3 / 11
第二章 妖怪でこぼこヒーロー組、少年と家族になりますが、さらに驚きの連続でした
しおりを挟む
Ⅰ
「……ちょっと待て」
ゆっくりと掠れた声で呟くのは、白鉛である。その瞬間、黒曜の頭の中で警報ががんがんに響く。咄嗟に身体が動いた。白鉛が怒りの声を上げるのと、黒曜が彼を羽交い締めにするのはほぼ同時だった。僅かに黒曜のが早かったというのは、余談である。
「小童、説明せよ! 『妖怪』を知らぬとは、どういうことだ!」
「落ち着けって、白鉛! まずはゆっくり話を聞こうぜ!」
白鉛が暴れたことによって、まひろは彼の尻尾から転げ落ちる。そんなに高いところからではなかったからか、転げ落ちてもきょとんとしていた。それを見てなのか、すでに激怒しているのかは分からないが、いまだに白鉛は大声を上げている。
「貴様は何故そこまで落ち着けているのかと先程から言っている! 貴様にはないのか、妖怪としてのプライドが!」
「んー……、ないわけじゃねえけど……」
黒曜は言葉を濁した。
先程までは、少年が大声にびくついていたことに気がついていた白鉛だったが、今じゃまったく気にしていない。先程のフォローは幻覚だったのかと黒曜はつい思ってしまった。
「妖怪」を知らない、そう口から出てきたのは、黒曜にとっても大変ショックだった。白鉛が怒るのも無理はないと思う。しかし――。
仕方がない、とも思うんだよな……。
黒曜は苦笑した。自分たちのいた、「日本」という国と、まさか違うところがこんなところだとは思っていなかったのだ。
むしろ、ここまで日本とそっくりだったことのが、奇跡に近い。それにも正直驚いていた。漢字が使われていないことや、感情が恐らくないことは、意外とすんなり受け入れていた部分があった。
自分たちがいた世界とは違うという時点で、多少の覚悟はしていたつもりだった。しかし、まさか――。
まさか、妖怪が分からないとは……。
日本では、妖怪を見える者が数少ないにせよ、「妖怪という存在がいるのではないか」、という説は流れていた。それを人間が証明出来るにせよ、出来ないにせよ、その話は黒曜たちの耳にも届いていた。アニメや漫画といった、娯楽にも妖怪を題材にしたものはあった。妖怪の存在を日本では信じている部分があったのだ。
しかし、この世界では、「妖怪」を知られていない。となれば、完全に謎ができてしまった。
「妖怪」を知らないまひろが、何故自分たちを召喚できたのか――。
もう少し、まひろへ質問を続けなければいけないようであった。
余儀なくされたことを察知した黒曜とは、打って変わっていまだに喚いている白鉛。
しかし、数分後、多少落ち着いたのか、乱れていた息を整えていく。いまだに羽交い締めにしていた彼を見つめていると、やがて小さく「離せ」と聞こえてきた。黒曜はあっさりと離した。
その間もぽけーと見ていたのは、件の少年、まひろである。黒曜はまひろの目線に合わせてしゃがんだ。再度少年の瞳に黒曜の姿が映る。逆に、すっかり機嫌を悪くした白鉛は、尻尾を一度大きく動かした後、そっぽを向いた。
どっちが子供なんだか……。
黒曜は呆れたが、絶対に言葉にはしなかった。余計に面倒なことになるのは、百も承知だったからだ。
苦笑した後、まひろへ質問をすることにした。
「まひろくん、『妖怪』を知らないのか」
「しらない。はじめてきいた。おとうさんも、おかあさんも、そんなことばはいってなかったよ」
「そうかー」
黒曜はそこまで聞いて質問を変えることにした。分かる言葉を探すことにする。
「じゃあ、霊は? 幽霊」
「ゆうれいって……」
「えっと、英語だと、ゴースト、かな?」
「わかるー」
「小童、貴様……!」
「待った、待った! まひろくんは悪くないだろ!」
まひろと黒曜の話をしっかりと聞いていた白鉛がゆらりと揺れる。怒りの声が再度上がりそうになったのを、黒曜は慌ててストップをかけた。まひろを腕の中に入れ、守るように白鉛へ背を向ける。一応、白鉛は止まった。大きな舌打ちは、この際聞こえなかったことにする。まひろはまたもやきょとんとしているだけだった。
白鉛は、妖怪として、かなり高いプライドを持っている。彼は妖怪であることに、誇りを持っているのだ。それが、目の前の少年によって崩され、知らないとまで言われてしまった。恐らく、彼の心はズタズタのボロボロであろう。さらに、言ってしまうと、一度切れた彼は大変面倒である。
まひろがきょとんとして、首を傾げた。黒曜は苦笑するしかなかった。
この二人の間にいると、俺疲れそうー……。
現在進行形で疲れていることには、触れない、触れたくない。黒曜は見て見ぬふりをし、まひろへの質問を続けた。質問を再開する前に、まひろを腕から解放することは忘れない。
「ゴーストは分かるんだ。じゃあ、天使とか悪魔は?」
「……」
首を傾げる少年へ、言い直してみる。
「エンジェルとデビル」
「わかるー」
「じゃあ、神様は?」
「わかるー」
黒曜の質問をちゃんと聞き、分からなければ首を傾げ、分かれば手を挙げて返答するまひろ。これだけ見ていれば、大変可愛らしい光景のはずだが、今の状況がそうはさせなかった。
「狐は?」
「わかるー」
「九尾の狐」
「……わかんない」
「カラスは?」
「わかるー」
「烏天狗」
「……わかんない」
何度か質問を繰り返していくうちに、感情はないにせよ、黒曜には表情が豊かに見えた。イントネーションがまったくなくても、見た目が多少変化するからか、なんとなく嬉しそうだとか、なんとなく残念そうだとか、そんなことだがしっかりと感じる。しかし、この少年に嬉しいか、残念か、と聞いても首を傾げるであろうことは容易に想像ができた。
やはり「妖怪」に関しては分からないらしい。日本語で聞いても、ピンと来てないものもあった。カタカナ英語を意外と使っているのかもしれない。
……俺たちが、こうだったなら、どうしていたんだろう。
黒曜はふとそんなことを考えた。
Ⅱ
自分たちがいた、「日本」という国は、戦争もなく、大小の事件は起きるものの、まさに「平和」という言葉が当てはまる国だったと思う。しかし、その「平和」の基準は、自分たちが生きてきた環境の一つに過ぎない。
この少年たちは、この世界でこれが「平和」なのだろう。感情がなくても、言葉は伝わって、知らない言葉があるとは思ってなくて。難しい言葉でも、意味が分かっていれば、「知って」いて。けど、それは自分が「理解」できても、「実感」はできなくて――。
それって、「平和」の中だとしても、本当は悲しいことなんじゃないか。黒曜はそう思った。
もちろん、自分たちが生きてきた世界があってこそ考えられる結論だということも、理解している。もし、自分が本当に少年と、まひろと同じ世界にいたとしたら、恐らくそんなことを疑問には思わないはずだ。
だが、と思う。思ってしまう。
せっかく、この世界に生まれて、考えることが、想いを伝えることができる人間なのに、「感情」がないって……。俺なら、耐えられないかも。
生きているのに、生きている実感が、人間である意味がないような、そんな気がしてしまうのは、何故なのだろうか――。
俺って、貪欲なのかな……。
妖怪は、人間よりも寿命が遥かに長い。人間がどんな世界を創っていくのか、どう生きていくのか――。黒曜たちは長い目で見てきたのである。中には、見たくもない血にまみれた時代もあった。だが、そんな間違いもあったからこそ、人間は平和な世界を求めて動いてきた、黒曜はそう思うのである。
……人間って、凄いんだよな。
特別な力がなくても、敵対することがあっても、必死に言葉を交わして、手を取り合って、助け合って生きていく。妖怪より遥かに短い生命でも、懸命に生きて、大輪の花を咲かせていく。世界を、少しでも、たった一歩だとしても、変えていくのだ。
だから、黒曜は人間を凄いと思う。
……俺は、この子に何かしてあげることが、できるのだろうか。
黒曜はまひろをじっと見つめる。小さな頭へ手を伸ばした。ゆっくりと撫でて、その温かさをしっかりと感じる。まひろはぽけーとしていたが、その手を拒むことはなかった。
手はそのままに、黒曜はゆっくりと問う。
「……なあ、まひろくん。俺たちにどうして欲しい?」
「どう……」
「俺たちを呼び出した理由が、寂しかっただけじゃないんだろう?」
黒曜は確信を持っているかのように告げたのだった。
Ⅲ
白鉛は目を見張った。目の前の黒曜の表情を初めて見たのだ。慈愛に満ちた、と言うのだろうか。穏やかな、それでいて温かい笑み。いつもの快活な、元気な笑い方とはまた別のその笑みは、何故かいつも見ている彼ではないような気がしてしまう。
……長い付き合いだとは思っていたが、それでもまだ知らないことはあるのか。
白鉛は近くにあるようで、すごく遠い空を眺めた。雲がゆっくりと流れていく、綺麗な青空。普通にあるものなのに、何故かとても綺麗に見えた。
一つゆっくりと息を吐き出す。はあ、と自分でも妙に声が大きく感じた。それから、視線を戻して、二人の様子を眺める。先程までの怒りは、知らない間にどこかへ行ってしまっていた。
……妖怪を知らない世界。それ自身に腹が立つことは否定できない。しかし、ならば何故あの少年が我らを召喚することができたのか。召喚の方法に、何かヒントでもあるというのか。
白鉛は口を挟みたくなるのを必死に堪え、二人の会話へと耳を傾ける。少年の言葉を黒曜だけでなく、白鉛も待った。
白鉛は、少年が、まひろが悪いとは思っていない。別に怒りたくもない。しかし、この感情をどこにぶつけていいのか、目の前にいる少年以外にいなかったのだ。森林に手を出そうものなら、恐らくここら一体はすべて燃やし尽くされていたはずだ。
やれやれ、冷静になれないのは、この状況だからか。
言葉を待ちながら、少し、ほんの少しだけ反省する。
そんな白鉛のことなど露知らず。
黒曜が多少ハラハラしながら、まひろを急かすことなく見守っていると、やがて小さな声でぽつりと呟かれた。
「……ぼくの、そばにいて」
「――!」
二人が息を呑むのは、同時だった。咄嗟に言葉は出なかったが、ちゃんと小さな声は二人の耳に届いている。
「だれも、いないいえが、あんなにくらいところだって、しらなかったの。いやな、かんじがするの」
ぽつり、ぽつりと紡がれるその言葉は、二人の心に突き刺さる。
黒曜は思った。ああ、この子は家にいたくないんだ、と。今まで両親と暮らしていた家が、急に誰もいなくなって、真っ暗になって。寂しくて、怖くて、真っ暗で心細かったのではないか。なんとも言えない感情が、黒曜を支配する。
白鉛は思った。これが、感情を持たない人間だというのか、と。根本的なことは分からなくても、しっかりと感じているのだ。少年は自分の思いに気がついている。それがどういうものなのか、まだ理解出来ていないのだ。唐突に直面したそれに、どうしていいのか戸惑っているのだ、と。それに加えて、白鉛は一つ、もしかしたら、と考えた。
……もしや、この世界の人間は、学べば理解するのではないか。
まひろは「誰もいない家があんなに暗いところだと知らなかった」と言った。言葉を教え合う、つまりそれは「学ぶ」ことでもある。まひろが今回初めて学んだことによって、「寂しい」ことを理解したのだ。
もしかしたら、もしかするかもな……。
白鉛は一人考えた。それを証明することが、もしかしたら出来るかもしれない。
少年の言葉はやっぱりイントネーションがまったくなかった。それでも、確実に二人に届いていた。
黒曜は泣きそうになりながら、必死に耐えてまひろをぎゅっと抱きしめる。
「……任せて、今日から俺がお兄ちゃんだよー!」
「貴様はおかんだろう」
「何おう!?」
「兄」と名乗った黒曜へ、「母」だと訂正した白鉛。黒曜はギャーギャーと抗議の声を上げる。そんなことは完全無視し、白鉛はまひろを上から見下ろす。顔を近づけてじっと見てくる彼へ返ってくるのは、きょとんとした瞳だけだった。しばしお互いに見ていると、ゆっくりと白鉛は言葉を紡いだ。
「――少年、我らを召喚した方法は覚えているな」
「うん」
まひろはこくりと頷いた。先程と変わらずに、イントネーションがまったくない。
黒曜が腕から解放すると、まひろは地面へ大きな紙を広げた。二人を召喚した後も、ずっと持っていたらしい。ガサガサと広げる音が、木々のざわめきと相まっていく。
召喚された時、二人は動揺してまったく気がついていなかったが、まひろはちゃんと懐に紙を入れていたのである。
そんな紙は普通のコピー用紙みたいであった。どう見ても、画用紙のような、しっかりしたものでは無い。少し力を入れれば簡単に破れそうである。サイズは正方形だからか、なんとも言えなかったが、一辺は一〇〇センチ程に見えた。まひろが持つと、余計に大きく見える。
そんな紙を広げてみれば、中央には大きな円が描かれ、さらにその中に五本の線で描かれた星があった。白鉛は驚いた。
「……五行か!」
「……なんだ、それ」
「黒曜、貴様、『安倍晴明』を忘れたわけではあるまい」
「――! ああ、陰陽の!」
「そうだ」
一瞬きょとんとした黒曜へ、呆れながらもある名前を出して思い出させる。さすがに黒曜も忘れることはできなかったのか、すぐに思い出して声を上げた。白鉛は重々しく頷く。まひろは首を傾げていた。
五行の五芒星は、陰陽師の人間が使ったとされている。かの有名な安倍晴明は、少年時代より妖怪が見え、式神を使った。白鉛たちはその姿を遠目に見ていただけだったが、それでも彼の力が強いことは十分理解した。その頃はまだ彼らの力も弱く、若かりし二人は近づくのを避けていた程だった。
白鉛はふむと考える。
魔除けとされる五行を、我らを召喚することに使用するとは。それに、式神とも違うだろうに……。
白鉛はまひろへ問いかける。
「少年、陰陽道を知っているのか?」
「おんみょう……。ちがうよ、ぼくたちは『まほう』っていってる」
まひろが淡々と答える中、驚いたのは妖怪の二人だ。
「ま、ほう……、魔法だと!? 小童、この世界には魔法があるのか!? 魔法が使えるというのか!?」
「うん」
「ええー……、俺らの知ってる『日本』と離れたー……!」
驚いて、でも楽しそうな白鉛と、がっくしと肩を落とす黒曜。なんとも対照的な二人である。
まひろはゆっくりと説明を始めた。
IV
まひろの説明はこうである。
一つ、この世界の魔法は、火、土、風、水、木を元としていること。
二つ、魔法での攻撃は禁じられていること。
三つ、主に使われているのは、召喚魔法と創造魔法であること。
まひろへ分からない点は質問を繰り返しながら、時間をかけて聞き出していく。最初よりは時間を短縮できていたことを、二人は感じ取った。
そして、白鉛は気になった言葉を強調する。
「主に? 主に使われている、とはどういう意味だ?」
まひろはこくりと頷いた後、説明する。
「かんたんなことなら、ほかにもできるよ。ものをうごかしたりとか。でも、そういうのもぜんぶそうぞうまほうにふくまれるの」
「……自分が『創造』して動かすから、ということなのか」
白鉛は長く綺麗な指を顎に当てる。ぽつりと呟かれた言葉は、黒曜がぽんと手を叩いて同意し、逆にまひろは首を傾げて「分からない」と示した。
「五行を使っていることといい、元にしているのは陰陽道かもしれんな」
「でもさ、物を動かせるとか凄い楽じゃね!?」
「馬鹿は黙っていろ。……恐らく、条件がいくつかあるはずだ。何も制限なく使えることはないだろう。我らの能力とも、また違うだろうしな」
楽観的に喜んだ黒曜を一蹴し、白鉛はさらに考える。続けてまひろへ質問をした。
「少年、貴様はどの魔法が使える?」
「しょうかんー。あとはよくしらない。おとうさんも、おかあさんもしょうかんしかつかってなかった」
「親は何を召喚していた」
「ちっちゃなおてつだいさん。おにんぎょうさんみたいなかんじ。てこてこあるく」
その言葉に、白鉛は一つの結論に辿り着く。それも、どうやら陰陽道の一種であるようだった。
「もしや、式神か!」
「また『日本』に近くなってきたー! 平安、平安!」
「やかましい!」
白鉛の言葉に楽観的に喜ぶ黒曜。勝手なリズムで、「平安」と繰り返して喜ぶ彼を、白鉛はバシッと叩いた。まひろはきょとりと目を瞬かせた。ぶーぶー、と黒曜の抗議の声が再度上がるが、それはまたもや無視である。
白鉛は綺麗な指を顎に添えた。まひろの言っていることをよく理解しようと、思考を巡らせる。
黒曜は彼に何を言うでもなく、まひろの手を取って遊び始めた。どうやら、自分が口を挟むことは諦めたらしい。挟んだところで、結果が散々だとやっと学んだようだ。
一方、まひろはというと、黒曜の好きなように手を預けていたが、やがて彼の翼に興味を持ったらしく、だんだんと視線と手がそちらへと動いていく。察した黒曜は「どうしようかなー」と嬉しそうに言葉を発していた。触らせる気満々だが、ちょっとはお預けさせたいらしい。時折、まひろの口から「あー」と声が出る。
……あいつも、なかなかだと思うが。
思考を一時中断させ、そんなことを思う。しかし、すぐに頭を再度切り替え、最終的な結論を出した。
「――決めた」
長く思えた沈黙を、ようやく破った白鉛。小さな攻防が繰り広げられていた、黒曜とまひろは彼を見る。
白鉛はいい笑顔で告げた。
「――いいだろう。暇つぶしに付き合ってやろう。この世界にも多少興味が出てきたことだしな」
「素直じゃねえなー……。というか、やばそうな顔してんよー? 何企んでんのよ、白鉛さん」
黒曜は指摘した。「いい笑顔」とは、本当にそのままいい笑顔をしているわけではない。完全ににやりと笑っている、「ほくそ笑んでる」と言っていい顔だ。正直言って、まだ幼いまひろへ見せたくない顔である。
黒曜はぼそりと、「これが悪人面でーす」とまひろへ紹介した。まひろは聞き取れたのか、もしくは分かっていないのか、首を傾げた。
「人聞きが悪いぞ、馬鹿者。……いまだに『閻魔帳』の記載も止まってはおらん。これなら、裏ヒーローの活動もできる。それに、ここまで来たなら楽しむほうがよかろう」
「まだやるの、それ。というか、本当に悪人の顔してるんだけど。幼い子どもの前でその顔、まじで、やめてほしい」
必死に言ってくる黒曜へ、白鉛は嘲笑する。鼻で笑う、というおまけ付きである。もっとも、そんなおまけは黒曜からしたら不要なものなのだが。彼から言わせれば、「もっといいおまけ寄越せ」と言うだろう。
「それぐらいで良い。俺は正義のヒーローになど、興味はない」
「まじで分かんね」
黒曜は呆れた。やっぱり彼の言い分は分からない。横に首を振ってみせるが、彼は何も言わなかった。恐らく、「勝手に言ってろ」と思っていることだろう。
「少年、いやまひろよ。貴様の願い、しかとこの白鉛が聞き受けた。お前が望むまで、この世界にいよう。ただし、不要になったら、元の世界に戻すのだぞ」
「やったー」
「……素直じゃねえな、本当に」
白鉛は本当に「日本」へ戻ることができるのかなど、考えてはいない。召喚されたからと言って、今の時点で戻れていないのであれば、そういうことであろう、と考えている。戻れないなら仕方がないとは一応思ってはいるが、念の為に少年へ念押しは忘れない。
まひろはまひろで両手を挙げて喜んでいる――ように見えた。多少、顔が緩んでいる気がする。
黒曜は呆れて再度やれやれと首を振ったが、なんだか嬉しかった。てっきり、白鉛は妖怪を知らないこの世界に興味など持たないと思っていたし、まひろの言葉に心が動くこともないと思っていた。優しさをまったく持っていないとは思っていないが、それでもそこまで情が移るとは思ってもみなかった。
何百年とそれなりに長い付き合いでも、知らないことってたくさんあるんだなー……。ま、異世界に召喚されるなんて、この何百年間一度も考えたことなかったけどさ。
黒曜はそこまで考えて、ため息をつく。二人の様子を見守っていれば、白鉛もなんだかんだとまひろへ優しくなりつつある。仕方ないといったように、再度自身の尻尾を向けている彼に、思わず笑みがこぼれた。
三人は、経緯はどうあれ、「家族」になった。そうして、次に動く前に――。
「ちょっと待て」
「……?」
白鉛のストップがかかる。急に入ったそれに、黒曜とまひろは首を傾げた。まひろは何度も首を傾げているが、首を痛めていないのか、とこっそり黒曜が思ったのは別の話である。
白鉛は忘れていたとばかりに、まひろへと詰め寄った。
「まひろ、貴様の親族はどうした?」
「ちょっとー、そろそろ貴様は止めようぜ、白鉛。もう家族でしょ、俺ら。……って、確かに。おじさんがいるんだったよな?」
黒曜もポンと手を打って同意し、まひろへと問いかける。二人の妖怪がじっと見つめてくる中、まひろはぽかんとしていた。
傍から見たら、青年二人が、しかも人間ではない彼らが少年を虐めているように見えそうだが、あいにく彼ら以外いない。何度もこんな光景があったような気もするが、それ自体に触れる者は誰もいなかった。これがいわゆる、「デジャブ」というやつなのかもしれない。
黒曜はまひろが理解していなことを感じ取った。先程、少年が言ってたように「おじちゃん」と言い直してみる。すると、まひろは理解したようで、こくりと頷いた。しかし、それに続いた言葉に、さらに二人は衝撃を受けるのである。
「おじちゃん、おかねもって、どっかいったよ」
「……は?」
本日二度目の、間の抜けた声である。白と黒の言葉は綺麗に重なった。しかし、今回はそれだけでは終わらなかった。
「はああああ!?」
黒曜の叫びが森林へと響き渡ったのだった。
また一波乱、起こりそうである――。
「……ちょっと待て」
ゆっくりと掠れた声で呟くのは、白鉛である。その瞬間、黒曜の頭の中で警報ががんがんに響く。咄嗟に身体が動いた。白鉛が怒りの声を上げるのと、黒曜が彼を羽交い締めにするのはほぼ同時だった。僅かに黒曜のが早かったというのは、余談である。
「小童、説明せよ! 『妖怪』を知らぬとは、どういうことだ!」
「落ち着けって、白鉛! まずはゆっくり話を聞こうぜ!」
白鉛が暴れたことによって、まひろは彼の尻尾から転げ落ちる。そんなに高いところからではなかったからか、転げ落ちてもきょとんとしていた。それを見てなのか、すでに激怒しているのかは分からないが、いまだに白鉛は大声を上げている。
「貴様は何故そこまで落ち着けているのかと先程から言っている! 貴様にはないのか、妖怪としてのプライドが!」
「んー……、ないわけじゃねえけど……」
黒曜は言葉を濁した。
先程までは、少年が大声にびくついていたことに気がついていた白鉛だったが、今じゃまったく気にしていない。先程のフォローは幻覚だったのかと黒曜はつい思ってしまった。
「妖怪」を知らない、そう口から出てきたのは、黒曜にとっても大変ショックだった。白鉛が怒るのも無理はないと思う。しかし――。
仕方がない、とも思うんだよな……。
黒曜は苦笑した。自分たちのいた、「日本」という国と、まさか違うところがこんなところだとは思っていなかったのだ。
むしろ、ここまで日本とそっくりだったことのが、奇跡に近い。それにも正直驚いていた。漢字が使われていないことや、感情が恐らくないことは、意外とすんなり受け入れていた部分があった。
自分たちがいた世界とは違うという時点で、多少の覚悟はしていたつもりだった。しかし、まさか――。
まさか、妖怪が分からないとは……。
日本では、妖怪を見える者が数少ないにせよ、「妖怪という存在がいるのではないか」、という説は流れていた。それを人間が証明出来るにせよ、出来ないにせよ、その話は黒曜たちの耳にも届いていた。アニメや漫画といった、娯楽にも妖怪を題材にしたものはあった。妖怪の存在を日本では信じている部分があったのだ。
しかし、この世界では、「妖怪」を知られていない。となれば、完全に謎ができてしまった。
「妖怪」を知らないまひろが、何故自分たちを召喚できたのか――。
もう少し、まひろへ質問を続けなければいけないようであった。
余儀なくされたことを察知した黒曜とは、打って変わっていまだに喚いている白鉛。
しかし、数分後、多少落ち着いたのか、乱れていた息を整えていく。いまだに羽交い締めにしていた彼を見つめていると、やがて小さく「離せ」と聞こえてきた。黒曜はあっさりと離した。
その間もぽけーと見ていたのは、件の少年、まひろである。黒曜はまひろの目線に合わせてしゃがんだ。再度少年の瞳に黒曜の姿が映る。逆に、すっかり機嫌を悪くした白鉛は、尻尾を一度大きく動かした後、そっぽを向いた。
どっちが子供なんだか……。
黒曜は呆れたが、絶対に言葉にはしなかった。余計に面倒なことになるのは、百も承知だったからだ。
苦笑した後、まひろへ質問をすることにした。
「まひろくん、『妖怪』を知らないのか」
「しらない。はじめてきいた。おとうさんも、おかあさんも、そんなことばはいってなかったよ」
「そうかー」
黒曜はそこまで聞いて質問を変えることにした。分かる言葉を探すことにする。
「じゃあ、霊は? 幽霊」
「ゆうれいって……」
「えっと、英語だと、ゴースト、かな?」
「わかるー」
「小童、貴様……!」
「待った、待った! まひろくんは悪くないだろ!」
まひろと黒曜の話をしっかりと聞いていた白鉛がゆらりと揺れる。怒りの声が再度上がりそうになったのを、黒曜は慌ててストップをかけた。まひろを腕の中に入れ、守るように白鉛へ背を向ける。一応、白鉛は止まった。大きな舌打ちは、この際聞こえなかったことにする。まひろはまたもやきょとんとしているだけだった。
白鉛は、妖怪として、かなり高いプライドを持っている。彼は妖怪であることに、誇りを持っているのだ。それが、目の前の少年によって崩され、知らないとまで言われてしまった。恐らく、彼の心はズタズタのボロボロであろう。さらに、言ってしまうと、一度切れた彼は大変面倒である。
まひろがきょとんとして、首を傾げた。黒曜は苦笑するしかなかった。
この二人の間にいると、俺疲れそうー……。
現在進行形で疲れていることには、触れない、触れたくない。黒曜は見て見ぬふりをし、まひろへの質問を続けた。質問を再開する前に、まひろを腕から解放することは忘れない。
「ゴーストは分かるんだ。じゃあ、天使とか悪魔は?」
「……」
首を傾げる少年へ、言い直してみる。
「エンジェルとデビル」
「わかるー」
「じゃあ、神様は?」
「わかるー」
黒曜の質問をちゃんと聞き、分からなければ首を傾げ、分かれば手を挙げて返答するまひろ。これだけ見ていれば、大変可愛らしい光景のはずだが、今の状況がそうはさせなかった。
「狐は?」
「わかるー」
「九尾の狐」
「……わかんない」
「カラスは?」
「わかるー」
「烏天狗」
「……わかんない」
何度か質問を繰り返していくうちに、感情はないにせよ、黒曜には表情が豊かに見えた。イントネーションがまったくなくても、見た目が多少変化するからか、なんとなく嬉しそうだとか、なんとなく残念そうだとか、そんなことだがしっかりと感じる。しかし、この少年に嬉しいか、残念か、と聞いても首を傾げるであろうことは容易に想像ができた。
やはり「妖怪」に関しては分からないらしい。日本語で聞いても、ピンと来てないものもあった。カタカナ英語を意外と使っているのかもしれない。
……俺たちが、こうだったなら、どうしていたんだろう。
黒曜はふとそんなことを考えた。
Ⅱ
自分たちがいた、「日本」という国は、戦争もなく、大小の事件は起きるものの、まさに「平和」という言葉が当てはまる国だったと思う。しかし、その「平和」の基準は、自分たちが生きてきた環境の一つに過ぎない。
この少年たちは、この世界でこれが「平和」なのだろう。感情がなくても、言葉は伝わって、知らない言葉があるとは思ってなくて。難しい言葉でも、意味が分かっていれば、「知って」いて。けど、それは自分が「理解」できても、「実感」はできなくて――。
それって、「平和」の中だとしても、本当は悲しいことなんじゃないか。黒曜はそう思った。
もちろん、自分たちが生きてきた世界があってこそ考えられる結論だということも、理解している。もし、自分が本当に少年と、まひろと同じ世界にいたとしたら、恐らくそんなことを疑問には思わないはずだ。
だが、と思う。思ってしまう。
せっかく、この世界に生まれて、考えることが、想いを伝えることができる人間なのに、「感情」がないって……。俺なら、耐えられないかも。
生きているのに、生きている実感が、人間である意味がないような、そんな気がしてしまうのは、何故なのだろうか――。
俺って、貪欲なのかな……。
妖怪は、人間よりも寿命が遥かに長い。人間がどんな世界を創っていくのか、どう生きていくのか――。黒曜たちは長い目で見てきたのである。中には、見たくもない血にまみれた時代もあった。だが、そんな間違いもあったからこそ、人間は平和な世界を求めて動いてきた、黒曜はそう思うのである。
……人間って、凄いんだよな。
特別な力がなくても、敵対することがあっても、必死に言葉を交わして、手を取り合って、助け合って生きていく。妖怪より遥かに短い生命でも、懸命に生きて、大輪の花を咲かせていく。世界を、少しでも、たった一歩だとしても、変えていくのだ。
だから、黒曜は人間を凄いと思う。
……俺は、この子に何かしてあげることが、できるのだろうか。
黒曜はまひろをじっと見つめる。小さな頭へ手を伸ばした。ゆっくりと撫でて、その温かさをしっかりと感じる。まひろはぽけーとしていたが、その手を拒むことはなかった。
手はそのままに、黒曜はゆっくりと問う。
「……なあ、まひろくん。俺たちにどうして欲しい?」
「どう……」
「俺たちを呼び出した理由が、寂しかっただけじゃないんだろう?」
黒曜は確信を持っているかのように告げたのだった。
Ⅲ
白鉛は目を見張った。目の前の黒曜の表情を初めて見たのだ。慈愛に満ちた、と言うのだろうか。穏やかな、それでいて温かい笑み。いつもの快活な、元気な笑い方とはまた別のその笑みは、何故かいつも見ている彼ではないような気がしてしまう。
……長い付き合いだとは思っていたが、それでもまだ知らないことはあるのか。
白鉛は近くにあるようで、すごく遠い空を眺めた。雲がゆっくりと流れていく、綺麗な青空。普通にあるものなのに、何故かとても綺麗に見えた。
一つゆっくりと息を吐き出す。はあ、と自分でも妙に声が大きく感じた。それから、視線を戻して、二人の様子を眺める。先程までの怒りは、知らない間にどこかへ行ってしまっていた。
……妖怪を知らない世界。それ自身に腹が立つことは否定できない。しかし、ならば何故あの少年が我らを召喚することができたのか。召喚の方法に、何かヒントでもあるというのか。
白鉛は口を挟みたくなるのを必死に堪え、二人の会話へと耳を傾ける。少年の言葉を黒曜だけでなく、白鉛も待った。
白鉛は、少年が、まひろが悪いとは思っていない。別に怒りたくもない。しかし、この感情をどこにぶつけていいのか、目の前にいる少年以外にいなかったのだ。森林に手を出そうものなら、恐らくここら一体はすべて燃やし尽くされていたはずだ。
やれやれ、冷静になれないのは、この状況だからか。
言葉を待ちながら、少し、ほんの少しだけ反省する。
そんな白鉛のことなど露知らず。
黒曜が多少ハラハラしながら、まひろを急かすことなく見守っていると、やがて小さな声でぽつりと呟かれた。
「……ぼくの、そばにいて」
「――!」
二人が息を呑むのは、同時だった。咄嗟に言葉は出なかったが、ちゃんと小さな声は二人の耳に届いている。
「だれも、いないいえが、あんなにくらいところだって、しらなかったの。いやな、かんじがするの」
ぽつり、ぽつりと紡がれるその言葉は、二人の心に突き刺さる。
黒曜は思った。ああ、この子は家にいたくないんだ、と。今まで両親と暮らしていた家が、急に誰もいなくなって、真っ暗になって。寂しくて、怖くて、真っ暗で心細かったのではないか。なんとも言えない感情が、黒曜を支配する。
白鉛は思った。これが、感情を持たない人間だというのか、と。根本的なことは分からなくても、しっかりと感じているのだ。少年は自分の思いに気がついている。それがどういうものなのか、まだ理解出来ていないのだ。唐突に直面したそれに、どうしていいのか戸惑っているのだ、と。それに加えて、白鉛は一つ、もしかしたら、と考えた。
……もしや、この世界の人間は、学べば理解するのではないか。
まひろは「誰もいない家があんなに暗いところだと知らなかった」と言った。言葉を教え合う、つまりそれは「学ぶ」ことでもある。まひろが今回初めて学んだことによって、「寂しい」ことを理解したのだ。
もしかしたら、もしかするかもな……。
白鉛は一人考えた。それを証明することが、もしかしたら出来るかもしれない。
少年の言葉はやっぱりイントネーションがまったくなかった。それでも、確実に二人に届いていた。
黒曜は泣きそうになりながら、必死に耐えてまひろをぎゅっと抱きしめる。
「……任せて、今日から俺がお兄ちゃんだよー!」
「貴様はおかんだろう」
「何おう!?」
「兄」と名乗った黒曜へ、「母」だと訂正した白鉛。黒曜はギャーギャーと抗議の声を上げる。そんなことは完全無視し、白鉛はまひろを上から見下ろす。顔を近づけてじっと見てくる彼へ返ってくるのは、きょとんとした瞳だけだった。しばしお互いに見ていると、ゆっくりと白鉛は言葉を紡いだ。
「――少年、我らを召喚した方法は覚えているな」
「うん」
まひろはこくりと頷いた。先程と変わらずに、イントネーションがまったくない。
黒曜が腕から解放すると、まひろは地面へ大きな紙を広げた。二人を召喚した後も、ずっと持っていたらしい。ガサガサと広げる音が、木々のざわめきと相まっていく。
召喚された時、二人は動揺してまったく気がついていなかったが、まひろはちゃんと懐に紙を入れていたのである。
そんな紙は普通のコピー用紙みたいであった。どう見ても、画用紙のような、しっかりしたものでは無い。少し力を入れれば簡単に破れそうである。サイズは正方形だからか、なんとも言えなかったが、一辺は一〇〇センチ程に見えた。まひろが持つと、余計に大きく見える。
そんな紙を広げてみれば、中央には大きな円が描かれ、さらにその中に五本の線で描かれた星があった。白鉛は驚いた。
「……五行か!」
「……なんだ、それ」
「黒曜、貴様、『安倍晴明』を忘れたわけではあるまい」
「――! ああ、陰陽の!」
「そうだ」
一瞬きょとんとした黒曜へ、呆れながらもある名前を出して思い出させる。さすがに黒曜も忘れることはできなかったのか、すぐに思い出して声を上げた。白鉛は重々しく頷く。まひろは首を傾げていた。
五行の五芒星は、陰陽師の人間が使ったとされている。かの有名な安倍晴明は、少年時代より妖怪が見え、式神を使った。白鉛たちはその姿を遠目に見ていただけだったが、それでも彼の力が強いことは十分理解した。その頃はまだ彼らの力も弱く、若かりし二人は近づくのを避けていた程だった。
白鉛はふむと考える。
魔除けとされる五行を、我らを召喚することに使用するとは。それに、式神とも違うだろうに……。
白鉛はまひろへ問いかける。
「少年、陰陽道を知っているのか?」
「おんみょう……。ちがうよ、ぼくたちは『まほう』っていってる」
まひろが淡々と答える中、驚いたのは妖怪の二人だ。
「ま、ほう……、魔法だと!? 小童、この世界には魔法があるのか!? 魔法が使えるというのか!?」
「うん」
「ええー……、俺らの知ってる『日本』と離れたー……!」
驚いて、でも楽しそうな白鉛と、がっくしと肩を落とす黒曜。なんとも対照的な二人である。
まひろはゆっくりと説明を始めた。
IV
まひろの説明はこうである。
一つ、この世界の魔法は、火、土、風、水、木を元としていること。
二つ、魔法での攻撃は禁じられていること。
三つ、主に使われているのは、召喚魔法と創造魔法であること。
まひろへ分からない点は質問を繰り返しながら、時間をかけて聞き出していく。最初よりは時間を短縮できていたことを、二人は感じ取った。
そして、白鉛は気になった言葉を強調する。
「主に? 主に使われている、とはどういう意味だ?」
まひろはこくりと頷いた後、説明する。
「かんたんなことなら、ほかにもできるよ。ものをうごかしたりとか。でも、そういうのもぜんぶそうぞうまほうにふくまれるの」
「……自分が『創造』して動かすから、ということなのか」
白鉛は長く綺麗な指を顎に当てる。ぽつりと呟かれた言葉は、黒曜がぽんと手を叩いて同意し、逆にまひろは首を傾げて「分からない」と示した。
「五行を使っていることといい、元にしているのは陰陽道かもしれんな」
「でもさ、物を動かせるとか凄い楽じゃね!?」
「馬鹿は黙っていろ。……恐らく、条件がいくつかあるはずだ。何も制限なく使えることはないだろう。我らの能力とも、また違うだろうしな」
楽観的に喜んだ黒曜を一蹴し、白鉛はさらに考える。続けてまひろへ質問をした。
「少年、貴様はどの魔法が使える?」
「しょうかんー。あとはよくしらない。おとうさんも、おかあさんもしょうかんしかつかってなかった」
「親は何を召喚していた」
「ちっちゃなおてつだいさん。おにんぎょうさんみたいなかんじ。てこてこあるく」
その言葉に、白鉛は一つの結論に辿り着く。それも、どうやら陰陽道の一種であるようだった。
「もしや、式神か!」
「また『日本』に近くなってきたー! 平安、平安!」
「やかましい!」
白鉛の言葉に楽観的に喜ぶ黒曜。勝手なリズムで、「平安」と繰り返して喜ぶ彼を、白鉛はバシッと叩いた。まひろはきょとりと目を瞬かせた。ぶーぶー、と黒曜の抗議の声が再度上がるが、それはまたもや無視である。
白鉛は綺麗な指を顎に添えた。まひろの言っていることをよく理解しようと、思考を巡らせる。
黒曜は彼に何を言うでもなく、まひろの手を取って遊び始めた。どうやら、自分が口を挟むことは諦めたらしい。挟んだところで、結果が散々だとやっと学んだようだ。
一方、まひろはというと、黒曜の好きなように手を預けていたが、やがて彼の翼に興味を持ったらしく、だんだんと視線と手がそちらへと動いていく。察した黒曜は「どうしようかなー」と嬉しそうに言葉を発していた。触らせる気満々だが、ちょっとはお預けさせたいらしい。時折、まひろの口から「あー」と声が出る。
……あいつも、なかなかだと思うが。
思考を一時中断させ、そんなことを思う。しかし、すぐに頭を再度切り替え、最終的な結論を出した。
「――決めた」
長く思えた沈黙を、ようやく破った白鉛。小さな攻防が繰り広げられていた、黒曜とまひろは彼を見る。
白鉛はいい笑顔で告げた。
「――いいだろう。暇つぶしに付き合ってやろう。この世界にも多少興味が出てきたことだしな」
「素直じゃねえなー……。というか、やばそうな顔してんよー? 何企んでんのよ、白鉛さん」
黒曜は指摘した。「いい笑顔」とは、本当にそのままいい笑顔をしているわけではない。完全ににやりと笑っている、「ほくそ笑んでる」と言っていい顔だ。正直言って、まだ幼いまひろへ見せたくない顔である。
黒曜はぼそりと、「これが悪人面でーす」とまひろへ紹介した。まひろは聞き取れたのか、もしくは分かっていないのか、首を傾げた。
「人聞きが悪いぞ、馬鹿者。……いまだに『閻魔帳』の記載も止まってはおらん。これなら、裏ヒーローの活動もできる。それに、ここまで来たなら楽しむほうがよかろう」
「まだやるの、それ。というか、本当に悪人の顔してるんだけど。幼い子どもの前でその顔、まじで、やめてほしい」
必死に言ってくる黒曜へ、白鉛は嘲笑する。鼻で笑う、というおまけ付きである。もっとも、そんなおまけは黒曜からしたら不要なものなのだが。彼から言わせれば、「もっといいおまけ寄越せ」と言うだろう。
「それぐらいで良い。俺は正義のヒーローになど、興味はない」
「まじで分かんね」
黒曜は呆れた。やっぱり彼の言い分は分からない。横に首を振ってみせるが、彼は何も言わなかった。恐らく、「勝手に言ってろ」と思っていることだろう。
「少年、いやまひろよ。貴様の願い、しかとこの白鉛が聞き受けた。お前が望むまで、この世界にいよう。ただし、不要になったら、元の世界に戻すのだぞ」
「やったー」
「……素直じゃねえな、本当に」
白鉛は本当に「日本」へ戻ることができるのかなど、考えてはいない。召喚されたからと言って、今の時点で戻れていないのであれば、そういうことであろう、と考えている。戻れないなら仕方がないとは一応思ってはいるが、念の為に少年へ念押しは忘れない。
まひろはまひろで両手を挙げて喜んでいる――ように見えた。多少、顔が緩んでいる気がする。
黒曜は呆れて再度やれやれと首を振ったが、なんだか嬉しかった。てっきり、白鉛は妖怪を知らないこの世界に興味など持たないと思っていたし、まひろの言葉に心が動くこともないと思っていた。優しさをまったく持っていないとは思っていないが、それでもそこまで情が移るとは思ってもみなかった。
何百年とそれなりに長い付き合いでも、知らないことってたくさんあるんだなー……。ま、異世界に召喚されるなんて、この何百年間一度も考えたことなかったけどさ。
黒曜はそこまで考えて、ため息をつく。二人の様子を見守っていれば、白鉛もなんだかんだとまひろへ優しくなりつつある。仕方ないといったように、再度自身の尻尾を向けている彼に、思わず笑みがこぼれた。
三人は、経緯はどうあれ、「家族」になった。そうして、次に動く前に――。
「ちょっと待て」
「……?」
白鉛のストップがかかる。急に入ったそれに、黒曜とまひろは首を傾げた。まひろは何度も首を傾げているが、首を痛めていないのか、とこっそり黒曜が思ったのは別の話である。
白鉛は忘れていたとばかりに、まひろへと詰め寄った。
「まひろ、貴様の親族はどうした?」
「ちょっとー、そろそろ貴様は止めようぜ、白鉛。もう家族でしょ、俺ら。……って、確かに。おじさんがいるんだったよな?」
黒曜もポンと手を打って同意し、まひろへと問いかける。二人の妖怪がじっと見つめてくる中、まひろはぽかんとしていた。
傍から見たら、青年二人が、しかも人間ではない彼らが少年を虐めているように見えそうだが、あいにく彼ら以外いない。何度もこんな光景があったような気もするが、それ自体に触れる者は誰もいなかった。これがいわゆる、「デジャブ」というやつなのかもしれない。
黒曜はまひろが理解していなことを感じ取った。先程、少年が言ってたように「おじちゃん」と言い直してみる。すると、まひろは理解したようで、こくりと頷いた。しかし、それに続いた言葉に、さらに二人は衝撃を受けるのである。
「おじちゃん、おかねもって、どっかいったよ」
「……は?」
本日二度目の、間の抜けた声である。白と黒の言葉は綺麗に重なった。しかし、今回はそれだけでは終わらなかった。
「はああああ!?」
黒曜の叫びが森林へと響き渡ったのだった。
また一波乱、起こりそうである――。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
千年王国 魔王再臨
yahimoti
ファンタジー
ロストヒストリーワールド ファーストバージョンの世界の魔王に転生した。いきなり勇者に討伐された。
1000年後に復活はした。
でも集めた魔核の欠片が少なかったせいでなんかちっちゃい。
3人の人化した魔物お姉ちゃんに育てられ、平穏に暮らしたいのになぜか勇者に懐かれちゃう。
まずいよー。
魔王ってバレたらまた討伐されちゃうよー。
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる