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第一章 最強パーティ、一夜にして糞雑魚パーティへ

第52話 半端ない儀式

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 暗闇に包まれてからどれだけの時間が経ったのだろうか。
 ボンヤリとした意識の壁の向こうから何かを叩くような音が聞こえる。
 その音の響きは段々と大きくなり、その音に導かれるように俺は気絶から覚醒しつつあった。
 
「なん、だ……この音、は。た、太鼓……か? う! 痛っ! あのネズミ野郎思いっきりぶっ叩きやがって!」

 目を覚ますと同時に酷い頭痛が襲ってくる。
 あの怪しい杖でぶん殴られて呪いでも掛けられたのではないかと一瞬心配したが、ただ単に馬鹿力でぶっ叩かれただけだったらしい。

「ここは……どこだ?」

 周りを見渡すと前後左右、全てが檻に囲まれていた。
 人一人がやっと入る程度の狭い、一人用の檻に俺は監禁されていたのだ。
 檻は部屋の壁際、遠くから例のゴミ山の全貌を眺めることが出来る程の距離と場所だ。

「武器がない! ちくしょう……取り上げられてやがる!」

 生きていたことに安堵を覚えたのはほんの一瞬だった。
 ロングソードと盾は見当たらず俺は丸腰状態だった。
 檻からの脱出。それと剣と盾を取り戻すことを最優先に行動しなくては……

「おいおいおいおい……こりゃどういうことだおい……!」

 どうにかしなければいけないと思った矢先に俺所目の前で異様な光景が繰り広げられる。
 例のゴミ山のふもとでは火が焚かれていた。
 炎は山の頂上に達するほどに勢いよく燃え上がり、その炎を囲むように異形が群れを成していた。
 その群れの一匹が太鼓のような打楽器を何度も何度も拳で打ち据えて耳障りな音をかき鳴らしている。
 俺の目を覚ましたのはこの音だったのか。

「ケエエエ……キャイッ!」

 焚き火に浮かび上がる一匹の異形。忘れるわけがない。鼠の王だ。
 今は蜘蛛から降り立っているがそれでもその存在感は群れの中で際立っている。
 奴が群れの一匹に何かまくし立てる様子で話しかけると命令を受けたであろう異形がすぐさま広間から駆け出し部屋の奥に向かう。
 その間も広間では太鼓の音が鳴り響く。
 それにしても耳障りだ。なんなんだこの音は。ただただ不快だ。

「シャアア……!」
「あ、あれは!」

 奥の部屋に駆けていった異形が戻ってきた瞬間に俺は自分の目を疑った。
 異形は一人ではなかった。全裸の男が異形に頭を捕まれながら広間の中央へ連れ出されていたのだ。
 男の年頃は中年。種族は人間。目は虚ろで時折涎が口からこぼれ落ちている。
 何かされているな。呪術か薬か。
 少なくとも男がまともな精神状態でないことはこの距離からでも伺えた。

「集団脱走した囚人の一人か……?」

 人を見かけで判断してはいけないのは当たり前の心構えだ。
 だが男は相当な悪人面だ。集団脱走。脱ぎ捨てられた囚人服。全裸。
 それらの状況証拠から合わせるに囚人の一人だと見ていいだろう。

「ギャイッ! ギャイッ!」

 頭を引っ掴んでいた異形が男を鼠の王の前へと投げ飛ばす。
 弱々しく床へ投げ出された男は体を震わせながら身を起こす。
 その時である。突然鼠の王が男の頭を掴んだ。王の爪が肌に食い込み血が吹き出す。
 男は軽く呻くが抵抗する意思を全く見せずになすがままの状態だ。
 鼠の王が男の頭を掴むと同時にかき鳴らされている太鼓の音がより強く、大きく、激しくなっていく。
 太鼓のリズムは更に狂気を纏い、その音に呼応するかの如く焚き火から燃え上がる炎もその身を激しくくねらせる。
 その狂気に当てられたのだろうか、男が突然叫び声を上げ始めたのだ。

「あああ……ああああああああああ!!」

 痛みからか狂気からか。頭を掴まれた状態の男が身を悶えさせ大声を上げる。
 それでも鼠の王は頭から手を離さずに何かブツブツと男に語りかけるように小声で呟いている。
 クソッ。ここからでは何も聞こえない。
 太鼓のリズムが更に早くなるにつれて男の体が痙攣し始める。
 鼠の王の詠唱も早くなってきている。

「ああ! あああ! ギャアアアアアアアイイイイイイイイイイイ!!」
「何っ!?」

 一瞬だ。一瞬の出来事だった。目の前の光景が現実のものかどうか疑ってしまった程だ。
 苦しみだした男の体が突然縦に裂け、その中から男の体より二回りは小さい”何か”が飛び出してきたのだ。
 その何かは、ギイギイと耳障りな呻き声を上げながら落ち着かない様子で回りを見渡す。
 その何かは、男の血に塗れた体を焚き火の炎で更に際立たせていた。

「異形は……囚人だったのか!?」

 その何かはまさにこのダンジョンで俺達が何度も戦ってきた異形そのものだった。
 この儀式で鼠の王は囚人を自らの部下へと成り果てさせていたのだ。
 目を凝らすと広間の壁際には沢山の檻が、そして監禁されているであろう囚人も何人か確認できた。
 奴らも儀式で異形に変えられてしまう運命なのだろう。
 その時俺は気づいてしまった。自分が鼠の王に殺されなかった理由に。
 自分が他の囚人のように監禁されている理由に

「奴は……俺もネズミ野郎にする算段ってぇわけか!」

 これはまずい。殺される方が生き返る目がある分まだ百倍マシってもんだ。
 だが異形化はまずい。奴の兵隊にされるのはまずい!
 治る見込みがない。というか俺の面影がなかったら仲間に殺されても気づかれずそのままだ!
 ギフンにぶった切られてソニアに肩の骨を外されてベルティーナとオスカーに燃やされてデュランスに供養される!
 そんな事態は御免こうむりたい!

「まずいまずいまずい! 実にまずいぞ! これなら死んだ方がマシじゃねえか! ちくしょう! 開かねえじゃねえか!」

 檻の入り口には錆びた錠前が取り付けられていた。
 鼠もどきの癖にこいつら檻に鍵を掛ける程度の知能は有してやがる! 
 何度も何度も檻を蹴飛ばしても錠前はびくともしなかった。
 どうする? どうする!? 
 運が悪ければオスカー達が来る前に俺も鼠にされちまう。

「クソッ……! クソが!」

 己の不甲斐なさ、先行きが見えない苛立ちから錠前を蹴り上げる。
 当たり前だが錠前は揺るがずに足の痛みだけが降りかかる。
 どうすればいい……せめてこの錠前さえなんとかなれば……そう思っていた矢先だ。

「君……うるさいよ……静かにしなよ……」

 まるでか細い、注意して耳を澄まさければ聞き逃してしまうであろう、そんな透き通った声だった。
 慌てて声の方向に視線を向けると、檻を挟んで一人の影が立っていた。
 いつの間に忍び寄っていたのだろうか。全く気づかなかった。
 まるで影が意思を持って話しかけてきているのではないか。そんな錯覚すら覚えてしまう。

「お前……何者だ?」

 その影の瞳は灰色。髪の毛も同じく灰色だ。
 影は薄暗い紺の忍び装束を纏っており、顔も頭巾で覆われていて表情も伺い知れない。
 忍び頭巾からは危うさと怪しさを感じさせる、見ているだけで引きずり込まれるような瞳が見え隠れしていた。

「アッシュ……僕の名前はアッシュだ……見ての通りの……」
「忍者?」
「そう……忍者……騒ぐと注目を浴びる……君は……鼠になりたくはない……そうだろう……?」
「アッシュか……わかった。確かにネズミになるのはごめんだ。俺はアイザック。レベル5ファイターだ」

 灰の忍者は自らをアッシュと名乗った。透き通るような声に透き通るような風貌。
 今すぐこの男が目の前から消え失せたらこの会話をしていたことすら夢だったのではないか、そう錯覚してしまうほど印象の薄い忍者だった。
 だからこそわかる。この忍者……アッシュという男……相当強い!
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