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第八章 次の街と悲しき真実

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    Ⅰ

    あれから、六日が経過した。ようやく、次の街が見えてくる。
「あれか」
「随分と大きそうだねー」
    二人と一匹と一振は、次の街へと足を踏み入れる。葵羽は今更ながらに青年へと確認することにした。最近、どうも今更なことが多すぎる気がした。
「なあ、この街の名前って分かるか?」
「えっと……今回の街は、カズネ街だよ。数少ない大きい街みたい。狩りが盛んで、毛皮とかが手に入りやすいみたいだね」
「ほう……。ちなみに、前の街の名前は?」
「今更すぎない!?」
    あれからカイルは随分と打ち解けたようで、この間の語らいからだいぶ話すようになった。そのおかげで、葵羽が「あー、ハイハイ」と受け流すことが多くなったと思う。
    ……俺より、女子っぽい。
    ふと、そんなことを思った。
    別に、女らしさとかそんなものを気にしているわけでもないし、むしろ「女らしい」とか言われることが嫌いな葵羽は、それを口に出すことは無い。
    だが――。
「……なあ、カイル」
「へ?    何?」
「俺と性別変えるか」
「ごめん、何の話?」
    思いつきで口走ってしまい、カイルを困らせたのは、余談である。



    Ⅱ

    葵羽がカイルと並んで歩けば、賑やかさとは別に、何やら騒がしい声が聞こえてくる。二人は顔を見合わせ、声のする方へ足を進める。
    人だかりが出来ている。ぐるりと囲んだ人々は口々にコソコソと話している。それが合わさって、大きなザワザワという声に聞こえる。輪の中にいたのは、十何人の怪我人であった。包帯でぐるぐる巻きにされている人間が多く、中には軽傷で済んだ者もいたようだったが、遠目から見ても身体が震えていることが分かった。
「……なんだ、これは」
「酷いね……」
    カイルが顔を顰める。葵羽も痛々しいその姿に、思わず眉をひそめた。
    こんな大怪我をしている、ということは、何かあったんだろうが……。
    周囲に簡単に聞いていいものか、と躊躇する。そんな中、周囲の声は勝手に葵羽たちの耳に届き、状況を知らせてくれた。
「今回の狩りは失敗したらしい」
「魔物に襲われたんだろう?」
「どうするんだ、納期に間に合わない」
「だが、群れで動いている奴らに対して、俺たちがどうこうできるのか――」
    人々の声に耳を傾けつつ、葵羽はカイルの肩を叩く。彼はびくりと身体を震わせた。顔が真っ青である。
「……あ、おは」
「分かっている。一度離れて、冒険者ギルドへ向かおう。冒険者登録して、話を聞けるのであれば、聞いてみよう。……行けるか?」
    持っていた水を手渡し、カイルへ小声で話しかける。彼の様子を窺えば、カイルはゆっくりと頷いた。すぐにその場を離れ、冒険者ギルドを探す。
    人々の声は、いつまでも彼らにまとわりついてくるのだった。



    Ⅲ

    冒険者ギルドを探し出し、中へ入って、カイルに椅子を勧める。葵羽は受付の女性に、登録をお願いした。
    登録作業後、その女性に街での騒ぎを聞いてみる。女性は困り果てた顔で、事情を説明し始めた。葵羽は、彼女の言葉を繰り返す。
「フェンリル?」
「はい。パックフェンリルと言って、灰色の狼の魔物なんです。何十匹と大きな群れを作って行動するんですが……。大きさは、そんなに大きくなく、通常の狼や犬のような大きさなんです」
    葵羽はふむ、と頷く。覚えていることを、頭から引っ張り出す。
    確か、フェンリルと言えば、人の何倍も大きい狼のことだったはずだ。普通の狼と同様のサイズで、大きな群れを作る、か。群れ自体は珍しいことではないだろうが……。
    葵羽の世界にいた狼も、群れを作って行動していたはずだ。だが、確かにそこまでの大きな群れを作るとは聞いたことがなかった気がする。それに、フェンリルと言えば、ゲームに出てきた大きな狼のことであった。それは、クラスメイトが話していたことによって、微かながらに覚えていた。
「……その被害が、先程の怪我人、ということか」
「……実は、あれが初めてではないんです。すでに何十人と怪我人が出ていて、亡くなっている方も……」
「……そうか」
    葵羽はそれを聞いて、顔を暗くする。
    俺たちに、何かできるだろうか……。
    そうは思うが、街の問題でもあるし、冒険者とはいえ、あまり口が出せることではないのかもしれない。
    そんな中、カイルが近づいてくる。
「葵羽」
「カイル。もう、いいのか?」
「お陰様で。ありがとう。……パックフェンリルが襲ってくるなんて、普通ではないはずだよ」
「……どういうことだ」
    カイルは収納している箱から、一冊の本を取り出す。彼が見せてくれたのは、魔物の図鑑。カイルは一つの文章を指差す。
「ほら、人から離れて生きる種族なんだ。わざわざここまで来て、人に関わろうとするかなあ……」
    葵羽はカイルの言葉に目を細める。
    パックフェンリル……。狩りを主体とする街……。
    何故かは分からないが、彼女の中でとても嫌な予感がした。
    葵羽は女性に尋ねる。
「なあ、パックフェンリルって、狩ってる魔物なのか」
「はい。昔からこの街はパックフェンリルの毛皮が有名なんです」
「綺麗だもんね」
「そうなのか」
「うん、とっても。普段は灰色なんだけど、夜になると青みがかかってくるの。俺も見たことはないけど、発光してるみたいに見えるんだって。物好きな人は大金を積んで買うって言われるほどだよ」
    カイルは説明してくれた。
    青みがかかって、発光……。俺たちの世界の、イルミネーションのような感じだろうか。
    確かに、イルミネーションは人々に人気があった。冬の時期は、特に人が集まる。綺麗な景色を一目見ようと、人々が集まるのだ。
    葵羽も、帰り際にふらりと立ち寄ったことがあった。
    しかし――。
    もし、それと一緒だと思われているとするなら……。
    葵羽の中で、ふつふつと怒りが湧いてくる。生き物の命を、軽視されているように感じた。
「……理解、できんな」
    絞り出すようなそれに、肩にいるシークは首を傾げた。冬景色も彼女の名前を呼ぶ。カイルが不思議そうに彼女を見つめる中、外が騒がしくなった。
    一人の男が、駆け込んできた。見れば、ところどころ紅で染まっている。
「た、助けてくれ!」
「どうしたんですか!?」
    女性が駆け寄った。男の腕から血が流れている。葵羽は顔を顰めた。カイルは口元を押さえている。
    血の、匂い……。
    慣れないそれに、腕で口元を覆った。こうも匂いがするものなのか、と考えてしまう。得意にはなれないそれに、つい顔を顰めてしまうが、ゆっくりと腕を下ろした。目の前の男に、失礼だと思ったからだ。
「フェ、フェンリルたちが――」
    その言葉に、葵羽は外へ向かって駆け始める。外の眩しさに、一瞬腕で視界を覆うが、すぐに外して光景を目に映す。
    そこには――悲惨な光景が広がっていた。
    人も、パックフェンリルと思われる魔物も、紅に染まって倒れている。すぐ近くに倒れている人間に駆け寄る。
「大丈夫か!」
    そうではないと分かっていても、かける言葉がそれ以外に見つからなかった。葵羽は抱き起こしそうになるのを、必死に耐える。傷口を広げたり、身体に影響を与えたりしないように、まずは確認することにした。
「……うっ」
    遅れて呻き声が耳に届く。幸い、まだ息はあるようだった。
    止血……、いや、魔法のが早いのか……?
    葵羽は相手に魔法を発動し、「治癒リカバリー」をかける。中から遅れて出てきたカイルは、また口元を覆った。
    気持ちは分からなくもない。葵羽だって、辛くないわけではない。
    だが――。
「カイル!」
「……!」
「人命救助が先だ。お前の力が必要なんだ。……動けるか」
「……!    うんっ!」
    カイルも魔法を発動し、一人ずつ治療していく。葵羽も治療を続けていたが、殺気を感じて刀を抜いて一閃する。立ち上がれば、そこには一匹のパックフェンリルがいた。先程の攻撃を避けたらしい。グルル……と唸っている。
「パックフェンリル!?」
「カイルは治療に専念してくれ。こっちは、俺が引き受ける」
    葵羽はパックフェンリルと対峙する。唸っている相手と距離をとりつつ、どうすればいいのかと頭を働かせる。
    殺すことは、簡単かもしれない。だが――。
    葵羽は刀を強く握った。
    どうしても、刀を振るうことをしたくない。何か、理由がある気がする……。
    葵羽は静かに息を吐き出した。刀を構える。
    とにかく、動きを止める!
    葵羽は唯一型の構えが決まっていない技を使って、相手の動きを止めることを決意する。どんな構えでも、使える便利な技であった。
    両手で持ち、振りかぶる。斬撃を放つかのように、空気を斬った。
「――四の型、氷点下」
    空気がパキパキと凍っていく。そのまま、パックフェンリルの周囲を凍らし、やがて相手の動きを完全に封じ込めた。まだグルル……と唸っている相手を見つつ、葵羽は周囲を見渡す。
    今この辺には他のパックフェンリルはいない。今のうちに動くか――。
「カイル!    あと頼む!」
    カイルの返事を待つことなく、葵羽は走り出す。一瞬、捕らえたパックフェンリルへ視線を向け、小声で告げた。
「すまない、あとで必ず解放する」
    葵羽は相手の横をすり抜け、声のする方へと足を向ける。騒がしい声が、だんだんと大きくなっていく。角を曲がって、目にした光景は、パックフェンリルと人間が対立しているところだった。人間は銃を手にし、それをパックフェンリルへと向けている。対するパックフェンリルは、今まさに飛びかかろうとしているようであった。
    このままでは、どちらも被害が大きい――。
    今まで黙っていた冬景色が、声をかけてくる。
    ――どうする、葵羽。
「何が何でも、止めてやる!」
    葵羽は集団の中を突っ込んでいく。そうだ、とシークを見た。肩に座っていたドラゴンは、首を傾げた。
「シーク!    両者の間に炎を吹いてくれ!    一瞬気が紛れる程度でいい!    加減しろよ!」
    シークは嬉しそうに頷いて、彼女の肩から飛び立つ。先に行ったドラゴンは、両者の間に炎を吹いた。急な炎に両者も後退る。葵はそこに突っ込んでいき、型の構えを取る。次は、下段の構えだ。
「――五の型、雪山」
    下から上に振り抜けば、大きな雪の山が出現する。両者は完全に分断された。後ろにいる街の人々へ、葵羽は大声で告げる。
「今のうちに下がれ!    数が多すぎる!」
「いや、これなら一気に相当な数を仕留められる!    今がチャンスだ!」
「!    まだ、そんなことを――」
    葵羽は人々の目を見る。その目を見て、ぞくりと背筋が凍った。欲や金に塗れた瞳だった。全員、目の前にいるパックフェンリルを狩ることしか考えていないのである。誰も逃げ出さず、誰も銃から手を離さない。
    やはり――。
    葵羽の嫌な予感は、確信に変わってしまった。この街の人間は、パックフェンリルの怒りを買ってしまったのだと悟る。それに気がつかずに、まだ彼らを狩ろうとしているのだ。
    ……どうする!
    だが、葵羽に彼らの命を見捨てる選択肢などない。それでも、パックフェンリルたちが悪いわけではないことも、理解してしまった。
    今は分断されている。ならば、――。
    ――葵羽!
    冬景色の声に振り向けば、一匹のパックフェンリルが山を越えて、一番近くにいた葵羽に襲いかかろうとしていた。
    葵羽は刀を向ける。
    だが――。
    ……あ。
    葵羽は気がついた。いや、気がついてしまった。パックフェンリルの瞳に。
    葵羽はゆっくりと刀を下ろす。そして――。
    ガブウッ!
「――ぐっ!」
    ――葵羽、何を……!
    葵羽の右肩を、フェンリルが喰らいつく。だが、葵羽は刀を下ろしたまま動こうとしない。勢いよく倒れ込み、背中を壁に預けてしまう。冬景色の声が、彼女の脳内に響く。彼女は、朦朧とする意識の中、冬景色に向かって呟いた。
    これで、いい。
    相手の向こうで、銃口を向けている人々の姿が、目に入る。葵羽は力の限り叫んだ。
「撃つなあああああ!」
    その瞬間、シークが主人と人々の間に炎を吹いた。葵羽はそれに安堵する。
「……サンキュ、シーク」
    不安そうなシークの顔を見つつ、騒ぐ冬景色の声に反応はせず、葵羽はゆっくりとパックフェンリルの背へ左手を添える。パックフェンリルも、葵羽も紅が染め上げていく。
    深々と刺さる痛みに耐え、葵羽は安心させるように笑って見せた。
「……大丈夫だ、怖くねえよ」
    パックフェンリルをぽんぽんと撫でてやる。噛み付いてくる相手の牙は、いまだに抜ける気配はない。だが、葵羽だって、ここで負けるつもりはないし、死ぬつもりもなかった。
「……俺は、襲わねえよ。怖かった、よな。人間に、たくさん仲間を、狩られて……。仕返し、のつもりなんだろう、かたきを打ちに、来たんだろう……?    ダメ、だ、また、仲間が死んじまう……。頼む、ここで、引き、返してくれ……」
    葵羽はパックフェンリルを「治癒リカバリー」で治す。だが、自身にはかけなかった。だんだんとパックフェンリルの噛む力が弱くなってくる。どうやら、傷が治ったことに、驚いたようだった。
    パックフェンリルの目が語っていたのは、「恐怖」であった。自分が殺らなければ人間に殺られる、そう思ったのだろう。それは、今まで人間が行ってきたことであった。彼らはその恐怖から解き放たれるために、仲間の敵を打つために、ここまで来たのだろうと、葵羽は考えたのである。
「もう、人のところに、来るな。誰も、来ない場所で、静かに……仲間と、暮らせ……」
    葵羽はゴホッと血を吐く。初めての感覚に、初めての恐怖に襲われる。痛みは酷くなる一方だ。意識も朦朧とし始めている。
    それでも、目の前にいるパックフェンリルに笑いかけてやる。何とか、安心させてやりたかった。
    パックフェンリルは、葵羽から離れた。ゆっくりと距離が開いていく。口元が紅に染まっているのが見えた。
    ここまで、か……。
    葵羽はふっと笑う。
    ――葵羽、逃げろ!    傷を治せ!
    珍しく冬景色が慌てた声を出している。葵羽はぼんやりと冬景色らしくねえな、と思った。
    ……悪い、冬景色。シークも、すまない。
    そう思って目を伏せたその時、顔を舐められる感触に、ゆっくりと目を開く。見れば、パックフェンリルがぺろぺろと舐めていたのだった。葵羽は思わず呆けてしまう。
「……は」
    ――この、馬鹿者!
    冬景色は葵羽を叱る。すると、葵羽の右腕がゆっくりと動いたのだ。感覚がもうないはずなのに、勝手に動いて刀身が自分にかざされた。
    ――秘技。二の型、雪の雫。
    冬景色の声に反応して、技が発動する。以前、シークを治したように、葵羽の怪我はすべて塞がっていた。服は紅に染まったままだが、傷跡すら残っていない。
「冬、景色……」
    葵羽は驚きながら、刀を呼ぶ。右腕は完全に動く。動作に異常はない。ああ、と急に納得してしまった。
    今のが、身体を乗っ取られるということか……。
    そんなことを考えていれば、冬景色の怒声が脳内に響き渡る。
    ――葵羽!    次にこんなことをするというなら、私は絶対に許さん!
「お、前……」
    ――私を封印するのだろう。私も、シークも守るのだろう!    勝手に死ぬことは許さんぞ!
    冬景色の言葉を聞いていれば、シークが擦り寄ってくる。泣きそうな顔に、葵羽は申し訳なくなった。
    死ぬつもりはなかった。だが、パックフェンリルを説得する方法に、これしか思いつかなかった。
    だが、仲間を悲しませるのは、良くねえな……。
「……すまない」
    葵羽は冬景色を鞘に収め、シークを左肩に乗せる。すりっと頬を擦り寄せて来るシークを、撫でて答えてやる。
    葵羽の目の前で、パックフェンリルは大人しく座っていた。
「……すまない。だが、お前たちがこれ以上、狩られるのは見てられないんだ。……人間の言うことなど、聞きたくないかもしれない。それでも、俺はお前たちを助けたいから、逃がせるように努力したいと思う」
    パックフェンリルに手を伸ばせば、相手はすりと手に擦り寄ってきた。それにほっとしつつ、葵羽はパックフェンリルと視線を交わらせる。
「……信用、してくれるか」
    フェンリルは遠吠えをした。氷の山の向こうで、大きな音が遠ざかっていく。パックフェンリルの群れが、街から出て行っているのだろう。
    葵羽は目の前にいる相手を、再度撫でる。それから、優しく告げた。
「……ありがとう」
    葵羽と人々を分断していた炎が、静かに消えていく。
    まだやることは残っている。
    葵羽が前を向けば、そこには、銃を構えたままの人々が立っていた。



    Ⅳ

    葵羽はパックフェンリルの前に立ち、人々へ告げる。パックフェンリルは、背後でグルル……と唸っていた。その矛先が、自分ではないことを、葵羽は理解していた。
「……パックフェンリルたちは、去った。これ以上、銃を向ける必要は無い」
「そこのパックフェンリルは仕留める。どけ!」
「……いい加減にしろ!」
    葵羽は怒鳴った。街の人々は、全員びくりと身体を震わす。
    葵羽の怒りは、限界であった。
「……この街を、彼らが襲ったのは、お前たちが今まで散々彼らの仲間を狩ってきたからだ。人間の金になるために、欲を満たすために彼らは生きているわけではない。……これ以上、手を出すな。彼らをまだ狩ろうとするなら、俺が相手になる」
「ふっ、ふざけるな!    俺たちの仕事を、産業品を奪い取る気か!」
「金と欲に塗れた目で、彼らを見るな。……俺たちは生きている。彼らだって、懸命に生きている。お前たちの商売道具でも、金になるアイテムでもない。命をもった、生き物なんだよ!    ……俺だって、討伐依頼をこなしているし、命をいただいて生きている。だが、だからといって、何でもかんでも人間の都合に合わせていいわけがねえんだ!    ……俺の、世界だって――」
    ――人間が、地球を汚していると、言われてきたんだ。
    葵羽の考えは、あくまで一つの考えだ。皆がそう考えているわけではない。だが、理解されたければ、言葉にして交わすしかない。
    そうでなければ――。
    パックフェンリルたちは、ずっと狩られ続けてしまう――。
「十分稼いできたはずだ。もう彼らに手を出すのはよせ。彼らは怖がっている。この状態が続けば、彼らはまたお前たちを襲う。お互いの領域があるんだ、それに手を出さないようにできないのか」
「……何様だよ」
    街の人々の中で、一人が呟く。葵羽はその言葉を、静かに受け止めた。怖気付くこともなく、相手を睨み返す。
「ふっざけんな!    よそ者が口出すなよ!」
「そうだ、そうだ!    そいつの命は俺が狩る!」
「銃を用意しろ!    あいつ諸共――」
「――五の型、雪山」
    街の人々との間に、大きな雪の山が出現する。一気に彼らの姿は見えなくなった。まだ向こう側でギャーギャーと騒いでいる声が聞こえる。
    これ以上の会話は、無駄だと判断してしまった。
    何様、か……。そうかもな。それでも――。
    パックフェンリルを見つめる。ゆっくりと手を伸ばした。頭を撫でさせてくれる。
    相手は、逃げようとしなかった。むしろ、葵羽に擦り寄ってくる。
「……行こう」
    葵羽はパックフェンリルと歩き出した。シークも、冬景色も無言のまま、そこにいるだけであった。
    人々の目を掻い潜り、葵羽はカイルと合流する。捕らえていたパックフェンリルを解放し、逃がしてやる。
    葵羽の横には、一匹のパックフェンリルが残ったままだった。

    二つ目の街は、ほぼ滞在することなく、彼らは静かに街を去ることとなったのであった。
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