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53.困惑

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大変な事になった!声が出ない!
まるで声を魔法で奪われた様に口を動かしても声がでない。側近ライナーの悪事を突き止め、これでジャン王太子が私と結婚しなくてもジャン王太子は王になれ、愛する女性リリアンと婚姻出来る。いい仕事したと自画自賛し近いうちにシュナイダー領地に帰れるとその時は思っていた…

そんな時に犯人がとんでもない事を言いミハイルさんの逆鱗に触れ、抜刀沙汰になりミハイルさんが本気でキレた。ミハイルさんが知らない男の人みたいで怖かった。分かっている…私を思い怒ったこと…
でも…

尋問していた部屋から出たアレックスさんは声なく泣く私を抱え足早に廊下を歩き、近くにいた侍女に何か指示を出してまた廊下を歩いて行く。

「春香。大丈夫だ。落ち着け疲れるから泣くな。俺が付いている」

頭の上から優しい声がし、私はそのまま意識を手放した。


目が覚めたらベッドの中だった。ベッドサイドにはランプが灯り外は暗い。今は何時なんだろう…時計を見たら10時だ。寝たけど体が重い。
喉が渇き部屋の方へ行こうと扉の前に行くと、話し声が聞こえてきた。この声はミハイルさん、アレックスさん、侯爵様とマニュラ夫人だ。
盗み聞きするつもりは無かったが扉の前で止まってしまった。

「ジャン王太子が一刻も早く帰国したいと申され、明日朝一にお立ちになる。陛下に報告する為に私とミハイル殿は明日王太子に同伴し王都に向かう。
私が留守の間はアレックスに屋敷と領地を任せる」
「畏まりました」
「あなた。春香さんは王都に戻り医師に診てもらった方がいいんじゃないの、うち専属医師では…」
「母上。恐らく精神的なものが大きいから、急激な環境の変化はかえって負担になる。今は穏やかに過ごせる様にした方がいい。母上。春香を慈しみ穏やかに過ごせる様に頼みます」
「勿論よ。もう春香さんは娘だわ」
「ではジャン王太子と明日の打ち合わせをしてくる。マニュラはリリアン様の帰り支度の手伝いを。ミハイル殿はもう少し待ちますか?」
「はい。明日は朝早くハル…春香に会えないので…もう少し目覚めるのを待ちます」

ジャン王太子とミハイルさんは明日帰る…シュナイダー領地に帰りたい!でも今帰ったら確実にローランド殿下やレイモンド様やアビー様に心配をかける。早く治さないと!でもどうやって?
侯爵様とマニュラ様が退室していった。まだミハイルさんとアレックスさんがまだ居る。

沈黙が続いている。どのタイミングで入ればいいか悩む。するとアレックスさんが静かに話し出した。

「俺はテクルスの啓示を受けた時、春香の元の世界を見せてもらった。春香は優しい両親と平和な世界で育っている。抜刀沙汰は初めてだろう。それに本気の貴方は騎士である俺でも恐ろしいと思うほどの殺気だ。間近で見ていた春香はそれ以上に恐怖を感じただろう。春香はミハイル殿が自分の為にしてくれたのは理解している筈。しかし本能的に恐怖を覚えてしまった。恐らく頭で理解しているのと身体が一致せず、その負担が失語症となったのだろう。貴方の気持ちは理解できるが、暫くは春香をそっとしてほしい。俺が護り責任をもつ」

「アレックス殿。正直に答えて欲しい。貴殿はハルを愛しているだろう⁉︎テクルスの使いは関係なく1人の男として!」

「…」

『アレックスさん!なんで沈黙がするの?早く否定しないとミハイルさんが誤解する!テクルスの啓示があるからって言って!』

「分からん。俺は今まで女性に好意を寄せた事がない。幼き頃から殿下の幸せだけを願ってきた。始めは迷い人なのに殿下を受け入れない春香は気にくわずキツく当たった。しかしテクルスの啓示を受け春香の生い立ちを知り、一生懸命自分の境遇を受け入れようとしている彼女の力になり、幸せになる助けをしたいと思った。その気持ちが”愛”なのかは俺には分からない」

「俺も加護の影響で女性に好意を持ったことが無い。ハルと出会い俺の世界は色付き輝き始めた。その小さく愛らしいハルを大切にしたい。だがライナーの発言が許せず怒りで我を忘れ歯止めが効かなかった。
俺はまだまだだ。愛するハルを傷付けてしまった。ずっと拒まれたら俺はどうしていいのか分からん…」
「ミハイル殿の気持ちはよく分かります。俺が初めからあの場にいたら同じ事をしましたよ」

2人のデレぶりに赤面し、すっかり出て行くタイミングを逃して扉の前で佇む私。
ミハイルさんが明日帰ってしまうから、会ってお礼を言いたいけど声が出ない。どうやって伝える?
筆談?この国の言葉は読めるけど書けるかなぁ⁈
確かサイドテーブルに紙と羽ペンがあった。
書いて読んでみたら”ひらがな”だ。まるで小1の作文だし!ないわ…

書き直そうとサイドテーブルに紙を置こうとして置いてあった花瓶を倒してしまった。

“ガシャーン” 

 “ばん!” 

「「春香!」」

凄い勢いでミハイルさんとアレックスさんが入って来た。私は必死で床に屈み花瓶を拾っている所だった。アレックスさんが駆け寄り私を抱きかかえベッドに座らせ、私の前に跪き手を取り心配そうに私の顔を覗き込み

「大丈夫か?気分は」
『大丈夫…』

寝たら声が出るかもと期待したがやっぱりダメだった。また涙目に…

「焦らなくていい」

頷き顔を上げたら扉にミハイルさんが立っていて、辛そうな顔をしている。いつもなら誰よりも早く駆け寄ってくれるのに…寂しく感じる反面、ミハイルが来て前みたいにハグできる自信がない。
まだ少し怖い… 手が震えいる私に気付いたアレックスが小声で

「無理しなくていい…」

でも明日帰っちゃうのに、あんな顔させたままは嫌だ。アレックスさんに書いた手紙を見せてベッドから降り、手紙を持ってミハイルさんの前に行く。

そして見上げてミハイルさんと目が合う。ミハイルさんはいつも変わらぬ優しい眼差しだ。でも

『うっ!』

剣を振り上げたミハイルさんの横顔が脳裏に過ぎる。身震いして後退りしてしまった。途端にミハイルさんが表情を無くす。

頑張れ私!震える手でミハイルさんに手紙を差し出した。戸惑いながら手紙を受け取ったミハイルさんは読んで驚いた顔をして私を見てる。
ミハイルさんは両手を前に出し…

「何もしないハグしていいか?」

ハグしてほしいけど咄嗟に避けてしまうかもしれない。でも…

『うん』

頷くとゆっくり優しく包み込んでくれた。
ミハイルさんの温かい体温に安心するけど、不安な気持ちが頭を出し始めた。
震える手でミハイルさんの背中を叩く。慌てて離れるミハイルさん。ミハイルさんは一歩下り

「明日、朝一ジャン王太子が王都に戻る。俺も陛下に報告があるから同行する。ハルはもう少しここで療養するといい。アレックス殿が護ってくれるから安心して」

頷くとミハイルさんは踵を返し退室していった。
途端に涙が溢れて視界がぼやける。急に背中が暖かくなり、見上げるとアレックスさんが頭を撫でて

「お腹は空いてないか?」
『うん』
「用意させよう。ベッドで待っていて」

私をベッドに運びアレックスさんは食事を頼みに退室した。ミハイルさんが帰る前に会えてよかった。
けど…私これからどうなっちゃうの⁈
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