1 / 9
1
しおりを挟む
フレデリックに婚約破棄を告げられたのは、春の柔らかな陽光が差し込む午後のことだった。
「すまない、クラリッサ。君とは結婚できない」
その言葉を聞いた瞬間、私の時間は止まった。
「……何を言っているの?」
膝の上で組んでいた指が、凍りつくように冷えていく。目の前のフレデリックは、それまでと変わらぬ端正な顔立ちで私を見つめていた。だが、その瞳にはもう私への愛は映っていなかった。
「君は素晴らしい女性だ。でも、僕の心はもう君にはない」
息が詰まりそうだった。私たちは幼い頃からの幼馴染で、親同士の取り決めによって婚約が決まった。彼は優しく、真面目で、誰よりも誠実な人間だった。
「誰か好きな人ができたの?」
その問いに、フレデリックは一瞬目を伏せた。
「……ああ」
愕然とする私の前で、彼はためらいがちに続ける。
「彼女は……すまない、今は言えない」
心臓が掴まれたように痛んだ。誰なのか、それを聞くことが怖かった。
その夜、私は眠れぬまま天井を見つめ続けた。目を閉じれば、フレデリックの言葉が反芻される。「彼女は……」——何度思い返しても、現実とは思えなかった。
数週間、私は塞ぎ込んだ。食事も喉を通らず、部屋に閉じこもったまま、何をする気力も起きなかった。母や父は心配して声をかけてくれたが、私は応じることすらできなかった。
そんなある日、母が私の部屋をノックし、言った。
「クラリッサ、少しは気分転換しないと。ジェシカのお披露目会があるのよ。あなたも出席しなさい」
「……ジェシカの?」
「ええ、彼女の婚約が決まったのよ」
妹の婚約——その言葉に、私は胸の奥がざわつくのを感じた。
「相手は誰?」
「それは、当日のお楽しみよ」
母は微笑みながらそう言ったが、私にはその笑顔の裏にある違和感を拭えなかった。
そして、お披露目会当日——。
豪華なシャンデリアが輝くホールに足を踏み入れた瞬間、周囲の視線が私に集まった。誰もが私を気の毒そうに見つめる。
私はただ、まっすぐ進んだ。正面には、華やかなドレスを身にまとったジェシカと、その隣に立つ婚約者の姿があった。
その男性の顔を見た瞬間、私は全身の血が凍るのを感じた。
——フレデリック。
そこにいたのは、私のかつての婚約者だった。
一瞬、頭が真っ白になり、現実感が失われた。
ジェシカが微笑んで私に手を振る。
「姉さま! 来てくれて嬉しいわ」
フレデリックの表情は硬く、何か言いたげに私を見つめていた。
その瞬間、すべてのピースがはまった。
彼が私に「今は言えない」と言った理由——それが、目の前の光景だったのだ。
この瞬間、私の中で何かが弾けた。
——いいわ。
私は微笑みを浮かべながら、そっと手袋を外した。
そして、その指先で、決意を固める。
『ジェシカの服、全部売りさばいてやる』
そう、これは復讐だ——。
「すまない、クラリッサ。君とは結婚できない」
その言葉を聞いた瞬間、私の時間は止まった。
「……何を言っているの?」
膝の上で組んでいた指が、凍りつくように冷えていく。目の前のフレデリックは、それまでと変わらぬ端正な顔立ちで私を見つめていた。だが、その瞳にはもう私への愛は映っていなかった。
「君は素晴らしい女性だ。でも、僕の心はもう君にはない」
息が詰まりそうだった。私たちは幼い頃からの幼馴染で、親同士の取り決めによって婚約が決まった。彼は優しく、真面目で、誰よりも誠実な人間だった。
「誰か好きな人ができたの?」
その問いに、フレデリックは一瞬目を伏せた。
「……ああ」
愕然とする私の前で、彼はためらいがちに続ける。
「彼女は……すまない、今は言えない」
心臓が掴まれたように痛んだ。誰なのか、それを聞くことが怖かった。
その夜、私は眠れぬまま天井を見つめ続けた。目を閉じれば、フレデリックの言葉が反芻される。「彼女は……」——何度思い返しても、現実とは思えなかった。
数週間、私は塞ぎ込んだ。食事も喉を通らず、部屋に閉じこもったまま、何をする気力も起きなかった。母や父は心配して声をかけてくれたが、私は応じることすらできなかった。
そんなある日、母が私の部屋をノックし、言った。
「クラリッサ、少しは気分転換しないと。ジェシカのお披露目会があるのよ。あなたも出席しなさい」
「……ジェシカの?」
「ええ、彼女の婚約が決まったのよ」
妹の婚約——その言葉に、私は胸の奥がざわつくのを感じた。
「相手は誰?」
「それは、当日のお楽しみよ」
母は微笑みながらそう言ったが、私にはその笑顔の裏にある違和感を拭えなかった。
そして、お披露目会当日——。
豪華なシャンデリアが輝くホールに足を踏み入れた瞬間、周囲の視線が私に集まった。誰もが私を気の毒そうに見つめる。
私はただ、まっすぐ進んだ。正面には、華やかなドレスを身にまとったジェシカと、その隣に立つ婚約者の姿があった。
その男性の顔を見た瞬間、私は全身の血が凍るのを感じた。
——フレデリック。
そこにいたのは、私のかつての婚約者だった。
一瞬、頭が真っ白になり、現実感が失われた。
ジェシカが微笑んで私に手を振る。
「姉さま! 来てくれて嬉しいわ」
フレデリックの表情は硬く、何か言いたげに私を見つめていた。
その瞬間、すべてのピースがはまった。
彼が私に「今は言えない」と言った理由——それが、目の前の光景だったのだ。
この瞬間、私の中で何かが弾けた。
——いいわ。
私は微笑みを浮かべながら、そっと手袋を外した。
そして、その指先で、決意を固める。
『ジェシカの服、全部売りさばいてやる』
そう、これは復讐だ——。
418
あなたにおすすめの小説
貴方の幸せの為ならば
缶詰め精霊王
恋愛
主人公たちは幸せだった……あんなことが起きるまでは。
いつも通りに待ち合わせ場所にしていた所に行かなければ……彼を迎えに行ってれば。
後悔しても遅い。だって、もう過ぎたこと……
完璧な妹に全てを奪われた私に微笑んでくれたのは
今川幸乃
恋愛
ファーレン王国の大貴族、エルガルド公爵家には二人の姉妹がいた。
長女セシルは真面目だったが、何をやっても人並ぐらいの出来にしかならなかった。
次女リリーは逆に学問も手習いも容姿も図抜けていた。
リリー、両親、学問の先生などセシルに関わる人たちは皆彼女を「出来損ない」と蔑み、いじめを行う。
そんな時、王太子のクリストフと公爵家の縁談が持ち上がる。
父はリリーを推薦するが、クリストフは「二人に会って判断したい」と言った。
「どうせ会ってもリリーが選ばれる」と思ったセシルだったが、思わぬ方法でクリストフはリリーの本性を見抜くのだった。
聞き分けよくしていたら婚約者が妹にばかり構うので、困らせてみることにした
今川幸乃
恋愛
カレン・ブライスとクライン・ガスターはどちらも公爵家の生まれで政略結婚のために婚約したが、お互い愛し合っていた……はずだった。
二人は貴族が通う学園の同級生で、クラスメイトたちにもその仲の良さは知られていた。
しかし、昨年クラインの妹、レイラが貴族が学園に入学してから状況が変わった。
元々人のいいところがあるクラインは、甘えがちな妹にばかり構う。
そのたびにカレンは聞き分けよく我慢せざるをえなかった。
が、ある日クラインがレイラのためにデートをすっぽかしてからカレンは決心する。
このまま聞き分けのいい婚約者をしていたところで状況は悪くなるだけだ、と。
※ざまぁというよりは改心系です。
※4/5【レイラ視点】【リーアム視点】の間に、入れ忘れていた【女友達視点】の話を追加しました。申し訳ありません。
熱烈な恋がしたいなら、勝手にしてください。私は、堅実に生きさせてもらいますので。
木山楽斗
恋愛
侯爵令嬢であるアルネアには、婚約者がいた。
しかし、ある日その彼から婚約破棄を告げられてしまう。なんでも、アルネアの妹と婚約したいらしいのだ。
「熱烈な恋がしたいなら、勝手にしてください」
身勝手な恋愛をする二人に対して、アルネアは呆れていた。
堅実に生きたい彼女にとって、二人の行いは信じられないものだったのである。
数日後、アルネアの元にある知らせが届いた。
妹と元婚約者の間で、何か事件が起こったらしいのだ。
あなたの瞳に映るのは妹だけ…闇の中で生きる私など、きっと一生愛されはしない。
coco
恋愛
家に籠り人前に出ない私。
そんな私にも、婚約者は居た。
だけど彼は、随分前から自身の義妹に夢中になってしまい…?
本日をもって
satomi
恋愛
俺はこの国の王弟ステファン。ずっと王妃教育に王宮に来ているテレーゼ嬢に片思いしていたが、甥の婚約者であるから届かない思いとして封印していた。
だというのに、甥のオーウェンが婚約破棄をテレーゼ嬢に言い渡した。これはチャンス!俺は速攻でテレーゼ嬢に求婚した。
姉の代わりになど嫁ぎません!私は殿方との縁がなく地味で可哀相な女ではないのだから─。
coco
恋愛
殿方との縁がなく地味で可哀相な女。
お姉様は私の事をそう言うけど…あの、何か勘違いしてません?
私は、あなたの代わりになど嫁ぎませんので─。
困った時だけ泣き付いてくるのは、やめていただけますか?
柚木ゆず
恋愛
「アン! お前の礼儀がなっていないから夜会で恥をかいたじゃないか! そんな女となんて一緒に居られない! この婚約は破棄する!!」
「アン君、婚約の際にわが家が借りた金は全て返す。速やかにこの屋敷から出ていってくれ」
新興貴族である我がフェリルーザ男爵家は『地位』を求め、多額の借金を抱えるハーニエル伯爵家は『財』を目当てとして、各当主の命により長女であるわたしアンと嫡男であるイブライム様は婚約を交わす。そうしてわたしは両家当主の打算により、婚約後すぐハーニエル邸で暮らすようになりました。
わたしの待遇を良くしていれば、フェリルーザ家は喜んでより好条件で支援をしてくれるかもしれない。
こんな理由でわたしは手厚く迎えられましたが、そんな日常はハーニエル家が投資の成功により大金を手にしたことで一変してしまいます。
イブライム様は男爵令嬢如きと婚約したくはなく、当主様は格下貴族と深い関係を築きたくはなかった。それらの理由で様々な暴言や冷遇を受けることとなり、最終的には根も葉もない非を理由として婚約を破棄されることになってしまったのでした。
ですが――。
やがて不意に、とても不思議なことが起きるのでした。
「アンっ、今まで酷いことをしてごめんっ。心から反省しています! これからは仲良く一緒に暮らしていこうねっ!」
わたしをゴミのように扱っていたイブライム様が、涙ながらに謝罪をしてきたのです。
…………あのような真似を平然する人が、突然反省をするはずはありません。
なにか、裏がありますね。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる