神守さんは苦労性で

色彩和

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第五章 「女子会」に加えて、「男子会」も開催される・最終日

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    Ⅰ

    冷は起きて支度をさっさと済ませ、男性神様二人と眷属たちの食事までを終わらせ、自分の食事も済ませた。朝の諸々の仕事を終わらせた後、弁財天の社へと向かう。
    すでに起きて結界の隙間を探し、機会を見計らっていた師匠である俊成を見つけ、叩きのめして彼の社へと放り込んだ。その後、女性の神様たちが起きるのを今か今かと待つ。昨日同様、時間を見計らって起こすつもりだが、さてどうしようか、と考える。
    そんな中、牛車が一台ゆっくりと冷の前に到着した。あまりの訪問の早さに、冷は目を見開いた。
    まさか、もう迎えが来たとは……。
    冷は一応、各神様の神守に夕方頃の迎えで問題ないことを伝えていた。彼らにも仕事があることは理解していたので、急がなくてよいという意味で伝えてあった。
    本当は、弁財天がぎりぎりまで粘るもとい遊ぶことが分かっていたから、という理由もあったのだが。
    焦った冷は牛車をじっくりと見ていたが、現れた姿にほっと一つ息をついた。
「おはよう、冷殿!」
「おはよう、時雨殿。予想以上に早くに着いたから、驚いた」
「いや、すまぬな。しかし、今回は主が大変世話になった!    礼を言う」
「いや、大したことはない。元はと言えば、俺の主の我儘だしな。……ところで、今回はどうした?」
    冷の素直な質問に、時雨は元気よく頷いた。
「うむ、この間あまりゆっくり話すことが出来なかっただろう。今日は落ち着いていたものだから、早めに来て冷殿と話そうかと思ってな」
「そうだったのか。ああ、ぜひゆっくりして行ってくれ」
    冷の言葉に、再度時雨は元気よく頷いた。それから、彼は首を傾げた。
「それにしても、冷殿。何故このようなところで立ち尽くしておるのだ?」
「皆様が起きるのを待っていたのだが……。なんと言っても、厄介な者が一人いてな」
    冷は時雨の前であるため、だいぶ気楽に話していた。今までのことを素直に話し、頭を抱えてため息をつく。時雨はそんな彼を見て、ますます分からず、首を傾げる。もはや、首どころか、身体全体が傾きつつあった。
「?    どういうことだ?」
    時雨へ説明をしようとした冷は、一つ思いついた。冷は、ふむとひとりでに頷いた後、時雨へと小声で話しかける。
「時雨殿。皆様が起きられた後――」
    時雨は冷の言葉を相づちをうちながら聞いていたが、最後は驚いて声を上げたのだった。
「なんと!?」



    Ⅱ

   午前一〇時頃になって、女性神様たちの声が聞こえてきた。冷は様子を見に行く前に、せっかくなので時雨にも声をかけた。しかし、時雨は首を横に振った。
「まだ俺はいい。俺がいると分かれば、主は気にするだろうからな。冷殿に任せる」
「そうか、分かった」
    冷は一つ頷くと、弁財天の社へと入っていく。しばし、時雨には待ってもらうこととなった。
    一通り仕事を行うと、待たせていた時雨へと茶を入れて持って行く。時雨は特にやることもなかったからか、縁側に腰掛け、空を見上げていた。
「すまない、長いこと待たせてしまって」
「気にするな。……それにしても、ここは空が近いのだな。普段見上げるより近い気がする」
「島だからかもしれないな。……時雨殿、一息ついたら、ぜひ先程の件どうだろうか」
「そのことだが、冷殿。本当に良いのか?」
    時雨は冷の顔色を伺うように尋ねる。冷はすぐさま頷いた。
「構わない。むしろ、手伝ってくれると助かる。なかなか手強いものでな」
「まあ、確かに話を聞く限りでは、相当な手練だとは思うが」
    時雨はふむと頷く。しばし沈黙の後、冷へいい笑顔を見せる。
「よし、ならばその話、ぜひ乗らせていただこう!」
    冷は頷いた。そして、時雨が茶を飲み終わった後、森へと潜んだのである。森から、静かに弁財天の社をじっと見つめる。時雨は冷へとひそひそと声をかけた。
「冷殿の結界が張ってあることは薄々感じていたが、それが破られることはないのか」
「そんなことがないように、何重かにして張り重ねてある。まあ、最初の結界は簡単なものだったから、何度か張り替える必要があったことは事実だ。だが、そいつ・・・のせいで何度も張り替える必要がなくても、張り替えざるをえなくてな」
「……厄介だな」
「全くだ、いろんな意味で」
    冷と時雨はそこからは無言で、ただ一点を見つめた。時折、女性の声が聞こえてくる。楽しんでいるその声は、恐らく弁財天であろう、と冷はふと考えた。しかし、それ以上の思考は放棄する。
    三〇分程経過した頃、ようやく相手に動きがあった。
    結界へと歩み寄る人影。ぺたぺたと結界を触り、空いたところを探そうと必死である。
「……あやつか」
「そうだ」
    冷と時雨は顔を見合せ、頷き合う。それから、勢いよく茂みから飛び出す。駆け始めて、冷は跳躍し、相手へ飛び蹴りを食らわそうとする。しかし、相手はひらりとかわしてしまった。思わず、冷の口から舌打ちの音が発せられ、時雨の目は大きく見開かれた。
    ざっと結界の前を陣取った二人と対峙したのは、もちろんこのお方。
「なんじゃ、冷。師匠の儂へとどんな仕打ちじゃ」
「反省しない爺が何を言ってやがる」
「冷殿、このお方が――」
    時雨の問いに、冷は呆れた様子を隠さずに返した。
「……そうだ、藤原俊成ふじわらのしゅんぜい様だ。俺の師匠であり、女性好きなどうしようもない爺である」
「こりゃ、冷!    どんな紹介じゃ!」
「じゃあ、もう一つ紹介しておこうか。時雨殿、何度も弁財天様の社を襲撃して、女性の神様方とお話しようと目論んでいる不届き者はこいつだ」
    冷がそう紹介すると、今まで柔らかかった時雨の雰囲気がぴりっと張り詰めた。一瞬で雰囲気を変えた当の本人は、ゆっくりと言葉を告げる。
「……ということは、我が主にも手を出そうとしているということで、間違いないな?」
「無論だ。……ということで、この爺を倒すのを手伝ってくれ」
「そういうことであれば、断る理由はないな」
    冷と時雨は背中合わせに立ち、構える。何度と手合わせをしている二人は、お互いの戦い方を熟知していた。
    実は、時雨は自分の主である、天照大御神あまてらすおおみかみへ手を出しに来る男が大嫌いである。もちろん、天照大御神は彼の恋愛対象ではない。だが、大事な主君である。主君として、時雨は彼女を尊敬していたし、大好きだった。
    そんな彼女にある癒し効果からか、言い寄ってくる男は後を絶たない。時雨はそんな男どもをいつも全力ではっ倒して、二度と近づかせないようにしていた。たとえ、相手が神様であったとしても――。
    もちろん、天照大御神本人が嫌がってないのであれば、何ら問題はない。だが、彼女は優しすぎる故に、相手に強く言えないところがあった。さらに、ぐいぐい来る男性は苦手なくせに、断ることが出来ない。彼女の態度に問題があると言われてしまえばそうなのだが、それに気を良くして調子に乗る男が多すぎた。よって、時雨の制裁対象となってしまうのである。
    そして、時雨は天照大御神の気持ちに気がついていた。相手が冷だということも。時雨は冷なら信頼しているし、天照大御神の目を信頼しているので、冷が相手なら是非と思っていた。だが、冷が超のつく程の鈍感であること、恋愛ごとに興味が無いこと、さらに神様をそんな目で見ていないことも知っていたため、本当に長い目で見守るしかないとも思っていた。
    本当に、冷殿が我が主を早く貰ってくれれば、俺としては安泰なのだがーー。
    ちらと冷を見る。しかし、時雨の視線に気がついてはいても、その視線の意味は全く理解していないだろう。
    思わず時雨はため息をついた。
    冷はそんな時雨を見て、声をかけた。
「すまない、時雨殿。身内の問題に巻き込んでしまって」
「いや、構わない。それに、我が主に手を出す輩を放ってはおけまい」
    やはり、分かっていないか。
    時雨は冷を見た。彼の目には今、師匠である藤原俊成をどう倒すか、今日の仕事をどう終わらすか、弁財天たち女性の神様方をどう守るかしか捉えていない。
    冷殿が気がつくまで、彼が我が主を貰ってくれるまでは――俺が我が主を守る。
    それが、神守の仕事だ。
    時雨にとって、冷は可愛い弟分であった。だからこそ、彼のことは見守りたいと思うし、良き神守仲間で、良き友で、良き好敵手だ。冷の頼みを純粋に聞いてやりたい気持ちもあった。
    だからこそ、今日朝早くに訪問したのである。
    一昨日訪問した時、時雨は仕事が忙しく、本当に早く帰らねばならなかった。しかし、それを告げたときの冷の表情は、一瞬曇ったのだ。寂しそうな表情だった。恐らく、本人は自覚していないだろうが。
    ……弟のようで、本当に可愛らしい。俺より相当しっかりしているが。
    時雨はそこまで考えて、思考を止めた。今は、余計なことを考えている場合ではない。
「では、冷殿。共に倒すとしよう」
「よろしく、時雨殿」
「……自惚れるなよ、小童共」
    俊成の雰囲気ががらりと変わる。豹変した、という表現が当てはまりそうだ。冷だけじゃないからか、多少本気を出すつもりらしい。気迫がびしびしと伝わってくる。
    こうして、思いもよらぬ戦闘が始まったわけである――。



    Ⅲ

    弁財天たち、「女子会」の面々は、一度姿を現した冷が、その後一度も姿を見せなくなったことに、首を傾げていた。
    冷は昨日、一昨日とこまめに様子を見に来ていた。今日もそうだと思っていれば、何故か分からないが、朝食を運び終え、片付けをした後からぱたりと姿を現していないのだ。
    弁財天は「うーん……」と考える。
「何かあったのかしら?」
「しかし、冷さんなら問題ないのでは?」
    弁財天の言葉に、木花之佐久夜毘売このはなのさくやびめが返す。天照大御神や石長比売いわながひめも頷いた。
    弁財天もそう思っていた。冷なら、問題の対処など朝飯前なはずである。しかし、何かがどうしても引っかかっているのだ。
    それに加えて、かすかに聞こえてくる音。冷が言うには、結界には防音もかけられているとのことだった。外からも、中からも防音はされるが、万能ではない、と。両方とも防音をつけようと思うと、能力が落ちるらしい。
    冷の言葉を思い出しつつ、弁財天は外に様子を見に行くことにした。客人である三人には、部屋にいてもらうことにし、外へと向かう。
    冷のことは確かに気になっている。しかし、彼女の本当の理由は、別にあった。それは――。
    お腹空いたー……。もうお昼よー、冷くん……。
    ただただ空腹に耐えかねただけであった。
    社の外へと出ると、弁財天は唖然とした。目の前に広がる光景に、言葉も出ない。
    そこでは――。
「……なんと強い!   さすが冷殿のお師匠殿といったところか!」
「時雨殿、そんなことを言っている場合ではないぞ。全く、師匠は。やはりこの間から手を抜いていたな……!」
「ほっほっほ。まだまだ儂は負けんぞ、小童共」
「抜かせ」
「負けるつもりなど、毛頭ありませんぞ!」
    対峙する冷たち神守組と、藤原俊成。暴れるだけ暴れているからか、荒れに荒れている目の前の地。
    弁財天はしばし呆然としていたが、社周辺の荒れた地を見て、ぶちっと何かが切れた。
「……何をしてるの!    三人とも!」
「弁財天様!?」
「しまった、もうそんな時間だったか……!」
    弁財天の声に驚きのあまりに声を上げる時雨と、悔しそうな顔をして時計を見る冷。その姿は、対照的であった。俊成は、久方ぶりに見る弁財天へ、「弁財天ちゃーん!」とにこやかに手を振っている。
    弁財天は俊成を無視して、かつかつと冷へ歩み寄った。
「ちょっと、冷くん、何してるの!?    驚きすぎて、お腹がすいていたことも忘れたわよ!」
「……申し訳ございません。短時間で時雨殿とあの爺を仕留めるつもりが、なかなか時間がかかってしまって――」
「ごめんね、そういうことを聞いているわけではないのよ!?」
    弁財天は本当に驚いていた。頭が混乱して、思考が止まってしまうくらいに。
    あの冷が、社の前でここまで暴れているとは思っていなかったのだ。確かに、師匠である俊成とはよく手合わせをしていたのを知っている。たまに白熱して土地が荒れることもあった。しかし、ここまで土地を荒らす程ではなかったし、何より弁財天たちの社の前でなど一回もなかったのだ。
    冷くん、意外とやんちゃだったのね……。まあ、社の前でっていうのは、何となく理由が分かっているんだけど……。
    弁財天はちらと俊成を見る。冷が昨日から、十分注意するように、と言っていたので、彼が原因だろうとは思っていた。
    一度、認識を改めることが必要だと、弁財天は考えた。冷が白熱すると、我を忘れる人であるということをよく覚えておかなくてはいけない、と。
    男の子って、いくつになってもやんちゃなのかな……。
    弁財天は一つため息をつく。そして、一つ思いついた。
   急に静かになった弁財天へ、冷は謝罪の言葉を述べる。
「……本当に申し訳ございません。少しやりすぎました。すぐに――」
「いいえ、冷くん。私、分かったわ」
「……は?」
    弁財天は嬉しそうに声を上げた。先程までの呆れ具合は一体何処へやら――。
    冷が思わず間の抜けた声を出してすぐに、彼女は冷へ綺麗な人差し指を突きつける。「人を指ささないでください」と冷が窘める中、弁財天はにこやかに告げた。
「今から、『男子会』開始よ!」
「……はい?」
    冷はよく分からずに、首を傾げて聞き返したのだった。
   すぐに遅めの昼食を、女性の神様たちと、冷、時雨は共にする。遠慮した二人をぐいぐいと輪の中に引き入れたのはやはり弁財天である。最初は驚いていた天照大御神も、時雨が来ていることに大層喜んだ。
    ちなみに、俊成は弁財天に断られ、入ることは叶わず――。
    各々冷が作った食事を口に運びつつ、会話をする。冷は弁財天へ先程の話を詳しく聞くことにした。そして、彼女の話が終わると、ゆっくりと内容を繰り返す。
「……つまり、弁財天様は、皆様が『女子会』をしている間、私たちも『男子会』をすれば良いと仰っているのですか?」
「もち!」
    弁財天は親指をぐっと出した。冷はため息をつきつつ、「ちゃんとした言葉を使用してください」と窘める。小声で「もち、とはなんだ?」と聞いてくる時雨に、「もちろん、の意味だ」と教えているのはまた別の話だ。
「しかし、あの師匠殿、本当にお強いのだな」
「ああ、困ったことに。出来れば、女性に悪さをする前に、眠っていただきたいのだが……」
    時雨の言葉に、冷はため息混じりに返す。師である、俊成のことを思い出すと、気が遠のくのである。
    時雨は嬉しそうに食事を口に運びながら、自分の主へ先程の死闘という名の手合わせについて話す。天照大御神はにこにこと笑いながら、時折感想を述べつつ楽しそうに聞いていた。
「冷くん、いっその事、龍神たちも呼んじゃえば?」
「……いえ、このままで問題ありません。では、皆様はこのままお楽しみいただいて、私たちは場所を変えることに――」
「必要ないわ!」
    弁財天は冷の言葉を食い気味に遮った。高らかに宣言する彼女を見て、冷は嫌な予感がした。聞きたくない想いを無理矢理抑え込んで、問うてみる。
「……何故ですか?」
「私たちが観戦するから!」
「お断りします」
    弁財天の言葉に、今度は冷が食い気味にばっさりと切り捨てた。弁財天が口を尖らせる中、静かに時雨が口を挟む。
「私は構いませんが、皆様は楽しめるのでしょうか?     その、『女子会』とやらはまだ続いているのでしょう?」
「私もそう思います。我が主の我儘に無理にお付き合いする必要はありませんので」
「冷くん、ひどーい!」
    時雨の言葉に、冷は同意を示した。ちらと弁財天を見てから言う言葉は、冷の本心である。わざわざ自分たちの手合わせを、神様方が見ることもないと思うのだ。それに、本当に弁財天の我儘にこれ以上付き合わせるのも申し訳ないと思っている。しかし、女性の神様の三人は、冷の予想と反して横に首を振った。
「いいえ。よろしければ、ぜひ見させて頂けませんか?」
「……私、も」
「時雨の腕を見てみたいですし、せっかくの機会ですから」
    にっこりと微笑みながら言う彼女たちに、冷は頷く他なかった。



    Ⅳ

「なんじゃ、もうよいのか」
「余裕こいてないでくださいよ、師匠」
「引き続きお頼み申す!」
    対峙する神守組と俊成。女性の神様方たちは、全員縁側に腰掛けて茶を飲みながら、すでに和気あいあいと話している。
    神守組は、またもや背中合わせに構えをとる。俊成は特に構えをとるわけでもなく、そこにゆったりと立っているだけだった。そんな中、弁財天の声によって、開始が宣言された。
    神守組はすぐに駆け出し始め、距離を詰める。冷と時雨はお互いの動きを確認しつつ、各々攻撃を仕掛ける。冷の足払い、時雨の飛び蹴り、いくつもの技が繰り出される中、俊成はひらりとかわす。時折、相手を掴んだかと思えば、どこにそんな力があるのかと疑いたくなるほど、勢いよく投げ飛ばしていた。
    女性の神様たちが声援を送る中、急に届く高らかな大声。
「何やら楽しそうなことが行われているな!    俺も混ぜろ!」
「……僕は、見に来ただけ」
「龍神様!?      宇賀神様!?」
「あれー、二人とも、どうしたのー?」
    驚く冷と、普通に二人へ問いかける弁財天。一瞬隙を与えてしまった冷は、俊成に勢いよく投げ飛ばされたが、受け身をとってなんとか無事であった。
    宇賀神はいやいや、と手を振った。
「こんだけ、どんぱちやってれば、さすがにね……」
「はっはっは!    俊成殿と手合わせとは、粋なことをしている!    どれ、俺も混ざるとしよう!」
    すでに入る気満々な龍神は、袖を捲ってずかずかと三人の前に入ってくる。冷は慌てた。
「龍神様、力加減忘れないでください!    というか、お二方、お仕事終わってますか!?」
「細かいことを申すな、冷!    俊成殿、行くぞ!」
「龍のぼんか、面白い」
    俊成もやる気満々である。すでに、神守組は蚊帳の外かやのそとになりつつある。宇賀神はその光景を見ながら、ぽつりと「……仕事、にならないでしょ、これは」と呟いた。冷の耳にはしっかり届いていて、否定できないのがなんとも歯痒い。
    もはや、仕事は関係ない。それはその場にいる全員が理解していた。むしろ、よくこの状態で今まで仕事をしていたと褒めてもいいかもしれない。
     宇賀神は、女性の神様たちとは距離を取って、離れた場所でお茶を飲みながら静かに観戦している。
    冷は諦めた。何も考えることなく、今はこの急遽開かれた「男子会」とやらを、楽しむことにしたのだった。



    Ⅳ

    あれから、夕方まで「男子会」は続き、「女子会」は有耶無耶になりつつあったが、全員で楽しむことができた。
    夕方、客人を全員見送った後、やけに静かになった社の前で、冷は呆然としていた。
    結局、急遽開かれた「男子会」の勝者は、俊成であった。最終的に三人がかりで俊成を倒そうとしたはずなのに、全く相手にならなかったのである。冷は頭を抱えたくなった。
    やはり、爺でも、師匠は師匠、か――。
    「女子会」に参加した女性の神様たちは大満足だったようで、礼を言って帰って行った。時雨もすっきりとした顔でにこやかに帰って行ったのを思い出す。
    なんとか終わったし……。まあ、良かった、のか……?
    そんな冷の元へ、弁財天が歩み寄ってくる。今の今まで社の中を整理していたのである。冷が社の中を片付けても良かったのだが、やはり女性の社であるため、今回ばかりは手を引いたのだった。
    弁財天は冷の隣に立つと、にこりと微笑んだ。その笑顔は、ご満悦であった。
「お疲れ様。ありがとうね、冷くん。いろいろと手伝ってくれて」
「いえ、仕事ですから。……あの、申し訳ございませんでした、弁財天様」
「もしかして、『男子会』のこと?    面白かったから、いいわよ。……明日からもよろしくね、冷くん」
    弁財天はにこりと笑う。冷はそれを見て、少しだけ口元を緩めたが、すぐにため息混じりに返答した。
「……明日からは、皆様に真面目に仕事をしていただきますからね」
    「まあ、私もですが」と冷が小さく呟いた。弁財天はその言葉を聞いて、くすりと笑った。それから、大きく伸びをして、大きな声で言い放つ。
「あー、楽しかったー!     またやろうね、『女子会』!    冷くんも絶対参加!」
「ご勘弁を……」
    二人の話す声が、静かになった空間を明るく照らしたのだった。
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