非常識な通夜

麦飯とろろ

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非常識な通夜

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 粛々と参列者が涙をこぼす通夜を模範的とするなら、この有様はさながら非常識。
 特上寿司に宅配ピザ、乱立する空になった瓶ビール。あちらこちらで故人をこき下ろして大爆笑につぐ大爆笑、そして続く万歳三唱。

 先夜亡くなった祖父は、底意地がとてつもなく悪くて、けちで、酔っても素面でもすぐに暴れて手と足をふりあげる、ろくでなしのくそじじい。
 憎まれっ子世にはばかるとはよくいったもので、九十七歳の大往生だった。

 夕方前から始まった通夜という名の宴会は夜九時をまわった時点で、両親と叔父叔母従兄弟らをたがの外れた酔っぱらいにかえてしまっている。
 下戸の僕はからまれる前にと退却を決め、中身が四分の一ほどになった寿司桶を片手に座敷を後にした。

 逃げ込んだ先の台所には、先客がいた。
 二年前、祖母の三回忌の法要の場に迷い込んできて、住職の「善行をつめ」の苦言で祖父に飼われるはめになった白猫である。

 名を、ネコという。

 せめてシロにしてやれと、いつも思う。

 少し乾いた寿司からマグロとヒラメをはがし水で洗ってから、ネコにやる。
 あぎあぎと食うネコの薄っぺらい三角の耳がぴこぴこ揺れる。

「おまえはじいさんが死んで悲しいかい?」

 ネコはくっと顔を上げ、金色の目を見開く。

「アホいいな。せいせいするさ。あのじじい、めざしの頭ひとつくれやしないんだぜ」

 勝ち気な子供の声でまくしたてたネコは、ひょいっと机から飛び降りて廊下へと出て行った。

 旗竿のように揺れる尻尾を僕はぽかんと見送った。
 いま聞いたものが信じられずに、僕はネコの跡を追う。

 ネコはするりと奥の座敷に入りこむと、安置された祖父の胸の上に座り、その頬に往復ネコパンチ高速バージョンを炸裂させていた。

 いや、うん。もう、なんかどうでもいい。

 とにかく頭をまたいで起きあがらせたりしない限り、なにをしてもいい、ことにしよう。
 一緒に暮らしているぶん、誰よりも鬱憤がたまっているのだろうし。

 台所に引き上げた僕は、ネコの水入れにねぎらいの牛乳をついだ。

 通夜の会場から陽気な三三七拍子が聞こえてくる。
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