藤堂海来探偵社

蜉蝣

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第二十八話 三島の名推理

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 すぐ近くに落ちた雷の強烈な響きが数秒間、付近にエコーしているようだったが、三島はそれ以上に、そのメモに驚いていて微動だにしていなかった。

「そんな馬鹿なことって……」

 私だってあの時はこの依頼は諦めようと思ったくらいだったから。

「私も最初はね、ウィメンズオフィスのことはちらっと知ってたからさ、確かあそこは桑田先生が理事してたんじゃないかって」
「……ですよね、ホームページに乗ってました。まさか桑田先生も?」
「そんなのあり得ないとしか思えないでしょ? だから最初はもうほんとにわけがわからなくてどうしようかと……。でも、先生に聞いたら理事は単に名義貸ししてるだけってことらしいし、他の理事の人にも何人かそれとなく聞いてみたんだけど名前貸して寄付してるだけなんだって。ああいうNPOはさ、大学教授だのどっかの社長だの偉い人が理事だと箔付けになるから、そういうとこ多いらしい」
「そうだったんですか。少しホッとしましたけど……、でも、京極さんが共犯関係なら、うちのこと筒抜けじゃないですか? この案件やばいですよ」

 あたしも最初はそう思ったんだ。だから、この案件はすぐやめようとすら思ったんだけど……。

「でもよくよく考えたら、色々と辻褄が合わないの」
「辻褄?」
「あのね、あの子達、警察や弁護士先生のところに一応行ってるのは、多分そのメモの通り、仲西麗華の自殺を防ぐために親友の京極からのアイデアのように思うんだけど、渡辺らの許可の上で行ってるわけ。でもね、私の聞いた話でしかないんだけど、うちの事務所以外で詳しくは話してない。うち以外は警察絡みだって言っただけでほとんど門前払いだと。ところがうちにはあんなに詳しく話してくれた。おかしいでしょう? 渡辺二瓶の実名まで出したんだよ? 共犯の京極が隣りにいたのに」
「そう言えばそうですね。特に仲西麗華の話を制限していた風にも見えなかった」
「そうなのよ。それどころか、京極の方も積極的に話していた。もちろん京極自身が共犯だなんて匂わせすらしなかったけど」

 外は雨音が小さくなっているようで、雷もさっきの一回きりの様子。冬の雷は夏のように何回も落ちないって聞いたことあるけど……。

「えー……、とすると、一体どういうことになるんですかね? このメモのとおりなら、京極菖蒲は仲西麗華に対して、香西や渡辺の指示する通りにコントロールする役目をしているようにしか読めないんですけど?」
「でもよく読んでご覧、特にその最後の香西雪愛のセリフ」
「〈……でもウィメンズ止まりよ。京極からはそれより先はなかったと聞いてるわ〉ですね。……あれ? ということはつまり――」
「そう、うちの名前は香西にはどうも伝わってないみたいなの。そう読めるでしょ?」
「……そうですね。でも、うちみたいな貧乏探偵会社だから単に相手にされてないって気もしますけど」

 このやろ……、一応私はこの会社の社長だぞ? 結構プライド高いって知ってるくせに、よくもまぁズケズケとそんな事を言うなぁ。……事実だけど。あっ、三島の奴。

「何ニヤニヤしてんだよ? あんた私を見透かしたな?」

 私は首にかけていたタオルで三島をしばいてやろうと、タオル持って振りかぶったら、三島は、私の机にさっき私が放り投げた、安西調査事務所の報告書で慌てて頭をカバーした。……んとにもう。でもこういう関係になれて、三島で良かったなって思うよ、マジで。

「まぁともかくだ、どうやら京極は親友の仲西を裏切ってるけど、共犯関係にある渡辺や雪愛も裏切っているとしか思えないわけ」
「そうなりますね。でも一体何故?」
「それはわからないわ。そもそも、京極がやつらと共犯関係にあると言っても、細かいことは何もわからない。もしかしたら、仲西と同じように売春させられてるのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。ともかく、その読唇術で判明した会話以上のことはさっぱり……。ただ、もしかしたら、だけど……」
「もしかしたら? 何ですか?」

 これは流石にちょっと言い難いんだよな。社長としてのプライドはあるけど、これを言ったら自意識過剰と思われかねない……。私が返事をしないので、三島は調査報告書をパラパラめくって眺めている。

「もしかしたら、の話だけどさ、京極菖蒲はあたしを信用してくれたのかもしれない」
「……海来先輩、そんな遠回しに言わなくても、もうちょっと御自身に自信を持たれたら良いんじゃないですか?」

 海来先輩、か。三島が一番私を舐めている時に、決まってそう呼ぶんだよね。舐めてるっていうか、下に見てるっていうか、同情してるっつーか。私は、カンナと三島以外には許さない態度なんだけど、三島はほんとに良いやつだなぁと思う。自分のわかりやすさにはちょっとがっかりだけど……。

「分かったよ。自信あるし、うん。理由はよくわからないけど、京極は私がしっかり調べてくれる人だと思ったんじゃないかと。警察や弁護士に門前払いされたのに、私だけはしなかった。おそらくそれが彼女にとって意外だったんだわ。だから、彼女は私に救いがあると思ったのかもしれない。そう思えたのはね、仲西麗華の妊娠の件」
「ああ、それは今、僕もそう思いました」
「でしょ? わざわざそんな事を、依頼してきた翌日に私に連絡してくるなんて、おそらく本気で京極は仲西のことを心配してるんじゃないかなって」
「と言うよりも、僕はそれしかあり得ないと思いますね。多分、読唇術のメモのとおりなら、仲西の妊娠って、要するに買ってる相手がそれを要求したから無理に妊娠させてるんだと思いますし、それはかなりの金になってるからなんでしょう。だけど、京極は仲西の妊娠に気づいて、いくらなんでもそれは非道過ぎると、仲西に同情してしまった可能性があります。それで、仲西麗華がこのままでは自殺するかもしれないと、京極は香西か渡辺に相談した。その解決手段があるかもしれないと仲西に思い込ませて自殺を思い留まらせたい、と嘘をついた」

 いや待て、三島。私はそこまでは考えなかったんだけど……。凄いな、三島くん、素晴らしい推理だ。私は、感心してしまって、無言でゆっくりと拍手してやった。

「なんだか恥ずかしいですね。ちょっと推理し過ぎましたか?」
「もちろん、真実はわかんないけど、今のは感心したよ。給料上げたいくらい」
「上げて下さい」
「いやです」
「なんですかこの漫才は?」
「まぁまぁ……、ボーナスに反映させるからさ。基本給上げるのはけっこう大変なんだよ。それはそれとして、どっちにしたって、京極は仲西と、そして共犯関係にあるあの二人と、その両方を裏切っているわけ。そこがね、ちょっと難しいところなわけよ」
「……ああ、そうか。社長がどうして読唇術の話を私に明かしたのか、やっと分かりました。つまり、京極をどううまく使えばいいかってことですね?」

 今日の三島は冴え渡ってんな。私の言いたいことをきちんと読めてるよ。

「そういうこと。奴らを裏切っているのなら、こっちに引き込めないかとも考えたんだけど、京極が私を信頼してくれてるのは嬉しいんだけど、それは出来ない。だって、あの子は仲西も裏切ってるんだからさ、その真意がわからないと。でも使えないことはないと思うわけ。例えば彼女に偽情報を掴ませるとか」
「そうですね、それは良いかもしれない。なんだか、ダブルスパイとかそんな世界の話みたいで、ワクワクしてきたなぁ。僕、実はスパイ小説大好きなんですよ」
「えー、そうなんだ。だったらなんかいいアイデア考えてよ。奴等を一網打尽に出来そうな偽情報とかさ、なんかいいアイデアない? その冴え渡る三島さんの脳に期待したいんだけど」
「そこはじっくり考えましょう。まだこのメモ以上のことはわからないわけだし、それに京極は、仲西の彼氏だっていう兵間黎斗をNTRしてる可能性もある」
「NTR、って寝取られモノも好きなのか?」
「あっ……、いや、あの、別に僕はそんな趣味はな、ないです」

 三島って寝取られモノが好きなんだ、へー。

「社長、そんな軽蔑の眼差しで見ないでくださいよぉ。寝取られって結構歴史あるんですよ? 日本だったら谷崎潤一郎とか」
「三島、個人の趣味はいいんだよ。やたら詳しそうだし。実際その可能性はあるよ。男女が逆転してるから逆寝取られかもだけどさ、ともかく、色々と想定していいアイデアを出していきましょう。京極菖蒲がこの事件のキーであることは間違いない」
「そうですね。……って、これは?」

 安西調査事務所の報告書を適当にペラペラめくっていた三島が、唐突にその報告書のあるページを開いて私に示した。

「これ、名字が違いますけど、真凛ってありますね。もしかして竹中真凛のことじゃないですか?」
「あ、ほんとだ、薮下真凛か。生活安全課の非常勤職員になってるけど、年齢29歳で、……あっ、最終学歴が同じ大学じゃんか。凄い、三島ってほんとに今日は冴えまくってるじゃん! 凄い凄い! キスしてあげようか?」
「それはセクハラですからやめて下さい。まだ確定はできませんけど、あの警察署の玄関にいたってことはその可能性が高いですね」
「そうだね。でも女詐欺師が警察の非常勤職員で、渡辺二瓶の売春組織の片棒まで担いでるって、ほんとに真凛って何者なんだろう?」

 私は、何故かその時、三ヶ月前に見た、あのオフィスビルの対面にあったカフェにいた、私の方を見ていた彼女の姿をふと思い出した。


 その後、三島と色々話し合ったものの、結局、京極菖蒲をどう使うかについては、いいアイデアは出なかった。何れにしても、今朝の家宅捜索後にうちの社の郵便受けに見つけた例の脅しとも取れるメモがどうしても引っかかり、慎重に行動せざるを得ないという結論になった。

 また、仲西麗華が、妊娠中絶を拒んでいることについては、京極の裏切りとは関係がないと判断して、京極にその拒む理由についてなにか思い当たるフシはないかと、連絡を取ったものの、分からないということだった。京極には、その話は微妙な話だから、京極から仲西に対しては何も言わないように指示しておいた。勝手に動かれては困るから。

 やばいなと思ったのは、もしかして家宅捜索中に盗聴器でも仕掛けられていないかということだった。探偵業をやっていて盗聴器が自社に仕掛けられるなんて恥も良いところなんだけど、その盗聴器発見器を押収されてしまっていて、探索に苦労した。結局盗聴器はなかった。

 そして、その週は週末まで別件で潰れてしまい、仲西麗華の案件で動き出したのは翌週の月曜日のことだった。ウィメンズオフィスの対面にあるマンションでの監視を任せていた漆原から昼過ぎに連絡が入った――。
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