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序章 図書館の主は、予言する
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木造建築の大きな建物は、森の奥で構えていた。存在感があるはずのその建物は、ひっそりとそこに建っていたのである。
建物の中も、木造となっており、年季の入った床が、時折ぎしりと大きな音を奏でた。建物内が静かであるため、余計にその音は大きく感じる。
その床の上には、棚が一定の間隔を保って、綺麗に並べられていた。棚ももちろん木製である。人が行き来する間隔を保って、列を成していたのであった。並んでいる棚の中には、これまたぎっしりと本が詰められている。一寸の乱れもないそれは、数え切れないほどあった。薄いもの、厚いもの、大きいもの、小さいもの……様々な本が所狭しと並んでいる。
建物は二階建てで、二階からは一階がよく見えた。一望できると言ってもいい。
その二階から一望できる場所にある柵に、一人の青年が煙管を片手に腰掛けていた。
スノーホワイトの長い髪が揺れる。頭には、髪と同色の獣の耳がぴんと立っていた。アメジストの瞳が、一階を捉えて離すことはない。ただ、一人でいるこの空間をじっくりと品定めをするかのように眺めている。下駄を履いている足が、微かに揺れる。ぶらぶらと空中で遊ぶかのように揺らし、その動作によって着ている着物の裾が踊る。本日は濃紺の着物を選び、白の羽織を肩にかけていた。
誰もいない空間で、彼は煙管を口に持っていき、煙を含んでゆっくりと離す。空間へ、ふーっと静かに息を吐き出した。空中で煙は溶け込んで消えていった。
「……ふふ」
青年は一人笑う。大きな笑い声ではなかったのに、この空間ではよく響いた。
「――今日は、誰か新しいお客が扉を叩きそうだね」
柔らかく微笑む彼は、どこか楽しそうな声をしていた。右手で持っている煙管を再度口へと運び、煙をゆっくりと吐き出す。煙はまた空間へと溶け込んでいった。青年がいくら煙を吐き出そうと、この空間が煙っぽくなることはなかった。
「……誰が、何を、何のためにお望みか。何を私に見せてくれるのか、楽しみだね」
彼は誰もいない空間で呟き、それから足を組む。その足へと、右手を静かに下ろした。
頭にある尖った耳が、ぴくりと動く。微かな音を聞き取ったからであった。彼の耳は、とても優秀なのである。
「そろそろか。――さて、開館と行こうかね」
彼は空いている左手で、パチンと指を鳴らす。
――彼がいる場所は、妖のみが通うことのできる、妖専門の図書館である。
建物の名を、「あやかし図書館」と言った。
彼はこの図書館の主なのである。
――そして、彼は「犬神」と呼ばれる妖怪であった。
だが、この場所には、一つの例外があった。
それは――。
図書館の扉が、重々しい音を奏でながら、ゆっくりと開く。
「――さて、お待ちの妖怪諸君、本日もどうぞごゆるりと」
彼――紫雲は煙管を片手に、妖怪たちを図書館へと招き入れる。開館時間より前から待機していた妖怪たちが、次々に足を踏み入れていく。
紫雲はそれを見ながら、微笑をたたえた。
「――さて、何が待っているのかね」
彼は怪しく笑うのであった。
建物の中も、木造となっており、年季の入った床が、時折ぎしりと大きな音を奏でた。建物内が静かであるため、余計にその音は大きく感じる。
その床の上には、棚が一定の間隔を保って、綺麗に並べられていた。棚ももちろん木製である。人が行き来する間隔を保って、列を成していたのであった。並んでいる棚の中には、これまたぎっしりと本が詰められている。一寸の乱れもないそれは、数え切れないほどあった。薄いもの、厚いもの、大きいもの、小さいもの……様々な本が所狭しと並んでいる。
建物は二階建てで、二階からは一階がよく見えた。一望できると言ってもいい。
その二階から一望できる場所にある柵に、一人の青年が煙管を片手に腰掛けていた。
スノーホワイトの長い髪が揺れる。頭には、髪と同色の獣の耳がぴんと立っていた。アメジストの瞳が、一階を捉えて離すことはない。ただ、一人でいるこの空間をじっくりと品定めをするかのように眺めている。下駄を履いている足が、微かに揺れる。ぶらぶらと空中で遊ぶかのように揺らし、その動作によって着ている着物の裾が踊る。本日は濃紺の着物を選び、白の羽織を肩にかけていた。
誰もいない空間で、彼は煙管を口に持っていき、煙を含んでゆっくりと離す。空間へ、ふーっと静かに息を吐き出した。空中で煙は溶け込んで消えていった。
「……ふふ」
青年は一人笑う。大きな笑い声ではなかったのに、この空間ではよく響いた。
「――今日は、誰か新しいお客が扉を叩きそうだね」
柔らかく微笑む彼は、どこか楽しそうな声をしていた。右手で持っている煙管を再度口へと運び、煙をゆっくりと吐き出す。煙はまた空間へと溶け込んでいった。青年がいくら煙を吐き出そうと、この空間が煙っぽくなることはなかった。
「……誰が、何を、何のためにお望みか。何を私に見せてくれるのか、楽しみだね」
彼は誰もいない空間で呟き、それから足を組む。その足へと、右手を静かに下ろした。
頭にある尖った耳が、ぴくりと動く。微かな音を聞き取ったからであった。彼の耳は、とても優秀なのである。
「そろそろか。――さて、開館と行こうかね」
彼は空いている左手で、パチンと指を鳴らす。
――彼がいる場所は、妖のみが通うことのできる、妖専門の図書館である。
建物の名を、「あやかし図書館」と言った。
彼はこの図書館の主なのである。
――そして、彼は「犬神」と呼ばれる妖怪であった。
だが、この場所には、一つの例外があった。
それは――。
図書館の扉が、重々しい音を奏でながら、ゆっくりと開く。
「――さて、お待ちの妖怪諸君、本日もどうぞごゆるりと」
彼――紫雲は煙管を片手に、妖怪たちを図書館へと招き入れる。開館時間より前から待機していた妖怪たちが、次々に足を踏み入れていく。
紫雲はそれを見ながら、微笑をたたえた。
「――さて、何が待っているのかね」
彼は怪しく笑うのであった。
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