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第二五章 呪いの刀の意思と次への一歩

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    Ⅰ

    冬景色の言葉を聞きながら、葵羽は思考を巡らせた。冬景色の言葉の意味を考えていた。まったくその言葉の裏に意味がないとは思えなかったのである。
「……冬景色は、俺が技を書き換えると言った瞬間、そのことをすでに考えていたというのか」
    ――そうだ。私にとって、あの技が一番使いやすいからな、あの技がないと困るのだ。
「困る、か……」
    葵羽は顎へ手を添えた。冬景色が言わんとしていることを、なんとなく理解出来た気がした。ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……俺が考えた技を使うことができない、そういうわけではないよな」
    ――違うな。
    冬景色は淡々と答える。はぐらかす素振りはなかった。考え込んでいる様子でもない。ただ、この問答を楽しんでいるように、葵羽には思えた。
「ならば、人の命を奪うことが、必要だとでもいうのか」
    ――それも一つの理由だな。私は過去に、それを一つの楽しみとしてその技を繰り出していた。そして、その技が使いやすくなった、という感じだろうか。
    その言葉に、全員が動きを止める。息を呑む音が、誰かから聞こえた気がした。もしかしたら、葵羽自身だったかもしれない。
『セレスト兄ちゃん……』
『大丈夫だ』
    シークはセレストの頭の上に移動して、不安そうな声を上げた。セレストが優しく声をかけるが、セレストの瞳は鋭いままであった。
    葵羽は会話を続ける前に、カイルの様子を窺った。カイルの顔は真っ青であった。スカーレットの顔色も窺うが、彼女は大丈夫なようである。
「――カイル」
    葵羽が名を呼べば、カイルはびくりと身体を大袈裟に反応させた。ゆっくりと葵羽へ顔を向けてくる。強ばっているように見えた。
    葵羽は少しだけ笑う。自分でもそれ以上は出来なかった。
「……無理、しなくていいんだぞ」
    優しく声をかけたが、その声が震えていたことに、葵羽自身が気がついていた。

    自分も恐れているのだ。この先に何が待っているのか分からない、今のこの状況を――。

    死を待つあの感覚とはまた違う恐ろしさ。死と背中合わせで戦っているあの恐ろしさとも違った。
    目の前が分からない、自分でも予想ができないことに、恐れているのである。恐ろしい、そう思っていることは隠せない事実なのであった。
    葵羽は無理にカイルたちが聞くつもりはないと思っている。抜けたっていい、話を最後まで聞かなければいけないとは思っていなかった。仲間だからこそ、無理はして欲しくない。
    だが、カイルは横に首を振った。表情は変わらないが、確かに否定したのだ。カイルはぎゅっと拳を握りしめ、ごくんと息を呑む。それから、震える声のまま、しっかりと告げた。
「……大、丈夫、俺も、最後まで聞く、から」
「……そうか、分かった」
    葵羽は頷き、カイルの意思を受け入れる。それから、今度はスカーレットへ声をかけた。
「スカーレットは、大丈夫か?」
「私は問題ない。それよりも――」
    スカーレットの鋭い瞳が、刀を捉える。彼女の声は、いつもよりもだいぶ低かった。唸るかのように呟く。
「――怒りで、はらわたが煮えくり返りそうだ」
「……そうか」
    葵羽はふっと笑う。これほどに頼もしいと思わないものはない。
    スカーレットは頼りになるな、俺よりも前を向いているように見える。
    葵羽はスカーレットを見習いながら、次はセレストとシークに声をかけた。
「お前たちは大丈夫か?    無理しなくていいからな」
『ご主人、大丈夫だよ!』
『主、最後までここにいます』
「分かった」
    二匹を優しく撫で、手の中にある刀へと向き直る。
    葵羽は一つ息をつき、話を先に進めることへとしたのだった。



    Ⅱ

「……何故、殺しの技が必要なんだ、冬景色。俺にそれを強要したことはなかったはずだ」
    葵羽の声は低い。冬景色を見つめる瞳も鋭かった。
    だが、冬景色は笑うだけである。
    ――それは、お前の意思だからだ、葵羽。私は私のやり方で戦う。葵羽、お前の意思は尊重しよう。だが、尊重したとしても、それを受け入れるとは言っていない。私の意思には、あの技が必要なのだ。
「……わざわざ、その技を取っておいでまで、お前の意思とやらには必要なのか」
    ――そうだ。
    葵羽はここで一つ疑問が生じた。それを口に出す。
「ならば、何故俺に九の型の存在を教えた。書き換えるつもりがなかったのなら、教える必要はなかったはずだ。教えなければ、わざわざ俺に『書き換えられなかった』、なんて言う必要もなかっただろう。それでも伝えたのは何故だ」
    冬景色は黙った。葵羽はその言葉を静かに待つ。周囲にいたカイルたちも口を挟むことはなかった。皆、静かに耳を傾けるだけであった。
    冬景色は長いため息をつく。
    カイルがびくりと反応した。怯えている、わけではなかったが、過剰に反応してしまうほど、恐れてはいるのだろう。
    冬景色もそれに触れることなく、言葉を紡ぐ。
    ――……私はすべてを葵羽に伝える必要があると、判断しただけだ。
「俺が使わないだろう技でもか」
    ――お前は黙っていたところで、後々「何故黙っていた」と怒るだろうと考えていたからな。
    葵羽はその言葉に目を見開く。確かに、冬景色が言った通り、話していなければ話していなかったで、問いただしていたに違いない。
    だが、驚いたのはそこではなかった。冬景色が自分のことをそこまで理解しているとは思っていなかったのである。冬景色からそんな言葉が出てくるとも思っていなかった。
    冬景色って、なんだか人間のようだよな……。
    人間のように考え、人間のように話をし、人間のように感情を露わにする。刀のようには思えない行動だった。
    だが、そうは思っても、口には出さなかった。
「冬景色、お前は――」
    何を考えている、そう言おうとしたが、それよりも早くに冬景色が言葉を紡いだ。葵羽の言葉を遮ってまで、主張したのである。
    ――私の意思は一つだ、葵羽。何がなんでも、お前を守る。たとえ、お前の意思に反して人の命を奪おうとも、な。
    冬景色は悲しそうに、静かに告げるのであった。



    Ⅲ

    今まで黙っていたカイルが、小さく呟く。
「……どういう、こと?」
    スカーレットもそれに続いた。
「……冬景色は葵羽を守りたいがために、自分の使いやすい技を残したとでも言うのか」
    カイルとスカーレットの戸惑いが、葵羽に伝わってきた。
    葵羽は、まさかと思った。冬景色が何故そうまでして自分を守りたいと思うのか、分からずにいる。思考はまとまらない。ただ、戸惑いの感情が強く、渦巻いていくだけであった。
    ……「人の命を奪う」、それが俺に怒られることも、ましてや嫌われる可能性があることも考えたうえで、こいつは行動していた、というのか。まあ、刀を嫌う、なんておかしな話ではあるが。
    
    それでも、冬景色は葵羽の意思に反すると知りながら、葵羽を守ることを優先として、自分が使いやすい九の型を書き換えることなく、殺しの技として残した――。

    葵羽はそこまで考えて、長く息を吐き出す。
「……お前、俺の前の持ち主たちにも、そうしてきたのか」
    葵羽は問いかける。葵羽がこの刀、冬景色を手にするまでに、過去には何人もの人間がこの刀を手にしていたはずなのだ。たまたま、いや、たまたまなのかも分からないが、葵羽が冬景色を手にした時は持ち主がいなかっただけで、その直前までいた可能性がある。
    なら、この刀は過去の持ち主全員にも、そのように行動してきたのだろうか。そうだとしたら、何故次の持ち主を探そうとするのか。
    だが、葵羽の予想した答えとは違っていた。
    冬景色は淡々と告げる。
    ――いいや、葵羽が初めてだ。過去の持ち主に執着などしたことがない。
    その言葉に、再度全員が動きを止める。冬景色は気にすることなく、言葉を続けた。
    ――過去の持ち主など、どうなろうと知ったことではなかった。奴らの身体を乗っ取ることも出来たが、それをしたことはない。奴らがどこでどう終わろうと、次の持ち主を探せば問題なかった。それで、十分だったのだ。……だが、葵羽は違う。
「……何故だ」
    葵羽は怒りを押し殺した。そんな風にこいつは思っていたのか、と怒りの感情がふつふつと沸き起こってくる。だが、自分に対しては違うと言った。その答えを最後まで聞かなくては納得いかない。とにかく感情を押し殺して、刀へ話を促すように問いかけた。
    冬景色は葵羽の予想と反した言葉を返した。
    ――個人的に、お前を好いているからな。お前を失うつもりはないのだ、葵羽。
「……は?」
    葵羽は間の抜けた声を出していた。先ほどまで感じていた怒りの感情は、唐突な冬景色の言葉によって、どこかに行ってしまった。頭の中で理解できずにいた。
    カイルの叫び声が、どこか遠くで聞こえたような気がした。



    Ⅳ

「葵羽、お前刀まで魅了してどうする!?」
    スカーレットに怒られるが、葵羽は「いや、」と首を振った。
「いや、スカーレット、そうではないだろ。というか、魅了した覚えはない」
「お前の無自覚はいつになったら直るんだ!    そろそろ自覚しろ!」
「待て、何の話だ」
    スカーレットが勢いよく怒るが、葵羽は怒られる意味が分かっていない。そもそも、自覚とは一体何の話のことだ、と思っていた。
    カイルは頭を抱えている。
「……おかしいな、さっきまで気分が悪かったはずなのに、それよりも頭が痛いほうのが酷くなってきた。気分どころの話じゃないや。まさか、まさかとは思ったけど、葵羽の影響力はどこまで行くんだろう……」
「大丈夫か?    カイル」
「誰のせいだと思ってんの!?    葵羽、ねえ!?」
    カイルも乱入して、スカーレットと二人であれこれ、ギャーギャーと葵羽に向けて騒ぐが、対する葵羽は首を傾げるだけであった。二人は長い長いため息をついてしまう。
    葵羽の足元では、シークとセレストが何度も頷きあって会話を繰り広げていた。
『ご主人、人気だもんね、セレスト兄ちゃん』
『主は魅力のあるお方だからな、無理もない。もっとも、自覚をしていただけるとさらにありがたいのだが』
『ねー。ご主人が誰かに取られたら、僕やだもん!』
「ちょっと、葵羽!    シークもセレストもこう言ってるんだけど、どうするのさ!    葵羽だけでしょ、分かってないの!」
「シークまで分かっているというのに、お前はいつになったら自覚をするんだ!」
「何の話だ。というか、シークにも、セレストにも心配されるほどのことではないと思うんだが」
    葵羽は勢いよく二人に詰め寄られるが、何をそこまで怒っているのかが分からない。むしろ、論点がずれているとさえ、思っている。
    カイルもスカーレットも、理解していない葵羽へと怒りの矛先が変更されていた。先ほどまで冬景色の話を聞いて腹が立つと思っていたが、大元の原因が葵羽だと分かれば、葵羽に矛先は向くわけである。
    葵羽は二人を宥めながら、淡々と告げた。
「まず、刀に好かれても嬉しくないんだが」
「そういうことじゃない!」
「論点がずれているんだ、葵羽は!」
    二人に言われることなのか……?
    葵羽はよく分からないため、話を切り上げることにした。まだ二人は騒いでいるが、それどころではない。いまだに冬景色の話は終わっていないのである。
「……冬景色、お前が俺を失わないようにしたって、俺にも寿命というものはある。お前とずっと一緒にいられるわけではない」
    ――不老不死、そんなものがあれば良いのだろう。
「……冬景色、お前は分かっていないんだ。人間は寿命があるから、その限られた時間を悔いのないように必死に生きる。不老不死を得たって、楽しいのは最初だけだろう。永遠とあり続ける時間を生き続けるのは、きっと悲しく辛いものだと俺は考えている。何より、俺自身がそれを望んではいない」
    葵羽は自分の考えを伝えた。だが、冬景色は笑うだけだった。
    ――私が一生一緒にいるのだ、悲しくも辛くもなかろう。私はお前を手放すつもりはないぞ、葵羽。
「お前、本当に考えが物騒だよな」
    葵羽は一つため息をつく。
    ……これを世間では、「ヤンデレ」と言うのだろうか。
    葵羽は暢気にそんなことを考えた。ヤンデレ属性の刀、なんてまったく笑えない。どれだけやばい刀なのか、と考えてしまう。もっとも、目の前にそのやばい刀があるわけではあるが。
    だが、葵羽は直感的に悟っていた。
    このまま、冬景色を好きなように行動させてはいけない、と――。
    自分一人が冬景色に振り回されるなら、まだいい。だが、周囲の人間を、仲間を巻き込むことになるというのなら――。

    ――絶対に、阻止しなくては。

    葵羽はすっと目を細めた。冬景色から目を離すことなく、思考を巡らす。その思考も、冬景色にはバレている可能性もあった。だが、それでも仲間を守るために、葵羽は冬景色を止める方法を考える。

    そこに、第三者が現れた――。

「――やはり、君にその刀は危ないね」
    聞き覚えのある声だった。こつり、と靴の音が響く。
    スカーレットが立ち上がり、剣の柄に手をかける。シークとセレストが唸り声を上げて、音のする方向を睨んでいた。
    ゆっくりと見えてきたその姿に、葵羽は名前を呼ぶ。
「――リュミエル」

    ――姿を現したのは、エルフの青年、リュミエルであった。

    リュミエルは刀を見て、淡々と告げた。
「やはり、君がその刀を持っているのは危ない。少し距離を置いていたが、やはり気になってね。君には、その刀のことを話すべきだろうと判断して追ってきたんだ」
    少し前に話していた陽気な声とは違う。真剣味を帯びたその声は、葵羽たちを静かにさせるのには十分すぎるものなのであった。
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