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92.雫
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「春香さん口元が切れているわ!」
「へ?キレてますか⁈」
更に殺気立つ殿下。また恐怖が襲いクロードさんが殿下に駆け寄り耳打ち。殿下は殺気を抑え足早に私の元に来て
「春香!」
殿下が抱きしめようとしたら、また体が強張ってしまった。躊躇した殿下はゆっくり優しく抱きしめる。
「すまない。また怖がらせた」
首を振ると背中をゆっくり撫でられ、殿下の鼓動を聞いていたら震えも止まった。慰る様に私の頬に触れ額に瞼に口付けを落とす。柔らかい口付けに自然と涙がとまる。
「殿下なんで?」
「町屋敷のクリスからアンリ殿下が春香の元に向かったと連絡が受け流石に静観できなくてね。ミンメイ殿、春香は私の妃候補だ。ゴラスはどう責任をとるおつもりだ⁉︎」
すると銀髪の髪を一つに纏め眼鏡を掛けた女性が入って来た。どうやらこの女性が宰相補佐の様で、私の前に跪き深々と頭を下げて謝罪をされた。
「ゴラスに戻り陛下に報告した上で、国として正式に謝罪に参ります。付き合わせは当然中断しミハイル殿との縁は白紙となり、約束通りアンリ殿下にはバーデラン皇国の皇太子と婚約していただきます」
「まって!春香に謝るわ!まだ約束の時が残っているの!ミハイルに最後の告白をさせて!」
アンリ王女が懇願するが冷ややかな視線をアンリ王女に送ったローランド殿下は…
「罪を犯した者が願うか⁉︎貴女はご自分で最後のチャンスを手放したのだ。王族は全て許される訳では無い」
「いや!こんな最後!」
アンリ王女はその場に崩れ落ちた。
アンリ王女は確かに自分で最後のチャンスを手放し同情は出来ないけど、私が煽った感は否めなくて少し罪悪感を感じる。だから…
殿下の腕から抜け出し泣き崩れるアンリ王女の前に正座して…
「えい!」
「「「「「 は? 」」」」」
手を振り上げ軽く振り下ろす。
「ごめんなさい。叩かれて腹が立ち王女にチョップしちゃいました。私も王女に手を挙げたので、おあいこですよね! いや他国の王女に手を上げた私の方が罪に問われますか⁈ローランド殿下」
すると殿下が楽しそうに笑いだした。
「そうだね。春香が手を出してしまってはゴラスに謝罪を要求できないね。しかし先に手を出したのはアンリ殿だから、春香に罪は無いなミンメイ殿」
「もっ勿論でございます。春香様貴女は…」
「ミンメイ殿。春香の気持を察してくれ」
チョップされた頭を押さえ呆然とするアンリ王女の手を取り
「今日はまだ終わっていませんよ。今から戻ればミハイルさんに告白する時間位はあるかと… ご自分の気持を伝えて来て下さい。自分で行動しないと後悔します」
やっと顔を上げた彼女は
「春香は。愛している人に他の女が求婚するのは嫌じゃないの?」
「正直嫌ですよ。でも決めるのはミハイルさんです。それにその人の想いはその人だけのもの。例え神や女神であっても邪魔は出来ないから。アンリ王女がミハイルさんを想う気持ちに私がとやかく言えません」
「もしミハイルが私を選んだら…」
その時は私はどうする? 少し考えて
「その時はやけ酒して三日酔いをして暫く廃人になります。でもねちゃんと納得して前を向きます」
「貴女…ブスなのにいい奴ね」
「それ褒めてます?」
「私が褒める事は殆どないのよ!光栄に思いなさい」
「ありがとうございます。それより早くその泣き顔を直して万全の状態でミハイルさんのもとへ! ほらほら急いで!」
アンリ王女の手を取り一緒に立ち上がったら、アンリ王女を影さんが支え出口に歩き出す。遅れてエリスさんが歩いて来て私に顔を近づけて来た。お礼を言われるのかと思ったら… 周りに聞こえない小さな声で
「貴女が(この世界に)来なければ、我が君は幸せになれたのに…二度と君主の前に姿を見せないで」
「へ?」
今さり気無く凄い事を言われた。いい事したと自己満足中の私には衝撃的な言葉だった。
退室して行くアンリ王女とエリスさんを呆然と見送った。すると背中が温かくなり殿下が後ろから抱きしめてくれる。
「春香は相変わらず優しく人が良すぎる。でもそんな春香は私の誇りだ」
「…」
「春香様!」
ミンメイさんに呼ばれて慌てて前を見ると
「春香様の恩情に感謝し陛下に報告後、改めて陛下より謝罪と感謝を申し上げさせていただきます。この後、アンリ王女を監視いたしますので、これにて失礼いたします」
ミンメイさんは一礼し足早にアンリ王女を追かけ退室していった。一気に気が抜け殿下に支えられる。
急転直下に頭が真っ白になる。つい数時間前まで早くミハイルさんに想いを告げ抱きしめて欲しいと思っていたのに、今私の頭の中はこの世界に居ていいのか分からなくなって来た。
どうしよう…万人に望まれるなんて思ってないけど、あんなにはっきり私自身を否定された事ない。
胸のもやもやと頬の痛みで情緒不安になったら涙が出て来た。
「春香。アレクが心配している。アレクの元に帰ろう。可哀そうにこんなに赤くなって」
「アレックスさんに会いたい…」
普段は嫉妬するのに私の気持を察し何も言わず抱き上げ運んでくれる殿下。テクルスの使いであるアレックスさんに会って聞きたい。私は本当にこの世界に必要なのか…
馬車の中では殿下は何も言わずに抱きしめてくれる。でも不安と疑問は消えない。
コールマン家の町屋敷が見えて来た。監禁されていた場所から半時間程で着き、壊れた門に騎士さんが立っていた。屋敷前にはアレックスさんとセバスさん、エリさんが待っている。
馬車が停まると扉が開きアレックスさんが飛び乗って来た。悲壮な顔をしたアレックスさんをみたら余計に不安になる。
「春香…」アレックスさんの視線は私の頬に…
「ごめんなさい。注意していたんだけど、やっぱり警戒心がまだ足りないみたいで…」
「何も言わなくていい。医師が待っている。まずはその赤く腫れた頬の治療が先だ」
「うん…」
アレックスさんに抱っこされ部屋に運ばれると、そこには医師が待ち構えていた。
「お可哀想に…お付のお嬢さん。1日に3回この軟膏を患部に塗って下さい。口腔内も暫く腫れ傷もしみるでしょうから、食事は刺激がなく柔らかいのもを用意してください。アレックス様。恐らく3日ほど腫れるかと。もしかしたら熱が出るかもしれませんので解熱剤を処方しておきます。何かあればいつでもお呼びください」
「ありがとう。セバス。医師の見送りを…」
エリさんが着替えを手伝ってくれ夜着に着替えベッドに入る。手をアレックスさんがずっと握っている。
「アレク…殿下は?」
「拉致事件の後処理があり王城に戻られた。明日またお見えになる。今は何も考えずゆっくり休め」
「アレク…私…が来たことで皆の未来を変えちゃってるのかなぁ…」
「そんな事はない!有ったとしても良い方で決して…」
「ありがとう…でもごめん…疲れてるから一人にして欲しい…」
「春香…俺はお前を遣わせてくれたテクルスに感謝している。春香が来て俺の人生は…」
今は何も聞きたくなくて思わず布団を頭から被ってしまった。ごめん…今日は私駄目ちゃんです。
「…何かあればベッド横のベルを鳴らせ。エリが隣で控えているし。俺も様子を見に来るから」
「うん…ごめんなさい」
アレックスさんは静かに出て行った。
今私の心は不安で全て悪く考えてしまう。どんなに皆が良く言ってくれても多分素直に聞けない。
「もう…帰っちゃおうかなぁ」
溜息一つ吐く。ここに来て帰る選択肢が急浮上して来た。モヤモヤと頬の痛みを抱え眠りに着いた。
翌朝目が覚めたら手が温かい。見るとミハイルさんが手を握りうたた寝している。いつの間に来たんだろう。
来てくれた事が嬉しくて少し気持ちが浮上する。眠るミハイルさんを見ていたら目の下に隈が目立ち少し痩せた様だ。ちゃんと食べて寝ていたのかなぁ…アンリ王女はどうなったの?
眠っているのに起こす訳に行かず、眠るミハイルさんを見ていたら…
“ガチャ”
寝室の扉が開きエリさんが顔を出した、手に薬瓶を持っている。多分薬の時間なんだ。でも…まだ寝ているミハイルさんがいて、視線でエリさんとどうしようか相談する。結局、音を立てない様にベッドに来たエリさんに薬を塗ってもらう。軟膏を塗りガーゼを頬に当てた瞬間痛みが走り思わず
「いっ!」
「きゃぁ!」
私の頬に手を当てているエリさんの手首をミハイルさんが掴んだ。驚き悲鳴を上げるエリさん。頬に手を当てられ身動きが取れず硬直する私。
目覚めたミハイルさんは破顔しエリさんの手を払い、両手で私の頬を固定し額に瞼に口付けする。間近でキスを見て真っ赤な顔をして部屋の端まで逃げるエリさん
「エリさん!薬が途中です!ミハイルさん薬が!!」
「そんなもの後で…いや!治療が先だ、そこの侍女済まなかった。続けてくれ」
そう言いベッドから離れるミハイルさん。悲鳴が部屋の外まで聞こえた様で、アレックスさんと殿下が駆け込んで来て部屋の中はカオス状態に…
美丈夫3人に見守られながら私の世話をするエリさんは額に大粒の汗をかいている。
小声で「ごめんね」と言うと
「素敵な男性を間近に見れて福眼ですが緊張します。春香様はよく平気でいれますね」
「慣れです」
「慣れますか?」
頷くと二人で小さく笑う。いいなぁ…女子どうしでする他愛もない会話。エリさんは気さくで明るいから嫌な気持ちが小さくなる。ほっこりしていたら
「エリ。処置は終わったか?」
アレックスさんが急かす。もっと話していたいのに…少し不貞腐れると察したエリさんが
「殿下、若様、ミハイル様!申し訳ございません。春香様はお着換えの必要がございますので、お部屋の方でお待ちいただけますか⁈」
「そうか分かった。終わったら呼んでくれ」
「畏まりました」
3人が退出し振返ったエリさんは”てへぺろ”している。エリさんは嘘は言っていなくて、少し寝汗をかいていたので着替える事にした。
体を拭きながら先日のサップがまた庭に来ていた話をしてくれる。一歩近づいただけで逃げられショックだったと話すエリさん。微笑んだら頬が突っ張り痛みが走る。腫れは今日がピークみたいでずきずきしている。こんな時は日本の鎮痛剤が欲しい。この世界は漢方しかないからなぁ…日本が恋しい…
雑談を楽しんでいたら、アレックスさんが痺れを切らし声をかけてくる。これ以上は3人の機嫌が悪くなりそうなので部屋の方へ行く。3人の美丈夫に囲まれ確かに緊張するよね… 3人は私の様子を伺っている。
沈黙の後口火を切ったのは殿下だった。
「春香…アンリ王女の件決着がついたよ。詳しくは後でミハイルから聞くといい。傷の具合はどうだい?」
「気遣って頂いてありがとうございます。今頬がピークにズキズキしますが体は元気です」
「陛下も心配していてよ。落ち着いたら顔を見せに来て欲しいと言っていた」
「はい。落ち着いたら伺います」
「春香。落ち着いたら話そう」
「うん。少し時間が欲しいです」
殿下とアレックスさんは不安そうな顔をして席を立ち退室していった。ミハイルんさんは真っ直ぐ私を見据える。この事件の前まで次ミハイルさんに会ったら想いを告げるんだと意気込んでいたのに、今は帰ろうか悩みだしている。
私の不安な気持ちが顔に出ているのか、ミハイルさんは隣に座っていいか聞いてくる。いつもはそんな事聞かないのに。明らかに気を使わしている。
ゆっくり抱きしめるミハイルさん。久しぶりのミハイルさんの香りに心がムズムズしだした。
「ハル…結果から言うとアンリ王女の求婚は正式に断ったよ」
「うん…」
「俺にはハルしかいない。ハル以外は要らない。ハルだけなんだ…」
「うん…」
「ハル⁈」
多分私の気持ち(答え)待ちしているミハイルさん。どうしよう…今は答える事が出来ない…
でもこのまま沈黙する訳にいかず。とりあえず今言える事を素直に話す事にした。
「あのね、ヴェルディアで3人が好きな事を自覚し、殿下とアレックスさんには応えたの。でね、レイシャルに戻ったらミハイルさんにも好きって言うつもりだった…けど…」
「”けど”なんなんだ」
「婚姻する気になるか分からないし、今私の心は”日本へ帰る”選択肢が多くを占めているの…理由は今は話せない…少しの間そっとして欲しい。多分今何を聞いても受け入れられないから」
顔色を無くすミハイルさん。悪いと思うけど私には時間が必要なのだ。ふと視界に入るミハイルさんは膝の上の両手を強く握りしめている。
「!」
強く握りすぎ血が出てる。慌ててミハイルさんの両手を掴んで
「やめて!血が出てるよ」
ハンカチを取り手の平に当て止血をする。
「テクルスはなぜ俺にだけ試練を与えるんだ!煩わしい悩みが無くなり、やっとハルに向き合えたのに…」
ミハイルさんを見上げたら、綺麗な琥珀色の瞳から雫が…
「!」
どうしていいか分からず、思わずミハイルさんに抱き付き私も泣けて来た。
「ミハイルさんは悪くない!私の問題なの!ミハイルさんの事は大好きなんだよ!でも残る話はまだ…」
後頭部を固定されミハイルさんが口付けてきた。頬の腫れが痛いが嫌じゃない自分がいる。頬にミハイルさんの雫が降ってくる。深くなる口付けを受けやっぱり好きだと実感する。
「っつ!」
口付けの角度を変えた時に腫れている頬に当たり痛みが走る。顔を歪めた私に気づいたミハイルさんは唇を離し強く抱きしめ、譫言の様に私の名を呼び続ける。
どうしていいか分からずただ涙がこぼれ落ちて行く。どうしたらいいのか誰か教えて…
「へ?キレてますか⁈」
更に殺気立つ殿下。また恐怖が襲いクロードさんが殿下に駆け寄り耳打ち。殿下は殺気を抑え足早に私の元に来て
「春香!」
殿下が抱きしめようとしたら、また体が強張ってしまった。躊躇した殿下はゆっくり優しく抱きしめる。
「すまない。また怖がらせた」
首を振ると背中をゆっくり撫でられ、殿下の鼓動を聞いていたら震えも止まった。慰る様に私の頬に触れ額に瞼に口付けを落とす。柔らかい口付けに自然と涙がとまる。
「殿下なんで?」
「町屋敷のクリスからアンリ殿下が春香の元に向かったと連絡が受け流石に静観できなくてね。ミンメイ殿、春香は私の妃候補だ。ゴラスはどう責任をとるおつもりだ⁉︎」
すると銀髪の髪を一つに纏め眼鏡を掛けた女性が入って来た。どうやらこの女性が宰相補佐の様で、私の前に跪き深々と頭を下げて謝罪をされた。
「ゴラスに戻り陛下に報告した上で、国として正式に謝罪に参ります。付き合わせは当然中断しミハイル殿との縁は白紙となり、約束通りアンリ殿下にはバーデラン皇国の皇太子と婚約していただきます」
「まって!春香に謝るわ!まだ約束の時が残っているの!ミハイルに最後の告白をさせて!」
アンリ王女が懇願するが冷ややかな視線をアンリ王女に送ったローランド殿下は…
「罪を犯した者が願うか⁉︎貴女はご自分で最後のチャンスを手放したのだ。王族は全て許される訳では無い」
「いや!こんな最後!」
アンリ王女はその場に崩れ落ちた。
アンリ王女は確かに自分で最後のチャンスを手放し同情は出来ないけど、私が煽った感は否めなくて少し罪悪感を感じる。だから…
殿下の腕から抜け出し泣き崩れるアンリ王女の前に正座して…
「えい!」
「「「「「 は? 」」」」」
手を振り上げ軽く振り下ろす。
「ごめんなさい。叩かれて腹が立ち王女にチョップしちゃいました。私も王女に手を挙げたので、おあいこですよね! いや他国の王女に手を上げた私の方が罪に問われますか⁈ローランド殿下」
すると殿下が楽しそうに笑いだした。
「そうだね。春香が手を出してしまってはゴラスに謝罪を要求できないね。しかし先に手を出したのはアンリ殿だから、春香に罪は無いなミンメイ殿」
「もっ勿論でございます。春香様貴女は…」
「ミンメイ殿。春香の気持を察してくれ」
チョップされた頭を押さえ呆然とするアンリ王女の手を取り
「今日はまだ終わっていませんよ。今から戻ればミハイルさんに告白する時間位はあるかと… ご自分の気持を伝えて来て下さい。自分で行動しないと後悔します」
やっと顔を上げた彼女は
「春香は。愛している人に他の女が求婚するのは嫌じゃないの?」
「正直嫌ですよ。でも決めるのはミハイルさんです。それにその人の想いはその人だけのもの。例え神や女神であっても邪魔は出来ないから。アンリ王女がミハイルさんを想う気持ちに私がとやかく言えません」
「もしミハイルが私を選んだら…」
その時は私はどうする? 少し考えて
「その時はやけ酒して三日酔いをして暫く廃人になります。でもねちゃんと納得して前を向きます」
「貴女…ブスなのにいい奴ね」
「それ褒めてます?」
「私が褒める事は殆どないのよ!光栄に思いなさい」
「ありがとうございます。それより早くその泣き顔を直して万全の状態でミハイルさんのもとへ! ほらほら急いで!」
アンリ王女の手を取り一緒に立ち上がったら、アンリ王女を影さんが支え出口に歩き出す。遅れてエリスさんが歩いて来て私に顔を近づけて来た。お礼を言われるのかと思ったら… 周りに聞こえない小さな声で
「貴女が(この世界に)来なければ、我が君は幸せになれたのに…二度と君主の前に姿を見せないで」
「へ?」
今さり気無く凄い事を言われた。いい事したと自己満足中の私には衝撃的な言葉だった。
退室して行くアンリ王女とエリスさんを呆然と見送った。すると背中が温かくなり殿下が後ろから抱きしめてくれる。
「春香は相変わらず優しく人が良すぎる。でもそんな春香は私の誇りだ」
「…」
「春香様!」
ミンメイさんに呼ばれて慌てて前を見ると
「春香様の恩情に感謝し陛下に報告後、改めて陛下より謝罪と感謝を申し上げさせていただきます。この後、アンリ王女を監視いたしますので、これにて失礼いたします」
ミンメイさんは一礼し足早にアンリ王女を追かけ退室していった。一気に気が抜け殿下に支えられる。
急転直下に頭が真っ白になる。つい数時間前まで早くミハイルさんに想いを告げ抱きしめて欲しいと思っていたのに、今私の頭の中はこの世界に居ていいのか分からなくなって来た。
どうしよう…万人に望まれるなんて思ってないけど、あんなにはっきり私自身を否定された事ない。
胸のもやもやと頬の痛みで情緒不安になったら涙が出て来た。
「春香。アレクが心配している。アレクの元に帰ろう。可哀そうにこんなに赤くなって」
「アレックスさんに会いたい…」
普段は嫉妬するのに私の気持を察し何も言わず抱き上げ運んでくれる殿下。テクルスの使いであるアレックスさんに会って聞きたい。私は本当にこの世界に必要なのか…
馬車の中では殿下は何も言わずに抱きしめてくれる。でも不安と疑問は消えない。
コールマン家の町屋敷が見えて来た。監禁されていた場所から半時間程で着き、壊れた門に騎士さんが立っていた。屋敷前にはアレックスさんとセバスさん、エリさんが待っている。
馬車が停まると扉が開きアレックスさんが飛び乗って来た。悲壮な顔をしたアレックスさんをみたら余計に不安になる。
「春香…」アレックスさんの視線は私の頬に…
「ごめんなさい。注意していたんだけど、やっぱり警戒心がまだ足りないみたいで…」
「何も言わなくていい。医師が待っている。まずはその赤く腫れた頬の治療が先だ」
「うん…」
アレックスさんに抱っこされ部屋に運ばれると、そこには医師が待ち構えていた。
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「ありがとう…でもごめん…疲れてるから一人にして欲しい…」
「春香…俺はお前を遣わせてくれたテクルスに感謝している。春香が来て俺の人生は…」
今は何も聞きたくなくて思わず布団を頭から被ってしまった。ごめん…今日は私駄目ちゃんです。
「…何かあればベッド横のベルを鳴らせ。エリが隣で控えているし。俺も様子を見に来るから」
「うん…ごめんなさい」
アレックスさんは静かに出て行った。
今私の心は不安で全て悪く考えてしまう。どんなに皆が良く言ってくれても多分素直に聞けない。
「もう…帰っちゃおうかなぁ」
溜息一つ吐く。ここに来て帰る選択肢が急浮上して来た。モヤモヤと頬の痛みを抱え眠りに着いた。
翌朝目が覚めたら手が温かい。見るとミハイルさんが手を握りうたた寝している。いつの間に来たんだろう。
来てくれた事が嬉しくて少し気持ちが浮上する。眠るミハイルさんを見ていたら目の下に隈が目立ち少し痩せた様だ。ちゃんと食べて寝ていたのかなぁ…アンリ王女はどうなったの?
眠っているのに起こす訳に行かず、眠るミハイルさんを見ていたら…
“ガチャ”
寝室の扉が開きエリさんが顔を出した、手に薬瓶を持っている。多分薬の時間なんだ。でも…まだ寝ているミハイルさんがいて、視線でエリさんとどうしようか相談する。結局、音を立てない様にベッドに来たエリさんに薬を塗ってもらう。軟膏を塗りガーゼを頬に当てた瞬間痛みが走り思わず
「いっ!」
「きゃぁ!」
私の頬に手を当てているエリさんの手首をミハイルさんが掴んだ。驚き悲鳴を上げるエリさん。頬に手を当てられ身動きが取れず硬直する私。
目覚めたミハイルさんは破顔しエリさんの手を払い、両手で私の頬を固定し額に瞼に口付けする。間近でキスを見て真っ赤な顔をして部屋の端まで逃げるエリさん
「エリさん!薬が途中です!ミハイルさん薬が!!」
「そんなもの後で…いや!治療が先だ、そこの侍女済まなかった。続けてくれ」
そう言いベッドから離れるミハイルさん。悲鳴が部屋の外まで聞こえた様で、アレックスさんと殿下が駆け込んで来て部屋の中はカオス状態に…
美丈夫3人に見守られながら私の世話をするエリさんは額に大粒の汗をかいている。
小声で「ごめんね」と言うと
「素敵な男性を間近に見れて福眼ですが緊張します。春香様はよく平気でいれますね」
「慣れです」
「慣れますか?」
頷くと二人で小さく笑う。いいなぁ…女子どうしでする他愛もない会話。エリさんは気さくで明るいから嫌な気持ちが小さくなる。ほっこりしていたら
「エリ。処置は終わったか?」
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「殿下、若様、ミハイル様!申し訳ございません。春香様はお着換えの必要がございますので、お部屋の方でお待ちいただけますか⁈」
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「畏まりました」
3人が退出し振返ったエリさんは”てへぺろ”している。エリさんは嘘は言っていなくて、少し寝汗をかいていたので着替える事にした。
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雑談を楽しんでいたら、アレックスさんが痺れを切らし声をかけてくる。これ以上は3人の機嫌が悪くなりそうなので部屋の方へ行く。3人の美丈夫に囲まれ確かに緊張するよね… 3人は私の様子を伺っている。
沈黙の後口火を切ったのは殿下だった。
「春香…アンリ王女の件決着がついたよ。詳しくは後でミハイルから聞くといい。傷の具合はどうだい?」
「気遣って頂いてありがとうございます。今頬がピークにズキズキしますが体は元気です」
「陛下も心配していてよ。落ち着いたら顔を見せに来て欲しいと言っていた」
「はい。落ち着いたら伺います」
「春香。落ち着いたら話そう」
「うん。少し時間が欲しいです」
殿下とアレックスさんは不安そうな顔をして席を立ち退室していった。ミハイルんさんは真っ直ぐ私を見据える。この事件の前まで次ミハイルさんに会ったら想いを告げるんだと意気込んでいたのに、今は帰ろうか悩みだしている。
私の不安な気持ちが顔に出ているのか、ミハイルさんは隣に座っていいか聞いてくる。いつもはそんな事聞かないのに。明らかに気を使わしている。
ゆっくり抱きしめるミハイルさん。久しぶりのミハイルさんの香りに心がムズムズしだした。
「ハル…結果から言うとアンリ王女の求婚は正式に断ったよ」
「うん…」
「俺にはハルしかいない。ハル以外は要らない。ハルだけなんだ…」
「うん…」
「ハル⁈」
多分私の気持ち(答え)待ちしているミハイルさん。どうしよう…今は答える事が出来ない…
でもこのまま沈黙する訳にいかず。とりあえず今言える事を素直に話す事にした。
「あのね、ヴェルディアで3人が好きな事を自覚し、殿下とアレックスさんには応えたの。でね、レイシャルに戻ったらミハイルさんにも好きって言うつもりだった…けど…」
「”けど”なんなんだ」
「婚姻する気になるか分からないし、今私の心は”日本へ帰る”選択肢が多くを占めているの…理由は今は話せない…少しの間そっとして欲しい。多分今何を聞いても受け入れられないから」
顔色を無くすミハイルさん。悪いと思うけど私には時間が必要なのだ。ふと視界に入るミハイルさんは膝の上の両手を強く握りしめている。
「!」
強く握りすぎ血が出てる。慌ててミハイルさんの両手を掴んで
「やめて!血が出てるよ」
ハンカチを取り手の平に当て止血をする。
「テクルスはなぜ俺にだけ試練を与えるんだ!煩わしい悩みが無くなり、やっとハルに向き合えたのに…」
ミハイルさんを見上げたら、綺麗な琥珀色の瞳から雫が…
「!」
どうしていいか分からず、思わずミハイルさんに抱き付き私も泣けて来た。
「ミハイルさんは悪くない!私の問題なの!ミハイルさんの事は大好きなんだよ!でも残る話はまだ…」
後頭部を固定されミハイルさんが口付けてきた。頬の腫れが痛いが嫌じゃない自分がいる。頬にミハイルさんの雫が降ってくる。深くなる口付けを受けやっぱり好きだと実感する。
「っつ!」
口付けの角度を変えた時に腫れている頬に当たり痛みが走る。顔を歪めた私に気づいたミハイルさんは唇を離し強く抱きしめ、譫言の様に私の名を呼び続ける。
どうしていいか分からずただ涙がこぼれ落ちて行く。どうしたらいいのか誰か教えて…
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