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第1章  伏龍

第40話  要望

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 一杯のかけうどんを自分達で取り分けるマルティンさん。食前の祈りを捧げそれを食べ始める。

「っん! 旨いな!」「美味しいですね」「旨いですな」

 ほほう! 地元のプロの料理人に認められるなら幸先が良いな!

 二口程で食べきると出汁まで飲み干してしまう。

「ありがとうございます。素人の料理ですので是非プロの意見を聞かせてください」

「いやいや。こんだけ旨い物食べさせて意見もねぇな! 逆に教わりたいくらいだぜ。明日もこのうどんって料理を作るのかい?」

「明日の料理は検討中です」

 明日は出汁の研究の予定だったがどうすっかな?

「いや~! 孤児院へ明日も行くって約束しちまったからな。また何か作った時に、間が良かったら味見させてくれぇ」

 これから俺が作る料理をこの世界で広げたいと思っている。

 うどんに限らずに、今畑で作ってる新しい野菜を材料にした料理を提供しながら、傍らで野菜を売るのだ。

 料理を食べて美味しいと思わせないと。

 真っ赤な野菜なんてこっちの世界の人は誰も買わないだろう。
 
作り方レシピはあとで教えましょうか?」

「ダメだ。ダメだ。坊。さっきはあぁ言ったが、自分の技術を安売りするのはいただけねぇな。俺にも料理人の矜持ってもんがある。対価もなく渡すことも受け取ることも出来ねぇ」

 さっきの教わりたいは冗談というか、そのくらい凄いと持ち上げる意味だったんだね。 

 言葉通り取っちゃったぜ。てへっ!

「そういえばパオラさん、料理を出しながら野菜を売れるような場所を借りたいんですが、どこか良い場所ありませんかね?」

「ノアくんが急に料理をするとか言い出したのってそれが理由? どこかで料理を提供したいの?」

「ええ。初めは屋台をイメージしてましたが、今は店舗の方が良いかなって思ってます。賃料次第ですけどね」

 俺が絶対信じられないあの常識をぶっ壊すためだ。

「ちょっとすまねぇ。パオラ様、お話しに口を出すのは申し訳ねぇが、一つ聞いて欲しい事があるんです」

 必死な顔で話し掛けるマルティンさん。

 パオラさんは構いませんよと先を促した。

「坊、料理屋を始めるって本当かい?」

「近々始めたいと思っているのは本当です。実際出来るかは、まだ分かりません」 

 それを聞くと弱ったような申し訳ないような顔で事情を話しだした。

 パオラさんの補足を交えて俺が理解した事をいつものようにザックリといくぜ!

 二万年前の神の鉄槌を覚えているかい?

 二万年もあれば宇宙そらも飛べるはずって思っていたけど、ちょっと事情があったみたいだ。

 人類がほとんどいなくなっただけじゃなく、舞い上がった砂塵で三,〇〇〇年ほどの間は日照不足に陥った。

 一歩間違えば氷河期の襲来で一気に全滅もあり得たかもしれない。

 その間は食料もほとんど育たず本当にギリギリの状態でなんとか人類は生き延びた。

 更にダンジョンと呼ばれる場所のモンスターがスタンピードと呼ばれる暴走を度々起こし、ようやく纏まった村や町も何度も何度も破壊された。

 国が興っては滅び、あるいは国同士が争い滅ぼされた。
 
 そんな時代の中ようやく王国が興ったのおよそ二,〇〇〇年前。

 近年の王国は隣国の軍事的圧力に対抗しようと小麦の栽培を増やし、公共福利の拡充と人口増加を奨励し、実際にその政策で人口は増大した。

 そして、その結果、無理な人口増加により王国内で職にあぶれるものが増えてしまった。

 ここ数年に起こった話だそうだ。

 困った王国は一人当たりの労働時間を制限し、なるべく多くの国民が短い労働時間ながら働く環境を作った。

 ワークシェアといえば聞こえがいいが、実態は大部分の王国民が自転車操業を強いられている状況だ。

 ワークシェアをしている一人当たりの平均月収が七~八万ベルだ。

 国全体の食料は小麦はあるが、他の食材はカツカツで余裕がないから食への要求が著しく低いのだ。

 干ばつか異常気象で不作にでもなったら一気に飢饉の流れだな。

 よく暴動起きねぇな。。。

 言われてみると王国までの旅の途中に入領税などは取られないのに、馬車で入ったときの人数と出て行くときの人数は随分入念に確認されていた。

 食料の問題で領に勝手に人が増えるのが嫌だったのだろう。

 そして今回のマルティンさんの話だ。

 来年十五歳の成人を迎える孤児がいる。

 十五歳になると孤児院を出て行かなければならないそうなので、十四歳になるとみんな就活を始める。

 彼らが啓示を受けた職業は料理人とパン職人だった。

 所得が減った一般市民は食費を抑える為、外食を控えるようになった。

 ――まぁ当然の流れだよな。

 その所為で低所得者向けの大衆食堂や酒場はけっこう廃業に追いやられたらしい。

 王国は政策としてワークシェアで王国民を雇った店には人頭あたりに補助金を出す事にした。

 あとは公共事業でインフラを整備し雇用を生み出す事とか。

 慈善事業としてそれなりにある小麦を使って、スラムで炊き出しなんかもしているそうだ。

 今のところスラムなどの最下層でも飢えてはいても餓死は起こっていない。

 大店はもちろん残った食堂やパン屋なども補助金目的で可能な限り人を雇っている。

 でもそれも限界域に達したようだ。
  
 その為今回の話しにでた孤児院の彼らも啓示の職業に就くことを諦めて就活を始めているらしい。

 王都を出て行くことも考えているそうだ。
 
 ただ、料理に関する啓示を受けるだけあって、マルティンさんから見ても見どころがあるそうだ。 

 せっかく神が啓示した才能なのに生かせず非常に残念に思っていた。

 ちょうどそこで俺が料理店を開こうかとの話しが出たので、藁にも縋る思いで声をかけたのだろう。

 俺もそのうち募集しようかなと思っていたが、王都にそんな事情があるなんて知らなかった。

 ――店舗の準備が整ったら会ってみてもいいかな。
 
「マルティンさん。分かりました。準備が整ったら会ってみます。あまり期待しないで待っていてください」

 そう言ってマルティンさんの元を後にした。
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