のこと、大好きなの!    ね、セレスト兄ちゃん!』
『そうだな。我が主がいなければ、我は確実にこの世にはいなかった。主、感謝している』
「お前ら……」
    葵羽はその言葉の数々がとても嬉しかった。カイルたちを順に見て、少しだけ口元を緩める。リュミエルはそれを見て微笑んだが、すぐに真剣な表情に戻して至極真面目に告げた。
「だが、やはり君がその力を、その刀を使い続けるのは良くないと、私は思うよ」
「……」
    葵羽は何も言えなかった。以前、リュミエルには「自分がどうするかは自分で決める」と豪語しておいて、今このザマだ。今の今まで、冬景色とともに戦ってきた。
    だが――。
    これ以上、冬景色を使っていいのだろうか。
    この刀を封印することを目的として、長い距離を旅してきた。未だにその方法は見つからず、ただ前に進んできただけだった。
    この刀のことを、何も知らずに――。
    本当に、この刀を封印することなんて、できるのか?
    考え込んでいる葵羽に、リュミエルは少し考える素振りをしたあと、静かに告げた。
「……葵羽、一度エルフの里に来て欲しい」



    IV

「……何?」
    一瞬、聞き間違いかと思った。葵羽はリュミエルを見つめる。だが、リュミエルは微笑んでいるだけであった。
「君がその刀のことをもっと知る必要があると思うのなら、一度来たほうがいい。話を詳しく聞けるはずだ。君が知らないことも、知りたいことも、知ることができるかもしれない」
「だが……」
    葵羽はその言葉に頷くことはできなかった。彼女が出向くということは、当然冬景色も一緒に行動する。原因だったかもしれない、この一振を持って訪問するなど、彼らに恐怖を与えるだけだろう。それこそ、反感を買うかもしれない。
    リュミエルは快く言ってくれたが、他のエルフの者たちがそうとは限らない。それこそ、リュミエルが悪く言われる可能性もある。
    ダメだ、俺が行っては……。
    黙り込んだ葵羽を見て、リュミエルはさらに言葉を紡いだ。
「遠慮することはない。君が前に進むためには、きっと来たほうが後々役に立つだろう」
「……俺が訪問するということは、冬景色も一緒に行くということだ。お前の里を滅ぼしかけた刀がいても、それでもリュミエルは誘うのか」
「君のせいではないんだ、君が気に病むことはない。それに、君がいれば、問題はないだろう。その刀はどうやら君を気に入っているようだからね」
    リュミエルは冬景色を見て、目を細める。冬景色がため息をついた音が聞こえた。
    葵羽はそれでもすぐに頷くことはできなかった。独断で判断するわけには行かない。カイルたちをちらりと見てみれば、皆一斉に頷く。シークとセレストは尻尾をブンブンと振っていた。どうやら、皆、葵羽の意思を尊重してくれるようだった。それにクスリと笑って返して、リュミエルに向かい合う。
    葵羽は一度長く息をついた。もう、迷いは見せない。
「――分かった。お言葉に甘えさせてもらう。……頼む、リュミエル」
    葵羽の意思のこもった瞳を、リュミエルは微笑んで受け止める。彼はそれを見て嬉しそうに頷くのであった。

    向かうは、エルフの里である――。
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