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第二一章 呪いの刀と魔物との交流

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    Ⅰ

    その日の夜のうちに、移動できるだけ移動した葵羽たちは、野宿する場所を決めて、休むことにした。すでに朝日が出る前にスカーレットは眠りについている。まったく日の当たらないところを決めて、そこで毛布をしっかりと被って寝ていた。
    夜に行動していた葵羽たちも、交代で休むことにする。葵羽はとりあえず、カイルを寝かせることにした。先に見張りをすることを、申し出たのである。
    カイルはさっさと寝ていた。今回はちゃんと起きなければいけないと分かっているみたいで、念入りに自分に起こして欲しいと言っていた。思い出して、苦笑してしまう。
    葵羽は腰から冬景色を外して、刀を抱え込んで座る。カイルの寝息を聞きながら、気配を探って警戒していると、セレストが歩み寄ってきた。その頭の上に、シークが乗っていて、二匹は主人の前でちょこんと座る。葵羽はそれを見て、口元を緩めた。二匹を優しく撫でる。
「――見張りは俺がしておくから、シークもセレストも寝ていいぞ。昨日はほぼ一日歩き回っていたようなもんだしな。眠れる時に、眠ってこい」
    スカーレットが仲間となってから、彼女のサイクルに合わせていた。全員が基本的に夜型となっているのである。シークやセレストも例外ではなく、朝や昼間に睡眠をとって、夜に動く。シークに関しては、夜のうちも葵羽の肩や、セレストの頭の上で眠っていたりするが、それはまた別の話。
    葵羽も驚くことに、すんなりと夜型となっていた。しかも、一日ぐらいなら、徹夜しても問題なくなってきているのだ。葵羽の世界とは、全然習慣が違うというのに、それにすんなりと慣れてしまっていた。ただ、徹夜ができるとは言っても、やはり隙が出来そうで、徹夜はしないように心がけている。短くとも、必ず睡眠時間を取るようにしていた。
    もちろん、葵羽にとって、夜に寝ない、という経験は初めてであった。もう認める他にないため、前世と言ってしまうが、前世では学校なりなんなりあったので、その時の習慣は朝起きて夜に寝るものだったのである。
    その日頃の習慣からか、初めのうちはまったく朝に眠れなかったのは記憶に新しい。夜に睡魔が押し寄せてきて、ひたすら我慢したこともよく覚えていた。
    だが、一度リズムが慣れてしまえば、意外とそれに慣れてくるもので。
    葵羽も今ではれっきとした夜型である。
    目の前のシークとセレストを、葵羽はしっかりと撫でた。それから、寝ることにしたらしいセレストは、主人の足元で丸くなっていた。頭に乗せたシークはそのままのようで、二匹から穏やかな寝息がすぐに聞こえてくる。
    葵羽はそれを見届けて、再度口元を緩めた。だが、すぐに視線が鋭くなる。すっと細めた目は、周囲を見渡した。
    夜型になったのはまったく構わないのだが、朝や昼間に寝るようになってから、困ったことが一つだけあった。
    葵羽は帯刀ベルトに冬景色を戻す。それから、刀に手を添えた。
    ギラギラと目を光らせた魔物たちが、たくさんいるのだ。
    そう、困ったことは、昼間のほうが魔物たちが活発に動くということであった。だからこそ、狙われやすいし、気は抜けない。
「――ご退場願うぞ。仲間が眠っているからな」
    葵羽は鋭い一閃を相手に向かって放つのであった。



    Ⅱ

    正午を過ぎてから、簡単に食事をとって、カイルと交代する。
    葵羽は眠ったが、仮眠程度となってしまった。三時間ほどで目を覚ます。もう少し眠れるかと思っていたが、どうにも寝つきが悪い。仕方がなく、身体を起こした。
    カイルは気がついたらしく、すぐに葵羽に声をかけた。
「あれ?    葵羽。もう起きたの?」
「ああ、なんだか寝つきが悪くてな。もう眠れない気がしたから、起きることにした。見張り、ありがとうな」
「平気、平気。そう大したことしてないし。それに、セレストも協力してくれたんだよ」
    カイルの示す方へ視線を向ければ、すでに起きていたらしいセレストが、じっと遠くを見ていた。警戒しているようで、妙に耳がぴくぴくと動いている。シークは落とさないようにと配慮されてか、セレストの前に下ろされていた。
    葵羽はシークをそっと掬い、自分の肩に乗せてやる。それから、セレストをゆっくりと撫でた。
「ありがとうな、セレスト。疲れたろ」
    そう言えば、セレストはぶんぶんと尻尾を左右に振る。「全然」と言っているのか、「大丈夫」と言っているのかはよく分からないが、とりあえず問題はないようであった。
    そういえば、と急に思い出す。最近また急に思い出すことばかりだ。だが、これを逃したら、次いつ思い出すか分からないので、そのままカイルに問いかける。
「……なあ、カイル。魔物と会話はできるのか?」
「えー?    うーん、どうだろう。魔法を駆使して、とかならできるのかなあ。魔物使い、とかもいるよね」
「……やってみるだけ、やってみるか」
「けど、どうして急に?」
「いや、以前から少し思っていたことだったんだが、いろいろあって忘れていてな。それに、シークとセレストも仲間になってくれたんだ、話せないのはつまらないだろう。さらに言えば、冬景色が話せるなら、可能性はゼロではないだろうしな」
「あー、なるほどー……。でも、冬景色と話せるのは、葵羽だけだけどねー。あ、シークやセレストは、冬景色と話せたんだっけ?」
「みたいだな」
    滞在していた街で起こった、あの騒動。初めてセレストが吠え続けて、あれには正直焦ったものであった。原因が冬景色だった、ということにもなかなか驚いたものではあったが、結局シークとセレストが冬景色と話せるという事実が分かり、その後彼らが話していたかは葵羽には分からなかった。
    葵羽はセレストを撫でつつ、魔法を考えてみる。
    話す、会話……。いや、だが、まずは魔物であるセレストたちの言葉が分からないと意味がないのか……。なら――。
    葵羽は言葉を紡いでみた。
「――翻訳トランスレーション
    セレストに手を翳してみれば、セレストが光る。その光の後で、セレストは首を傾げた。
『……主?』
「あ……」
    言葉が聞こえた。自分の声でも、カイルの声でも、ましてや冬景色の声でもない。初めて聞く声。
    葵羽の口から、言葉が零れた。それに反応したのは、セレストだった。
『主、今のは――』
「……成功、か」
    葵羽はほっと一息つく。
    セレストは驚いてまだ理解できていないらしく、首を傾げていた。だが、少しずつ分かってきたようで、再度葵羽に向かって、主と声が聞こえてきた。
    葵羽は頷いてから、手を伸ばす。その手を、目の前のフェンリルがペロリと舐めたのであった。
「……今のが、セレストの声?」
「……こんなに簡単にできるとはな。けど、魔法を発動していないと、無効になるよな、多分」
「それでも、大したことだよ!    すごい、葵羽!    葵羽はちょっと感動が薄いよねー……」
「そうか?」
    セレストの声が、いまだに耳に届く。主と嬉しそうに呼ぶフェンリルが可愛く見えた。
    主、なんて呼ばなくてもいいのになあ……。
    主従関係を結びたいわけではなかった。だが、目の前にいるフェンリルが嬉しそうに呼ぶから、まあいいか、と思ってしまう。
    葵羽はセレストを撫でつつ、優しく言葉を紡いだ。
「あとで、シークにもやってみような」



    Ⅲ

    結論から言えば、シークにも成功した。
    シークは子どものように無邪気であった。対するセレストは落ち着いていて、子どもと大人の関係に見えてしまう。
    そんな中で、冬景色が言葉を紡いだ。
    ――これで、全員と話せたわけか。
    葵羽は今スカーレットが寝ているというのもあって、そのまま言葉を口にした。
「ま、そうなるな」
    ――私も話せるな、シークやセレストと。
「……あとは、冬景色の声が、全員に届けばなあ」
    そう呟けば、それに早く反応したのは、カイルである。
「やめて。それは、俺が正気じゃなくなるから。ただでさえ、まだ葵羽が冬景色と話していると、独り言なのかどうなのか分からないのに」
「なんでだよ」
    そこに届くのは、無邪気な子どもの声であった。
『ご主人、ご主人!』
    まだ魔法をかけた状態のシークが嬉しそうに声をかけてくる。羽を動かして飛びながら、ぶんぶんと小さな尻尾を振っていた。
    犬みたいだな……。
    その姿を微笑ましく思いながら、葵羽はシークを撫でた。
「どうした?」
『セレスト兄ちゃんと、遊んできていい?』
    シークと話せるようになって、分かったことがもう一つある。
    シークはセレストのことを、「兄」と呼んでいた。純粋にどちらが上なのか、そう疑問に思ってしまったが、口に出すのはやめておいた。
    葵羽はセレストを見つつ、シークに頷いてみせる。
「いいけど、遠くには行くなよ。セレスト、頼むぞ」
    兄役となっているセレストへ声をかければ、セレストは頷く。
『はい、主』
『やった!    兄ちゃん、行こう!』
    シークはセレストの背中に乗って、二匹はそのまま出発して行った。それを見届けてから、葵羽は苦笑する。
「やれやれ、シークは幼子のようだな。……それにしても、この魔法、妙に疲れるな」
    魔法を発動してから、疲労感を覚えていた葵羽は、手のひらを見つめる。
    カイルはそれに気がついて、「ああ」と頷いた。
「常に発動しているからじゃないかな?    それだと、疲れると思うよ。今は発動を止めてみたら?    二匹と話をする時だけ、使えばいいんじゃない?」
「そうするか」
    葵羽は魔法を止めた。今まで感じていた疲労感も、少し緩和されたように思える。常日頃から魔法を使うことに慣れていない葵羽は、一つため息をついた。
「……魔法を使うのって、一苦労だな」
「便利ではあるけどねー。それにしても、葵羽は魔法も上手に使うし、戦闘も上手いしさ。なんか、なんでもできそうだよね」
「それはねえけどな」
    葵羽はその言葉を否定し、二匹が戻ってくるのを待つことにしたのであった。



    Ⅳ

    二匹が戻ってきても、まだ日は高い。もうしばらくはスカーレットも寝ていることだろう。
    会話ができるようになったからなのか、ただそうしたいだけなのか、よくは分からないが戻ってきてからシークとセレストは葵羽の元に擦り寄ってきた。
    結局、何を言っているのかよく分からず、葵羽は再度魔法を発動する。
『ご主人!    ご主人!』
『主!』
「分かったから、落ち着け。どこにも行かねえしな」
    シークとセレストに両頬をそれぞれ擦り寄られ、葵羽は苦笑しつつ受け止めた。
    葵羽は撫でながら、二匹へと声をかける。
「それにしても、別に主人と呼ばなくてもいいんだぞ?    俺はそんな関係にするためにお前たちを仲間にしたわけじゃないしな」
『ご主人はご主人だから、いいの!』
『主は主です』
「……まあ、お前たちがそれで納得しているならいいけどな」
    二匹を撫でつつ、笑ってしまう。そうしていれば、今までまた静かに黙っていた冬景色が言葉を紡いだ。
    ――狡いぞ。
「……何がだよ」
    冬景色の言葉に、葵羽は眉を顰める。脈絡がない。何に対して言っているのか、理解できなかった。
    冬景色は不満そうに告げる。
    ――シークも、セレストも葵羽と話せるようになってしまった。私は名前も貰っていないというのに。
「まだ言っていたのか。根に持つな」
『前ね、話せた時、ご主人と話せるのずるいって、僕が言ったんだ!    そしたら、名前を貰えた僕たちのがずるいって!』
『ふむ、そのようなことを言っていたな。よく覚えていたな、シーク』
    冬景色に葵羽が返せば、シークが状況を説明してくれた。セレストは思い出したように頷いている。
    前って……。あれか?    セレストたちが冬景色の声を聞いて暴れた時、か……。
    葵羽はそれを聞いて思い出すが、ため息をついた。
「いや、冬景色は名前があるだろうが。これ以上、名前をつけてどうする」
     ――それはそれ、これはこれ。
「どこで覚えてきやがった、そんなの」
    葵羽は冬景色の言葉を聞いて、呆れてしまう。どうしてそんなに名前をつけて欲しいのか、よく分からない。
    だが、冬景色はやはり「冬景色」と呼ぶのが自然だと思うし、これ以上名前をつければ混乱する可能性がある。
    何としても、阻止したかった。
「……却下。お前の名前を増やしたら、混乱するだろ。シークとセレストは名前がなかったからつけたんだ、お前には不要だろうが」
    ――いる。必要だ。
    頑なに譲らない冬景色の声を聞きながら、葵羽は頭を抱えた。だからと言って、名前をつけようとは思わない。
    葵羽は以前から思っていたことを口にした。
「……あのな、冬景色。俺はお前の名前、気に入ってるんだよ、実は」
    ――……。
    冬景色は何も言わない。
    葵羽は静かに続けた。
「冬景色って名前、ぴったりだろ。お前の技は雪や氷ばかりだし、その刀が作り出す技が、それを景色に変えていくんだ。いい名前じゃないか」
     ――……。
「だから、お前の名前は変えたくない。それに考えてみろ、お前の技は俺が考えて、お前が変更したんだ。俺とお前でしかできなかったことだろ。それはシークにも、セレストにも、他の誰にもできなかったことだ。……それで、十分だと思わないか?」
    ――……。
「お前の相棒は、俺しかいない。俺の相棒も、お前しかいないんだよ。それじゃあ、不満なのか?」
    葵羽はそっと手元にある刀を撫でてやる。すると、冬景色から声が返ってきた。少しだけ、まだ不満そうで、でも満足そうな声だった。
    ――……悪く、ないかもな。
    葵羽はそれを聞いて、ふっと笑ってやる。
「……本当に素直じゃねえなあ」
『ご主人、僕も、僕も!』
『主、我も共に』
「分かってるよ。いつもありがとうな、冬景色、シーク、セレスト。お前たちがいて、俺は助かっている」
    冬景色に触れ、シークを撫でて、セレストを撫でる。彼らにも、カイルにも、スカーレットにも、感謝しかない。
    俺の元に、いてくれるんだからな……。
    カイルが歩み寄ってくる。今まで少し離れたところで、葵羽たちが落ち着くのを待ってくれていたのだろう。
    それを思って、葵羽は口元を緩めた。
「良かったね、葵羽。シークやセレストとも話せるようになって」
「ああ、ありがとうな、カイル。そういやあ、お前っていつから、シークたちのこと呼び捨てにしてたっけ?」
「あれ?    ……すっかり忘れてたや。まあ、文句言われてないから、大丈夫……かなあ?」
「いいんじゃないか」
    葵羽はカイルと笑い合う。
    それから、葵羽はまだ起きてこない仲間の一人が寝ている方向を見つめた。
「……あとは」
    葵羽は一度そこで言葉を切った。ぽつりと呟いた葵羽の言葉の先を、全員が待つ。
    葵羽は続けた。
「あとは、スカーレットのことだけだな」
    葵羽の言葉に、カイルを始め、シークとセレストが頷いた。
    葵羽たちは、仲間である彼女が起きてくるのを、今か今かと待ち続けるのであった――。
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