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49.壊れた蛇口

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「多恵様。そろそろお時間です」
「はぁ~い」

リックさんに呼ばれて返事すると、リックさんが本棚から顔を出して帰りを促す。リックさんは気を効かせて距離を取ってくれていたようだ。リックさんはケニー様を見て眉を顰めて

「ケニー殿。今日は非番か? この様な所で何をしている⁉︎」
「貴殿には関係の無い。ご自分の職務に専念されよ。
多恵様、またお時間いただき流行病の予防のお話をお聞かせいただきたい。では失礼いたします」

ケニー様は騎士の礼をし去っていった。
去るケニー様の背を見るリックさんの表情は嫌悪感に満ちている。

「リックさん?」

振り向いたリックさんはいつもの調子を取り戻し穏やかに微笑んでくれる。
疑問を抱きつつリックさんのエスコートで、針子さんの作業場に向かう。

作業場は城内の一番奥に位置しているらしく遠い。かれこれ30分近く歩いている。
作業場は見学する理由をダグラスさんに聞かれて、流行病の予防のためと答えると、またリックさんの表情が険しくなる。
凄く気になる。流行病がキーワードみたいで、リックさんに顔を寄せて聞いてみた。

「リックさん無理に答えなくていいです。流行病に何が嫌な思いでもありますか?」

「実は私の母はケニー殿の母上と従姉妹にあたります。つまりカクリー侯爵家と遠縁にあたります。
カクリー侯爵家はアルディアでは有名な医療系の一族で爵位はそんなに高くありませんが、磐石の地位を持っています。その中でもケニー殿は頭脳明晰で、将来を有望視されています。
しかし彼は己の欲の為に、実妹を第2女神の箱庭のベイグリー公国へ売ったのです。
私は彼が多恵様の伴侶候補など認められない。明るい表の顔を信用しないで下さい。彼奴は多恵様も利用するつもりだ」

すると後ろを歩いていたダグラスさんが声を荒げ

「リック!多恵様にお耳に入れるべき話では無い。私情を職務に入れるな! 多恵様。ここでの話はお忘れ下さい。リックは疲れている様です」

ダグラスさんに叱責されてリックさんは謝罪される。

「私が悪いんです。謝らないで下さい!今の事は水に流して下さい!」

慌てて謝罪していると作業部屋に着いた。気まずい雰囲気から逃げたくて作業場に駆け込んだ。

そして針子さんの責任者の案内で見学させてもらい、次に作成をお願いするマスクの説明をするとびっくりされた。さすが針子さんで作るのに問題はなさそうだ。作成協力をお願いして作業場を後にした。作業場を出るとダグラスさんとポールさん?
あれリックさんが居ない⁈何で!

「リックは頭を冷やさせる為に下げました。ポールが務めますので多恵殿はお気になさらず」
「いや!気になりますよ!私が話を振ったから」

テンパっていると

「多恵様はお優しい。殿下からの命でございます」 
「分かりました。すみません」

お辞儀し詫びた。

『浅はかだった…』

皆さんより(中身は)人生経験豊富なはずなのに… 

ケイト先生がマナーレッスンで貴族の会話は難しく、どの家も色んな問題を持っていて、踏み込んではいけない領域がある。腹芸が出来ない私は特に気を付けるように言われていた。
私の方が立場が上になるから聞かれは者は拒否できず、家の醜聞を話さないといけなくなり後に反感を買う事になるって…

まさにケイト先生が言っていた通りになってしまった。親切で仲良くなった護衛騎士さんだから距離を間違えた。
私の方が立場が上になるから、気に留めておかないといけないのに…
あー落ち込んできた。

今誰とも会いたく無い。多分半べそかいてる私。
でもこういう時に限って昔から回避した人は必ず遭遇するんだよね…

『はぁ…』

心の中でため息を吐いていると…

「多恵様!」

誰か私の名を呼び駆け寄ってくる。誰?

正面からグラント様が駆け寄って来る。ヤバい!何故かそう思い隠れ場所を探すが無い!

『あれ?昨日も同じ事してない?わたし…』

とりあえずまたダグラスさんとポールさんの後ろに隠れる。

「多恵様…」

グラント様の声音は優しく泣きそうなる。顔を見られたく無いから俯いて

「グラント様。お疲れ様です。今から部屋に戻りますので、失礼します。ダグラスさん、ポールさんいきましょう」

騎士さん2人を後ろから押して歩き出す。戸惑いながらも2人は歩き出しグラント様の横を通り過ぎようとした時、腕を掴まれ引き寄せられた。
グラント様は優しく私の顎に手をあて顔を上げた。

『あー駄目だ半泣きバレた…』
「…」

グラント様は両手で私の頬を包み指で目元の涙を拭って

「私は貴女の伴侶候補だ。まだお心を許していただいていないのは理解しておりますが、辛い時は頼って欲しい」

私が泣いているのがバレて騎士さん達は慌て出す。バレちゃったらもう止めれない。壊れた蛇口のように只管涙がでる。

「失礼」

“ふわっ”と体が浮いた。グラント様が抱き上げている。

「閣下!お止め下さい。我々がお部屋までお連れ致します」
「グラント様!自分で帰れますから下ろしてください」

グラント様は騎士さん2人が止めても無言でずんずん歩いて行く。私は恥ずかしくて両手で顔を隠すのが精一杯だ。するとダグラスさんが剣に手をかけグラント様の前に立ち

「閣下!多恵様を下ろしてください!」

グラント様はダグラスさんを見据えて

「ダグラス殿。其方は婚約者フィアンセがいたな。もし其方の婚約者フィアンセが涙している時に、他の男が慰めることを良しとするのか? 
否!私の気持ち其方は分かるであろう。殿下には私が説明する」
「くっ!」

ダグラスさんは手を下ろしグラント様に道をあける。私のせいでまた揉めたんだと思うと、また涙が出てくる。

「貴女は悪くない」

耳元で囁かれ”ビクッ”となり、身を縮こませるとグラント様が小さく笑う。
暫くすると扉が開く音がして誰かが私を呼んでいる。顔を上げるとケイティさんが駆け寄って来た。気付いたら部屋に着いていた…
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