上 下
2 / 7
第1話 擒龐涓篇=敵を油断させ、誘導し、術中におちいらせる

その2(全3回) わたしが自決すれば、みなも助かるだろう

しおりを挟む


 その夜も、フミト皇太子は、副司令官のヤマキ中将をともない、定例の巡回に出た。

 各所で守りにつく将兵たちに声をかけ、ねぎらう目的もある。

 城壁の上の登ると、吹きさらしなので、風がもろに当たった。とりわけ夜の風は強い。

 防寒着を身につけているが、北部辺境地帯の冬の寒さは厳しい。吹きすさぶ冷たいからっ風が、防寒着の布地をとおりぬけ、身にしみてくる。

 チクチクと肌をさすような感覚。すさまじく寒いとしか言えない。

(司令部にとじこもっていては、やはり将兵らの苦労は分からんな)

 フミト皇太子は改めて思った。

 平原のほうに目を向ければ、遠くにたくさんのかがり火が見える。連邦軍の野営地だ。

 ときおり風に乗って、笑い声なども聞こえてくる。

「酒宴か。勝った気も同然ですな」

 ヤマキ中将が、周囲にだれもいないのを確認してから、忌々いまいましそうに言った。

「まあ、“100万の大軍”で、わずか3万の相手をしているわけだから、そうなるだろうなーー」

 フミト皇太子は、軽く言った。

「ーー油断は大敵と言う。もし敵が油断しているなら、そこに勝機があるかもしれない」

「ならば、奇襲攻撃をしかけますか?」

「それもありかもしれないが、ただやみくもに突撃したところで、必ずしも勝てるとは限らない。なにか1つ決め手となる策がほしいところだが・・・」

「たしかに・・・」

「さて、どうしたものかな。ははは」

 フミト皇太子は口では笑っているが、その表情には昼間のような笑顔は見られない。

「ときに殿下は、どう思われますか? 援軍の件ですが」

「どうかな。士気にかかわるから、みなの前では来ないと思うとは言えないが、来ない確率が高いか。――中将は、どう思う?」

「おそらく殿下に同じです」

「弟の立場で考えるなら、帝国軍の主力をエンガルの手前くらい、ちょうど丘陵地帯を抜けるあたりに配置して守りを固めておき、エンガルを見殺しにして、わたしを戦死させるだろう。連邦軍がエンガルをこえて攻めこんできたところで、全力で迎撃して追い返す。そうして皇位継承権を手に入れる」

 フミト皇太子には、双子の弟がいた。名をタケト皇子と言う。

 なかなか政略に長けているので、病弱な皇帝のそばにいて、政務を補佐していた。

 本来ならフミト皇太子が補佐すべきだ。

「帝国のためを思うなら、タケト皇子に政務を任せ、武芸に通じているわたしが軍務を担当したほうがよい」

 フミト皇太子は、タケト皇子も皇族であるから、私情よりも国益を優先してくれるだろうと期待していた。

 ところが、それが大きなまちがいだった。

「同じ日に生まれたのに、どうしてフミトが兄で、おれが弟なんだ?」

 タケト皇子は不満だった。皇帝になりたかった。

 あくどい臣下は目ざといもので、そんなタケト皇子の不満をあおり、とりいった。

 タケト皇子を皇太子につけ、将来の栄華を手に入れようと画策する。

 そんなこんなで、中央ではドロドロとした政争が裏でくりひろげられるようになる。

 しかし、もともと皇位に未練のないフミト皇太子と、その一派に勝ち目はなかった。あっけなく少数派に転落し、フミト皇太子は、「連邦による侵略の脅威に備えよ」という勅命を受け、北部辺境守備軍の司令官に着任することになった。

「くだらないことで、みなには迷惑をかけることになり、申し訳ないと思う」

「いえ、殿下に過失はございません。そもそも序列を忘れ、大志をいだくほうにこそ非があります」

「皇族の慣例というものは厄介だな。わたしは皇位継承権など、すぐにでも放棄したいのだが……。ともあれ、みなを生還させる手は考えてある」

「!?」

「物資が尽きたとき、もしくは援軍が来ないと確定したとき、わたしは自決する」

「?」

 ヤマキ中将は、まじまじとフミト皇太子の顔を見つめる。

「わたしが死んだと分かれば、中央も、いや弟もエンガルが陥落する前に増援してくれるだろう。帝国軍主力の戦力をもってすれば奪還は容易だとしても、やはり城を攻めるとなれば、相応の犠牲が出るからな」

「お待ちください。自分は殿下こそ、皇帝にふさわしいと思っております。帝国のためにも、殿下を死なせるわけにはまいりません」

「ありがとう。中将の忠義には感謝する。だが、これは決めたことだ。わたしがもっとも信頼できるのは中将だ。だから後事を託したい。みなを生かしたいのだ。わたしの希望を受け入れてほしい」

「できません。自分も帝国の臣民として、帝国の繁栄を望んでおります。そして、帝国の繁栄のためには、殿下の即位が欠かせません。ですから、殿下を死なせるわけにはまいりません」

「そうだ。殿下に死なれては困る」

 聞きなれない声がした。かわいらしい声色だ。

 声の方向をみると、2つの人影が城壁の上にあった。

 大きな人影と、小さな人影だ。

(ぬかった! 城壁をよじのぼってきたか。話に夢中になりすぎた)

 ヤマキ中将は、さっと軍刀をかまえ、フミト皇太子を守るように前に出た。

 フミト皇太子も軍刀をぬき、かまえる。

「待て、われらは援軍だ」

 大きな人影が、両手をあげながら、しゃがれた声で言った。

 よく見ると、大きな人影も、小さな人影も、真っ黒なコートの下に帝国軍の襟章がのぞいている。

 しかし、ヤマキ中将は警戒を解かない。

「警備兵っ!」

 すぐに多数の兵士が駆けつけ、2つの人影を囲んだ。

「逮捕しろっ!」

 2つの人影はおとなしく手をあげ、すなおに捕縛ほばくされた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

絶望のシンクロニシティー

夜神颯冶
ファンタジー
その憎しみは世界を混沌に導く なんの力も無い世界で最弱の少年が、 兵力差15倍の人類に挑(いど)む狂気の物語。 この瞬間、世界最弱で世界最強の魔王が誕生した。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...