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123.正清

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ゆったりと寝室の椅子に座りビルス殿下に借りた聖人の伝記を読みだす。この本は一般向けではなく王族だけが読むことが出来る本。聖人に関することが赤裸々に書かれているらしく、後半は読むのも辛いので覚悟してくださいと念押しされた。
怖い…でも読まないと聖人さんの想いが分からない。

《 召喚された聖人は“山内正清”さんと言いやはり日本人。34歳で中学校の教諭をされていた。私と同じように朝出勤しようと玄関を出たらアリアの箱庭に来ていたそうだ。
この時代のアリアの箱庭にはバスグル国しかなく、召喚時バスグルの王族が迎え入れてくれバスグルの王城で住むことになった。
正清さんがバスグルに齎したものは通貨の統一と住民台帳の作成、そして学校の整備だった。通貨はバラバラで国内の物価が安定しない事から、正清さんの提案で他の箱庭と通貨を合わせた。その甲斐あって輸出入がスムーズに行われ、モノの価格が安定し経済が回りだした。

次にそれまでどの地域に何人の住人がいるか把握出来ていず、納税や国からの配給に不公平が生じていた。正清さんは各領地の貴族に地図の作成と住人と世帯を台帳化する事で、公平に政務が行われる様になった。
また正清さんは教師だったため、彼の提案で平民も最低限の教育を受けれるように王に提案し、学校が沢山作られ識字率も上がった。 》

「流石学校の先生だ。ここまでしっかり国の為に尽力したのに、マッケン王は何が気に食わなかったのだろう…」

《 召喚後2年は王家と正清さんは良好な関係を築きバスグルは発展していく。
関係が崩れたのは王都が落ち着き正清さんが地方の貴族領地に赴き、地方貴族を手助けしだしてからだ。王都近郊の貴族はマッケン王の言いなりだったが、地方貴族は何かとマッケン王に対立していた。
正清さんが地方貴族に近くなる事を避ける為に、独身の正清さんに王女を娶らせようとした。

しかし正清さんはこれを断った。なぜならマリス王女はまだ12歳。この時代の政略結婚は当たり前で、生まれてすぐに婚約するのはよくある事。しかし正清さんは現代日本人。20歳以上離れた少女を妻になど迎え入れる訳もなく断ったのだ。

マッケン王は地方貴族令嬢との正清さんが結ばれると、地方貴族の力が強まる事を恐れマリス王女との婚姻を迫った。
断り続ける正清さんにしびれをきらしたマッケン王は、やっと初潮を迎えたマリス王女を正清さんの寝室に向かわせ強引に既成事実を作ろうとした。

マリス王女が子を儲ければ婚姻は免れない。幼い容姿のマリス王女は初夜用の夜着を着さされ深夜の正清さんの寝室に入れられた。
マリス王女が夜伽の為に来た事に腹を立てた正清さんは、マリス王女に自分のガウンを着せ部屋を出て行った。
翌日からマリス王女は精神的に不安定になり自室に籠る事になる。夜這いに失敗したマッケン王は食事の際に正清さんに睡眠薬も盛り、眠らせ正清さんのベッドにマリス王女を添い寝させた。翌日起きた正清さんは驚愕する。恐らく事には及んでいないはずだが、マリス王女は乙女を捧げたとマッケン王に伝え正清さんの妻となると宣言する。

実はこの時正清さんは身の回りの世話をしてくれていた子爵令嬢に好意を持っており、親睦を深めていたところだった。
正清さんはゆくゆくは王城を出て、王都で塾でも開いて子爵令嬢と所帯を持ちたいと思っていた。

中々マリス王女を受け入れない正清さんをマッケン王は徹底的に調べ子爵令嬢にたどり着く。マッケン王は子爵に王直々の縁組だと圧力をかけ、辺境伯の令息との縁談を決め、この令嬢を辺境伯領地へ追いやった。
正清さんはマッケン王の傲慢さを目のあたりにし、王城を出る事を決め準備にかかった時だった。

王城を出よとしている事がマッケン王に知られ地下に幽閉されてしまう。地下牢は罪人用ではなく整えられた貴賓室だった。不思議に思っていたら地下牢に先客がいた。なんとマリス王女がいたのだ。彼女は

「正清様が私を受け入れて下さらなけれは、私は父上に殺されてしまいます。そして私が駄目な時は妹のカミルが貴女の妻になるべく同じ事をする事になるでしょう。どうか受け入れ私と妹を助けて下さい。
陛下は王家に異議と唱える者が増え独立を目論む貴族を気にしておいでで、その者達に正清様が手を貸す事を恐れています。ですから余計に私と結婚させ手元に置いておきたいのです」

絶望する正清さん。愛した女性を奪われ自分の教え子程の子供に抱いてくれと迫られ幽閉されている。正清さんはどんどん衰弱していった。
気力を振り絞りマッケン王と対治する正清さん。マッケン王はあくまで王ありきの国だと主張し、正清さんは国民があっての国だと主張し平行線をたどる。

マッケン王は正清さんの主張と独立を目論む地方貴族の考えが同じである事に恐怖し、最後の手段として正清さんの食事に媚薬を入れマリス王女との既成事実を再度作ろうとした。
地下牢には証人になるべく数名の貴族男性と騎士が見守る中、媚薬で苦しむ正清さんの元にマリス王女が入れられた。
家臣の男たちの眼に曝され恥ずかしさと恐怖から震え泣いているマリス王女と、必死に媚薬に抗う正清さん。限界が来た正清さんがマリス王女の夜着を剝ぎ取った時、正清さん脳裏に教え子の顔が浮かび、咄嗟にテーブルにあった果物ナイフで自ら命を絶ったのだった。》

こうして正清さんは箱庭の生を終えた。
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