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第4章  飄々

第7話  協定

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 ヌクレオは少女に提案する。

(精霊を二霊も従え隔離領域まで侵入したノアさんを排除することは不可能です。しかも、妖精までいます。物理透過する妖精の侵入を防ぐ方法は試算成功率10%以下です。先程まで別空間でノアさんとご一緒しましたが人となりも含めて敵対禁止協定を結ぶことを勘案します)

「――あなたの言うことで間違ったことはないけど。……本当に大丈夫なの? さっき、精霊をけしかけてきたわ。今のうちに最下層に転移させてしまわない?」

(危険です。それに――ダンジョンの管理権限がまだ戻ってきていません)

「――権限のエラー? どうすれば管理権限を戻せるの?」

(ノアさんに放棄してもらわないとなりません)

「――えっ? ……あの子が管理権限を持っているの?」

(はい。敵対行動はマスターの生命を脅かします。ノアさんとの交渉は私が責任を持って行います。賢明なご判断をお願いします)

 少女にとってあの男の子は相性の悪い天敵らしい。

「……分かったわ。任せるわヌクレオ」

(はい。お任せください)





 おっ! 打ち合わせが終わったみたいだな。

 少女が奥に下がった。

 モルト。悪いが下りてくれ。

 今のモルトは右肩に馬乗りになり両手で俺の顔を抱えてビタ-ッと抱き着いている。

 かまってちゃんモルトは可愛いが、さすがにこの状態で話は失礼だろう。

 モルトは言うことを聞いて下に降りてくれた。

 ヌクレオさんの声が頭に響く。

(ノアさん。いくつか提案がありますが、その前にお互いに敵対行動はせずに落ち着いて話をするという前提を約束して頂けますか?)

((いいですよ。約束します。ヌクレオさん))

(――っ! ……それでは先程も確認しましたが、まずダンジョンで冒険者が死ぬ事もあるということは容認頂けるという理解で良いですね?)

((そうですね。死にたくなければ入らなければいいし、ダンジョンが経済を支える一面もあると考えます))

 例えるなら山だな。そこに登って亡くなったら自己責任だろ? 山には動物がいてそれを狩って食べ山菜やキノコなどの糧も手に入る。

 ダンジョンはそれが更に強化されてこの世界にはなくてはならない資源の収穫場だ。

(私たちの役割はダンジョンが円滑に運営されるように管理と整備を繰り返すものです。決して私たちが冒険者を殺そうとしている訳ではありません。このダンジョンの難易度が高いのは私たちの身を守る面もあります)

((それに関しては否定も肯定もできません。納得できる部分と納得できない部分が内在します))

 まぁ。本当は、ほぼ納得できるんだが、ちょっと引っかかる。

 自分が死んでも他人が死んでもしゃーないで済ませるが、身内が死んだらお礼参りにはくるだろうからな。

 何しろ俺はちっちゃい男だ。

 八つ当たりできる相手がいれば絶対に仕返しにいく。キリッ!

 まぁ。もしも身内がダンジョンに入るならケガしないように装備増し増しで送り出すけどね。

 でもまぁ。冒険者の死は彼らにとっては結果であって目的ではないというのは許容できる話だ。

(少しでも納得いただけるのなら十分です。わたしからの提案はお互いの敵対禁止協定です。お互いに敵対しないという簡単な協定です)

((そもそも敵対していないのでは?))

(現時点ではそうかもしれませんが、今後も敵対せずに、尚且つ問題は話し合いで解決しましょうという提案です)

((う~ん。どうしようかな))

 ――メリットを感じない。

 口約束の拘束の緩い協定にも意味が無いし、ヌクレオさんにとってはメリットのある話なんだろうが。

 だったらなんかくんねぇかな?

 今ならっ! 何とっ! のお得感が欲しい。

 あっ! そうだ!

((ダンジョンの仕組みや仕様を教えてくれるならいいですよ))

(――マスターに確認します。少々お待ちください)

 ダンジョンという謎仕様の解明はそそられる情報だな。 どうか通れ! この要望。

(マスターの許可が下りました。そちらの条件を追加します)

 よっしゃー!

 その後は細かい取り決めだが、ほぼ俺が丸飲みした。

 ダンジョンの秘密を知れるなんて気分がいいからな。知的好奇心がムズムズする。

 それにこのダンジョンのホスピタリティの高さも協定に同意した大きな理由だ。

 ちゃんと運営されている素晴らしいダンジョンだと俺も思う。

 取り決めの詳細は省くがザックリというとダンジョン攻略は八〇階層を最大とすること。

 ダンジョンの仕様などの確認は低階層に部屋を用意するので日を決めてそこで行うこと。

 ヌクレオさんとマスターさんと俺がお互いに敵対行動をとらないこと。

 目の前に机と椅子と協定書が現れたのでサインする。

(これで相互敵対禁止協定はこのダンジョンのルールとして適用されます。違反したものがダンジョンからはじき出されます。宜しいですか)

((はい。構いません))

 やっぱ罰則がありました。

 しっかりとヌクレオさんから説明も受けたので、事前に申し入れをすれば同意が無くても破棄できる項目を追加してある。

 横紙破りも出来る好条件を容認するなんて何でか知らないがどうしても協定を結びたいみたいだね。

(それでは最後にノアさんにお願いがあります)

((はい。何でしょうか?))

(ノアさん。権限を放棄すると声に出して言って頂けませんか?)

((んっ? ――何の権限を放棄するんですか?))

(ダンジョンの管理権限です)

((えっ? ――今は私が持っているんですか?))



(はい。今はノアさんが保持しています)

 えっ? 何ができんだろ。試してみるか!

(その権限の行使は敵対禁止協定に違反します。すぐに権限放棄を宣言して下さい)

 あちゃ~。これかっ! この為の敵対禁止協定か。

 でもまぁ。いいか。

 どうせ持ってるのを知らなかった権限だし、これからダンジョンの事はじっくり教えてもらおう。

 ダンジョンが欲しい訳でも無いしな。俺にとっては惜しくもない権利だ。

 あっさりと宣言する。

「ダンジョンの管理権限を放棄します。これでいいですか?」

 俺には何も起きないがヌクレオさんが急に輝き出す。

 光が収まると二等辺三角形で正八面体を作ったヌクレオさん本体の大きさが小さくなり、濃い群青が美しく深い紫へと変わる。

(――っ! ……ありがとうございます。ノアさん。この後は地上に戻られますか?)

 どうやら四日も経ってしまっているそうだ。

 一反帰るのがいいかな。

 俺はヌクレオさんに送ってもらい地上へと戻った。
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