神守さんは苦労性で

色彩和

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第七章 神無月を控えて決意を胸にする

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    Ⅰ

「さーて、もうすぐよ、神無月!」
    突如機嫌の良い弁財天の声が、室内に響き渡る。すでに、酔いが回っている状態だ。それもあってか、上機嫌すぎるほどに、上機嫌である。
    仕方なく晩酌に付き合っていた冷は、思わず頭を抱えた。
    残念ながら、これに関しては、毎年一度確実に通る道なのである。特に、行事ごとが大好きな弁財天は、気が早すぎて困ってしまう。
    冷は一応訂正することにした。
「……お言葉ですが、まだひと月近くありますので」
「いいじゃない!    宴なんて、騒いでなんぼよ!    皆、元気にしているかなー」
    そもそも、まだ宴ではない。
    その言葉を、とにかく飲み込む。ここで機嫌を損ねるほうが、後々面倒なことはよく分かっている。
    だが、まだ一ヶ月近く先の話だ。なのに、それしか頭にないとは、一体どういうことなのか。できれば、別のことも考えて欲しいと思う。
    すでに宴の気分で飲んでいる彼女は、勢いがありすぎた。通常の顔ぶれしか揃っていないというのに、宴の気分を完全に満喫しているのである。
    それが不思議で仕方がない、冷であった。
    しかし、弁財天の意見だけではない。ここには、三人の神様がいるのである。つまり、三者三様で言うことは違うのである。
「また身体を鍛えておかなくてはな!    力比べをするのが楽しみだ!」
「龍神様、絶対におやめ下さい。昨年、出雲のやしろを壊しかけたことを、もうお忘れですか」
「……僕は、お留守番で」
「宇賀神様、参加して下さいね。こういう交流も、必要なことですので」
    高笑いしてすでに筋肉強化を行おうとしている、もう一人の酔っ払いである龍神を止めに入り、酔っ払いではないが後ろ向きな発言をしている宇賀神に参加させる意思を伝える。宇賀神は、「……参加しなきゃダメ?」と聞いてくるので、はっきりと「駄目です」と伝える。しかし、宇賀神の声も、いつもよりは幾らか明るく聞こえた気がした。
    結局、三人とも浮かれているわけである。
    龍神は気にせずに笑った。
「はっはっはっ!    そんなこともあったな!」
「あったな、じゃないんですよ。神無月、つまり出雲の地に全国の神様が一斉に集結するんです。昨年、あなただけではなく、数多の神様が酔っ払って暴れて、最終的にどうなったか、覚えておいでですか」
「忘れた!」
「でしょうね」
    冷はため息をつく。清々しい程の返答が帰ってきて、つい呆れてしまう。
    もっとも、返答の予想はついていたわけではあるが。
    冷はつい、昨年の出来事を、忘れられないあの最悪な出来事を、思い出してしまった。



    Ⅱ

    ――それは、昨年の神無月のことである。
    出雲にある、出雲大社にて、それは行われてしまった。
    ここにいる龍神と、何人かの神様たちの力比べと称して、喧嘩が始まったのである。なんといっても、宴の最中で、酒が入っている。誰もが酔っ払っているわけである。野次は飛び交うし、煽るし、で散々騒がれたあげく、誰も止めなかったのだ。しかも、それが三日三晩続いたわけである。
    途中まで悪ノリしていた神様たちも、当然ここまで続くとは思っておらず、困り果てた。そろそろ止めようと入っていった神様たちは、全員返り討ちにあうか、一緒に楽しんでしまうかの二択であった。
    結局、被害は増える一方だったのである。
    正直に言えば、放っておきたかった冷であったが、あまりの被害に仕方なく止めに入ることにした。かと言って、一人で止められるものではなかった。龍神一人であれば、通常通りにはっ倒して終いにするのだが、他の神様がいるとなっては、そうもいかない。しかも、一人で複数を相手にするということは、神様たち何人かを一度に相手にするということであった。これはさすがに冷でも、無理だろうと考えた。
    そこで、冷は他の神守たちに協力してもらうことにした。時雨を始め、雪と桜の双子、それ以外の実力のある神守たちで特別編成の部隊を作ったのだ。神様たちの倍以上の人数を集めたのである。
    長期戦は自分たちが不利になることはよく分かっていたので、短期戦で総力戦をしたのであった。これでなんとか酔っ払い化とした神様たちを押さえ込んだのであった。
    一日でカタがついたことに関しては、全員胸を撫で下ろすほどであった。
    結局、これ以上の被害は、神様たちも、神守たちも避けたかった、ということである。
    神守側の被害はなんといっても大きかった。酔っ払いと言っても、やはり神様だ。一筋縄ではいかなかったのだ。
    それから、出雲の社である。半壊、どころの騒ぎではなかった。たった三日でボロボロになってしまったのである。長い歴史がある社に、謝れと言いたい気持ちが、冷には少なからずあった。
    そうして、怪我人の手当が行われる中、宴の最中だというのに、神守たちによる説教大会が開かれることとなった。しかも、一人の神守が、ではなく、複数の神守たちによる大説教大会である。暴れた神様たちは、全員正座させられた。
    ちなみに、この時の冷の怒りは尋常ではなかった。それこそ、三日三晩で終わらないものだったのである。弁財天が止めに入らなければ、説教だけで宴の期間が終わっていた可能性が高かった。
    仕方なく、冷は宴の最中であるということもあって、その時は説教を六時間で終わらせたわけではあったが――。
    出雲から帰ってきてから、冷はすぐに龍神へ一ヶ月の禁酒を命じたのであった。
    その後、文句を言った龍神に、さらに一ヶ月延長を言い渡すこととなり、こっそり飲んでいた彼はさらに二ヶ月追加で期間を延長させられることになったのは、余談である。



    Ⅲ

    思い出しただけで、頭が痛くなってくる。
    冷は頭を抱えたまま、龍神に告げる。
「……あそこまでのことがあって、何故忘れてるんだ、この人は」
「えー、そんなこと冷くんが一番分かってるでしょー?    龍神なんだから、仕方がないわよ」
「できれば、仕方がないで済ませたくないです」
「……冷くん、今年は楽しめるといいね」
「いえ、楽しむつもりはないので、そこはいいのですが……。他の神様方へご迷惑をおかけすることだけは、やめていただきたいですね」
    冷の頭痛は酷くなってきていた。
    今年こそは絶対に阻止したい。昨年と同様にはさせたくない。というか、したくない。
    なんといっても、昨年は宴が終わった後、冷は神様たちや協力してもらった神守たちに平謝りして回ったのである。数が多いのに、一人一人きちんと謝罪して回ったのだ。もはや、誰に告げて、誰に告げてないのか分からなくなるほどに回りまくった。
    皆、笑って、「気にするな」と言ってくれたが、冷は気にする。すごく気にする。むしろ、いまだに気にしている。
    大体にして――。
    龍神以外に、騒ぎを起こす神様はほぼいない。正直に言えば、完全に恥を晒しているようなものである。
    自分の仕えている神様が、これでは……。ここではそれでも構わないのだが、他の神守たちがいる前ではぜひともやめて欲しい……。
    ちなみに、昨年の時は、他の神守たちから同情された。時雨はよく知っているから特に言うこともなかったが、それ以外の者から口々に言われたことに関しては、本当に申し訳ない思いでいっぱいだったのである。中には、「お前、休めてるのか?」と心配されるほどであった。思い出すだけで、申し訳ないと思う。
    冷はなんとか今年は無事に終わって欲しいと願った。とりあえず、今年は、である。さすがに毎年同じことを繰り返しているとは思われたくない。
    神様たちにも、神守たちにも――。
    来年のことはまた来年考える。とにかく、目の前に控えている、今年だけはなんとか阻止する。
    それを静かに決意するものの、それでも、相手はなんといっても、この目の前にいる方々である。この際、弁財天と宇賀神は大丈夫だろうと思っている。むしろ、思いたい。一番危険なのは、龍神だと分かっていた。
    力比べなんて、やめればいいものを……。
    冷はいまだ始まってもいない、今年の神無月を思い、ため息をつくのであった。



    Ⅳ

    翌日、冷は仕事に勤しんでいた。
    ここ最近、三人の神様はしっかりと仕事に取り組んでいる。それもこれも、神無月が控えているからであった。宴が開かれる神無月を、ご褒美だと考えているのである。
    冷としては、仕事に取り組んでくれることには安堵していた。問題児を相手にしているかのようであるが、普段はそのものであるのだ。それに比べれば、どんな理由であれ、仕事をしてくれることは嬉しいことであった。
    褒美がある、と考えれば、ここまで仕事が出来るものなのか……。
    冷は歩きながら、何度目かは分からないため息をついた。仕事をしてくれるのではあるが、文句がない訳ではない。神様たちの気分を安定させなければいけないし、気配りが必要である。根詰めることになれば、その後がどうなるかも分からない。眷属たちに被害が行くことはないと思っているが、そうならないように気をつけておく必要もある。
    考えることは、たくさんあった。
    ちなみに、冷は今巡回中である。一人になれる時間の一つであるため、今は多少気が楽であった。
    最近は、悪魂あくだまが少なかった。少し安心しているが、まだ気は抜けない。
    気のせい、だったのだろうか――。
    先日の神守定例会議を思い出す。あの時は、悪魂が増えてきているという報告があった。
    だが、その報告の後、何度見回っても、彼は目にしたことがないのだ。
    少し前までは、確実に多かった。それは、冷自身もよく知っている。なのに、急にぱたりとやんでしまった。
    何かあったというのか……。
    一時だけ、何らかの理由で増えたのだろうか。はたまた、別の理由だというのだろうか――。
    どちらにせよ、警戒しておくに越したことはない。
    冷は気を引き締めた。
    今度の神無月の宴には、おそらく時雨や雪、桜たちを始めとする、神守たちがたくさん来るだろう。その時に、気になっていることは聞けばいい。
    彼らとは、情報交換をよくしている。彼らに聞けば、もしかしたら何か情報が得られるかもしれない。
    急ぐことでは無い……。
    冷は自分に言い聞かせた。
    もうすぐ神無月。すでに三人の神様は浮かれている。宴となれば、さらに気が緩むことだろう。

    ――神無月。それは、神守たちがもっとも警戒する一大行事の一つ。神守たちは宴に行くのではない。彼らにとっては、戦場に赴くのと一緒である。

    冷は覚悟を決め、まずは目の前の仕事を終わらせることに専念するのであった。
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