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第九章 整理する時間と新たな仲間
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Ⅰ
カイルと合流した際、カイルにはだいぶ騒がれた。「血が出てる!」に始まり、「なんでパックフェンリルいるの!?」に続き、「何があったの!?」で終わったのである。
事情は後にして、街から離れた葵羽たちは、次の街を目指して進む。
葵羽は振り返って、カイルに謝罪した。
「すまない、カイル。俺のせいで、街に滞在出来なくて」
「大丈夫、気にしてないよ。……でも、本当に何があったの? 俺で良ければ、話は聞くよ」
「……」
葵羽は一瞬黙った。正直に言えば、聞いて欲しい。自分の中で、まだ整理出来ていないのだ。人に聞いて貰えれば、多少は軽くなるかもしれない。
そう考えた葵羽は、静かに語り始める。足は進めたままだった。
「……あのパックフェンリルたちは、今まで人間に狩られてきたことから、人間に恐怖を抱いていたんだ。そして、彼らは敵を打つために、人間に殺られる前に街を襲撃したみたいだ」
「そう、だったんだ……」
カイルは目を伏せる。葵羽は続けた。
「俺は……。俺は、パックフェンリルを助けたかった。人々の目は、欲や金に塗れた目で、彼らを狩ることしか頭になかったんだ。それが、嫌だったんだ。どうにかしてやりたかった。……俺の考えを、とにかく伝えた。『これ以上、彼らに手を出すな』、『この状態が続けば、彼らはまた襲いに来る』、『俺が相手になる』とも言った。だが、街の人々には、『よそ者が口を出すな』と、『何様だ』と言われてしまった」
「……」
「当然だと思う。俺が彼らに言う権利など、従わせる権利などない。だが、それでも、彼らを助けたかった。彼らが狩られなくていいようにしてやりたかった。だから、つい口を出してしまった。……難しいな」
葵羽は、苦笑する。悲しげに瞳を伏せたことに、カイルは気がついたが、何も言わなかった。
その代わりに、カイルは自分なりの見解を述べることにした。
「……俺さ、葵羽は凄いなって、いつも思うんだ」
「……なんだ、急に」
「葵羽ってさ、光みたいなんだよ。行き先を指し示すように輝いてるの。揺るがなくて、自分の意見をズバッと言って、かっこよくて。俺にはないものだよなー、って思う」
「……」
「葵羽の考え方が間違っているとは、俺は思わないよ。俺だって、知ってたら、自分なりにパックフェンリルを助けようとしていたと思うし。何ができるかは分かんないけど。……でも、葵羽に言われなかったら、俺はずっと気が付かないままだったと思うよ」
カイルは笑って告げる。葵羽は彼の顔をじっと見つめただけであった。
カイルは続ける。
「葵羽は、きっと視野が広いんだよ。それに気がつく人が、少ないんだろうね。だから、分かって貰えない。皆が同じ考えになることはなくても、一人でもその考えに同意する人がいるといいよね。俺も頑張ろーっと。……それにしても、残念だね、葵羽の魅力に気が付かないなんて」
「……俺に魅力はないと思うが」
「そんなことないよ! そうじゃなかったら、俺も、シークくんも、ここにはいないもん! きっと、あの子だって」
カイルは振り返る。その先には、まだ着いてきていたパックフェンリルが一匹座っていた。優雅に尻尾を揺らす。
葵羽もカイルも、それを見て顔を見合わす。カイルは嬉しそうに顔を輝かせていた。
「ほらほら! 葵羽にはやっぱり魅力があるの! 凄い人なんだよ!」
葵羽は、自分が褒められたかのように嬉しそうに話すカイルを見て、思わずクスリと笑った。
心が軽くなったのが分かる。カイルの笑顔を見て、言葉を聞いて、安心した。
……聞いてもらって、正解だったな。
「サンキュ、カイル」
葵羽はふっと笑いながら、静かに礼を述べたのであった。
Ⅱ
暗くなってきたので、その場で野宿することにした。全員で支度に取り掛かる。とは言っても、動くのは葵羽とカイルが主体で、シークやパックフェンリルはちょこちょこと手伝っている形であった。
「カイルは凄いな」
葵羽は野宿の支度をしつつ、カイルへ声をかける。
カイルはぽかんとしていたが、やがて内容を理解したのか、顔を真っ赤にしてぶんぶんと手を振って否定する。あまりに必死すぎて、葵羽が笑いを堪えるほどであった。
「俺は凄くないよ! 凄いのは、葵羽で――」
「知っているか、カイル。人のことを素直に『凄い』と言える奴が、本当に凄いんだぜ」
カイルは葵羽の言葉に、再度動きを止める。
葵羽は空を仰ぎながら、言葉を紡いだ。
「……人はさ、黒い感情を持っている。羨ましいことも、憧れも、下手をすれば、嫉妬や妬みになってしまうんだ。黒い感情を、消すことはなかなか出来ない。だが――」
葵羽はカイルを見つめる。カイルはその視線にドギマギした。葵羽はそれに気がつくことなく、続けた。
「人を素直を認められる奴が、世界にはいる。黒い感情に打ち勝って、相手を本心から褒められる奴。そういう人が一番凄いと思うんだ。だから、カイルは凄い」
「葵、羽……」
「ま、俺個人の見解だがな」
葵羽はニヤリと笑った。だが、その顔はすっきりしていた。憑き物が落ちたかのように、穏やかな顔をしている。
カイルはそれを見て、安心した。
やはり、彼女は堂々としていて、笑っている方が様になっていると思うのである。
カイルはにぱっと笑った。
「なら、葵羽も凄いね!」
「は? なんで、俺の話?」
「だって、俺を褒めてくれる葵羽も、凄いってことでしょ?」
ふふっと笑って、自慢げな彼を見て、葵羽はぱちくりと目を瞬いた。
彼女はそんなつもりで言ったわけではなかった。素直にカイルを凄いと思ったのだ。
まさか、そんな風に返されるとはな……。
葵羽はクスリと笑う。
「……お前には、敵わないな」
Ⅲ
葵羽は食料調達と名目をうって、カイルから離れた。野宿する場所からだいぶ離れたことを理解し、誰も周囲にいないことを確認して腰を下ろす。
ちょうど腰掛けるのにいい大木があって、そこで冬景色と話すことしたのだ。
あの騒動以来、一度も話さない刀と、話す必要があると判断していた。
シークも、あれ以来、ずっと葵羽の傍を離れようとはしなかった。一向に動こうとしないドラゴンは、葵羽の肩で丸くなったままである。
シークも、だいぶ堪えたんだろうな……。
そう考えれば、申し訳なくなってくる。
いまだに黙ったままの冬景色に、声をかけた。
「冬景色」
名を呼べば、少し間をあけて、不貞腐れた声が返ってくる。
――……葵羽など、もう知らん。
「悪かったって。そんなに拗ねるなよ」
――下手をすれば、死んでいたのにか。
「そう、だな……」
葵羽はその言葉を素直に受け入れる。
沈黙が訪れたが、彼女は夜空を見上げながら、言葉を紡いだ。
「……冬景色、俺さ、自分の世界にいた時、友人を助けて死んじまったんだ」
――……。
「今回も、もしかしたら、そうなっていたかもしれない。あの時と一緒で、俺はパックフェンリルたちを助けることしか考えていなかった。他のことは、まったく考えていなかったんだ」
葵羽は一人淡々と述べていく。冬景色は分かっているのか、口を挟もうとはしなかった。
葵羽は空を見上げたまま、言葉を続ける。
「あの目を見て、ああ、怖がっているんだな、安心させてやらなきゃいけねえな、って思ってしまった。そしたら、刀を向けることなんて、出来なかったんだ。敵意はないって、教えてやりたかったんだ」
――……。
「でも、あの痛みも、あの恐怖も、しっかりと覚えている。おそらく、一生忘れることはない。シークも、冬景色も、不安にさせちまったしな。……だから、本当にすまなかった」
言葉にすれば、自分がどう考えていたのか、どう思っていたのか、一つ一つ整理されていく。カイルと話した時は、ただ不安を取り除いてもらっただけだったが、今回は違った。自分の意思も、自分が感じた痛みも、すべてを鮮明に思い出した。思い出して、それを冬景色に語りかける。そして、一番伝えなくてはいけない、謝罪を述べたのであった。
冬景色がふいっとそっぽを向いたように感じた。だが、返ってきた言葉は、ぶっきらぼうながら優しかった。
――……二度と、ごめんだぞ。
「ああ、分かっている。悪かったな」
「シークも、ごめんな」と小さなドラゴンを撫でる。シークはこれでもかと擦り寄ってきた。それが妙に愛しくて、可愛く思えた。
「お前たちを、一人にはしねえよ。絶対にだ。……さて、カイルが心配するだろうな。戻るか」
――ああ。
やっと冬景色の機嫌が良くなったらしい。返事が返ってきたことに、内心安堵する。
葵羽はそっと冬景色の柄に、優しく触れるのであった。
Ⅳ
葵羽がカイルの元に戻れば、まだそこにはパックフェンリルが一匹居座っていた。葵羽が不思議そうに見ていれば、ゆっくりと灰色は近づいてくる。
「完全に懐かれたねー、葵羽」
「仲間の元に返すつもりだったんだがな……。なあ、仲間の元に戻っていいんだぞ? 俺とわざわざ一緒に居なくても、お前の好きにしていいんだから」
パックフェンリルは、葵羽の目の前で大人しく座る。葵羽が手を伸ばせば、その手に擦り寄ってくる。葵羽はどうしようかと悩んだ。
だが、パックフェンリルに帰る意思はないようで、じっと彼女を見つめたまま、動く気配はない。
葵羽はやれやれと一息つく。
「……一緒に来るか?」
葵羽が聞けば、それに元気よく返事をするかのように鳴く。葵羽は思わず苦笑した。犬のようだと、思ってしまった。鳴き方が妙に犬に近いと思うのである。
カイルは嬉しそうに声を上げる。
「じゃあ、名前付けたいね!」
「カイルが一番嬉しそうだな。しかし、名前か……。シークの名前をつける時も、相当悩んだんだがな……」
葵羽は顎に手を添えて悩む。名前をつけるのは、得意ではない。何がいいだろうか、と真剣に考える。
青みがかかって発光する、パックフェンリル……。
「あ、パックは?」
カイルがそう言えば、パックフェンリルはグルル……と唸った。どうやら、お気に召さなかったらしい。
「ダメかー」とカイルは残念そうに呟く。
葵羽はしばらく考えていたが、やがて小さく呟いた。
「……セレスト」
「え?」
カイルが聞き返す。葵羽は今度ははっきりと告げた。
「セレスト、はどうだろう。青空とか、天空って意味があったはずだ。俺はまだ発光しているところを見てないが、そういう色を想像したから。……どうだ?」
パックフェンリルに問いかければ、嬉しそうに鳴く。尻尾がぶんぶんと振られていた。どうやら、気に入ってくれたらしい。
葵羽はふっと笑う。それから、パックフェンリルへ手を伸ばした。ゆっくりと撫でてやる。
「よろしくな、セレスト」
こうして、新たにパックフェンリルの仲間を得た。名を、「セレスト」というのである――。
カイルと合流した際、カイルにはだいぶ騒がれた。「血が出てる!」に始まり、「なんでパックフェンリルいるの!?」に続き、「何があったの!?」で終わったのである。
事情は後にして、街から離れた葵羽たちは、次の街を目指して進む。
葵羽は振り返って、カイルに謝罪した。
「すまない、カイル。俺のせいで、街に滞在出来なくて」
「大丈夫、気にしてないよ。……でも、本当に何があったの? 俺で良ければ、話は聞くよ」
「……」
葵羽は一瞬黙った。正直に言えば、聞いて欲しい。自分の中で、まだ整理出来ていないのだ。人に聞いて貰えれば、多少は軽くなるかもしれない。
そう考えた葵羽は、静かに語り始める。足は進めたままだった。
「……あのパックフェンリルたちは、今まで人間に狩られてきたことから、人間に恐怖を抱いていたんだ。そして、彼らは敵を打つために、人間に殺られる前に街を襲撃したみたいだ」
「そう、だったんだ……」
カイルは目を伏せる。葵羽は続けた。
「俺は……。俺は、パックフェンリルを助けたかった。人々の目は、欲や金に塗れた目で、彼らを狩ることしか頭になかったんだ。それが、嫌だったんだ。どうにかしてやりたかった。……俺の考えを、とにかく伝えた。『これ以上、彼らに手を出すな』、『この状態が続けば、彼らはまた襲いに来る』、『俺が相手になる』とも言った。だが、街の人々には、『よそ者が口を出すな』と、『何様だ』と言われてしまった」
「……」
「当然だと思う。俺が彼らに言う権利など、従わせる権利などない。だが、それでも、彼らを助けたかった。彼らが狩られなくていいようにしてやりたかった。だから、つい口を出してしまった。……難しいな」
葵羽は、苦笑する。悲しげに瞳を伏せたことに、カイルは気がついたが、何も言わなかった。
その代わりに、カイルは自分なりの見解を述べることにした。
「……俺さ、葵羽は凄いなって、いつも思うんだ」
「……なんだ、急に」
「葵羽ってさ、光みたいなんだよ。行き先を指し示すように輝いてるの。揺るがなくて、自分の意見をズバッと言って、かっこよくて。俺にはないものだよなー、って思う」
「……」
「葵羽の考え方が間違っているとは、俺は思わないよ。俺だって、知ってたら、自分なりにパックフェンリルを助けようとしていたと思うし。何ができるかは分かんないけど。……でも、葵羽に言われなかったら、俺はずっと気が付かないままだったと思うよ」
カイルは笑って告げる。葵羽は彼の顔をじっと見つめただけであった。
カイルは続ける。
「葵羽は、きっと視野が広いんだよ。それに気がつく人が、少ないんだろうね。だから、分かって貰えない。皆が同じ考えになることはなくても、一人でもその考えに同意する人がいるといいよね。俺も頑張ろーっと。……それにしても、残念だね、葵羽の魅力に気が付かないなんて」
「……俺に魅力はないと思うが」
「そんなことないよ! そうじゃなかったら、俺も、シークくんも、ここにはいないもん! きっと、あの子だって」
カイルは振り返る。その先には、まだ着いてきていたパックフェンリルが一匹座っていた。優雅に尻尾を揺らす。
葵羽もカイルも、それを見て顔を見合わす。カイルは嬉しそうに顔を輝かせていた。
「ほらほら! 葵羽にはやっぱり魅力があるの! 凄い人なんだよ!」
葵羽は、自分が褒められたかのように嬉しそうに話すカイルを見て、思わずクスリと笑った。
心が軽くなったのが分かる。カイルの笑顔を見て、言葉を聞いて、安心した。
……聞いてもらって、正解だったな。
「サンキュ、カイル」
葵羽はふっと笑いながら、静かに礼を述べたのであった。
Ⅱ
暗くなってきたので、その場で野宿することにした。全員で支度に取り掛かる。とは言っても、動くのは葵羽とカイルが主体で、シークやパックフェンリルはちょこちょこと手伝っている形であった。
「カイルは凄いな」
葵羽は野宿の支度をしつつ、カイルへ声をかける。
カイルはぽかんとしていたが、やがて内容を理解したのか、顔を真っ赤にしてぶんぶんと手を振って否定する。あまりに必死すぎて、葵羽が笑いを堪えるほどであった。
「俺は凄くないよ! 凄いのは、葵羽で――」
「知っているか、カイル。人のことを素直に『凄い』と言える奴が、本当に凄いんだぜ」
カイルは葵羽の言葉に、再度動きを止める。
葵羽は空を仰ぎながら、言葉を紡いだ。
「……人はさ、黒い感情を持っている。羨ましいことも、憧れも、下手をすれば、嫉妬や妬みになってしまうんだ。黒い感情を、消すことはなかなか出来ない。だが――」
葵羽はカイルを見つめる。カイルはその視線にドギマギした。葵羽はそれに気がつくことなく、続けた。
「人を素直を認められる奴が、世界にはいる。黒い感情に打ち勝って、相手を本心から褒められる奴。そういう人が一番凄いと思うんだ。だから、カイルは凄い」
「葵、羽……」
「ま、俺個人の見解だがな」
葵羽はニヤリと笑った。だが、その顔はすっきりしていた。憑き物が落ちたかのように、穏やかな顔をしている。
カイルはそれを見て、安心した。
やはり、彼女は堂々としていて、笑っている方が様になっていると思うのである。
カイルはにぱっと笑った。
「なら、葵羽も凄いね!」
「は? なんで、俺の話?」
「だって、俺を褒めてくれる葵羽も、凄いってことでしょ?」
ふふっと笑って、自慢げな彼を見て、葵羽はぱちくりと目を瞬いた。
彼女はそんなつもりで言ったわけではなかった。素直にカイルを凄いと思ったのだ。
まさか、そんな風に返されるとはな……。
葵羽はクスリと笑う。
「……お前には、敵わないな」
Ⅲ
葵羽は食料調達と名目をうって、カイルから離れた。野宿する場所からだいぶ離れたことを理解し、誰も周囲にいないことを確認して腰を下ろす。
ちょうど腰掛けるのにいい大木があって、そこで冬景色と話すことしたのだ。
あの騒動以来、一度も話さない刀と、話す必要があると判断していた。
シークも、あれ以来、ずっと葵羽の傍を離れようとはしなかった。一向に動こうとしないドラゴンは、葵羽の肩で丸くなったままである。
シークも、だいぶ堪えたんだろうな……。
そう考えれば、申し訳なくなってくる。
いまだに黙ったままの冬景色に、声をかけた。
「冬景色」
名を呼べば、少し間をあけて、不貞腐れた声が返ってくる。
――……葵羽など、もう知らん。
「悪かったって。そんなに拗ねるなよ」
――下手をすれば、死んでいたのにか。
「そう、だな……」
葵羽はその言葉を素直に受け入れる。
沈黙が訪れたが、彼女は夜空を見上げながら、言葉を紡いだ。
「……冬景色、俺さ、自分の世界にいた時、友人を助けて死んじまったんだ」
――……。
「今回も、もしかしたら、そうなっていたかもしれない。あの時と一緒で、俺はパックフェンリルたちを助けることしか考えていなかった。他のことは、まったく考えていなかったんだ」
葵羽は一人淡々と述べていく。冬景色は分かっているのか、口を挟もうとはしなかった。
葵羽は空を見上げたまま、言葉を続ける。
「あの目を見て、ああ、怖がっているんだな、安心させてやらなきゃいけねえな、って思ってしまった。そしたら、刀を向けることなんて、出来なかったんだ。敵意はないって、教えてやりたかったんだ」
――……。
「でも、あの痛みも、あの恐怖も、しっかりと覚えている。おそらく、一生忘れることはない。シークも、冬景色も、不安にさせちまったしな。……だから、本当にすまなかった」
言葉にすれば、自分がどう考えていたのか、どう思っていたのか、一つ一つ整理されていく。カイルと話した時は、ただ不安を取り除いてもらっただけだったが、今回は違った。自分の意思も、自分が感じた痛みも、すべてを鮮明に思い出した。思い出して、それを冬景色に語りかける。そして、一番伝えなくてはいけない、謝罪を述べたのであった。
冬景色がふいっとそっぽを向いたように感じた。だが、返ってきた言葉は、ぶっきらぼうながら優しかった。
――……二度と、ごめんだぞ。
「ああ、分かっている。悪かったな」
「シークも、ごめんな」と小さなドラゴンを撫でる。シークはこれでもかと擦り寄ってきた。それが妙に愛しくて、可愛く思えた。
「お前たちを、一人にはしねえよ。絶対にだ。……さて、カイルが心配するだろうな。戻るか」
――ああ。
やっと冬景色の機嫌が良くなったらしい。返事が返ってきたことに、内心安堵する。
葵羽はそっと冬景色の柄に、優しく触れるのであった。
Ⅳ
葵羽がカイルの元に戻れば、まだそこにはパックフェンリルが一匹居座っていた。葵羽が不思議そうに見ていれば、ゆっくりと灰色は近づいてくる。
「完全に懐かれたねー、葵羽」
「仲間の元に返すつもりだったんだがな……。なあ、仲間の元に戻っていいんだぞ? 俺とわざわざ一緒に居なくても、お前の好きにしていいんだから」
パックフェンリルは、葵羽の目の前で大人しく座る。葵羽が手を伸ばせば、その手に擦り寄ってくる。葵羽はどうしようかと悩んだ。
だが、パックフェンリルに帰る意思はないようで、じっと彼女を見つめたまま、動く気配はない。
葵羽はやれやれと一息つく。
「……一緒に来るか?」
葵羽が聞けば、それに元気よく返事をするかのように鳴く。葵羽は思わず苦笑した。犬のようだと、思ってしまった。鳴き方が妙に犬に近いと思うのである。
カイルは嬉しそうに声を上げる。
「じゃあ、名前付けたいね!」
「カイルが一番嬉しそうだな。しかし、名前か……。シークの名前をつける時も、相当悩んだんだがな……」
葵羽は顎に手を添えて悩む。名前をつけるのは、得意ではない。何がいいだろうか、と真剣に考える。
青みがかかって発光する、パックフェンリル……。
「あ、パックは?」
カイルがそう言えば、パックフェンリルはグルル……と唸った。どうやら、お気に召さなかったらしい。
「ダメかー」とカイルは残念そうに呟く。
葵羽はしばらく考えていたが、やがて小さく呟いた。
「……セレスト」
「え?」
カイルが聞き返す。葵羽は今度ははっきりと告げた。
「セレスト、はどうだろう。青空とか、天空って意味があったはずだ。俺はまだ発光しているところを見てないが、そういう色を想像したから。……どうだ?」
パックフェンリルに問いかければ、嬉しそうに鳴く。尻尾がぶんぶんと振られていた。どうやら、気に入ってくれたらしい。
葵羽はふっと笑う。それから、パックフェンリルへ手を伸ばした。ゆっくりと撫でてやる。
「よろしくな、セレスト」
こうして、新たにパックフェンリルの仲間を得た。名を、「セレスト」というのである――。
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