神守さんは苦労性で

色彩和

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第一章 神々は笑うのみ

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    Ⅰ

「神守」——。それは、その名の通り、神様を護る役割を持つ者のこと。
    神守である青年、れいは漆黒の髪を高く結い上げ揺らしつつ、静かに一人目の神様の元へ歩んでいる。
     起床の時間は近づいている。しかし、全員が起きてこないことは彼には明白であった。
     昨晩は遅くまでどんちゃん騒ぎだった。冷は早々に退出。それでも、神様である彼らに何かあったら困るのは冷なわけで。彼らの騒ぎがお開きになるギリギリまで鳥居の上で見張りをしていたのである。最も、日付を超える頃には、警備をしていた者に交代を言い渡されたわけだが。
    目的の部屋に辿り着くと、問答無用で返事も待たずにスパンと襖を開ける。部屋に入る前には、「失礼します」の一言は忘れない。
     いまだにこんもりとなっている布団の塊は、動く気配がなかった。
     冷は窓の障子を開け、部屋に陽の光を入れつつ、声をかける。
「起きてください、弁財天べんざいてん様。朝日が昇りつつあります」
    そうすれば、多少もぞもぞと動き出す布団。中からは小さく女性の声が聞こえてくる。
「んー……もう少し寝かせてー……」
「駄目です。いくら遅くまで呑んでいたからって、甘やかしませんよ。自業自得です」
「……冷くんのいじわるー……」
「意地悪で結構です」
    冷は言うが早いか、布団を勢いよく捲っためくった
    布団の中には、一人の女性が丸まって寝ている。小さく「うーん」と唸っている中、冷は布団の傍で正座する。
「今日もいい天気ですよ。仕事もありますから、起きてください」
「……今日はお休み——」
「なるわけないだろう」
    冷の口調が思わず崩れる。
    長年仕えている神々は、どうも面倒くさがり屋や適当な者が多く、最初はずっとかしこまっていた冷も馬鹿馬鹿しくなってきたのだ。まず、ここにいる神々はそんな細かいことを全く気にしない。口調が崩れようが、行動が荒かろうが気にしないのだ。
    冷はため息をついた。
「あと五分で起きてください。でないと——今日一日ご飯抜きです」
「それは嫌!」
    女性——弁財天は言葉通り、飛び起きた。
    実はこの神様、冷にがっつり胃袋を掴まれている。
    神守の仕事は、神様を守ること。故に、食事も作っている。万が一にも毒などが他者に入れられれば、洒落にならない。
    そんな罰当たり、などと思うかもしれないが、実際に過去に起きていることであった。冷の耳にもしっかりと届いている案件である。
    冷はこれまた優秀で、食事はいろんな者からお墨付きであった。そして、ここには三人の神様がいたが、中でも気に入っているのは紛うことなきこの弁財天である。
    その弁財天が食事を逃すはずはない——。
    冷は熟知していた。
「はい、おはようございます。支度してきてくださいね」
「はーい!」
    元気に手を挙げて返事をしてくる弁財天をほかって、冷は部屋を後にする。
    そして、二人目の神様の部屋へと向かう。
    冷の朝は長い。
    冷は次の部屋に到着すると、襖を開ける。布団は山にはなっていなかったが、代わりに大の男が文字通り大の字でいびきをかきながら寝ていた。
    冷は男のすぐそばで膝をつき、そのまま彼を大きく揺する。
龍神りゅうじん様、起きてください。朝です」
「ぐがー……」
    返ってくるのは、いびきのみ。冷はため息をつくと、すぐさま立ち上がって踵を返した。
「……そういえば、棚の中に高級なお酒が保管されていましたね。どなたのかは存じませんが、どこかに寄付を——」
「それは駄目だ!」
「はい、おはようございます」
    勢いよく起きた龍神へ、冷は朝の挨拶を冷静に返す。龍神は冷を見つめ、一瞬動きを止めた後、やがて理解したのか豪快に笑いだした。
「まーた、してやられたか!    はっはっはっ!」
「……それにしても龍神様、あのお酒はどこから入手したのですか?」
「供えられていたのでな!   これは呑むしかないと!」
「勝手に増やさないでください、困ります」
    冷は冷静に返した。もちろん、返された彼はそんなのお構い無しだ。
    三人の神様の中で、一番の酒豪がこの龍神である。酒、つまみ、器……、酒に関するもの、もしくは自分の酒が美味しく呑める何かであれば、なりふり構わない。そんな困った方は、今回もどうやら供えられていた酒を勝手に持ってきたらしい。
    供えられている物なので、文句は言わない、いや、文句を言えないが正しかった。しかし、勝手に増えていることについては、冷からしたらたまったもんじゃない。
「今回の酒は絶対美味いぞー!    冷もどうだ?」
「遠慮しておきます。それと、今回の発注の酒類は数を減らしておきますので」
「なんと!    鬼だな、冷は!」
「鬼でもなんでも構いません。では、支度してきてくださいね」
「うむうむ!」
    何やら楽しげに頷く龍神を、これまた置いて踵を返す。
    龍神様を起こす話題がなくなってきている……。考えとかないと。
    冷は部屋を後にしながら、頭を働かせる。
    実は、一番内容をころころと変更して起こしているのは、龍神だったりする。三人のうち二人の神様は、同様の内容で起こせるので苦労はない。しかし、彼に関しては同様の内容では起こせなかった。一度試した時に痛い目を見ているので、二度と話題が無くなることがないようにと、日々頭を悩ませている。
    考えながら次の部屋に向かっていれば、すぐに着いてしまい。冷は一度思考を無理矢理断ち切った。
     一度深呼吸をすると、そのまま襖を勢いよくスパンと開ける。今回は「失礼します」の一言もなしだ。
宇賀神うがじん様、起きてください、朝です!」
「ひいっ!」
    勢いよく飛び起きた青年は、ゆっくりと怯えながら冷を見る。その後ゆっくりと布団を被り直し、潜ったままカタカタと震える。
「お、脅かさないでよ、冷くん……」
「何故もう一度布団を被ってしまうのですか」
    冷は宇賀神の布団を引っ張る。しかし、宇賀神の力に敵うわけがなく、呆気なく手を離す。
    実は、三人の神様の中で一番寝起きが良いのがこの宇賀神である。というのも、人一倍臆病であるからだ。大声、大きい音、怒声……そういうものに滅法弱い。そして、眠りが浅い。だから、いつもくまができていたりする。
    さらには、細身の彼からは考えられない、物凄い力を発揮する。逞しい身体の龍神よりも力が強いのである。布団を引き剥がそうとしつつも、布団が破れることが分かっているため、早くに諦めて離すようにしている。過去に一度布団を破ってしまった事があり、冷は本当にその時困ったのだった。
    冷はそのまま宇賀神に声をかけ続ける。
「布団から出てきてください!    朝です!」
「ひいっ、なんでそんな発声練習みたいに声出すの!?」
    しっかりと布団の牢に入ってしまった宇賀神。冷はそれを見てため息をついた。
     それから、眷属の一匹である鼠を呼び出した。鼠はてってか走り、冷が膝をつきながら差し出していた右手に飛び乗る。
     冷は、ゆっくりと手を動かし、鼠に小声で指示を出す。
「すまない、いつもの・・・・を頼んでいいか」
    鼠はちゅうと、ひと鳴きすると、冷の手から飛び降りて、小さな身体をぴょこぴょこと動かして部屋を出ていく。しばらくして戻ってくると、すでに眷属の数が増えていた。眷属である猫や兎、狼などが鼠と一緒に宇賀神の部屋へと突入する。それから、もぞもぞと布団の中へと飛び込んで行った。
     数分後、静かに見守る冷の目の前で布団が外れていく。現れたのは、満足そうな宇賀神の顔であった。
「もふもふ……」
「はい、おはようございます」
    冷はそんな宇賀神に冷静に挨拶をした。
    三人の神様の中で、一番宇賀神が起こしやすかった。もふもふしている眷属たちをかき集めてくれば、すぐに起きてくるからだ。
    せっかく神様の眷属になれた彼らには、大変申し訳ないと思うのだが、これが一番起きる方法なので甘えてしまっているのだった。
「五分で支度してきてください。でないと、今日一日彼らに触れるのは禁止です!」
「嫌だあ!」
    宇賀神の声に驚いた眷属たちを保護し、慌てて支度する宇賀神を置いて部屋を後にした。
    宇賀神の部屋から少しだけ歩き、冷はしゃがみ眷属たちに向き直る。
「毎日すまない、ありがとう。ご飯にしよう」
    その言葉に喜んだ眷属たちを見て、口元を緩める。そのまま一緒に食堂へと向かう。
    鼠は冷の肩で大人しくしていた。猫や兎、狼たちは後ろをとことことついてくる。歩くのが遅い兎は、途中で狼の背中に乗せてもらっていた。満足そうに座っている。
    神様の眷属は、それはそれはたくさんいた。今は毛の柔らかい者しかいないが、他にもたくさんいて使いどころによって分かれていたり、神様によって仕えている眷属が違っていたりする。
    ここにいる彼らは、全員三人の神様に揃って仕えているため、誰の力になってもいいのだ。
    冷は本来神守として仕えているため、眷属はいない。しかし、あの三人の緩い神様たちなため、眷属たちは好きなように使っていいことになっている。神守の中には眷属がいる者もいる、と聞いたことはあったが、冷は現状に満足していた。
    食堂に着き、三人の神様の食事の支度をしつつ、眷属たちの食事も用意する。他の眷属たちも集まって大所帯となった。
    そんな中——。
「おはようございます」
「おはよう!」
「おはよう……」
    三人の神様たちが現れる。
「はい、おはようございます」
    冷は挨拶を返しつつ、じっと三人を見つめる。そこにはきちっと正装した立派な神様たちが目の前にいた。
    こうしていると、まともな神様たちなんだが……。
    冷はつきたくなったため息を無理矢理飲み込み、三人を席へ案内する。
    そうして、全員が席に着いたところで。
「いただきます!」
    手を合わせて食べ始めた。眷属たちはお辞儀をして食べ始める。
「おかわりもありますので」
「わーい、冷くんさすがー!」
「酒を出してくれ、冷!」
「出しません。朝から出すわけないでしょう」
「……お茶、ほっとする」
「宇賀神様、ご飯を食べてくださいね」
    冷はテキパキと三人の神様へ返答する。その間にもあれやこれやと手を動かしている。
「冷くんも一緒に食べればいいのにー」
    弁財天のおかわりをついでいれば、彼女はそう告げた。冷はおかわりをつぎ終わり、彼女へ茶碗を返しつつ、ため息混じりに返答する。
「あなた方の世話をしながら、食べるのは難しいですので」
「えー、ひどーい」
「はっはっはっ、冷は厳しいな!」
「……ぼ、僕のことは気にしないで」
「はいはい、食べてくださいね。仕事が待っておりますので」
    冷は三人を見つつ、眷属の面々も世話しつつ、賑やかな食事が続く。
    眷属の面々が礼を告げて去っていくのを見届け、三人の神様は各々食べ終わると席を立つ。
    冷は全員の食事が済み、食堂から誰もいなくなると、自分の食事を開始した。
    先程自分で言ったように、三人の神様の世話をしながらの食事は難しい。あれやこれやと世話をしなければいけないことが山ほどあるため、後で一人で食べたほうが時間短縮になるのだった。
    食べ終わった冷は片付けをしながら、黙々と考える。
    昼食と夕食はどうしようか。朝食は和食で、以前弁財天様が洋食を食べたいと申していたが……。
    献立を決めつつ、片付けを終わらし、食堂を後にする。世話をしている間に片付けも同時並行で行っているため、一気に大量の食器を片付けなくていいので、多少楽に感じたのだった。



    Ⅱ

    時刻が九つを指す時。
    三人の神様たちは、仕事が始まる。
    ここ、竹島の中には大きく三つのやしろがある。そこに三人の神様が一人一人おり、その中で政務を行っていた。
    冷は三人の様子を順に見つつ、支援し、警備の巡回を行う。警備は眷属たちが当番制で行っているのもあり、つきっきりで行う必要がなかった。
    冷はまず弁財天の社へ向かった。
    弁財天の社、八百富神社。
    彼女は仕事となるとスイッチが入り、真面目にこつこつと行える。一番真面目に仕事を行えるのが、この弁財天だった。集中力は短い方だが、仕事を滞らせることはない。
「この子は努力しているわね。願い事は受理で」
「こいつは駄目!    神頼みばっかり!」
「毎日お参りに来てくれているわね。ありがたいことだわ」
    一つ一つ正確に内容を確認し、書類の束を減らしていく。
    冷は内心礼を言いつつ、静かに社の中を歩き、お茶を入れに行く。それから、また静かに移動し、弁財天の前にことりと湯呑みを置いた。
「あまりこんをつめすぎませんように。また様子を見に来ます」
「はーい、ありがとう、冷くん」
「いえ」
    弁財天の社を出た冷は、一つ跳躍し、宇賀神の社へ降り立つ。
    宇賀神の社、宇賀神社。
    宇賀神の社では、外にも聞こえてくるぶつくさに、冷は思わずため息をついた。
「これを僕にどうしろと……」
「なんでこんな願いを……?    叶っているようなものでは……」
「僕に言わないで……」
    冷はこっそり中の様子を見ていたが、思わずスパンと襖を勢いよく開けた。
「前向きに仕事してください!」
「ひいっ!    冷くん!?」
「今お茶を入れます。それから、少し待っていてください!」
    冷はすたすたと勝手知ったる社の中を進んでいく。お茶を入れている間に、眷属の猫を呼び出し、宇賀神の社へ招き入れた。そのまま宇賀神の元へ向かうように指示を出す。猫を見送ってしばらくし、お茶を持って宇賀神の元へと訪れれば。
「もふもふ……。癒し……」
「……お茶です。さあ、これで切り替えられるでしょう。仕事、してくださいね」
「う、うん……」
    冷はしばし宇賀神の様子を、宇賀神のそばで正座をして見守った。ゆっくりとだが真面目に仕事をし始めたところで、立ち上がり踵を返そうとした。
「あ、あの、冷くん……」
    そんな冷の背中にか細い声がかけられる。恐る恐るといったその声は、冷からしたら不思議であった。
    こんなことは日常茶飯事で、本気で怒ったり、困ったりしている訳ではない。先程は思わず大声で返していたが、宇賀神にどうこうしようとは考えていなかった。
    冷はゆっくり振り向く。
「はい」
「……いつも、ありがとう」
    冷は拍子抜けしたように目をぱちくりと瞬かせた。宇賀神はその視線に落ち着かなかったようで、あわあわと一人で慌てている。
    冷はくすりと笑った。
「……いえ。また後で様子を見に来ます」
    一つ礼をして、ゆっくりと襖をしめ、社を後にする。
    思わずまた口元が緩んだ。
    緩む口元をもう一度引き締め直し、冷は跳躍する。
    次は龍神の社だ。
    龍神の社、八大龍神社。
    ゆっくりと襖を開ければ、龍神は寝転がりながらも仕事をこなしていた。
    冷はゆっくりと襖を閉め、ほっと一つ息をつく。音を立てないように社の中を進んでいき、お茶を入れに向かった。
    入れたお茶を持って戻ってきた冷は、ゆっくりと襖を開けた。しかし、そこから聞こえてきた龍神の声は——。
「うむ、いい酒だ!    素晴らしい!」
「仕事しろって言ってんだろ」
    龍神は咎めることもなく、嬉々として冷の声に振り返る。目はきらきらと輝いていた。
「おお、冷!    見ろ、この酒を!」
「何やってるんですか、仕事中です。大体にしてどこから持ってきたんですか!」
「うむ、供えられていた!」
「戻しておきます、仕事してください」
    ひょいっと簡単に龍神の手から酒を奪った冷は、龍神へ書類の束を押し付ける。
    実は、一番仕事が進まないのはこの龍神だった。酒のこととなると頭がそちらに行くし、やる気はほぼないし、冷はほぼ毎回この社に来る度に疲れてしまう。
    今日は、供えられていた酒に完全に頭を支配されてしまったらしい。書類の束を見てみれば、押し付けたもの以外にも、積もりに積もって雪崩を起こしかけている。
    冷は盛大にため息をついてみせた。
「早く仕事を終わらせてください。そしたら、呑むことを許可します。ちなみに、今日の仕事が終わらない場合は、このお酒を割りますので」
    きりっと、いつも以上に決めた真面目な顔で告げた冷の言葉は、龍神に大きな衝撃を与えた。雷を喰らったかのような顔をしている。最も、本当の雷を喰らったところで全く影響が無さそうだが。
「そんな高級な酒を割るとは……、正気か!?   冷!    割ったら勿体ないぞ!」
「だったら、さっさと仕事しろ!」
    冷は酒を抱え、さっさと社を後にする。背後の龍神は、あまりの衝撃に動けずにいた。
    そんな龍神を振り返ってさらに冷は一言。
「呑みたければ仕事をしてください!    終わってなければ本当に割りますからね!」
    冷はぴしゃりと襖を閉めた。
    そのまま酒を元の場所に戻しつつ、先程の一連の流れを思い出してため息をつく。
「全く、あの人は……。頭が痛い」
    冷は頭を抱えた。三者三様に困る神様たちを思い出し、再度頭が痛くなる。三人とも笑っている想像しかできないのが、さらに頭を痛ませた。
    そろそろ、昼食を作ろう……。
    冷は痛む頭を振って、台所へと向かうのだった。



   Ⅲ

   昼食は全員バラバラで食べることになっている。
   三人の神様はそれぞれの社で食べる。眷属は食堂で食べるが、警備の巡回をしている者や休みの者がいるため、時間は揃わない。冷はそんな眷属たちと昼食を共にする。この時間が意外とゆっくりできて、冷は個人的に好きだった。
    それぞれの社へ昼食を作って運び、あとはそのまま。一定の時間が経過したら、襖の前に置いてあるので、それを後に回収するのみである。
    冷は眷属たちと昼食を食べる。眷属の猫や兎を撫でて、癒される。存分に癒された冷の頭痛は治まっていた。
    食べ終わった冷は、片付けを行いつつ、時間を気にして三人の神様の食器を下げ、さらに片付けを続ける。片付けを行いつつ、当番の眷属を警備へと向かわせ、見送る。
    片付けが終わった後、冷も警備へと向かうため、跳躍した。
    入口となっている鳥居の左側へと着地すると、下にある橋を見下ろす。人々が島へと向かって歩き、逆に島から出て本島へと歩いていく。そんな動きをじっと見つめていたが、何かを感じ取る。鋭くなった視線はそのままに、冷は呟く。
「……右か」
    冷は鳥居を蹴って跳躍した。鳥居の上には誰もいなくなったが、人々の目には留まることがなかった。
    冷は島の右側へと全速力で向かう。そんな彼に向かってくるのは、黒き者。鉢会った彼らを鋭い視線で迎え撃つ。黒くて丸い物体のような者は、冷にとってはよく見る者であった。
悪魂あくだまか」
    冷は白刃を煌めかせたのだった。



    IV

    夕方に鳥居へと戻ってきた冷は、橋を見下ろす。日が沈みかけるのを見届けると、跳躍する。鳥居には誰もいなくなった。昼間より少なくなっていたが、また気づく者はいなかった。
   冷は食堂で夕飯の支度をし始める。少しずつ眷属たちが寄ってくるのを撫でて迎えつつ、着々と進めた。
「さて、そろそろか」
    冷は食卓を整え、準備を終える。
    十分後、三人の神様が食堂へ現れた。全員ぐったりしているように見えるが、冷は分かっている。この後すぐに機嫌が良くなることを。
「お疲れ様でした。食事ができていますよ」
「きゃー、冷くん、分かってるー!」
「酒は!?    冷、酒はあるのか!?」
「お腹、空いた……」
「お酒は夕食を食べたら出してあげますので。何も食べずにお酒は身体に良くないですから」
「冷!    さすがよく分かっているな!    はっはっはっ!」
    ころっと機嫌が良くなった三人は、すぐに席に着く。眷属たちはすでに大人しく座って待っている。今までのやり取りも大人しく見ていただけだった。今か今かと待ち望んでいたに違いない。
    そんなこんなで――。
「いただきます!」
    冷以外の全員が勢いよく食べ始めたのだった。
    夕食を食べ終え、片付けも終わらせた冷は、すでに三人の神様が呑み会という名の宴を開いているのをこっそり確認し、その間に入浴を済ませることにした。
    三人はすでに身を清め、浴衣に身を包んで酒を浴びるように呑みまくっている。
    冷は入浴でほっと一息つき、再度気を引き締めて三人の神様の前へ現れる。いまだに昼間同様きっちりと着物に身を包み、刀身を納めた黒き鞘が腰にあった。そんな彼を迎える三人は、すでに出来上がりつつある。
「冷くん、お疲れ様ー!     えー、まだ正装!?    かたーい!」
「まだ夜の警備が残っていますので。御三方、本日は昨日のようなことがありませんように」
「分かっている、分かっている!    はっはっはっ!   冷、この酒はやはり上物だぞ!」
「良かったですね」
    龍神の手元から酒をさっと奪うと、彼の盃にそれを注ぐ。龍神は一気に呑み干した。
「宇賀神様、どうぞ」
「……うん」
   宇賀神も自分の盃に酒が注がれるのをじっと見つめる。それからゆっくりとあおった。
   宇賀神は三人の中で一番酒に弱いが、呑むことは好きだった。また、自分のペースを守って呑む、一番まともな呑み方をする。
    しかし、残念なことに二人に巻き込まれてしまうのである。
「冷くんも呑みましょうよー。    お仕事、終わったんでしょう?」
「……あなた方の介抱と警備という仕事が残っています」
「なら、実質終わったものじゃない。ほらほらー」
「話聞かないな、本当に」
   冷の盃が勝手に用意され、勝手に弁財天によって酒が注がれる。その盃は無理矢理冷の手に収められた。じっと酒を見つめる。結局、冷はくいっと盃を傾け、酒を嗜む。久しぶりの味は、苦味と共に甘みを感じさせた。疲れが取れていくように感じる。
「ごちそうさまでした」
「遠慮するな、冷!    まだあるぞ!」
「私はもう結構です」
「ほら、次だ次!」
「話聞けよ」
   龍神によって雑に注がれる酒は、盃から大きく外れ、飛び散る。さらに、盃に満たんになるまで入れられ、冷はため息をついた。
    勿体ない……。
    上物だと喜んでいたと思えば、それを雑に注ぐ。たまに龍神の考えがよく分からない。
   冷は再度酒をあおった。今度は零れないように気をつけながら。
   さらに空いた盃に注がれる酒。見れば、今度は宇賀神酒を手にしていた。冷はため息をつく。ついため息をついてしまったが、宇賀神が傷つく可能性があるため、これ以上あえて何も言わない。
    三度酒をあおった。冷も酒を呑むことは好きだったが、仕事上では呑むことが少ない。というのも、この三人の神様が原因であった。
「ごちそうさまでした。後は、御三方でどうぞ」
    冷は席を立ち、三人の前へ用意していたつまみを差し出す。それからすぐに踵を返した。
    ゆっくりと閉められた襖を三人は見つめる。
「もー、冷くんはー。優秀すぎるわー……」
「まあ、あれが冷だからな!    はっはっはっ!」
「……たまには、手を抜いても、いいのにね」
「そうよねー。けど、冷くんだから、私たちもこうしていられるのよねー」
    弁財天の言葉に、二人は何度も頷く。
   そんなしんみりした空気は、龍神の言葉によってすぐになくなる。
「さて、明日のためにも酒を浴びるように呑むぞー!」
「おー!」
    その言葉に元気に返す弁財天と、口元を緩める宇賀神。すぐに各々の笑い方で部屋は包まれた。
    どんちゃん騒ぎを耳にしながら、歩を進める冷。思わず笑い声につられて、口元が緩んだ。
    勝手なことばかり……。
    思わずついたため息は、風に揉まれていく。
「さて」
    冷は地をとんと蹴った。空高く浮かぶ月に黒き影を残し、冷は森を抜ける。目指すは島の入口の鳥居。
    その上に着地をすると、眷属の夜の警備担当へ指示を出す。本日は龍たちが夜を見守るのだ。
    冷は指示を出した後、彼らを見送り、鳥居へと腰掛ける。海を見つめ、空を眺め、それから目を閉じた。何も気配はない。
    静かな音を聞き分け、島全体が眠るまでの時間を、彼は警備しながら今か今かと待ちわびるのであった。
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旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

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