スキル【爪】だが最強なんだぜ、俺は

色彩和

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第一章 少女との出会い

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 Ⅰ

 青年――フォイ・クローゼは森の中で移動していた。木から木へと飛び移り、凄まじい勢いで森の中を通り過ぎていく。さすがは獣人と言ったところか。バランス感覚や体幹が鍛えられていて、木から落ちる気配は一切なかった。
 フォイが急くようにして森の中を動き回っているのには、理由があった。
 一度木の上で足を止め、鼻をひくつかせる。鼻の見た目は人間と同じであったが、その能力は人間よりも遥かに高いもので。
「……濃くなったな、人間の匂い」
 フォイは何度か鼻を使って匂いを嗅ぎ、匂いの濃い方向を確認する。方向が分かると跳躍し、高速で移動して行った。白銀の長い髪が緩くまとめられているため、束となって風に巻き込まれていた。手には黒のフィンガーレスグローブがされており、足はブーツで覆われている。人間との違いは、一見白銀の狼の耳と尻尾だけのように見えていた。
 フォイは狼の獣人である。だからなのか、鼻がよく利くのだ。相手とかなりの距離があろうが、相手の匂いが薄かろうが、多少難しい状況だとしてもフォイには関係なかった。
 ……それにしても、おかしい。
 フォイは移動しながらも気になることがあった。足は止めないものの、頭は動いていく。
 フォイがこの森に来たのは、三日前。捜しものがあったがために立ち寄ったのだ。まだすべてを回りきれていない広く大きな森の中で、フォイはほとんど動き回っていた。
 だが、何故か今日になって森の中がやけに騒がしい。広く大きな森であるはずなのに、数日前とは違い、森のあらゆる場所で動物たちの声が上がる。獣人であるフォイが話を聞いてみれば、フォイ以外にもこの森に訪れた者がいると言うではないか。しかも、それは人間であるらしい。
 ……だとしても、おかしい。
 人間であるのは問題ない。ただ、フォイは彼らの行動が気になっているのだ。
 フォイが確認した人間の匂いは、すべてで六つ。男性、女性ともに三人ずつの匂いだ。女性の中の二つの匂いは香水か何かをつけているのか、フォイの鼻はひん曲がりそうになったというのは、余談である。
 だが、その六つの匂いのうち、一つが団体からかけ離れた場所をさまよっていた。団体になっているほうへと向かっている様子だが、その距離は少しずつ開いていく一方である。一つの匂いがどんどん置いていかれている状態なのだ。
 仲間割れか、それとも囮なのか……。
 フォイは先を急ぐ。ただでさえ結構なスピードが出ているのに、それをさらに超えていく。音を追い越すかのように、白銀の流星になったかのように駆けて行った。
 特に相手のことは気にしていなかった。団体のことも、離れている一つのことも、気にはなるものの相手にしようとは考えていない。
 だが、森の中にはまだ探せていないがあるかもしれない。数日探してみたものの、まだそれは見つかっていないのだ。今頃来た人間にこの森を荒らされて、さらに取られたらシャレにならないのだ。
「……荒らされないと良いのだが」
 すでに動物たちからは不満の声が上がっている。それはフォイに向けてではなく、後から来た人間たちに向けたもので。彼らは森へ自分勝手な振る舞いをしているらしく、森を荒らし、汚し、そのまま奥へと進んでいるようだ。動物たちが怒りを露わにするのも時間の問題だろう。
 フォイが獣人だからなのか、動物たちとは仲が良い。モンスター相手なら問答無用で倒すが、動物たちとは協力関係であり、仲間意識がある。今もなお、森の中で飛び交っている動物たちの声は情報共有しているものだ。彼らの声が届くたびに、フォイの耳がピクリと反応を示す。
「……これ以上、荒らされないと良いのだが」
 フォイはフォッグとサンセットのオッドアイを周囲へと張り巡らせる。時折、耳が森のざわめきや動物たちの怒りの声を拾い、鼻が人間の匂いを辿っていく。
 それにしても、とフォイは思う。
 ……やたらと騒がしい集団だ。何か愚痴を零しているのか、怒りの声が届くな。一人のほうも喚いているように聞こえるが、どちらかと言えば泣き言か。ならば、まずは一人のほうへ会いに行くとするか。
 わざわざ敵意を向ける必要はない。だが、森をアラストなれば話は別だ。
 動物たちが暴れ出す前にも、そして自分の捜しもののためにも――。
「……手を出されたその時は――」
 フォイは隠された牙を剥き出しにする。その牙に微かな陽光が当たり、刃物のように鋭い光を解き放っていたのであった。



 Ⅱ

 ――ここは、人里から離れた広く大きな森。通称「闇夜の森」。


 微かな陽光しか森の中に入らないため、そう呼ばれている。暗く闇が広がっているこの森には、一般の人はなかなか近付こうとはしない。
 その森ならフォイの捜しものがあるのではないかと踏んでここまで来たのだ。
 ここに来たのは偶然だが、フォイはここで――。

 ――運命的な出会いをする。


 フォイは匂いを頼りに一人の人間を追う。単独で行動している者はあっちへ行ったり、こっちへ行ったりと大忙しだ。ただ、探しているものがあるというよりも、道を探してさまよっているという感じであった。
 道を探している、というのは帰る道なのか、それとも……。
 フォイはそう考えつつ、徐々に目的の人物に近付いていく。
 そして、オッドアイの視界に捉え――。
「――見つけた」
 フォイはそう言いつつ木から飛び降り、目的の人物の背後に音を立てながら着地する。
 すると、目の前の人物は大袈裟なくらいに悲鳴を上げて飛び退いた。近くの木に背中を預けてフォイへと怯えた視線を向ける。
 これに驚いたのはフォイだ。ぱちくりと目を瞬いて、ゆっくりと立ち上がる。
 そんなに驚かせたか……?    それに、集団とはまったく違う様子のように見える……。
 荒々しく、騒がしい集団の行動とは全然反応が違う。弱気で、怯えて、自信がなさそうで。本当に集団とはまったく関係がないのかと思ってしまう。
 確かに、フォイは移動中気配を消していた。気配を出したのは着地する直前だった。だが、最後はちゃんと音を出して着地したというのに。逆に、急に音がしたからだと言うのだろうか。
 そうしたら、警戒心が薄い、ってことにならないか……。一人で、しかもこんな森の中。何が起こるかなんて分からないというのに……、危機感がないとでもいうのか。
 フォイは目の前の人物に視線を向ける。見れば、自分よりも歳が下の少女であった。長い黒髪を揺らし、魔法を使うのか木の杖をギュッと両手で握っている。少女は壊れたブリキのようにギギギ……と首を動かす。フォイと視線が一瞬合うものの、すぐに逸らされた。遠慮がちに口が開かれる。
「あ、あの……」
「単独でやたらとさまよっているように見えたが、目的はなんだ」
「え、えっとー……」
 少女の歯切れが悪い。
 言い難い、と言うよりも、恐怖のが増しているように見えるな。それにしても……。
 フォイは少女の言葉を待つことなく、少女にゆっくりと近付いていく。少女が怯えて身体を縮こませる中、フォイは気にすることなく顔をグイッと寄せて鼻を動かす。
 少女は短い悲鳴を上げつつも、逃げることなくその場に座り込む。いや、逃げようにも身体に力が入らないのだろう。木に寄りかかるかのように力無く預けていた。
 フォイは何度か鼻を動かしたあと、ポツリと呟く。
「……魔法の匂い」
「へ……?」
 少女の口から戸惑いの声が零れ落ちる。
 フォイはそれを気にすることなく、ふむと顎に手を添えた。
 強い魔法の匂い……。誰かにかけられた様子ではない。もしや……。
「……お前、魔法士か」
 フォイが問いかければ、少女はビクリと身体を震わしてからおずおずと告げる。
「……ち、治癒、魔法士、です」
 少女の言葉は、最後のほうは声が小さくなっていたが、フォイの耳にはしっかりと届いていた。フォイはその言葉に目を光らせる。オッドアイの瞳が強く光を放っていた。
 その光に怯えたのか、少女が体を強ばらせた。
 フォイは気にせずに言葉を零す。
「……見つけた」
「な、何……っ」
「お前、どこかに所属しているのか」
 少女の戸惑いの声は無視して、フォイは矢継ぎ早に問いかける。目を輝かせて問いかけるが、少女の顔は反対に暗くなっていって。
「……ゆ、勇者、パーティに」
「……先を越されたか」
 フォイは思わず舌打ちをする。ようやく第一の目的を達成できるかと思えば、残念な結果になってしまった。
 ふと、フォイの頭に疑問が生じる。
 パーティに所属している、だと……。
 今、目の前の少女は一人で。パーティに所属しているとなれば、誰か他にメンバーがいてもおかしくないはずだ。となれば、先ほどの別に動いている集団が可能性としては高いわけで。
 フォイは先ほどとは違って、目を細めて問いかける。
「……何故、一人なんだ」
 フォイが強めの口調で尋ねれば、少女はまた身体を強ばらせて。しばらく顔を俯かせて黙っていたものの、ポツリ、ポツリと言葉を紡ぎ始めた。
「お、置いて、行かれました……。私が、遅いから……。けど、追いつかないと……、また……」
「……また」
「また、怒られるっ……!」
 少女の瞳から雫が零れ落ちる。ギュウッと手にしていた杖を握る力を強くし、自分を守るかのように身体を小さくした。
 フォイが促さなかったら、言葉を紡がなかったかもしれない。フォイは少女のすすり泣きを耳にしながら目を細めた。
 これが、彼女の日常とでも言うのか。それが、普通だとでも言うのか。納得しているのか……。
 納得などしていないのだろう。だが、諦めている。彼女の心は諦めて、従うしかないと思っているのだ。
 フォイは一つ息を零し、それから腕を組んで近くの気に背を預けた。それから告げる。
「……しかし、妙な話だ。お前ほどの者を怒れるとは」
「……へ?」
 フォイの言葉に、少女が顔を上げる。ぱちくりと目を瞬く少女を見て、フォイはため息をついた。
「なんだ、気がついていないのか。お前の魔法量、相当なものだぞ。……先ほど、お前の仲間らしき奴らの匂いも嗅いだが、奴らはお前の足元にも及ばない。ダントツでお前が一番だ」
「そ、そんなこと……!    だ、だって、私っ、できそこないって、お荷物、だって……」
 少女は自分で言って辛くなったのか、顔をより曇らせて俯かせる。
 だが、フォイはあっけらかんと告げた。
「いや、違う。お前がダントツに上だ、ダントツに秀でている。……お前の本来の実力が出ていないのは装備にも話があるのだろうが、見下されるのはその弱気のせいだろうな」
 フォイは呆れたとばかりに告げていく。
 彼女が勇者パーティに所属している、その話にはすぐに納得した。だが、彼女がお荷物だと言われるのは納得がいかなかった。どう考えてもあのパーティ全員をまとめても、少女には匹敵しないだろう。それどころか、足元にも及ばないと思っている。
 彼女が強く出られないのを良いことに、言いたい放題なのだろうが……。それにしても、勇者とはそれほどまでにクズなのだろうか。
 フォイが思考に浸っていれば、少女の視線が向けられていることに気がついた。
 だが、少女は何も言わない。ただ、信じられないとばかりにフォイの話を聞いているのだろう。
 フォイは一つ息をついてから、少女の視線に合わせるようにしゃがみこむ。そして、鼻先を合わせるかのように顔を近付けて断言した。
「……お前の自由だ。置いていかれたというのに、戻る必要もあるまい。奴らの元に戻るも戻らないも、お前が選べ。その選択に怒るほうが間違っている」
 フォイが少女の瞳を捉えたまま告げれば、少女は困った顔をした。
 それからしばらく沈黙が辺りを包んでいたが、やがて少女は言葉を紡ぐ。だが、その表情は今にも泣き出しそうであった。
「……ごめんなさい、私は逃げられない、から……。戻ります……」
 フォイにぺこりと頭を下げた少女は、すぐに駆け始めた。方向も分かっていなさそうなのに、何かを根拠に走って行く。
 フォイはその後ろ姿を見ながら、深くため息をついた。
 恐怖で支配されている、という見解で良さそうだな……。少し、様子を見るか。……できれば、彼女は手にしておきたいしな。それに――。
 フォイは「カヒッ」と笑うと、少女の後を追いかける。木の上に登って、音も気配も消して、一定の距離を保ったまま追った。

 静かな森の中、決戦が近づいていたのであった――。



 Ⅲ

 少女は森をさまよいながらも、時間をかけてパーティに戻ることに成功していた。ようやく後ろ姿を見つけて音を立てながら合流しようとすると、草木がザワついたからだろう、パーティ一行が全員振り返る。警戒しながら振り返ったその姿に、少女は恐怖したがその気持ちを押し殺した。
 少女の姿を見て、パーティ一行が全員顔を歪める。
「なんだよ、てめえかよ。驚かすんじゃねえよ」
「っていうかさー、あんたどこ行ってたの?    気が付かなかったんだけど」
 口々に責められる言葉を投げかけられながらも、少女はただ顔を俯かせて謝罪を繰り返す。
 すると、一人の男の手が少女に向かって伸びた。その手は少女の長い髪を捉えて、グイッと力任せに引っ張っていく。数本、髪が力任せに抜かれ、ブチッと悲しい音を鳴らせた。
「いたっ……!」
 少女が痛みを訴えるが、その声は彼らには届かないらしい。
 少女の髪を捉えたのは、このパーティの筆頭である勇者で。彼は下卑た笑いをしながら告げた。
「勝手にいなくなって、俺の手を煩わせるなんて。何回言えば理解するんだろうなあ、お前の頭は?」
「ご、ごめんなさっ……!」
 少女の悲痛な声が森の中に響く。
 一方、フォイはそれを観察していたものの、我慢ができなくなった。気配や音を出すようにして、木からガサリと飛び降りる。その音にパーティ全員が振り返ったようだが、フォイは気にすることなく着地して、彼らに向かってゆっくりと足を運んだ。右手をグワッと開かせると、ゴキリと音が鳴る。
 ――準備運動は、万全だ。
 彼らの視線がフォイに刺さる中、フォイは口を開く。
「……お前が、勇者なのか」
 フォイが言葉を紡げば、勇者はピクリと反応を示した。
 勇者の手の中にいる少女は驚いて目を見開いていた。
 勇者が口を開くかと思っていれば、先に口を開いたのはパーティに所属している他の女性二人で。彼女たちはフォイを見て黄色い悲鳴を上げる。
「やだ、イケメンじゃない」
「えー、なんでこんなところにいるのー?    お兄さん、私の好みー!」
 フォイはチラリと女性二人に視線を向ける。だが、すぐにその視線は勇者へと戻され、興味を示すことなく会話を続けていく。
「……お前に、用があって来た、勇者」
「……勇者の俺に、随分と偉そうな口をきくんだな」
 勇者はフォイの口調が癇に障るようで。口元をヒクつかせながら、笑顔を作っていた。
 だが、フォイはそれをフッと鼻で笑ってやり、勇者の反応を楽しむかのように会話を続ける。
「お前のところに所属しているって聞いた。そこの少女」
 フォイが顎で少女を示す。
 すると、勇者はニコリと微笑んだ。
「なんだ、こいつを助けてくれたのか。手をかけさせたね」
 勇者は少女の髪を一層強く引く。少女が悲鳴を上げるが、仲間は誰一人として助ける気配はなさそうである。それどころか、汚い笑い声が飛び交っている。
 ……クズ共が。こんな勇者、俺なら願い下げだな。
 フォイはそう思いつつ、勇者の言葉に返すかのように告げた。
「――その代わりと言ってはなんだが、お前が不要ならその少女、俺にくれねえか」
「何っ……?」
 フォイの言葉に、勇者は怪訝そうな顔をする。何か言いたげな勇者の顔を見つつ、フォイは続けた。
「彼女は治癒魔法士だと聞いた。彼女に手伝ってもらいたい案件がある。見たところ、この場所には彼女の居場所はないようだ。不要だと言うのなら、俺にくれ」
 フォイが右手を差し出せば、勇者はピクリとも動かなかった。
 出し惜しみをしているのか、それとも渡したくない理由でもあるのか……。渡したくないとするなら、自分のストレス発散がいなくなる、ってところかもな。
 フォイが予想を立てている中、色めき立った女性二人の声が再度割って入る。
「えー、私はあ?」
「そんな役たたずよりも、私のが役に立つし、綺麗でしょう?」
 女性二人も魔法士なのか、フォイに色仕掛けをしてくる。
 だが、フォイはそれを鼻で笑い、興味がないとばかりに素っ気なく告げる。チラリと向けた視線は、彼女たちをまったく見ていなかった。
「雑魚には興味がない。それに、は尚更嫌いだ。他を当たるんだな」
 フォイがヒラヒラと手のひらを振れば、女性二人は顔を真っ赤にさせて怒りを露わにする。
 何やらギャーギャーと文句を言っているが、フォイは無視した。会話へと意識を戻す。
「その代わり、少女をくれたら礼はする。パーティのメンバーを貰うんだからな」
 すると、勇者はニヤリと笑って告げる。
「なんだ、よく分かっているじゃないか。そうだな……、金貨を積み上げれば考えてやらないこともない」
 フォイはその言葉に眉を寄せる。だが、それは一瞬でフォイが今度はニヤリと笑った。
「いや、もっと良いものだ」
 フォイの言葉に、勇者やその一行は少しばかり目を輝かせる。だが、その期待の目は一瞬で怒りに変わることになった。

 フォイの紡いだ言葉によって――。

「噂を流してやるよ。お前の噂を」
「へえ、それは嬉しいな。どんなものだい?」
「そりゃあ、人に聞いてもらわないとな。――この世界には、人を金勘定でしか考えられない、クズな勇者が偉そうに旅している、ってな」
 フォイが楽しそうにそう告げれば、勇者は顔を怒りで真っ赤に染め上げた。手にしていた少女を突き飛ばし、腰に控えていた剣の柄に手をかける。
 フォイは忘れていたとばかりに付く分けた。
「ああ、そうそう。これも言っておかないとダメだな。口も悪く礼儀も知らない、仲間を見下して調子に乗っているクズ勇者、ってな」
「――ぶっ殺す!」
 勇者が剣を勢いよく抜く。シャランと音が奏でられた。綺麗な音だが、奏でたものは凶器である。
 勇者が抜いたのを合図に、パーティ一行も各々武器や魔法の準備を開始した。
 ちょろいな……。
 フォイはそれを見ても冷静であった。慌てる素振りもなく、呆れつつやれやれと首を振るだけである。
「先に武器を抜いたのは、お前たちだからな」
 フォイは左手の人差し指に、右手を被せた。その指の爪は、緋色で染められている。それをズラリと引き抜いた。
 緋色の刀が一瞬で出来上がり、フォイは左手の指を一つ失う。
 さらに、フォイは刀を口で加えてから右手の人差し指に四本しかない左手を被せた。そして、ズラリと引き抜く。その爪は青鈍色あおにびいろで染められていて、引き抜かれたものは勇者パーティと同様の本数の長い針のようなものであった。
 こうして、フォイの手はとなっていた。
 フォイは四本の指となった左手で刀を握り、四本の指となった右手で針を握る。そして、針を勢いよく勇者パーティに投げつけた。
 その針たちは、一人ずつに飛びかかり、巻き付き、がんじがらめにさせていく。
「え、何っ!?」
「嘘っ!?」
 だが、勇者は間一髪で避けたらしい。一本の針だけが地面に突き刺さっていた。
 フォイは勇者以外を捕らえることに成功した。だが、その間にも簡単な魔法の準備が終わっていたようで、いくつかの火球が存在している。それらはフォイに狙いを定めると、ストライクを取りに来た。急所を狙って、加速してくる。
 フォイはニヤリと笑って、再度刀を口に加える。それから、今度は四本しかない左手に、四本しかない右手を被せた。そして、左手の小指をズラリと引き抜く。乳白色を纏った爪を引き抜けば、フォイの身体の倍ほどの大きさで半透明なバリアが出る。火球を防ぎつつ、その半透明なバリアはフォイの顔を少しばかり濁らせつつも余裕な表情を見せつけた。
 パーティ一行が驚く中、フォイは刀を鞘に納めるかのように小指を。左手の指が四本に戻る中、勇者が襲いかかって来るのを右手の四本の指で握り直した刀で防ぐ。フォイの身体を真一文字に横から斬り裂こうとするのを、刀を身体と並行にさせることで防ぎ、さらに空いている四本しかない左手で押し返す。
 火花を散らし、刀と剣が雄叫びを上げる中、勇者が吠える。
「あの女のどこが良いんだ!    貴様ほどの実力者ならこの俺が――」
「――ハッキリ言ってやる。このパーティの中で一番強いのは、彼女だ」
 フォイが返せば、それが癪に障ったのか、勇者が怒りを露わにする。怒号が森に響き渡り、その声によって力が増した。
 少女が呆然と二人の闘いを見ている。だが、勇者の怒号によって頭を抱えて身を小さくしていた。
 フォイはそれを見つけて、思わず舌打ちをする。
 早めに決着をつけるべきか……。
 これ以上、あの少女を怖がらせるべきではない。あの子を自由にさせるのは今しかない。
 フォイは力任せに一度勇者を跳ね返す。少し刀が刃こぼれをしていた。
 ……まだ、大丈夫。
 フォイは刀を握り直した。
 すると、勇者が鼻で笑う。
「まともに指もないくせに、この俺に勝てると思うなよ!    俺は勇者なんだからな!」
 フォイはそれを聞いて「カヒッ」と笑う。余裕の表情は崩れることはない。
「それぐらいのハンデがねえと、お前の面目も立たねえだろ?    なあ、勇者さんよ」
 フォイが挑発すれば、案の定勇者は挑発に乗った。ギリギリと奥歯を噛み締め、怒りのままにフォイに襲いかかる。
「なめんなあ!」
 フォイは勇者の攻撃を真っ向から受け止める。勇者の振り下ろした剣を刀を横にして受け止めると、火花が飛び散る。
 フォイはそれを受け止めつつも、内心怒りで心は満ちていた。
 先ほどから勇者パーティだというのに、のだ。勇者の剣技も、パーティ一行の魔法も、連携すら上手くいっていない。
 弱すぎる――。
 フォイは攻撃を受け止めたまま、口を開く。
「……今まで、何をしていたんだ」
「……っ!」
 勇者が息を呑んだ。
 それは、フォイが徐々にググッと力を入れて剣を押し返しているからだった。
 ピシリ、フォイの刀にヒビが入る。すると、フォイの姿を消した左手の人差し指の場所から。地面に少しずつ赤黒い池を作っていく。だが、フォイの表情が変わることはない。
 まだ、いける……。
 フォイは鋭いオッドアイで勇者を睨みつけた。
「勇者の玉座にあぐらをかいて、精進することを忘れたか」
「なっ……!?」
「くだらん剣技に付き合っている暇はない。そんななまくらで、俺に勝てると思うなよ」
 フォイは勇者を弾き飛ばす。勇者が地面を転がる中、フォイはゆっくりと距離を詰めつつ、刀を握り直す。
「お前は勇者であって、勇者ではない」
「ひっ……!」
 フォイが鋭い視線で勇者を見下ろせば、勇者は情けない悲鳴を上げながら剣を無茶苦茶に振りまくる。
 フォイは無様な剣を弾き飛ばし、すでの状態になった勇者に刀を振りかぶる。
 勇者が頭を守る中、フォイはため息を一つ零して刀を下ろす。それから、勇者に向かって足を振り下ろし、鋭いかかと落としを食らわせた。
 勇者が力なく倒れ込む中、勇者パーティが呆然と言葉を零していく。
「う、そ……」
「勇者が……、勇者なのに……」
 一方、少女は呆然としていた。何が起こったのか、いまいち把握できていない。
 そんな彼女に、フォイはゆっくりと近付いていた。それから、彼女の前に膝を着くと、「大丈夫か」と尋ねる。
 少女がこくこくと何度か頷けば、フォイは満足そうに頷き、それから彼女へと手を伸ばしたかと思うと、そのまま彼女を俵かつぎするではないか。
 ぱちくりと目を瞬く少女の耳元で、フォイがボソリと呟く。
「……お前を、連れ出してやる」
「え……」
 フォイは少女の言葉に反応することなく、首だけを振り返らせてパーティ一行を見下ろす。右手にはまだヒビが入った刀があって、それが緋色だからかおぞましく思えた。左手でしっかりと少女を担ぎ、パーティ一行へと告げる。
「こいつは貰っていく。二度と俺に近付くなよ」
 フォイがそのまま去ろうとすれば、パーティの女性二人が口々に言葉を投げかける。
「ま、待ちなさいよ!」
「覚えておきなさい!    こんなことをしてただで済むと――」
「――ああ、そうだった」
 フォイは耳障りな女性の声を遮って、刀を地面に突き刺してから指笛を鳴らした。すると、彼の進もうとしていた方向からいくつものガサリと音を立てて黒い影が飛び出す。鋭い視線が、勇者パーティへと向けられていた。
 パーティ一行はそれに冷や汗を垂らす。

 ――フォイが呼んだのは、この森に住む動物たちで。

 唸り声を上げて今か今かと飛びかかる合図を待つ動物たちに、フォイはニヤリと笑ってみせる。
「ま、さか……」
 勇者パーティの誰かが言葉を零した。
 だが、フォイはそれに答えることなく、楽しそうに告げていく。
「随分とこの森で好き勝手したらしいじゃねえか。こいつらがカンカンだぜ。……お前らの首、狩りたくてウズウズしているらしい。勇者パーティなんだろ?    責任の取り方ぐらい、知ってるよな?」
 フォイは右手で再度刀を手にすると、それをスッと天に掲げる。緋色が微かな日に当たって、怪しい輝きを放つ。
 動物たちが構える。すぐに襲いかかれるように、姿勢を低くし、蹄で土を蹴り、唸り声を上げる。
 パーティ一行は逃げようともがくが、それはフォイの青鈍色の拘束が許しはしない。口からは情けない悲鳴が上げられ、時折助けを乞う言葉が飛び交う。
 フォイはそれを耳にしながらも、残酷に告げた。
「――さあ、お待ちかねの狩りの時間だ。お望み通り、好きにやりな」
 フォイは動物たちに言い聞かせ、情けは不要とばかりに掲げていた刀を無情にも振り下ろす。
 その合図を待ってましたとばかりに、動物たちは一斉に勇者パーティに襲いかかった。
 悲鳴を上げる勇者パーティを見ながら、フォイは地面に再度刀を突き刺して間一髪のところで彼らの拘束を解き放つ。
 勇者パーティは力なく倒れる勇者を救出した上で、一斉に逃げ出した。
 その後を、動物たちが逃がさないとばかりに追いかけて行く。
 騒がしい音が遠のいていき、勇者パーティも動物たちも姿を消すと、フォイは刀を右手で掴みその場を後にする。
 左手の人差し指以外が元に戻ったフォイは、少女を俵かつぎしながら森の中を歩き始めるのであった。



 IV

 どれぐらいそのままでいたのか。
 今まで黙っていた少女が意を決したように口を開く。
「あ、あの……!」
 フォイはチラリと視線を少女に向ける。足を止めることなく、体勢も変えないまま少女に向かって口を開いた。
「悪いな、お前の許可もなく。だが、俺には治癒魔法士が必要なんだ」
 フォイの言葉に、少女は黙り込む。彼女の瞳には戸惑いとともに、不安や恐怖が宿っていて。
 ……唐突に言われてもそうなるか。
 フォイは器用に肩を竦めて告げる。
「……お前を連れ出すと決めたのは、何も俺に必要だからというだけではない」
「……?」
 少女は分かっていないらしい。首を傾げたのか、重心が少しだけ傾いた。
 フォイは言葉を続ける。
「お前は何か勘違いしているのかもしれないが、お前に自由がないというわけではない。あの場所に居続ければ、お前の意思は確実に奪われて行く。出会ったのも何かの縁だ、自由にさせてやるきっかけになると思った」
「っ……!」
「勝手なことをしたのは自覚している。お前の意思を聞かずに、俺の感情のままに動いたことも事実だ。……奴らのやり方が気に入らなかった、腹が立った、その感情だけだったからな。俺の元にいると思わせておけば、奴らも手出しはしてこないだろうとも考えた」
 フォイは考えるままに言葉を紡いでいく。紡がれた言葉は、すべて彼の本心である。

 少女を怒りのはけ口にしていた、奴らのやり方が気に食わなかった。
 彼らの思い上がった考えに、腹が立った。
 負けた自分の元に少女がいると思えば、そう簡単に手出しできないと考えた。

 フォイはそれで良いと思ったのである。
 少女は何も言わない。顔を俯かせている。
 フォイの角度からは表情もまともに分からないが、彼女の身体が微かに震えていることに気がついた。肩口がなぜか温かくて、濡れているような気がした。
 だが、フォイは言葉を続けるだけだった。
「お前がこのまま解放して欲しいと言うのなら、俺は止めない。それを止める権利は俺にないからな。……どうする」
 フォイは少女の意思を尋ねた。
 少女はしばらくしてこくんと頷いた。肩口が動いたことによって、それには簡単に気がつくことができた。
 時折聞こえるすすり泣きに、フォイは何も言わない。
 ……整理する時間も必要だろう。彼女の心が死ぬ前で良かったと思うべきか。
 フォイは右手にあるヒビの入った刀を手にし、少女を担いだまま歩いて行く。左手の人差し指が本来ある場所からは、ポタリ、ポタリと血が垂れていくが、フォイは一切の痛みを訴えることはなかった。
 気になるとすれば、少女を汚さないかということだけであった。


 こうして、フォイは望んでいた治癒魔法士である少女と出会った。

 これが、運命的な出会いになるとは予想もせずに――。
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