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132.捕縛
しおりを挟む「この度は王太子妃であらせられる春香殿下にも訪問いただき光栄にございます」
「妃は丁度イーダン領に滞在しており、近くまで来た私に会いに来てくれたのだよ」
そう言いローランドは私の頬を撫でた。そして微笑みを湛えプライズ男爵の話に耳を傾けている。一頻男爵の領地の状況を聞いたローランドは、プライズ男爵に領地の収益減について説明を求めている。どうやらここ数年右肩下がりで領地の財政は厳しく、王家への納税も激減している。
「ご存知の通り我が領地は狭く、主だった産業無く領地を通過する通行料が主な財源で御座います。その通行料の大半を占めていたイーダン領のインクが、我が領地を通らず海路を使う様になってしまいました。イーダン子爵様にも何度も陳情申しあげたのですが、コストを考えると船の方が安全な上早いと申されまして…」
男爵の言い分ではインクの輸送は道が悪いとインク瓶が割れてしまい商品にならない。イーダン領はシド様が道を整備しているが、プライズ男爵領の道は悪路が多く凸凹だ。ここに来るまでに何度もお尻が4つに割れそうになったしね。しかし男爵は整備する財源が無いと言う。
事情を知っているローランドは冷ややかな視線男爵に送り、初め余裕な顔をしていた男爵も少し焦りの色を見せる。ここである事に気付く
『アレクがいない』
私がキョロキョロしているのに気付いたローランドが顔を寄せ
『アレクは私の御使い中だよ』
そう言い微笑んだ。その一言で何が起こっているか察した。恐らく男爵邸で物証を押さえに行っているんだ。ここは何も言わない方がいいと思い、出された茶菓子を頬張りじわじわ男爵を攻めるローランドを見ていた。余裕が無くなった男爵は収益が減ったのはイーダン子爵の所為だと言い訳中。するとローランドか冷たく低い声で
「義理もない相手の為に高い通行料がかかる道を行くわけがない。商いをする者の常識だ。そこは改善し努力するのは其方の方だろう」
「…」
ぐうの音も出ない男爵は黙ってしまう。暫く沈黙が続いていたら、許可を得ずアレックスが入室して来てローランドに耳打ちする。すると悪い顔をしたローランドが
「イーダン領のワルダン商会の裏帳簿とシビル伯爵の記録が合致し、其方の不正が明確になったぞ」
「私は王家に嘘など!」
『シビル伯爵?』
確かプライズ男爵領の北隣の領地で、陸路で王都に向かうならプライズ男爵領からシビル伯爵領を通るのが正規ルートだ。男爵は席を立ち慌てて弁解を始め
「イーダン子爵様からシビル伯爵領で多くのインクを納品していると聞き及んでおります。それに大きくはないがシビル伯爵領には港があり、そこから陸路で王都に向かわれているのでしょう。殿下の仰る通り我が領地は悪路ですから…」
男爵はあくまで男爵領は通っていないと主張している。まだ裏帳簿は見つかっていない様で、男爵にはまだ余裕がある。余程裏帳簿の隠し場所に自信がある様だ。確かアレックスがプライズ男爵の裏帳簿は見つけるのは難しいと言っていたけど運良く見つけられたの? それともまた司法取引をして執事あたりを味方にした?
そんな事を考えていたらローランドが手を上げると、アレックスが応接室の扉を開け誰かを招き入れた。扉を注視すると若い男性が書類を持って入って来た。臙脂色の長髪に焦茶色の瞳をした若い貴族男性だった。私は誰か分からず疑問符を頭に乗せていると、その男性はローランドに深々と頭を下げて挨拶をしている。説明が必要な私にアレックスが耳打ちしてくれ
『シビル伯爵のご嫡男のモリス殿だ。体調が優れない伯爵の名代でお見えになったんだ』
そう証言者としてシビル伯爵のご嫡男が来てくれたのだ。そしてローランドは書類を受け取り確認する。
「確か男爵殿はイーダンのインクは海路でシビル伯爵領の港に入りそこから陸路と言い、男爵の帳簿にもシビル家の帳簿にもその様に書かれ通行料は港で支払われている。しかし通行所の責任者の記録ではプライズ男爵領に隣接する領境の通行所で通行料を払った事になっている。
この件についてシビル伯爵に調査を命じ、通行所の所長を尋問したところ、其方から賄賂を受けシビル伯爵に虚偽の報告をしたと告白した。其方の証言と全く違うな… これについて私が納得する説明をしてくれ」
「そっ!それはきっとその所長の虚言でございます!私を陥れようと!」
嘘だと言われたモリス様は怒りを露にし、そしてローランドに膝をついて謝罪する。
どうやら通行所の所長は何度も繰り返される不正が怖くなり、別の書類に記録を残し受けた賄賂を使わずに残していた。
今回の捜査を受け観念した所長の証拠と告発が決め手となった。そしてこの所長の記録とワルダンの裏帳簿が合致し双方の証言も合っている。
「イル。其方はもう終わりだ。全て証拠は上がっている」
「…」
「陛下からの命だ」
そう言いローランドは懐から封筒を取り出し男爵に投げ置いた。震える手で封筒を開封した男爵は膝から崩れ落ち項垂れてしまった。
「ねぇあの封筒は?」
「男爵家全員の登城命令と領地を差押え、罪状確定まで間の資産の凍結そして領地統括をアレクに命ずるものだよ」
こうして騎士団に捕らわれ屋敷の一室に軟禁された男爵一家。奥様が泣き叫び子供の泣き声が聞こえて来ていい気分ではない。子供だけでも何とかならないかローランドにお願いすると、少し困った顔し考え込んだ。
「殿下。妃殿下の心情をご察し下さい」
「…」
アレックスが味方してくれ、とりあえず男爵の幼い子供は乳母と共に別室に軟禁する事になった。少し前まで仲が良かった両親が罵倒し合うのを幼い子供には見せたくない。まだ響く奥様の泣き叫ぶ声を聞き、関与していない妻や子供までが王都に連行される事を疑問に思い、難しい顔をしていたらアレックスが
「優しい春香の気持ちは分かる。しかしここは春香の居た日本ではないんだ。罪を犯した者に容赦ない。それに…」
「それに?」
今回の男爵一家連行はローランドの配慮だと言う。何故なら今回の件はバーミリオン侯爵が絡んでいるからだ。バーミリオン侯爵は王家に忠誠心が強く己の領民と懐に入れた者には情厚く、そうでない者には女子供関係なく容赦ない。
「王城内ならバーミリオン侯爵といえども簡単に手は出せないからな」
バーミリオン侯爵はいい人認定していた私には少し衝撃的な話だった。今回の件については奥様やお子達は全く知らず関与もないそうだ。
「男爵はどうなるの?」
ローランドに聞くと
「恐らく爵位剥奪の上、私財を全て没収となり国外追放だろう」
【命をもって】にならず胸を撫で下ろす。ローランド曰く、爵位を受けてから十数年の長い間、王家を騙し続けた事は罪深く、水面下で王家を欺く貴族の見せしめの為に、極刑を求める貴族も出てくると言う。
「しかし、春香がヴェルディアで罪人の極刑を望まず、国の為に労働を贖罪とした。だから私は陛下に国外追放を提案したんだよ」
私の心情を分かってくれているローランドに胸が熱くなる。嬉しくてローランドに抱きつくと、ローランドは耳元で
「お礼はベッドでして欲しい…」
と囁き腰を強く抱き寄せた。途端に顔が熱くなり汗が吹き出す。ふと視線を感じ視線の先を見るとレベルMAXのアレックスが! 思わず固まるとアレックスがローランドから私を引き離した。やきもちを妬いたローランドとアレックスの攻防が続き、間に挟まれた私はどっと疲れてしまう。
こうして無事プライズ男爵を追い詰め捕まえる事が出来た。ふと窓の外を見ると日は落ち始め、今晩は男爵邸に泊まる事になった。そして明日の朝一にイーダン領に移動し、イーダンの港から王都に向けて船で帰城する。
「王家の船が来るという事は、イーダンの港はシュナイダー領の港位大きいの?」
「いや王家の船は無理だ。だから中型船で沖まで出て王家の船に移る。明日の朝にはイーダンの沖合に王家の船が着く予定だ」
やっぱり知らない間に全て決まっている。王都に戻ると聞いて、コールマン領を通ると思っていたからがっかりした。なんで相談してくれないのだろう。きっと他の女性なら
『殿方にお任せし、指示に従えばいいわ』
とか思っているのだろう。でも私は夫達に関わる事は知っておきたい。私を想っての事かもしれないが何も知らされないのは信用してもらえて無い様で寂しい。
『これに関してはちゃんと2人に言っておかないとね』
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主人を無くした男爵邸はアレックスが仕切り、使用人達もやっと落ち着いてきた。そして無事夕食もいただき、客間で夫達が仕事を終えるのを待っている。
「春香!疲れた夫を癒してくれ」
そう言いローランドが部屋に来た。久しぶりに2人きりに甘い雰囲気のローランド。でも…
「ローランド話があるの。そこに座って」
「!」
さっきまでの甘い表情が曇り困惑している。そんか顔も美しいから羨ましい。さぁ!本当の夫婦になる為に話し合いをしましょう。
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