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第2章  氾濫

第19話  内幕

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 ――――一年前

 ガタイの良い商人風の男が報告を聞いている。

「食料自給率が劇的に改善される兆しがあるだと。どういう事だ。長年の工作が順調に進み、破綻まであと数年という状況だった筈だが」

 報告に来た男が商人風の男の問いに答える

「はい。ケィンリッド・マクドーガルという者が耕作地を大幅に増やし、未知の野菜を数多く生み出し、王都の食料事情を大幅に改善しつつあります。王民事業体イーディセルの農業部門のトップです」

「その者は以前にも耳にした。現場主義だとか、プレイングマネージャーとして有名だな。その者一人でそれ程の改善があったという事か?」

「はい。かの者が作り出した成功モデルを、王国が全土に波及させる計画が持ち上がりました」

 帝国が王国にしかける戦争は領土侵略に留まらず、間接戦略も数多く仕掛けられている。

 数多くの失敗の中、男のチームの作戦は成功まであと一歩へと近づいていた。

 二〇年前に王国側より発表された。

 ――王国全土の増員強兵政策。

 戦闘職の人間を増やす事を目的に実行されたこの政策は、今後の人口増加を見越して、農地の開墾と小麦の栽培を推奨し補助金を出すというの二本の柱で計画されていた。

 長い期間にわたり王国に根を張り浸透していた男のチームは、王国内で賄賂を使い汚職をする貴族を援助し、邪魔な人間は暗殺もしてきた。

 パイプのある貴族を農地開墾の責任ある地位に就け、国から支給される費用の着服を促した。

 書類上の記録では開墾が行われた土地が増えたが、実際には増えていない齟齬。

 しかもそれが、王国の至る所で発生している。

 工作員達が二〇年を掛けて仕掛けた、迂遠だが静かに広がる破滅に向かう毒。

 あと数年後の食料破綻をもって、収穫前の麦に火を放ち、困窮する市民を扇動して暴動を起こす。

 国が荒れればひとまずの成功だ。

 混乱する王国にまた違う間接戦略を行えば良い。

 少人数の男のチームで成し遂げた偉大な戦果により、男は帝国内での栄達を迎える筈だった。

「ケィンリッドの周辺を調べろ、暗殺で食料自給率の改善を妨害出来るなら易いものだ」

 調べると、既に遅きに逸しケィンリッドを害しても計画が進む段階まで来ていた。

 しかし、気になる情報が入って来る。

 農業部門の代表である、ケィンリッドのトラクターと呼ばれるゴーレムの後ろに座り、あれこれと指示を出している子供がいる。

 その者は、ケィンリッドが育成に成功した新たな数々の野菜を、王都へ広めるネスリングスで、師匠やらオーナーと呼ばれている。

 今を時めく、今後の王国を支えるゴーレム製造会社。メイリン&ガンソの社長が下にも置かぬほど丁寧に接している。

 しかも、固い警護が周辺を固めていて、大公家令嬢が絶えず守るように側にいた。

 更に、人間とは距離を置くエルフの庇護下にあるという。

 調べれば、調べるほど、盛り過ぎな状況証拠の数々が出揃う。

 男のチームが二〇年の歳月をかけて摘み取る直前まで成熟させた成果を台無しにした者。

 ――――ノアというクソガキ。

 ――男達の計画はとん挫した。

 王国の食料事情は来年には更に改善するだろう。長年手掛けた計画はその意味を失った。

 ならばせめて、自分たちが王国に大混乱を巻き起こしたという結果は手にして帝国に戻りたい。

 丁度そこに帝国で開発された”ファギティ-ヴォ”という兵器の情報が届く。

 それはダンジョンのスタンピードを誘発させるという。

 帝国の伝手を使いその兵器を手に入れた男は、王国へのテロを計画する。

 その計画を練っている最中にノアという忌まわしい小僧が王都を離れるという一報が届く。

 王都から一番近いダンジョン都市。

 ――城楯都市ドゥブロベルクへ。

(ふんっ。良い機会だ巻き込んでやろう。その方が清々する)

 私怨を発散できる喜びに、男は不敵にニヤリと笑った。

 ノアが王都を旅立ち城楯都市ドゥブロベルクへ向かう日時に合わせてテロ計画は実行を待つ。


§


 ――旅立ったノアを遠くから双眼鏡を使って観察する男がいる。

 変化はドゥブロベルクがあと一日の距離と迫ったときだ。

 ノアを王都から警護していた護衛が任務を終えて離れて行った。

 今しがたノアが到着した野営地は複数の道の交差地点となっており賑わっている。

 そこから城楯都市ドゥブロベルクまでは人通りも多く安全な道だ。

 その場所までが区切りだったのだろう。

 男は一人になったノアの元へ距離を縮めた。

 そして野営をしているノアに人好きのする笑顔で近づき話しかける。

「――兄ちゃん旨そうな匂いだな」

 男の偽名はマグスオン・ミーシャス。ノアをつぶさに観察した。





 えぇ! そりゃぁもう! かっ飛んでますわ。

 このトラクター……どう考えても時速一〇〇キロで走る様に出来てねぇ!

 ……知ってたけどっ!
  
 地面からの微振動でブレブレの視界。

 ちょっとした轍で取られそうになるハンドル。――何しろ緩々だからな。

 恐怖と緊張で瞬きを忘れるよ。

 先行して飛んでもらっているツンツクに前方に障害物があったら、知らせてくれるように言ってある。

 ――視線を重ねて上空から見る

 ムリムリ事故る。

 この世界の恐竜みたいな騎獣は、成人男性を乗せて走って、ざっと平均時速三〇キロだ。

 最大速度でも時速五〇キロには届かない程度だろう。

 しかもその最大速度を長時間の維持は出来ない。

 昨日の俺は時速四〇キロで移動したから、ボチボチ追いつけるかと思っていたんだが、悪人って何でこんなに勤勉なんだろう。

 サボらずにせっせと移動距離を伸ばしているらしい。

 下手したら夜の時間も移動に使った可能性があるな。

 おっと! 20km先のオナイギから連絡だ。

 ――スタンピード発見の一報。
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