24 / 34
第二三章 悲劇
しおりを挟む
Ⅰ
葵羽たちは、その場所で休むことにした。夜のうちに動くことも考えたが、元々全員が話し合いのつもりでいたため、一通り話終わるとそのまま各々時間を過ごすことにしたのである。
だが、残念ながら、誰一人として寝る気は起きなかった。
夜に起きている生活リズムに慣れてしまって、今さら夜に眠れなくなってしまったのであった。
身体を休ませるために、全員がじっと座っていたり、寝転がっていたりしたが、結局全員時間を持て余してしまった。
誰からともなく口を開き、雑談を始める。全員会話を楽しんだ。たったそれだけの時間で、葵羽たちは満足していたのであった。
だが、それは急に終わりを告げる。
葵羽は何かを感じ取った。セレストの耳も、ぴくりと反応する。セレストが唸り始めると、シークもそれに続いた。
……殺気か。
――葵羽、数が多いぞ。
葵羽の思考の後に、冬景色の声が届く。葵羽はそれを聞いて、静かに一つ頷いた。
……ああ、分かっている。
葵羽は静かに告げた。
「……火を消せ」
焚き火を静かに消す。明かりが一瞬で消え、カイルたちは何事かと周囲を見渡した。
「葵羽?」
カイルが名前を呼ぶ中、葵羽は自身の口元にすっと人差し指を持っていく。全員を黙らせてから、耳をすませれば、確かに足音がした。
カイルもスカーレットも気がついたようで、すっと気を引き締めていた。
葵羽は小声で呟く。
「……誰か、来る」
葵羽たちは闇の先をじっと見つめた。
ざっ、ざっ……。確実に足音は自分たちのほうへと近づいてきていた。
葵羽は刀の柄に手をかけた。いつでも抜刀できるように、身構える。気配を研ぎ澄ました。
そこに、現れたのは――。
人間の集団であった。
Ⅱ
いかにも柄の悪そうな集団が、目の前にいる。
葵羽は気を一切緩むことなく、すっと目を細める。相手をぎろりと睨んで、見据えた。
ざっと相手を数えたところ、三〇人といったところか。もしかしたら、もう少しいるかもしれない。
さすがに、数が多いか……。
今さら逃げようとしても、得策ではないだろう。背後を取られて終わりなはずだ。仲間を逃がしたい思いはあるが、それが分かっている今、ここからどう切り抜けるかが重要であった。
目の前にいる男が口を開く。
「……随分と、数が少ねえなあ」
相手の言葉に、葵羽はぴくりと反応した。武器を抜くのはもう少し待つ。まだ、相手の反応が分からないからだ。
「……誰だ」
代表で葵羽が問いかけた。
だが、対する男は笑っただけだった。周囲にいる彼の仲間たちも笑う。
下卑た笑いだと思った。
「随分なご挨拶じゃねえか。まあ、いい。どうせすぐに用は済む。俺たちは、盗賊だよ」
「盗賊……。そんな奴らが俺たちに何の用だ。生憎、俺たちは宝の一つも所持していない」
「なあに、金目のものをすべて置いていけばいい。そこの女も置いていきな」
男がスカーレットを見てそう言う。
葵羽の目がさらに鋭くなる。
……腹の立つ奴らばかりだな、この世界は。
――葵羽、六の型だ。
葵羽が怒りを抑える中、静かな刀の声が頭の中に届く。
葵羽は一つ息をつき、刀をゆっくりと抜いた。音がしないように気をつける。それから、冬景色を脇に構えた。
……男たちに隙がなくなる前に、数を減らす。
「――六の型、氷柱連舞」
脇から一閃を放ち、技を繰り出せば、氷の柱が次々と地面から出現し、盗賊たちを飲み込んでいく。半数ほどの盗賊たちが何本もある氷の柱に各々飲み込まれた。
飲み込まれなかった盗賊たちが悲鳴をあげてその様子を見ている。
葵羽はそれを見ながら、刀を構えて告げた。
「――全員、氷に飲み込まれるのがお望みなら、お望み通りにしてやる。覚悟しな」
葵羽の言葉を皮切りに、スカーレットとセレストが盗賊たちに襲いかかる。カイルは後方支援として、魔法を繰り出し始めた。シークは葵羽の肩に乗り、カイル同様後方支援を務めている。
葵羽も動き出した。残っている盗賊たちを叩きのめし、数を減らしていく。時に冬景色の技を繰り出し、大幅に数を減らした。
盗賊たちの数は確実に減っていく。
……冬景色の技があったからこそ、この人数差でも戦えたんだろうな。元々、皆が弱いと思ったことはないが。
葵羽が思考を巡らせる。視界は常に周囲を観察し、身体が止まることはない。
その中で、彼女は思う。
……冬景色が、仲間で良かったと、心底思うな。
――お前以外の元に行くつもりないぞ、葵羽。
冬景色の声が届く。
葵羽は苦笑した。
……どうだかな。
その時――。
葵羽の視界は捉えていた。
木の陰に隠れていた盗賊の一人が、背後からスカーレットに襲いかかろうとしているところを――。
葵羽は叫びながら、駆け寄る。
「スカーレット、後ろだ!」
スカーレットが振り向くより先に、男の手が振り下ろされる。
葵羽は「加速」の魔法を発動し、二人の間に身体を滑り込ませる。相手の刃をなんとか受け止めたが、その反動で吹き飛ばされた。スカーレットが咄嗟に避けたのを確認し、葵羽はそのまま木に身体を打ち付ける。
「――ぐっ!」
痛みに顔を歪ませ、すぐに立ち上がろうとした瞬間――。
――追いかけてきた敵の刃が、葵羽を貫いていた。
Ⅲ
「あ、おは……?」
誰が呟いたのだろう。その声音は、「信じられない」と言っているかのようであった。
残り数人となっている盗賊たちと共に、カイルやスカーレットたちはその光景から目を離せなくなる。動きは完全に止まっていた。
葵羽の腹部に深々と突き刺さる刃。葵羽はぐっと息を詰まらせたあと、かはっと吐き出した。それによって、葵羽が真っ赤に染まっていく。
葵羽は朦朧とする意識の中、相手の刃を刀の持っていない左手で掴む。そして、相手に刃を振るった。逆刃刀が相手の頭に当たる。打ちどころが悪かったらしく、相手は気絶した。相手の身体をなんとかどかし、今度は刺さっている刃を抜こうと腕に力を入れる。
葵羽の視界がぐらつく。力はまともに入らなかった。
葵羽はこの感覚を、よく覚えていた。
セレストと初めて会ったあの時――、死を覚悟したあの時のことだ。
出血は止まらない。口の中で鉄の味がする。そんなことは、よく分かっていた。
だが、それでも自分の身よりも、仲間のことが気がかりだった。
自分だけ休んでいるわけには、行かねえだろ……!
刃を抜こうと手に力を込める。なのに、意識とは反して、手は震えている。力がまったく入らない。
くっそ……、意識が手放されそうだ……!
必死に自分で意識を手繰り寄せているが、それとは反して手放されそうになる感覚。時間の問題であることは、明白であった。
カイルとスカーレットは、目の前の光景から我に返り、早くに敵を倒し終わろうと懸命に戦っている。セレストも敵に襲いかかっていた。ただ一匹だけ、肩に乗っているシークだけが、心配そうに葵羽を見つめていた。か細く小さく鳴いている。
だが、葵羽はそれに反応することも、心配するなと笑いかけてやることもできなかった。
まずい……、どうする……!
葵羽の中で、スカーレットを助けたことに後悔はない。
だが――。
セレストの時とは、葵羽は違った。
死ねない、こんなところで……! 死ぬわけには行かない……!
死を覚悟することなく、死に抗おうとする。生に縋りついたのである。
ぎりっと強く歯を噛み締める。鉄の味が強くなった気がした。
そんな時――。
――葵羽、怒るなよ。
冬景色の声が、葵羽に届く。
「ふ、ゆげしき……?」
葵羽の中で冬景色の声が届いた瞬間、彼女は意識を失ったのであった。
Ⅳ
ゆらりと立ち上がった葵羽は、痛みなどまったく感じていないように、平然としていた。自身の腹部に刺さっている剣をいとも簡単に抜いてしまう。ボタボタと傷口から勢いよく紅が流れていく中、冬景色の刀身を自分に翳す。それから、静かに技を発動した。
「――秘技。二ノ型、雪の雫」
彼女の怪我は一瞬で治った。身体の傷が癒え、一滴たりとも出血をしていない。傷跡がどこにあったのか、そう言えそうな様子であった。
「あ、おは……」
カイルが驚きつつも、彼女の名前を呼ぶ。だが、その声に彼女は反応しない。
残っていた盗賊たちは、驚きながらも声を上げる。
「はっ! 今さらなんだって言うんだ――」
「――黙れ」
葵羽の声は、酷く静かであった。氷のように冷たく言葉を告げる。彼女の瞳が、盗賊たちを捉えた。ぎろりと睨む。盗賊たちはそれだけで動けなくなってしまった。
肩に乗っていたはずのシークは、セレストの頭の上にいた。葵羽の様子がおかしく、傍にいたくなかったのである。セレストも様子がおかしいことには気がついていて、唸り声を上げていた。
ぽつりと呟いたのは、スカーレットだった。驚きに目を見開いている。
「……だ、誰だ、あれは」
「どういう、こと……?」
カイルが聞き返せば、スカーレットは震える声で告げる。
「見てみろ……。葵羽の瞳は、本来黒のはずだ。なのに……」
白く、染まっている……。
スカーレットの言葉に、カイルははっと葵羽を見た。瞳の色を確認する。
黒曜石のように真っ黒だった瞳が今、新雪のように真っ白に染まっていた――。
白、その言葉にカイルは引っかかっていた。何かが関係している、それを思い出そうとする。
カイルは葵羽の持っている刀を見て、はっと思い出した。
「……ふ、ゆげし、き?」
「――っ! まさか!」
カイルの言葉に、スカーレットが反応する。二人して葵羽から目が逸らせずに見つめてしまう。
葵羽――いや、葵羽の身体を操っている冬景色は、刀の柄に手をかける。それから、残った盗賊たちを見て、冷たく告げた。
「――葵羽を傷つけた貴様らを許すつもりはない。私は貴様らを許さん。葵羽は、私のものだ」
冬景色はぐっと足に力を入れ、抜刀術の構えをとる。そして、盗賊たちへと駆け寄り、一閃を放った。
「――九の型、紅の華」
「!? ダメだ、葵羽! 九の型は――!」
その言葉に、カイルは驚きを隠せない。慌てて叫ぶように葵羽へ声をかける。
だが、カイルの言葉は間に合わない。
盗賊たちは一瞬で全員が氷に包まれる。華を描くかのように咲き誇る氷。盗賊たちの姿は、ぼんやりとだか認識できた。
だが、それがだんだんと見えなくなっていき、さらに氷が紅に染まっていく――。
カイルは葵羽の話を思い出していた。
九の型。葵羽が持つ、冬景色の技の中で、唯一書き換えができなかった技。
つまり、その技のみ、いまだに人殺しの技なのである――。
なら、目の前で起こっている、この光景は――。
スカーレットが顔を片腕で隠す。綺麗な顔が、歪んだ。
「……間違いない。これは、血の匂いだ」
カイルとスカーレットは葵羽を見つめた。
盗賊たちが倒れている中、そこに一人葵羽は佇んでいる。多くの盗賊たちが気絶している中、一部の者は氷の柱に捕らわれていた。
大半の人間が気絶しながらも生きている中、最後の紅に染まっていく氷の中だけは、おそらく――。
カイルは一度ごくりと息を呑んだあと、葵羽に声をかけた。
「葵羽――いや、冬景色、だよね?」
「――カイルよ、葵羽のこと、頼んだぞ」
葵羽の姿のまま、冬景色は自身を鞘に収めた。その瞬間、葵羽の身体がぐらりと傾く。
「葵羽!」
スカーレットが駆け寄って、慌てて葵羽の身体を受け止めた。葵羽の静かな呼吸が聞こえてくる。
カイルはそのことに安堵し、葵羽へ「治癒」の魔法をかける。
だが、カイルの頭の中は、先ほどまでのことで完全に占められていた。手は動かしていても、頭からあの光景が離れることはない。
葵羽はきっと、後悔するだろうな。人の命を奪わないように、今までしてきただろうし……。
カイルは葵羽の顔を見て、胸が痛むのであった。
Ⅴ
数時間後、葵羽は目を覚ました。意識がはっきりしてくると、身体をがばりと勢いよく起こす。
「葵羽! 大丈夫か!」
「葵羽!」
スカーレットとカイルが駆け寄ってくる。セレストはすぐ横にいた。セレストの頭の上に、シークが乗っている。
だが、葵羽は反応しなかった。無言のまま、自分の手元をじっと見つめている。それから、冬景色を見つめ、すぐに自分の近くにある紅に染った氷を見た。その傍には縛られた盗賊たちがいる。気絶した彼らを、スカーレットたちが縛っておいてくれたのだろうと理解した。
葵羽は片手で顔を覆った。
カイルが恐る恐る声をかける。
「……葵羽、あの、さ――」
カイルの言葉はすぐに止められた。葵羽がゆっくりと左右に首を振ったのである。
「……カイル、ありがとう。……覚えているんだ、何もかも――」
全員が息を呑む中、葵羽はくしゃりと前髪を握る。「……くそっ!」
葵羽は苦々しく言葉を吐き捨てた。
それは、虚しくも、辛くも聞こえたのであった――。
葵羽たちは、その場所で休むことにした。夜のうちに動くことも考えたが、元々全員が話し合いのつもりでいたため、一通り話終わるとそのまま各々時間を過ごすことにしたのである。
だが、残念ながら、誰一人として寝る気は起きなかった。
夜に起きている生活リズムに慣れてしまって、今さら夜に眠れなくなってしまったのであった。
身体を休ませるために、全員がじっと座っていたり、寝転がっていたりしたが、結局全員時間を持て余してしまった。
誰からともなく口を開き、雑談を始める。全員会話を楽しんだ。たったそれだけの時間で、葵羽たちは満足していたのであった。
だが、それは急に終わりを告げる。
葵羽は何かを感じ取った。セレストの耳も、ぴくりと反応する。セレストが唸り始めると、シークもそれに続いた。
……殺気か。
――葵羽、数が多いぞ。
葵羽の思考の後に、冬景色の声が届く。葵羽はそれを聞いて、静かに一つ頷いた。
……ああ、分かっている。
葵羽は静かに告げた。
「……火を消せ」
焚き火を静かに消す。明かりが一瞬で消え、カイルたちは何事かと周囲を見渡した。
「葵羽?」
カイルが名前を呼ぶ中、葵羽は自身の口元にすっと人差し指を持っていく。全員を黙らせてから、耳をすませれば、確かに足音がした。
カイルもスカーレットも気がついたようで、すっと気を引き締めていた。
葵羽は小声で呟く。
「……誰か、来る」
葵羽たちは闇の先をじっと見つめた。
ざっ、ざっ……。確実に足音は自分たちのほうへと近づいてきていた。
葵羽は刀の柄に手をかけた。いつでも抜刀できるように、身構える。気配を研ぎ澄ました。
そこに、現れたのは――。
人間の集団であった。
Ⅱ
いかにも柄の悪そうな集団が、目の前にいる。
葵羽は気を一切緩むことなく、すっと目を細める。相手をぎろりと睨んで、見据えた。
ざっと相手を数えたところ、三〇人といったところか。もしかしたら、もう少しいるかもしれない。
さすがに、数が多いか……。
今さら逃げようとしても、得策ではないだろう。背後を取られて終わりなはずだ。仲間を逃がしたい思いはあるが、それが分かっている今、ここからどう切り抜けるかが重要であった。
目の前にいる男が口を開く。
「……随分と、数が少ねえなあ」
相手の言葉に、葵羽はぴくりと反応した。武器を抜くのはもう少し待つ。まだ、相手の反応が分からないからだ。
「……誰だ」
代表で葵羽が問いかけた。
だが、対する男は笑っただけだった。周囲にいる彼の仲間たちも笑う。
下卑た笑いだと思った。
「随分なご挨拶じゃねえか。まあ、いい。どうせすぐに用は済む。俺たちは、盗賊だよ」
「盗賊……。そんな奴らが俺たちに何の用だ。生憎、俺たちは宝の一つも所持していない」
「なあに、金目のものをすべて置いていけばいい。そこの女も置いていきな」
男がスカーレットを見てそう言う。
葵羽の目がさらに鋭くなる。
……腹の立つ奴らばかりだな、この世界は。
――葵羽、六の型だ。
葵羽が怒りを抑える中、静かな刀の声が頭の中に届く。
葵羽は一つ息をつき、刀をゆっくりと抜いた。音がしないように気をつける。それから、冬景色を脇に構えた。
……男たちに隙がなくなる前に、数を減らす。
「――六の型、氷柱連舞」
脇から一閃を放ち、技を繰り出せば、氷の柱が次々と地面から出現し、盗賊たちを飲み込んでいく。半数ほどの盗賊たちが何本もある氷の柱に各々飲み込まれた。
飲み込まれなかった盗賊たちが悲鳴をあげてその様子を見ている。
葵羽はそれを見ながら、刀を構えて告げた。
「――全員、氷に飲み込まれるのがお望みなら、お望み通りにしてやる。覚悟しな」
葵羽の言葉を皮切りに、スカーレットとセレストが盗賊たちに襲いかかる。カイルは後方支援として、魔法を繰り出し始めた。シークは葵羽の肩に乗り、カイル同様後方支援を務めている。
葵羽も動き出した。残っている盗賊たちを叩きのめし、数を減らしていく。時に冬景色の技を繰り出し、大幅に数を減らした。
盗賊たちの数は確実に減っていく。
……冬景色の技があったからこそ、この人数差でも戦えたんだろうな。元々、皆が弱いと思ったことはないが。
葵羽が思考を巡らせる。視界は常に周囲を観察し、身体が止まることはない。
その中で、彼女は思う。
……冬景色が、仲間で良かったと、心底思うな。
――お前以外の元に行くつもりないぞ、葵羽。
冬景色の声が届く。
葵羽は苦笑した。
……どうだかな。
その時――。
葵羽の視界は捉えていた。
木の陰に隠れていた盗賊の一人が、背後からスカーレットに襲いかかろうとしているところを――。
葵羽は叫びながら、駆け寄る。
「スカーレット、後ろだ!」
スカーレットが振り向くより先に、男の手が振り下ろされる。
葵羽は「加速」の魔法を発動し、二人の間に身体を滑り込ませる。相手の刃をなんとか受け止めたが、その反動で吹き飛ばされた。スカーレットが咄嗟に避けたのを確認し、葵羽はそのまま木に身体を打ち付ける。
「――ぐっ!」
痛みに顔を歪ませ、すぐに立ち上がろうとした瞬間――。
――追いかけてきた敵の刃が、葵羽を貫いていた。
Ⅲ
「あ、おは……?」
誰が呟いたのだろう。その声音は、「信じられない」と言っているかのようであった。
残り数人となっている盗賊たちと共に、カイルやスカーレットたちはその光景から目を離せなくなる。動きは完全に止まっていた。
葵羽の腹部に深々と突き刺さる刃。葵羽はぐっと息を詰まらせたあと、かはっと吐き出した。それによって、葵羽が真っ赤に染まっていく。
葵羽は朦朧とする意識の中、相手の刃を刀の持っていない左手で掴む。そして、相手に刃を振るった。逆刃刀が相手の頭に当たる。打ちどころが悪かったらしく、相手は気絶した。相手の身体をなんとかどかし、今度は刺さっている刃を抜こうと腕に力を入れる。
葵羽の視界がぐらつく。力はまともに入らなかった。
葵羽はこの感覚を、よく覚えていた。
セレストと初めて会ったあの時――、死を覚悟したあの時のことだ。
出血は止まらない。口の中で鉄の味がする。そんなことは、よく分かっていた。
だが、それでも自分の身よりも、仲間のことが気がかりだった。
自分だけ休んでいるわけには、行かねえだろ……!
刃を抜こうと手に力を込める。なのに、意識とは反して、手は震えている。力がまったく入らない。
くっそ……、意識が手放されそうだ……!
必死に自分で意識を手繰り寄せているが、それとは反して手放されそうになる感覚。時間の問題であることは、明白であった。
カイルとスカーレットは、目の前の光景から我に返り、早くに敵を倒し終わろうと懸命に戦っている。セレストも敵に襲いかかっていた。ただ一匹だけ、肩に乗っているシークだけが、心配そうに葵羽を見つめていた。か細く小さく鳴いている。
だが、葵羽はそれに反応することも、心配するなと笑いかけてやることもできなかった。
まずい……、どうする……!
葵羽の中で、スカーレットを助けたことに後悔はない。
だが――。
セレストの時とは、葵羽は違った。
死ねない、こんなところで……! 死ぬわけには行かない……!
死を覚悟することなく、死に抗おうとする。生に縋りついたのである。
ぎりっと強く歯を噛み締める。鉄の味が強くなった気がした。
そんな時――。
――葵羽、怒るなよ。
冬景色の声が、葵羽に届く。
「ふ、ゆげしき……?」
葵羽の中で冬景色の声が届いた瞬間、彼女は意識を失ったのであった。
Ⅳ
ゆらりと立ち上がった葵羽は、痛みなどまったく感じていないように、平然としていた。自身の腹部に刺さっている剣をいとも簡単に抜いてしまう。ボタボタと傷口から勢いよく紅が流れていく中、冬景色の刀身を自分に翳す。それから、静かに技を発動した。
「――秘技。二ノ型、雪の雫」
彼女の怪我は一瞬で治った。身体の傷が癒え、一滴たりとも出血をしていない。傷跡がどこにあったのか、そう言えそうな様子であった。
「あ、おは……」
カイルが驚きつつも、彼女の名前を呼ぶ。だが、その声に彼女は反応しない。
残っていた盗賊たちは、驚きながらも声を上げる。
「はっ! 今さらなんだって言うんだ――」
「――黙れ」
葵羽の声は、酷く静かであった。氷のように冷たく言葉を告げる。彼女の瞳が、盗賊たちを捉えた。ぎろりと睨む。盗賊たちはそれだけで動けなくなってしまった。
肩に乗っていたはずのシークは、セレストの頭の上にいた。葵羽の様子がおかしく、傍にいたくなかったのである。セレストも様子がおかしいことには気がついていて、唸り声を上げていた。
ぽつりと呟いたのは、スカーレットだった。驚きに目を見開いている。
「……だ、誰だ、あれは」
「どういう、こと……?」
カイルが聞き返せば、スカーレットは震える声で告げる。
「見てみろ……。葵羽の瞳は、本来黒のはずだ。なのに……」
白く、染まっている……。
スカーレットの言葉に、カイルははっと葵羽を見た。瞳の色を確認する。
黒曜石のように真っ黒だった瞳が今、新雪のように真っ白に染まっていた――。
白、その言葉にカイルは引っかかっていた。何かが関係している、それを思い出そうとする。
カイルは葵羽の持っている刀を見て、はっと思い出した。
「……ふ、ゆげし、き?」
「――っ! まさか!」
カイルの言葉に、スカーレットが反応する。二人して葵羽から目が逸らせずに見つめてしまう。
葵羽――いや、葵羽の身体を操っている冬景色は、刀の柄に手をかける。それから、残った盗賊たちを見て、冷たく告げた。
「――葵羽を傷つけた貴様らを許すつもりはない。私は貴様らを許さん。葵羽は、私のものだ」
冬景色はぐっと足に力を入れ、抜刀術の構えをとる。そして、盗賊たちへと駆け寄り、一閃を放った。
「――九の型、紅の華」
「!? ダメだ、葵羽! 九の型は――!」
その言葉に、カイルは驚きを隠せない。慌てて叫ぶように葵羽へ声をかける。
だが、カイルの言葉は間に合わない。
盗賊たちは一瞬で全員が氷に包まれる。華を描くかのように咲き誇る氷。盗賊たちの姿は、ぼんやりとだか認識できた。
だが、それがだんだんと見えなくなっていき、さらに氷が紅に染まっていく――。
カイルは葵羽の話を思い出していた。
九の型。葵羽が持つ、冬景色の技の中で、唯一書き換えができなかった技。
つまり、その技のみ、いまだに人殺しの技なのである――。
なら、目の前で起こっている、この光景は――。
スカーレットが顔を片腕で隠す。綺麗な顔が、歪んだ。
「……間違いない。これは、血の匂いだ」
カイルとスカーレットは葵羽を見つめた。
盗賊たちが倒れている中、そこに一人葵羽は佇んでいる。多くの盗賊たちが気絶している中、一部の者は氷の柱に捕らわれていた。
大半の人間が気絶しながらも生きている中、最後の紅に染まっていく氷の中だけは、おそらく――。
カイルは一度ごくりと息を呑んだあと、葵羽に声をかけた。
「葵羽――いや、冬景色、だよね?」
「――カイルよ、葵羽のこと、頼んだぞ」
葵羽の姿のまま、冬景色は自身を鞘に収めた。その瞬間、葵羽の身体がぐらりと傾く。
「葵羽!」
スカーレットが駆け寄って、慌てて葵羽の身体を受け止めた。葵羽の静かな呼吸が聞こえてくる。
カイルはそのことに安堵し、葵羽へ「治癒」の魔法をかける。
だが、カイルの頭の中は、先ほどまでのことで完全に占められていた。手は動かしていても、頭からあの光景が離れることはない。
葵羽はきっと、後悔するだろうな。人の命を奪わないように、今までしてきただろうし……。
カイルは葵羽の顔を見て、胸が痛むのであった。
Ⅴ
数時間後、葵羽は目を覚ました。意識がはっきりしてくると、身体をがばりと勢いよく起こす。
「葵羽! 大丈夫か!」
「葵羽!」
スカーレットとカイルが駆け寄ってくる。セレストはすぐ横にいた。セレストの頭の上に、シークが乗っている。
だが、葵羽は反応しなかった。無言のまま、自分の手元をじっと見つめている。それから、冬景色を見つめ、すぐに自分の近くにある紅に染った氷を見た。その傍には縛られた盗賊たちがいる。気絶した彼らを、スカーレットたちが縛っておいてくれたのだろうと理解した。
葵羽は片手で顔を覆った。
カイルが恐る恐る声をかける。
「……葵羽、あの、さ――」
カイルの言葉はすぐに止められた。葵羽がゆっくりと左右に首を振ったのである。
「……カイル、ありがとう。……覚えているんだ、何もかも――」
全員が息を呑む中、葵羽はくしゃりと前髪を握る。「……くそっ!」
葵羽は苦々しく言葉を吐き捨てた。
それは、虚しくも、辛くも聞こえたのであった――。
0
お気に入りに追加
40
あなたにおすすめの小説
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
ワンダラーズ 無銘放浪伝
旗戦士
ファンタジー
剣と魔法、機械が共存する世界"プロメセティア"。
創国歴という和平が保証されたこの時代に、一人の侍が銀髪の少女と共に旅を続けていた。
彼は少女と共に世界を周り、やがて世界の命運を懸けた戦いに身を投じていく。
これは、全てを捨てた男がすべてを取り戻す物語。
-小説家になろう様でも掲載させて頂きます。
若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双
たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。
ゲームの知識を活かして成り上がります。
圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。
鑑定能力で恩を返す
KBT
ファンタジー
どこにでもいる普通のサラリーマンの蔵田悟。
彼ははある日、上司の悪態を吐きながら深酒をし、目が覚めると見知らぬ世界にいた。
そこは剣と魔法、人間、獣人、亜人、魔物が跋扈する異世界フォートルードだった。
この世界には稀に異世界から《迷い人》が転移しており、悟もその1人だった。
帰る方法もなく、途方に暮れていた悟だったが、通りすがりの商人ロンメルに命を救われる。
そして稀少な能力である鑑定能力が自身にある事がわかり、ブロディア王国の公都ハメルンの裏通りにあるロンメルの店で働かせてもらう事になった。
そして、ロンメルから店の番頭を任された悟は《サト》と名前を変え、命の恩人であるロンメルへの恩返しのため、商店を大きくしようと鑑定能力を駆使して、海千山千の商人達や荒くれ者の冒険者達を相手に日夜奮闘するのだった。
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに
千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」
「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」
許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。
許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。
上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。
言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。
絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、
「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」
何故か求婚されることに。
困りながらも巻き込まれる騒動を通じて
ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。
こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる