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第一〇章 旅の目的と再認識
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Ⅰ
それは、カイルの一言から始まった。
「そういえば、葵羽の旅の目的って、何なの?」
カイルはもぐもぐと食事をしつつ、葵羽を見つめる。
先に食べ終わっていた葵羽は、セレストの毛を手櫛で整えていた。梳くものがなく、だが手櫛でも相当喜んでくれたセレストは、葵羽の足元で安心しきっていた。
拗ねてしまったシークは、彼女の肩で丸くなっている。セレストも突如止まった彼女の手をじっと見つめた。
沈黙が訪れる中、葵羽はぱちくりと目を瞬く。やがて、小さく言葉が零れた。
「……あ」
「葵羽?」
「……忘れていたな」
葵羽の中で、この旅が普通になっていた。旅の目的など、すっかり忘れていたのである。
冬景色が怒る声が頭の中で響き渡るが、適当に流す。怒っている声をよく聞けば、「この間私が言ってやったであろう!」ってことであった。
そういえば、そうだった気がする……。
呆然と考えて、すぐに思考を切り替えた。
確かに、元々は目的があって、旅を始めたのである。しかし、あれやこれやといろいろと対処しているうちに、とんと忘れてしまっていたのであった。
「葵羽でもそんなことあるんだねー」
「俺をなんだと思ってるんだよ」
「えー? 葵羽って、超人って感じするもん。抜けているところなんて、想像つかなくてさ」
「あいにく、俺は一般人だ」
「葵羽を一般人って呼んじゃいけないと思うよ」
カイルはもぐもぐ、ごくごくと食事を続けている。だが、時折止めつつ、会話をしていた。ちなみに、ごくごくと飲んでいるのは、すでに酒である。
葵羽はセレストに催促され、止めていた手を再度動かし始める。拗ねたシークにも、少し触れてやりながら、カイルに向き直る。
「……思っていた以上に、スムーズに仲間が集まってくれたから、忘れていたんだ。まあ、目的は決まっているんだが――って、カイルには話していなかったのか」
「葵羽が忘れていたのに、俺が知る由もないでしょ」
「それもそうか」
葵羽は納得して頷く。
カイルは酒に手をつけながら、にこにこと笑っている。すでに酔いが回っているようだが、葵羽はカイルに打ち明けることにした。
「……俺が所持している刀が、『呪いの刀』であることは話したよな」
「うん、聞いたー」
「こいつを、この刀を封印することが、俺の旅の目的なんだ」
葵羽は刀を見せつつ、目の前にいる青年へ告げたのであった。
Ⅱ
再度沈黙が訪れる。葵羽は静かにカイルの言葉を待った。なんとなくだが、カイルが固まっている気がしたのだ。
案の定、カイルは固まっていたらしく、時間を置いてから突如叫び始めた。葵羽は自身の耳を塞ぐ。
「え、えええええ!? 封印しちゃうのおおおお!? 勿体ないじゃん、そんな強い刀!」
「カイル、うるさいぞ」
丸くなっていたシークも、安心しきっていたセレストも、突然の大声に驚いて、がばりと起き上がる。そのまま警戒して、威嚇し始めた。グルル……と二匹が威嚇するのを見て、慌ててカイルは謝罪する。
だが、カイルの問い詰める行動は終わらない。
「な、なんで、どうして――」
「落ち着けよ」
葵羽はいたって冷静であった。カイルのこのパターンには、少しずつ慣れてきたし、掴めてきた感じもあるからだった。
「この刀の名前は、『冬景色』と言うんだ。以前、カイルに話したのは、ほんの一部でな。こいつの話は、意外とたくさんあるんだ」
「……何それ。俺のこと、信用してくれてなかったってこと?」
むー、と膨れる青年を見て、葵羽は苦笑する。大きな子どもだな、と思ってしまう。しかし、すぐに否定した。
「それは違うな。お前、怖い話が嫌だって、言ってただろ。余計に怖がらせることになると思ったんだよ」
「……怖いの?」
「聞くか?」
「……聞く」
悩んだ末に、カイルは頷く。葵羽はそれを見て、続きを話すことにした。
「この刀、持ち主を選ぶらしくてな。俺も主人と認められなかったら、刀を抜いた瞬間に、死んでいたらしい」
「何それ!? 怖い!」
「ホラーだろ」
葵羽は淡々と話す。今でこそ、素直に受け入れられているが、当時冬景色に話を聞いた時は、慌てたものだ。遠くない記憶を思い出して、苦笑する。
カイルはまさに以前の葵羽のようだった。葵羽よりも、動揺している気もするが。
カイルのリアクションは、酒が入っているのもあって、相変わらず大きいが、話を聞くつもりではあるようだった。
葵羽はカイルの限界をはかりながら、分かっていることを伝えていく。
「持ち主の元に必ず戻ってくる刀でな。持ち主が死なない限り、捨てても、忘れたとしても、戻ってくるんだと。そして、持ち主以外が使おうとすれば、その人間を殺してしまうらしい。だから、カイルに触るな、と伝えたんだよ」
「うえー……。そんな刀、よく使えるね」
「ちなみに、技はすべて殺人剣だったという、なかなかやべえ刀だ。今は、その技のほとんどの、書き換えが終わっているから、問題はないがな」
「ほとんど?」
「ああ」
カイルが聞き返してくるのを、肯定する。
たった一つだけ、いまだに書き換えられない技――。
「九つ目の技だけ、何度やっても書き換えられないんだよ」
Ⅲ
「九つ目の技?」
カイルが繰り返す言葉を、葵羽は頷いて肯定する。それから、詳しく説明した。
「元々、この刀は通常の技が九つ、秘技が五つあるんだ。その通常の技の九つ目、こいつだけ何故か書き換えられない」
「原因は、分かっているの?」
「……残念ながら、な。冬景色も知らないらしいし」
「ふーん……。……え?」
「? なんだ?」
葵羽は首を傾げる。
カイルが聞き間違いかと聞き返してくるが、結局それは彼女には伝わらなかったのである。
気を取り直して、カイルは再度確認した。
「い、今、冬景色が、知らないって……」
「? そうだな」
「刀が喋るの!?」
「あれ、言ってなかったか」
カイルは震える指を彼女に向かって指すが、当の本人はあっけらかんとしている。ぱくぱくと口が開閉するだけで、言葉は出てこなかった。
一方、葵羽は気にしていなかった。冬景色が話すことを伝えたつもりでいたし、カイルなら問題ないだろうと思っている。
いまだに驚いて何も言えないカイルへ、葵羽は淡々と説明した。
「こいつ、『呪いの刀』だからか、話すことができるんだ。とは言っても、俺の脳内に直接声が届くだけで、他の奴にはおそらく聞こえていないだろうけどな。今まで冬景色とも会話していたんだよ」
葵羽はさらに、「ちなみに、こいつに戦い方や技も教えてもらった」と付け加えた。
カイルの頭はショート寸前である。煙が出てきそうな頭を抱えて、彼は宣言した。
「……ごめん、ギブ」
「お、意外ともったな」
葵羽はあっけらかんと告げた。彼女からすれば、もう少し早い段階でギブアップすると思っていたのである。青年はギリギリまで頑張って耐えていたようであった。
……カイルなりに、俺のことを知ろうとしてくれているんだろうな。
葵羽はそれが嬉しく、口元を綻ばせる。
カイルは手を突き出し、葵羽へ向ける。首を傾げてやれば、小さな声ながら言葉が紡がれた。
「……また、聞いてもいい?」
「無理するなー」
「聞くもん!」
「ハイハイ、その時はまた頼むよ」
葵羽は笑いながら、彼の言葉を流すのであった。
Ⅳ
話に区切りがついたと思えば、再度カイルが口を開く。
「話は変わるけど、セレストはセレストくんかな? さんかな? もしくは、ちゃん?」
「お前、シークにもくん付けだもんな。呼び捨てでいいんじゃねえの?」
「葵羽は主人だからいいかもだけど、俺は違うでしょー。でも、本当にセレストはどれだろうね?」
「シークも知らねえな。まず、魔物に性別はあるのか?」
「……ない、かも?」
二人は話し合いながら、顔を見合わせる。結論なんて、出るものじゃない。
新たな仲間となった、パックフェンリルのセレストは、狩りが上手かった。先程カイルが食べていたものも、セレストが狩ってきてくれたものだったのである。
戦闘に向いてるだろうな……。
狩りの様子を見ている際に、葵羽はそう思った。狩りは元々葵羽とセレストで行うつもりだったが、葵羽が何もしなくても、セレストは順調に狩りを行っていたのである。さすが、野生で生き抜いてきただけはあると思う。
そして、セレストは葵羽によく甘える。初めて人間に優しくしてもらえたからなのか、理由はよく分からないが、撫でてくれと言わんばかりに、すりすりと寄ってくるのである。
葵羽も悪い気はせず、毛がふさふさな魔物は初めてであったため、内心喜びながら撫で回していた。
それから、セレストの毛皮が光るところは、残念ながらいまだに見ることは叶わなかった。火の傍にいると、分からないようである。夜移動することがないので、なかなか見る機会は来ないのであった。
カイルはしばらくうんうん唸っていたが、やがて悩んだ末にセレストに話しかけた。
「無難にセレストさん、かな。ね、セレストさん!」
セレストは嬉しそうに鳴いた。どちらかと言えば、「仕方ないなあ」と言っているように聞こえたことを、葵羽は言うことは無かった。
カイル。お前、シークにも、セレストにも格下に見られている気がするんだが……。俺の気のせい、なのだろうか。
葵羽はそう思いつつ、カイルが納得しているようなので、その光景を見るだけにする。改めて見れば、頼もしい仲間が増えてきていることがよく分かった。
呪いの刀に、タイニードラゴンに、パックフェンリル。サポートに長けた、青年……。
仲間が増えることが、こんなにも嬉しいこととはな……。
旅を始めた頃には、予想していなかったことであった。正直に言って、こんなにも早く、たくさんの仲間ができるとは思っていなかったのである。
もっとも、魔物のパーティと言われても仕方がないメンバーではあったのだが。
おかしなパーティだと思いつつ、葵羽はふっと笑みを零す。
それに反応したのは、しばらく黙っていた冬景色であった。
――どこまで、騒がしくなるんだろうな。
冬景色は呆れたように言う。葵羽はその言葉を聞いて、思わず笑ってしまう。それから、胸中で言葉を返してやるのであった。
嫌いじゃねえくせに。素直じゃねえな。
今日もおかしなパーティは、賑やかな夜を共にするのであった。
それは、カイルの一言から始まった。
「そういえば、葵羽の旅の目的って、何なの?」
カイルはもぐもぐと食事をしつつ、葵羽を見つめる。
先に食べ終わっていた葵羽は、セレストの毛を手櫛で整えていた。梳くものがなく、だが手櫛でも相当喜んでくれたセレストは、葵羽の足元で安心しきっていた。
拗ねてしまったシークは、彼女の肩で丸くなっている。セレストも突如止まった彼女の手をじっと見つめた。
沈黙が訪れる中、葵羽はぱちくりと目を瞬く。やがて、小さく言葉が零れた。
「……あ」
「葵羽?」
「……忘れていたな」
葵羽の中で、この旅が普通になっていた。旅の目的など、すっかり忘れていたのである。
冬景色が怒る声が頭の中で響き渡るが、適当に流す。怒っている声をよく聞けば、「この間私が言ってやったであろう!」ってことであった。
そういえば、そうだった気がする……。
呆然と考えて、すぐに思考を切り替えた。
確かに、元々は目的があって、旅を始めたのである。しかし、あれやこれやといろいろと対処しているうちに、とんと忘れてしまっていたのであった。
「葵羽でもそんなことあるんだねー」
「俺をなんだと思ってるんだよ」
「えー? 葵羽って、超人って感じするもん。抜けているところなんて、想像つかなくてさ」
「あいにく、俺は一般人だ」
「葵羽を一般人って呼んじゃいけないと思うよ」
カイルはもぐもぐ、ごくごくと食事を続けている。だが、時折止めつつ、会話をしていた。ちなみに、ごくごくと飲んでいるのは、すでに酒である。
葵羽はセレストに催促され、止めていた手を再度動かし始める。拗ねたシークにも、少し触れてやりながら、カイルに向き直る。
「……思っていた以上に、スムーズに仲間が集まってくれたから、忘れていたんだ。まあ、目的は決まっているんだが――って、カイルには話していなかったのか」
「葵羽が忘れていたのに、俺が知る由もないでしょ」
「それもそうか」
葵羽は納得して頷く。
カイルは酒に手をつけながら、にこにこと笑っている。すでに酔いが回っているようだが、葵羽はカイルに打ち明けることにした。
「……俺が所持している刀が、『呪いの刀』であることは話したよな」
「うん、聞いたー」
「こいつを、この刀を封印することが、俺の旅の目的なんだ」
葵羽は刀を見せつつ、目の前にいる青年へ告げたのであった。
Ⅱ
再度沈黙が訪れる。葵羽は静かにカイルの言葉を待った。なんとなくだが、カイルが固まっている気がしたのだ。
案の定、カイルは固まっていたらしく、時間を置いてから突如叫び始めた。葵羽は自身の耳を塞ぐ。
「え、えええええ!? 封印しちゃうのおおおお!? 勿体ないじゃん、そんな強い刀!」
「カイル、うるさいぞ」
丸くなっていたシークも、安心しきっていたセレストも、突然の大声に驚いて、がばりと起き上がる。そのまま警戒して、威嚇し始めた。グルル……と二匹が威嚇するのを見て、慌ててカイルは謝罪する。
だが、カイルの問い詰める行動は終わらない。
「な、なんで、どうして――」
「落ち着けよ」
葵羽はいたって冷静であった。カイルのこのパターンには、少しずつ慣れてきたし、掴めてきた感じもあるからだった。
「この刀の名前は、『冬景色』と言うんだ。以前、カイルに話したのは、ほんの一部でな。こいつの話は、意外とたくさんあるんだ」
「……何それ。俺のこと、信用してくれてなかったってこと?」
むー、と膨れる青年を見て、葵羽は苦笑する。大きな子どもだな、と思ってしまう。しかし、すぐに否定した。
「それは違うな。お前、怖い話が嫌だって、言ってただろ。余計に怖がらせることになると思ったんだよ」
「……怖いの?」
「聞くか?」
「……聞く」
悩んだ末に、カイルは頷く。葵羽はそれを見て、続きを話すことにした。
「この刀、持ち主を選ぶらしくてな。俺も主人と認められなかったら、刀を抜いた瞬間に、死んでいたらしい」
「何それ!? 怖い!」
「ホラーだろ」
葵羽は淡々と話す。今でこそ、素直に受け入れられているが、当時冬景色に話を聞いた時は、慌てたものだ。遠くない記憶を思い出して、苦笑する。
カイルはまさに以前の葵羽のようだった。葵羽よりも、動揺している気もするが。
カイルのリアクションは、酒が入っているのもあって、相変わらず大きいが、話を聞くつもりではあるようだった。
葵羽はカイルの限界をはかりながら、分かっていることを伝えていく。
「持ち主の元に必ず戻ってくる刀でな。持ち主が死なない限り、捨てても、忘れたとしても、戻ってくるんだと。そして、持ち主以外が使おうとすれば、その人間を殺してしまうらしい。だから、カイルに触るな、と伝えたんだよ」
「うえー……。そんな刀、よく使えるね」
「ちなみに、技はすべて殺人剣だったという、なかなかやべえ刀だ。今は、その技のほとんどの、書き換えが終わっているから、問題はないがな」
「ほとんど?」
「ああ」
カイルが聞き返してくるのを、肯定する。
たった一つだけ、いまだに書き換えられない技――。
「九つ目の技だけ、何度やっても書き換えられないんだよ」
Ⅲ
「九つ目の技?」
カイルが繰り返す言葉を、葵羽は頷いて肯定する。それから、詳しく説明した。
「元々、この刀は通常の技が九つ、秘技が五つあるんだ。その通常の技の九つ目、こいつだけ何故か書き換えられない」
「原因は、分かっているの?」
「……残念ながら、な。冬景色も知らないらしいし」
「ふーん……。……え?」
「? なんだ?」
葵羽は首を傾げる。
カイルが聞き間違いかと聞き返してくるが、結局それは彼女には伝わらなかったのである。
気を取り直して、カイルは再度確認した。
「い、今、冬景色が、知らないって……」
「? そうだな」
「刀が喋るの!?」
「あれ、言ってなかったか」
カイルは震える指を彼女に向かって指すが、当の本人はあっけらかんとしている。ぱくぱくと口が開閉するだけで、言葉は出てこなかった。
一方、葵羽は気にしていなかった。冬景色が話すことを伝えたつもりでいたし、カイルなら問題ないだろうと思っている。
いまだに驚いて何も言えないカイルへ、葵羽は淡々と説明した。
「こいつ、『呪いの刀』だからか、話すことができるんだ。とは言っても、俺の脳内に直接声が届くだけで、他の奴にはおそらく聞こえていないだろうけどな。今まで冬景色とも会話していたんだよ」
葵羽はさらに、「ちなみに、こいつに戦い方や技も教えてもらった」と付け加えた。
カイルの頭はショート寸前である。煙が出てきそうな頭を抱えて、彼は宣言した。
「……ごめん、ギブ」
「お、意外ともったな」
葵羽はあっけらかんと告げた。彼女からすれば、もう少し早い段階でギブアップすると思っていたのである。青年はギリギリまで頑張って耐えていたようであった。
……カイルなりに、俺のことを知ろうとしてくれているんだろうな。
葵羽はそれが嬉しく、口元を綻ばせる。
カイルは手を突き出し、葵羽へ向ける。首を傾げてやれば、小さな声ながら言葉が紡がれた。
「……また、聞いてもいい?」
「無理するなー」
「聞くもん!」
「ハイハイ、その時はまた頼むよ」
葵羽は笑いながら、彼の言葉を流すのであった。
Ⅳ
話に区切りがついたと思えば、再度カイルが口を開く。
「話は変わるけど、セレストはセレストくんかな? さんかな? もしくは、ちゃん?」
「お前、シークにもくん付けだもんな。呼び捨てでいいんじゃねえの?」
「葵羽は主人だからいいかもだけど、俺は違うでしょー。でも、本当にセレストはどれだろうね?」
「シークも知らねえな。まず、魔物に性別はあるのか?」
「……ない、かも?」
二人は話し合いながら、顔を見合わせる。結論なんて、出るものじゃない。
新たな仲間となった、パックフェンリルのセレストは、狩りが上手かった。先程カイルが食べていたものも、セレストが狩ってきてくれたものだったのである。
戦闘に向いてるだろうな……。
狩りの様子を見ている際に、葵羽はそう思った。狩りは元々葵羽とセレストで行うつもりだったが、葵羽が何もしなくても、セレストは順調に狩りを行っていたのである。さすが、野生で生き抜いてきただけはあると思う。
そして、セレストは葵羽によく甘える。初めて人間に優しくしてもらえたからなのか、理由はよく分からないが、撫でてくれと言わんばかりに、すりすりと寄ってくるのである。
葵羽も悪い気はせず、毛がふさふさな魔物は初めてであったため、内心喜びながら撫で回していた。
それから、セレストの毛皮が光るところは、残念ながらいまだに見ることは叶わなかった。火の傍にいると、分からないようである。夜移動することがないので、なかなか見る機会は来ないのであった。
カイルはしばらくうんうん唸っていたが、やがて悩んだ末にセレストに話しかけた。
「無難にセレストさん、かな。ね、セレストさん!」
セレストは嬉しそうに鳴いた。どちらかと言えば、「仕方ないなあ」と言っているように聞こえたことを、葵羽は言うことは無かった。
カイル。お前、シークにも、セレストにも格下に見られている気がするんだが……。俺の気のせい、なのだろうか。
葵羽はそう思いつつ、カイルが納得しているようなので、その光景を見るだけにする。改めて見れば、頼もしい仲間が増えてきていることがよく分かった。
呪いの刀に、タイニードラゴンに、パックフェンリル。サポートに長けた、青年……。
仲間が増えることが、こんなにも嬉しいこととはな……。
旅を始めた頃には、予想していなかったことであった。正直に言って、こんなにも早く、たくさんの仲間ができるとは思っていなかったのである。
もっとも、魔物のパーティと言われても仕方がないメンバーではあったのだが。
おかしなパーティだと思いつつ、葵羽はふっと笑みを零す。
それに反応したのは、しばらく黙っていた冬景色であった。
――どこまで、騒がしくなるんだろうな。
冬景色は呆れたように言う。葵羽はその言葉を聞いて、思わず笑ってしまう。それから、胸中で言葉を返してやるのであった。
嫌いじゃねえくせに。素直じゃねえな。
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