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第一五章 人の会話と魔物の会話

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    Ⅰ

    スカーレットが正式に仲間になったところで、葵羽は改めて今後のことを話すことにした。カイルも、スカーレットも葵羽の言葉を聞き逃さぬようにと耳を傾ける。葵羽は何から話すかを整理しつつ、口を開いた。
「とりあえず、スカーレットが仲間となったから、俺の旅の目的から話すか。……そういや、カイルの旅の目的って、なんかあるのか?」
    「聞いたことなかったな」と葵羽は続けて零す。
    それに対して、カイルは苦笑いしながら、頭を搔いた。
「いやー、俺はどちらかと言えば、葵羽についていくのが目的だったからねー。自分の目的、というのはないかな。葵羽を追いかけた感じだしさ。強いて言うなら、『葵羽のかっこいいところを盗む旅』ってところかな!」
「何言ってんだ」
「ふむ、貴様も意外と葵羽のことを気に入っている、ということか」
「スカーレット。もう仲間なんだ。カイルのことも名前で呼べ」
「……分かった」
    カイルの話を聞きながら、葵羽は呆れたが、対照的にスカーレットは興味津々に頷いていた。スカーレットからすれば、カイルがどうやって葵羽と会ったのか、経緯を知りたいところではあるが、今は葵羽本人が目の前にいる。後でこっそりと聞くことを決意した。
    それよりも、葵羽が気になったのは、スカーレットの呼び方だ。葵羽のことはしっかりと名前で呼んでいるが、カイルはまだ他人行儀どころか、敵意剥き出しな気がする。とりあえず、軽く指摘しておくことにする。
    スカーレットもその言い分が正しいことはよく分かっていたので、とりあえず頷いた。人の名前を呼ぶのは慣れないが、少しずつ慣らしていきたいところである。
    カイルは笑っていた。
「別に気にしてないよー。……そういえば、スカーレットさんも旅の目的があるの?」
「呼び捨てで構わない。私はというか、ヴァンパイアは一箇所に留まることのが少ない。転々と場所を変える者のが多いんだ。一箇所留まれば、冒険者に狙われる可能性も高いからな」
「なるほどな。……もしかしたら、スカーレットなら知っているかもしれないな」
    カイルの質問に、スカーレットは淡々と答えた。
    その答えを聞いて納得した葵羽は、一つの希望を胸に抱いた。まだこの世界に慣れきっていない、しかもこの世界のことをよく知らない葵羽より、たくさんの場所を旅したスカーレットのほうが、もしかしたら知ってるかもしれないと考えたのである。
    自分の旅の目的、それを行える場所を、もしかしたら――。
    スカーレットが首を傾げる中、葵羽は問いかける。
「スカーレット、目的は今からちゃんと話すが、先に聞きたい。封印が可能な場所を、知っているか?」



    Ⅱ

    眠っていたセレストの耳が、ぴくりと動く。葵羽の声を始めとして、カイルやスカーレットの声が耳に届いた。声が飛び交う中、セレストはのそりと顔を上げた。周囲を確認するが、葵羽たち三人は、ぐるりと輪になって話し合っている。そちらに集中しているようで、セレストが起きたことには気が付かなかったようだ。
    セレストはそれを見て思う。
    ……主は、どこか楽しそうだ。
    しかし、この会話が繰り広げられている中では、賑やかすぎて目が冴えてしまった。セレストは自分の顔の毛繕いを始めた。主である葵羽の声を聞きながら、器用に前脚を使って毛繕いをしていれば、背中でもぞっと動いた気配があった。
    動きを止めて、自身の背を見てみれば、小さなドラゴンのシークが、寝ぼけまなこで顔を上げていた。まだ完全には意識が覚醒していないようだった。
    セレストはシークに鼻先を近づけて、ふんふんと匂いを嗅ぐ。それから、小さな頭をべろりと舐めた。
『起きたか』
    セレストたち魔物は、魔物同士であれば、会話ができる。それは、人間は知らない事実であった。
    もし、葵羽が魔物使いであったなら、会話が出来たかもしれない。だが、残念ながら、葵羽は剣士だ。彼らとの会話は難しいだろう。
    セレストに舐められたシークは、一瞬で意識を覚醒させた。それから、セレストに文句を言う。
『……び、びっくりしたや!    加減してよ、セレスト兄ちゃん!』
『すまない。……それにしても、まだその呼び方をしていたのか』
    実は以前から交流していた二匹の魔物は、仲がとても良い。それはもちろん、葵羽を主としている魔物同士だからであった。
    シークはセレストを兄のように慕っていた。正直なところ、どちらが上の立場なのかは、よく分からない。セレストが「兄」と呼ばれていいものなのかも、よく分からなかった。魔物に性別はない。年齢だって、確証はなかった。だが、シークより落ち着いた話し方をするセレストを、小さなドラゴンは勝手に兄だと思っていたのである。
    セレストはセレストで、シークのことを勝手に弟分だと思っていた。「兄」と呼ばれても嫌な気分はしないし、自分を慕ってくれるドラゴンを気に入っていた。呼び方も好きにさせてはいたが、それで良いのかとは少し思っていたのである。ちなみに、セレストの話し方は、葵羽を真似している部分が少しだけあった。
    シークは嬉しそうに言った。
『僕の兄ちゃんだもーん。いいでしょ?』
『そうか。お前が気にしていないならいい。……それにしても、主は楽しそうだな』
『賑やかになったと思うよー。最初は僕とご主人だけだったもん』
『……まあ、主は好かれるだろうからな』
    セレストは自分たちがいい例だと思った。弟分がどうやって自分たちの主と出会ったのかはよく分からないが、自分は確実に葵羽の傍にいたいと思ったから、ついてきたのだ。それ以外の理由はなかった。
    あの時、主は我らを攻撃しなかった。それどころか、我をしっかりと受け止めてくれた――。
    一生忘れることはないだろう。自分の身を呈してまで、セレストたちを助けようとしてくれた葵羽に、セレストは大変感謝していた。今だって、自分たちを大事にしてくれている。魔物の自分たちを、だ。優しく撫でて、名前を与えてくれた。それが、とても嬉しかったのである。
    シークは兄の背中を歩いて、頭の上に移動していた。頭の上でぺたんと乗っかるシークを、セレストは好きなようにさせている。セレストの耳は、ぴくりと動いた。それから、一度だけふさふさな尻尾をふぁさりと動かす。
『兄ちゃん、ご主人はこれからどうするのかな?』
『さあな。だが、主が揺れることはそうない故、我らが何か言うことも、示すこともなかろう。我らは、主について行くだけだ』
『……ご主人と、お話したいな』
『……そうだな。だが、仕方があるまい』
    しゅんとする弟分へ、セレストは前脚を持っていく。器用に小さな頭にもふっと手を置けば、弟分はすりすりと擦り寄ってきた。セレストは本当の弟が出来たみたいで、内心喜んでいる。
    可愛い弟分を宥めていた、その時――。
    ――なんだ。仲が良いのだな。
    二匹の頭の中で、第三者の声が響いたのであった。



    Ⅲ

「ど、どうした、シーク、セレスト!」
    急に暴れ始めたシークとセレストに、葵羽は驚きの声を上げた。シークは威嚇をし始め、セレストは吠えまくっている。
    葵羽はカイルたちとの会話を中断し、二匹の傍に歩み寄った。途端に飛びついてくる二匹をしっかりと受け止めてやる。彼女には、二匹が動揺しているように見えた。冷静でないことを、悟ったのである。
    ゆっくりと撫でてやり、宥めようと声をかけた。
「大丈夫だ、何もねえから。落ち着け、な?」
    葵羽がそう言えば、二匹とも少し落ち着いてきたのか、彼女の手に擦り寄ってきた。
    驚いて様子を窺っていたカイルとスカーレットも、二匹を上から覗き込んだ。
「一体どうしたんだろうね?    急だったけど」
「何かあったのか?」
「いや、こんなことは俺も初めてだ。セレストがこんなに吠えているところも、初めて見るしな……。シークが威嚇してるところは何度か見たが、だからといってこれは異常だ……。まじで何があったんだろうな」
    聞けることなら、目の前の二匹に聞いてやりたい。だが、葵羽は残念ながら魔物の言葉を聞くことは出来ない。不安を抱えている仲間を、どうにかしてやりたいと思うが……。
    こういうのも、魔法でなんとかならないのか……。
    そう考えていれば、それを実行する間もなく、第三者の声によって、すぐに謎を解明することができた。もっとも、その声が聞こえたのは、カイルとスカーレットを除いたメンバーであったが。
    ――すまぬ、葵羽。私だ。
   その声に、セレストとシークはまたもや空に向かって威嚇する。相手が見えなくて、何処にいるかが分からないからだろう。
    逆に、葵羽は冷静だった。呆れて一つ息をつく。
「……お前か、冬景色」
「ええええええええええええっ!?    冬景色って、本当に会話ができたの!?」
「カイル、落ち着け。それに、以前話しただろ、お前には」
「だ、だって、今まで聞こえたことないというか、今も聞こえてないけどっ……!    葵羽がそんな風に会話してるの初めて見たもん!?」
「何故疑問形なんだ」
    葵羽は冷静にカイルへツッコミを入れていたが、ふと気になったことがある。セレストとシークのことだ。今、確実に冬景色の声が届いてすぐに反応を示した気がした。
    ま、さか……。
    葵羽は驚きを隠せないまま、二匹を落ち着かせた後、問いかける。
「まさか……、シーク、セレスト。お前たちにも冬景色の声が聞こえたのか!?」
    葵羽の言葉を理解した二匹は、間髪入れずに頷く。
    葵羽は顎に手を添えて、無言で考え始めた。彼女が黙り込んでしまい、さらにわけが分からなくなったスカーレットはカイルへと問いかけた。カイルも今の状況を何となく読みつつ、スカーレットへ分かっていることを話し始める。
    葵羽はカイルたちの声には触れずに、冬景色へ問いかける。すでに冬景色のことがバレている今、わざわざ胸中で話すこともないと思った。そのまま、視線を刀に向ける。
「どういうことだ、冬景色。お前の声は、俺にしか聞こえないんじゃなかったのか」
    ――私にも分からん。仮説とするならば、彼らが魔物だから、だろうか。
「しかし、今までシークたちが反応したことなんてなかったはずだ。何故、急に――」
「ちょっと待て、葵羽。お前の刀はなんと言っているんだ」
    淡々と会話を繰り広げていく葵羽に、スカーレットがストップをかける。葵羽は「ああ」と頷いてから、説明した。
「冬景色は、シークたちが魔物だから自分の声が聞こえたんじゃないか、と仮説を立てているらしい。だが、今まで俺は冬景色と何度も会話をしていたし、それが別の奴に聞こえた感じではなかったんだ。人だけでなく、魔物に関してもそうだった。だから――」
「ちょっと待て」
    再度ストップをかけるスカーレットを、葵羽とカイルは不思議そうに見つめた。スカーレットは気にせずに発言する。
「私には聞こえなかったが」
    沈黙が包み込む。葵羽もカイルも目をぱちくりとして、動きが固まる。
    数秒後、沈黙を切り裂いたのは、カイルの叫び声であった。
「ええええええええええええっ!?    いやいやいやいや、スカーレットは魔物なの!?」
「何を言う。私はヴァンパイアだぞ。魔物だろうが」
「それは……、よく分からない基準だな。だが、お前を魔物扱いはしたくねえが……。もちろん、シークやセレストもだ。元がそうだとしても、今は俺の仲間だしな。……とは言っても、やはり、スカーレットは魔物じゃないんじゃないか?」
「それはどういう意味だ、葵羽。たとえ、葵羽だとしても、返答によっては許さぬぞ。私は、ヴァンパイアであることに誇りを持っているのだからな」
「それは知っているが。そうだとしても、スカーレットみたいな美人な女性を、『魔物』なんて呼べやしねえだろ」
    スカーレットは怒りの口調で葵羽を問いただしたが、葵羽は真顔で返答しただけであった。取り繕うことも無く、本心で告げている。
    その言葉を聞いたスカーレットは、耳まで真っ赤に染め上げた。
「そ、それなら、文句は言えない、な……」
「……?」
    もじもじと指を弄りながら答えるスカーレットは、葵羽を直視出来ずにいる。対する葵羽は分かっておらず、首を傾げただけであった。
   それを呆然と見ていたカイルは、葵羽を茶化すように言葉を投げかける。
「葵羽の鈍感ー。天然ー。人たらしー」
「上等だ。カイル、表出ろ」
「冗談じゃん!    ガチギレやめて!?」
    カイルの言葉に、葵羽は怒りを顕にした。ぐっと強く拳を作る。葵羽の背後で、怒りの炎が見えた気がした。
    カイルがギャーギャーと騒ぐ中、冬景色の声が葵羽に届く。
    ――まあ、葵羽の鈍感さは今に始まったことでは無いが……。
「てめえも折られてえのか、冬景色」
    ――それよりも、何故シークたちと会話が出来たのか。やはり、理由は分からぬな。
「……はあ。とにかく、お前はシークとセレストを驚かすのはよせ」
    葵羽は盛大にため息をついてから、手元にいる仲間の二匹を撫で回す。だいぶ落ち着いた二匹を見て、口元を緩めた。二匹に、「もう少し待ってろよ」と声をかけて、最後に一度撫でると、立ち上がる。
「……よし。待たせて悪かったな、カイル、スカーレット。再開するぞ」



    Ⅳ

『びっくりしたね、セレスト兄ちゃん』
『そうだな。まさか、主の刀が話すとは思わなかった』
    二匹は落ち着き、会話を再開させた。主である葵羽には伝えられなかったが、今まで冬景色の声は一度も届いたことはなかった。予想外の出来事に、思った以上に警戒してしまった。
    シークもセレストも、今までの葵羽たちの会話から、刀の名前が「冬景色」ということだけは知っていた。だが、それ以外のことはよく知らなかった。話を聞いている時もあれば、まったく聞いてない時もあるからだ。周囲を警戒していたり、余所事をしていたりすれば、聞き逃すこともある。
    これからは、もう少し話を聞いておこう、とセレストは決意した。
    シークはそんなことを露知らず、暢気にセレストに話しかけてくる。
『でも、ご主人にいっぱい撫でてもらえたね!』
『そうだな』
    相変わらず、シークはセレストの頭の上に乗っている。セレストも、シークの言葉に頷いた。頭の上にいる小さなドラゴンが落ちないように、気をつけながらである。
    そして、また第三者の声が届く。
    ――驚かすつもりは、なかったのだがな。
『うわあ、またっ!?』
『……何故、我らと話がしたい』
    セレストが問いかければ、その声はちゃんと届いていたようで。冬景色から、答えが返ってくる。
    ――簡単なことだ。葵羽がお前たちを信用しているからな。私とて、話をしてみたくはなる。
    冬景色の言葉に、二匹は目をぱちくりとする。それから、顔を見合わせた。シークが覗き込むように、セレストが見上げるように視線を向ければ、しっかりと交わる。
    それから、二匹は各々笑った。
『もちろん、僕はご主人、大好きだよ!』
『――我らは、主と共にする』
    ――そうか。
    冬景色が満足そうに告げる。
    そこに飛んでくるのは、スカーレットの半ば叫ぶような声であった。
「何だと!?    刀を封印する!?    しかも、『呪いの刀』と呼ばれているだと!?」
「落ち着け、スカーレット」
「葵羽ー。順番に説明してあげなよ。スカーレットは話初めて聞くんだから。そりゃあ、戸惑ってもおかしくはないよ」
    三人は楽しそうに会話を繰り広げている。
    それを見た二匹と一振は、やれやれと首を振った。刀が本当に首を振ったかは、謎である。
    ――私と初めた旅が、こんな形になるとはな。
    冬景色がどこか懐かしいように呟けば、それに二匹は応えるように返答した。
『僕はね、この旅で一番良かったのは、ご主人と会えたことだよ!    ご主人が旅をしてくれて、僕と出会ってくれて、本当に良かった!』
『そうだな。主があの街に来なければ、我も変わることはなかっただろう。ましてや、今ここにいることもなかった。もしかしたら、この世界にいなかったかもしれない』
『やめてよ、セレスト兄ちゃん!』
    ――葵羽の存在は大きい。あいつはおそらく気がついていないが、誰の中にも、必ず葵羽の存在は残っている。あいつが、中心となっているんだ。
『同意!』
『ああ、間違いない。肯定する』
    冬景色の言葉に、二匹は全面的に肯定した。葵羽のことを語ることが出来て、嬉しいのだろう。
    だが、すぐにシークがしゅんとする。セレストは問いかけた。
『どうした、シーク』
『……僕も、ご主人とお話したいな。冬景色だけ、ずるいよ』
    ――それを言うなら、名を貰えたお前たちのが、私としてはずるいと思うのだがな。
『それはそれ、これはこれ!』
    シークは声を張り上げて反論した後、再度肩を落とす。セレストは前脚を器用に使って、弟分を撫でた。シークはその手に導かれるように、セレストの脚の間に収まる。セレストは先程よりも優しく弟分を舐めてやった。優しいそれに、シークは安心していく。
『……こうして、主の刀と話すことが出来るようになったのだ。いつかは話すことも出来るだろう』
『ほんと!?』
『断言は出来ぬが、出来ると思っていれば、いつか必ず出来る。我らが主に出会えたように――。そうは思わぬか?』
    セレストは大切な主を見つめた。
    主である葵羽は、呆れつつ、楽しそうに笑っていた。
    シークも、兄貴分の視線につられて、自分の主人を見た。それから、自分が兄と呼んでいる存在に、すりすりと擦り寄った。
『……そうだね、セレスト兄ちゃん!』
    ――……葵羽は、やはり人気者だな。
    冬景色の声に、二匹は勢いよく、満足そうに頷いた。

    人の会話は進んでいく。その楽しげな会話を耳にしながら、二匹と一振は、眠りにつくのであった。
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