藤堂海来探偵社

蜉蝣

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第十二話 浮島成海

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 そしてまたもや三ヶ月前。香西雪愛のアパートを捜索中に誰かが帰ってきた。

「やばい、隠れて!」と声を殺して漆原に叫ぶ。
「何?」と、漆原が普通に声を出すのを慌てて塞ぐ。
「誰かが入ってくるんだよ! あんたはそこだ、洋服ダンスの中!」

 と、漆原を洋服ダンスにぶら下げられた服の中に無理やり押し込み扉を締め、私はその直ぐ側のベッドの下に転がり込んだ。――ウゲッ、頭打った……いてー。ぶつけた音聞こえてないだろうな……。

 玄関の方で、ドアが閉まる音がして、女性用の靴だろうか、硬めの靴独特の脱ぎ捨てられた音がした。そして、入ってすぐにあるテーブルの上に鍵か何かを置いた音がして、椅子をギギっと引くような音……。あっ、不味い! あのキッチンテーブルの下に二人の靴と探偵道具用鞄が。不味い、不味い、不味い――。

 ――くそー、油断した。普通は誰か外で見張っててもらうんだよなぁ。絶対にいないとばかり思い込んでた。行方不明の原因かもしれない香西雪愛の自宅に誰かが戻ってくるなんてあり得ないと思ってたから……。冷蔵庫の音がして、多分、あれはなんか飲んでるな? 探偵道具鞄には気付いてない、か。

 雪愛かなぁ。……だろうなぁ、きっと。多分そうだろう。音聞いてる限り、勝手知ったるって感じだもんなぁ。なんか、あれはレジ袋の音か? 何してるんだろう? あれは、ピピピッ、って電子音とバタンって閉める音、でなんかゴーと言ってるから、電子レンジかな? 温め? てことはお食事か。……って、おい!

「杏樹さーん、ここ狭すぎるよ」と漆原が洋服ダンスのドアを開けてヒソヒソ声で私に話しかける。

 ば、ばか! 閉めろ! こ、こら、何、そこから出てきてるんだ? ……あ、こら、それは駄目だ! 部屋のドア閉めちゃ駄目!

「漆原くん、ドア閉めちゃ駄目!」と、ヒソヒソ声限界最大値で漆原に叫ぶと、漆原は怪訝そうな顔でこっちに顔を向ける。

「閉めたら様子わかんなくなるだろ、あー、いいからもうこっち来い! 早く!」

 漆原もベッドの下に滑り込んできた。ただでさえ狭いというのに……。

「もう、あんた何考えてんのよ? 狭くったってあいつが出ていくまでの我慢だろ?」
「狭すぎて無理だってば。それにタンスは開けられる確率高すぎるよ?」
「そうかもだけどさ、見つかったら見つかったで仕方ないじゃん。あんたが見つかったら私は助かるかもだし」
「えー? そりゃヒデェよ。俺は囮かよ? 杏樹さーん、あんたって人は……」
「シーッ、声がでかい。ちょっと黙っていよう……」

 そして、少しすると電子レンジが温め終わりの電子音を発し、どうやらお食事が始まった様子。匂いからすると、電子レンジで温めてすぐ食べられるインスタントスパゲッティのようだった。あれは……ミートかな? ていうか雪愛、スパゲッティをそんなズルズル、はしたない。あんた一応女の子でしょ? 最近は男女関係ないにしてもさ……。

「杏樹さんてば、何一人ブツブツ言ってんの?」
「いーから静かにしろ」
「静かにしろって、杏樹さんが――いてっ!」
「シーッ! そのくらい我慢しろ」

 私の隣に密着してうつ伏せになってる漆原の、腹かどこかを思いきいりつねってやった。
 そして、十分程で食事が終わったようで、キッチンで洗い物か何かしてるような音が続いた。……くっそー、どっか逃げ場ないかなぁ? この部屋の窓はたしかあったけど、外は格子嵌めてあったからなぁ。そんなの外せないし。隣の部屋に行ければ、バルコニーはあったけど……。あっ、あの足音は、……こっち来る!

「こっち来たよ、杏樹さん」
「わーってる、黙れ」

 と、雪愛らしきその人は、寝室には来ず、隣の部屋からそのままバルコニーに通ずる窓を開けて、バルコニーに出た。

「今なら、出れるんじゃね?」
「駄目、どう考えても無理。ここの玄関ドア、開閉音がちょっと大きすぎるから……って、ちょっと漆原くん、あんたと入れ替わるわ。一旦出て」

 と、漆原をベッド下、奥の方に入ってもらい、私は状況がわかりやすくなる手前に入れ替わった。――とすぐに、バルコニーの窓が閉められた音。と、そのまますぐに寝室に入ってきた! やばい! やばい! こっち見つけんなよ……。

 すると、雪愛はさっき漆原が入っていた洋服ダンスを開けて、そこから何着か服を取ってベッドの上に投げるようにして置くと、洋服ダンスの上にあったキャリーバッグを同じベッドの上にドスンと落とすようにして置いた。――ったく、ドキドキが止まらん。心臓の音聞こえないかしら?

 しかしどうもこれ、どっかに旅行にでも出かける用意をしている風だな。浮島の旦那、浮島成海うきしまなるみと何処かで落ち合うつもりなんだろうか? とすれば、出ていくのを待って尾行するか……。おっ、荷造りが終わが終わって、キャリーバッグのジッパー閉めた音がしたぞ。……ん? 

 ――うわっ! 目の前に座った! ……ていうか、綺麗なお尻してるなぁ、この人ってば。腰とかすっごいクビレてるし。カレンよりスタイルいいんじゃね?

「はー、めんどくさいけど、あと最後のひと押しだからなぁ」

 と、雪愛らしき女が呟く。「ひと押し」か。なかなか詐欺師らしいセリフだな。――おっ、雪愛、金庫に手を伸ばしたぞ。……ぞくっ! こ、こら、漆原、何してる? てめぇ、私のお尻触ってんのか? やめろ! とばかりに鬼の形相で睨んでやったが、そんな事をしている暇はない。あの番号を……。

 雪愛はその洋服ダンスの中にあった金庫を開けると、百万円くらいの札束をしまい込んで、すぐに金庫を締め、ダイヤルをぐるぐるっとランダムに回した。そして、すぐ寝室を出て、そのまま玄関へ荷物を運ぶと、どうやら玄関すぐ傍のトイレに入ったようだった。

「出て、漆原くん。あんたなんで私のお尻を――」
「これだよこれ、ベッドの下面にあった木片のかけらが杏樹さんのお尻に刺さりそうだったから、手でちぎったんだよ」
「なんだ、もう……。いいわ、とにかくさ、今から雪愛のあとを尾行してくれない?」
「えっ、俺一人で?」
「とりあえずね、すぐ後を追いかけてなるべく早く合流するからさ。連絡して落ち合えばいいし」
「杏樹さんは?」
「その金庫よ。番号覚えたし」
「あー、そういうことね。わかった。じゃぁ尾行するよ」
「今回はナンパは駄目だからね。絶対。その作業着も着ていきな。ポケットに帽子も入ってるからそれ被って、バレないようにね。あっ、出た出た」

 そして、香西雪愛こと竹中真凛がアパートを出て、漆原がその後を尾行し始めた。

「ふー、助かった」

 私は一旦その寝室のベッドに腰を下ろした。こんなやばい経験をしたのは初めてだ。ったく、まだ心臓の鼓動が早くて……。じゃぁとにかく、金庫開けてみるか――。

 左に2000、で右に4000、そしてもっかい右に2000……、おっ開いた。うわっ。

 これって、……見た感じ、三千万くらいあるぞ。すげー、女詐欺師ってこんな儲かるのか? たぶん、現生だけで持ってるわけないだろうし、もっとあるんだろうな。全財産かっさらう凄腕女詐欺師、か。すごいな。しかし、それでどうしてこんな質素な暮らしなんだろう? 他には……、これはこのアパートの契約書、に色々公的書類、年金手帳に、……ん? この大きめの手帳みたいなのは何だろ? 革製の表紙で随分と分厚いけど……、ちょっと見てみるか。

 その革製の表紙のボタンを外して中身を見ると――。

「浦河金属 200万 20××年11月9日 入金」
「橋本商会 150万 20××年11月16日 入金」
「村川太郎 300万 20××年11月18日 入金」
 ……

 のような、入金状況がズラッとびっしり書かれていた。そして他のページにはそれらの入金元の会社や個人名に関する情報など、どう見てもこれは……、詐欺の記録帳だ。香西雪愛、これ一体何人やってんだ? 怖すぎる。……恐ろしくなって、私は半分くらい目を通してパタンとその手帳を閉じた。凄腕って、いくらなんでも、桁外れだぞ、これ。こんな凄い詐欺師、ほんとに全然聞いたこともないレベルだ。

 ……これ持って、警察に……、いや、これだけじゃ何の証拠にもならない。私は実際の詐欺被害の実態すら知らないわけだから。どうしよう? ……いや、いいか。私は別に警察官でもないわけだし、たまたま浮気の調査をしているだけだ。せめて、運が良ければ、あの旦那さん、浮島成海氏の全財産が奪われる前に助けられれば。

 私はその手帳を金庫の底に戻して、金庫を元通り閉めた。しかし、なんだか見てはならないものを見てしまった気分だ。世の中凄い人がいるもんだなぁ。香西雪愛、ていうか竹中真凛、あんたまじ半端ないわ。――さてっ、と。


 漆原に追いついたのは割りとすぐだった。香西雪愛はタクシーを使わず、電車での移動。私もやむを得ず、漆原と合流する手前の駅で時間貸しの駐車場に車を預けた。あんなに金持ってんのに、ゴロゴロとキャリーバック引きずって、電車での移動。暮らしは質素だし、あの女って意外とドケチなんだろうか?

「どう? なにか変わった様子はない?」
「別に、普通に電車乗って移動してるだけみたいだ」

 香西雪愛は、今乗っている列車の、私達の隣の車両にいる。普通に、あのチューリップハットを深く被って、サングラスはしてないけどマスクはしていた。そして普通にスマホを見て座席に座っている。

「しっかし不思議だよなぁ、あの雪愛ちゃん、なんであんなに目立たないんだろう?」
「だよねぇ、スタイル抜群だし、かなりの美人さんなのに、ああしていると全然目立たないよね。漆原くんはあんな女性見たことある?」
「ないよ。俺の女の子アンテナの性能はさぁ、可愛い子は絶対見逃さないぜ。でも、あれじゃ全然アンテナに引っ駆らないくらい地味っつーか、目立たない」

 そう、着ている服も白のカーデガンとベージュのキュロットパンツにグレーのスニーカー。アクセサリーはなし。服も地味だがそれ以上にまるでオーラがない。あれがあんだけ稼いでるって、信じ難い。あれじゃまるで、高性能ステルス戦闘機だわ。

 で、漆原に尾行のコツを教えて、できるだけ二手に分かれて尾行を続け、都内から一般路線で一時間ほどのとある駅で彼女は降りた。駅前は大して商業開発もされていないような、ちょっと寂れた感のあるところ。

 そして駅前のロータリーに、詐欺られてると思しき相手の浮島成海が香西雪愛を待っていたのであった。相手が凄腕女詐欺師だなんて一ミリも分かってない嬉しそうなアホ面下げて――。

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