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34.弟

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乾杯が終えるとコース料理が運ばれてくる。ここのフレンチもお高く一般人は手が出せるお値段では無い。

『愛華なら大喜びするんだろうなぁ…』

そんな事を考えていたらランディさんが

「エミ オイシイ?」
「はい」

黙々と食べる私を気遣いランディさんが片言の日本語で話しかけて来る。
ランディさんはジークヴァルトさんに似ている。ただジークさんよりランディさんの方が甘いマスクをしている。遺伝子がいいんだろうなぁ…また現実逃避していたら通訳の倉本さんが

「ランディ様はジークヴァルト様と咲様のご関係をお聞きになりたい仰っておられます」
「関係ですか?」

倉本さんの通訳を聞き微笑み頷くランディさん。フォークを置いて少し考えて…

「好意を寄せて頂いているのは分かっています。もうすでに調べになってご存じだと思いますが、私は夫を亡くしています。夫の遺言で再婚する気はありません。ですからジークヴァルトさんとは…」

何故かここで口籠ってしまった。
『何もありません』と続けるべきだと思うが口が動いてくれない。すると通訳を聞いたランディさんは

「エミ?ジークキライ?」
「そんな事は…紳士で優しく素敵な方です」

ランディさんはワインを一口飲みゆったりと話しだした。

『ジークは元々気難しくて人を寄せ付けない空気を纏い、何でも卒が無く見てのとおり容姿も良く完璧パーフェクトだよ。しかし心に闇を持っていて両親や弟の私でさえ近づく事が出来なかった。それが10年前に日本出張から帰ると別人の様になっていて驚愕したのを覚えているよ』

10年前…ジークさんが私が日本に居る事を知った時だ。

『ジークは日本から帰るなり両親と私に”前世の恋人の手懸かりを日本で見つけた。以前から話してあった様に私は会社は継がない”と宣言し母と大喧嘩に。父も私もジークの前世の話を聞いてからいつかこうなると覚悟していて驚きは無かった』

ジークさんのエミリアに対する凄い執着心を感じ身震いがした。賢斗といい前世の男の人は粘着質が標準装備なの?

『昔からジークが家・会社を継ぐ気がなく私が継ぐのは兄弟の間では決定事項。寧ろやっと最愛の人の手懸かりを見つけたのかとホッとしたよ。ジークは父から会社を引継ぎ、いずれ私が引継げる様に手を回してくれていた。きっと今私にCEOを譲ったとしても何の問題もない。あるとすれば…母だけだな…』

やっぱり母親が反対しているのね…

『私の知る限りジークが女性に心を向けたのは生まれてから咲だけだよ。咲がジークに好意があるなら受け止めてあげて欲しい。ジークが心を寄せるという事は咲が前世の恋人で間違いないだろ⁈』
「ジークさんから前世の話はどのように聞いていますか?」

通訳を挟みランディさんはジークさんから聞いている前世の話をしてくれる。大まかな話はしているようだが、賢斗ケインが裏切り私の夫になった事や私を追って渡りの扉をくぐった事は言っていない様だ。

『私はね初めジークは頭がおかしいのだと思っていたんだ。きっと妄想癖のある心の病だと。しかしこうして本当に前世の想い人がちゃんといる。何てロマンチックな話なんだと感動している。出来るならば困難を乗り越え結ばれて欲しいと心から思うよ』
「・・・」

何て答えていいか分からず黙り込んでしまう。するとランディさんは

「ワタシ エミノ ミカタ シンジテ」
「ランディさん…」

気が付くと目の前にコース料理の全てが並んでいてデザートの置き場がなく、運んでくれた給仕の男性が困っている。話に夢中で殆ど食べていなくて、知らない間に料理が並んでいる。食欲が無くランディさんと給仕の男性に謝り下げてもらう。でもデザートだけはいただく事にした。

『咲には悪いと思うが咲の身辺調査をさせてもらったよ。報告書を読むと真面目で心根の優しいのが分かり、実際こうやってあって話すと年上の女性だが愛らしく庇護欲が湧いてくる。ジークが夢中になるのが分かるなぁ。夫も優秀で容姿も良くいい人だったようだね。夫に操を立ててるのかなぁ?
でも咲はまだ若いし人生まだ半分あるんだ。歳をとると一人は寂しいよ。咲が夫を愛していてもジークは咲と一緒に居たいんだと思うだろう。咲の寂しさを少しでも和らげる手伝いをジークにさせてもらえないだろうか』
「・・・」

正直今日は悪者扱いされることを覚悟して来た。まさかのジークさんを推されると思ってもみなくて困惑している。
傍に言われなくてもジークさんの想いも真剣さも鈍い私でもわかっている。でも…簡単に割り切れる話ではないよ…

「ゴメンナサイ。エミ ヲ イジメナイヨ」

私が俯き黙り込んだからランディさんが慌てだした。妙なイントネーションの片言の日本語に少し和んむ。

「大丈夫です。お気遣いありがとうございます」

そう言うと安堵したランディさん。咳払いをして真面目な顔をして

『母の我慢の限界で噴火寸前の火山の様だ。ジークは口うるさい母を避けているが、母が強硬手段に出る前にジークは一度は母と話す必要があります。父や私が言ってもジークは聞かない。そこで咲に母と話をする様に促して欲しいのです。逃げていても何の解決にもならない。
仕事では難題やトラブルに根気よく最後までやり遂げるジークですが、母だけは逃げ腰で…』

今日の本題はこれだった。そう言えば知り合ってからほぼ日本にいるジークさん。ネットが普及している現代なら仕事はPCさえあれば何処でも仕事は出来るのだろうが人間関係はそうはいかない。

「分かりました。しかしジークさんとの事はそっとしておいて欲しいです。私自身早急過ぎてまだ心が追い付いていないんです。ジークさんには一旦実家に戻る様に言いますが、決めるのはジークさんです。そこまでは私は責任持てません」
「アリガトウ。エミ イイヒト」
「あはは…」

やっぱり少し変なランディさんの日本語にほっこりしていると通訳の倉本さんがランディさんに何かを耳打ちし

「エミ。ジーク クルヨ」
「?」

すると凄い勢いで個室の扉が開き息を切らしたジークさんが駆け込んできた。いつもの紳士で温和なジークさんではなく怖い顔で入室して来て、ランディさんの胸倉を掴み怒鳴る。ジークさんの母国語か全く何を言っているか分からないが、所々私の名が出てくるから、きっと勝手に接触したランディさんを怒っているのだろう。

「梶井様大丈夫ですか?」

振り向くとタチバナさんが遅れて来て気遣ってくれる。タチバナさんも険しい顔をしている。秘書の2人を止めるがどんどんヒートアップしていく。困った…それに疲れた…早く帰りたい…
でも本気の男の人には怖くて声をかけれない。
聞こえるか聞こえない位の蚊の鳴くような声で

「ジークさんこわい…」っと呟くと

胸倉を掴んでいたジークさんがランディさんを離して駆け寄り私の目の前に跪いて手を取り

「咲さん。申し訳ない貴女を怖がらせてしまった… ランディに嫌な思いをさせられませんでしたか?」

すると倉本さんの通訳を聞いたランディさんが

「カワイイ エミニ イジワルシナイ」

ランディさんが余計な事を言うとジークさんの怒りが再発する。立ち上がったジークさんを止める為に後ろから抱き付き

「兄弟喧嘩は止めて下さい。男の人の怒鳴り声は怖いんです」

抱き付いたジークさんの体は熱くヒートアップしているのが分かる。何度も「落ち着いて!」というとやっとジークさんの体の力が抜けた。安心して腕は解いたらジークさんに手を取られ引っ張られてジークさんの腕の中に

「ちょっ!」
「すみません。少しこのままで…」

温かい視線を送って来るランディさんに“助けて”と念を送るが何故か親指を立ててウィンクされる。ジークさんが言った通り数分で離しくれたが猛烈に恥ずかしい。顔が熱いからきっと赤くなっている筈。すると笑顔のランディさんが自分の頬を指で突いて

「エミ アカイ」と揶揄され滝の様な汗が出て来る。
それを見たジークさんはランディさんに何か言い私の手を引き部屋を出ようとする。
状況が分からず戸惑う私にランディさんが

「エミ オネガイシマス」と

ひらひらと手を振っている。振りかえる事無くジークさんは部屋を出て行った。ジークさんに手を引かれ地下の駐車場に向かっている私。ジークさんの表情は険しく眉間に深い皺が刻まれている。変んな皺が出来るから止めて欲しいなぁ…男前が台無しだよ。そう思いながら見ていたら、目が合う。 

『うっ!』

眩しい笑顔にひるんでしまう。

「咲さん。ランディが失礼な事を…」
「失礼な事は言われていませんが…お家問題に巻き込んで欲しくなった」
「家の者が貴女に接触しない様に対策をしていたのですが…申し訳ない」

気が付くといつもの車に前に着いて流れる様に車に乗せられた。車はすぐに出発し車内ではジークさんが私の手をずっと握っている。

「ジークさん。ランディさんから話を聞きました。どの家でも人に言えない揉め事はあります。だからあまり私が偉そうな事を言えませんが、まっすぐで誠実な貴方ならお母様も説得出来ると思います…」
「…」

なんでも完璧なジークさんは表情を歪める。確か幼い頃に前世の話ばかりして心の病気と疑われ、お母様に養子に出されそうになったって言ってた。それが蟠りになっているのかも知れない。根は深そうだが私が踏み込める話では無いし、私自身まだジークさんの事を受け入れずにいるし…
ランディさんのお願いされた様にやんわり帰国を促すが…上手く説得出来ずにいる。

『私との関係を望むならお母様を説得して!』

と言えばジークさんは今からでも帰るだろう。しかしその気がないのにそんな事を言ったらジークさんを騙す事になり、お願いしたランディさんとの仲まで拗れそうだ。どう言えばいいのだろう…
ふと窓の外を見ると家の近くまで来ていて焦る。するとスマホにメッセージが入る。
ジークさんに一声かけチェックすると娘からだ。

『あのハイスペックなイケオジはゲットした?今度帰る時に会わせてね!私が品定めしてあげる』
「ふっ」

娘りんらしい発破のかけ方に和んだ。

『彼ね…』

そもそも私はジークさんの求婚を受け入れる気があるのだろか⁈正直恋愛経験も少ない上に、賢斗には強引に迫られ押され負けした感は否め無い。ジークさんにも押されまくり、自分の気持ちの整理すら出来ていない。

『そうだ。ジークさんが帰国している間に、私も自分と向き合い、ジークさんの事に答えを出そう』

ジークさんも真剣に苦手なお母様に向き合うんだ。私も…
横に座るジークさんは俯き悩んでいるのが分かる。きっと長年お母様と仲を拗らせているのだろう。私の事を抜きにお母様と和解して欲しいし私も…
私も自分に向き合う決心をしてジークさんの頬に手を当てて…

「私も色んな事から逃げていました。ジークさんが帰国している間に、自分と向き合いジークさんとの事を真剣に考え答えを出したいと思います。だからジークさんも…」
「咲さん…」

顔を上げたジークさんは眉尻を下げ情けない顔をしている。何故かその顔が愛おしい感じジークさんを抱きしめて

「お互い先を進むなら避けて通れないと思うんです。私もいっぱい悩み考えます。だからジークさんも…」

顔を上げたジークさんはいつも通りの凛々しいお顔をし微笑んで私の頬に口付けた。

「待っていて下さい。母と話をつけてきます。そうして障害を無くし貴女に求婚プロポーズをします」
「頑張って下さい。ジークさんなら出来ますよ。ただ…」
「だだ?」

誤魔化したらダメだちゃんと言わないと!

「私も真剣に考えますが、ジークさんの気持ちに応えれないかもしれません。でも偽りない気持ちで、貴方に向き合いたいんです」
「貴女はいつも私を心を揺さぶる。貴女の気持ちは貴女のものです。どんな結果も受け入れますよ」
「ありがとう…」

ジークさんは再度頬に口付けて抱きしめ、タチバナさんに明日一番早い飛行機のチケットの手配を指示した。

「いつ戻れるか分かりませんが、毎日連絡します」
「無理はしないで下さい。それに私マメじゃ無いので返事出来ませんから、先に謝っておきます」
「私が好きでしているのでお気になさらないで、応えれる時だけで構いません」

こうして話が纏まったタイミングで家の前に着いた。相変わらず絶妙なタイミングですタチバナさん。お互いやるべき事が決まりスッキリし、あっさりお別れをした。
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