妹に婚約者を奪われたので妹の服を全部売りさばくことに決めました

常野夏子

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 フレデリックに婚約破棄を告げられたのは、春の柔らかな陽光が差し込む午後のことだった。
「すまない、クラリッサ。君とは結婚できない」
 その言葉を聞いた瞬間、私の時間は止まった。
「……何を言っているの?」
 膝の上で組んでいた指が、凍りつくように冷えていく。目の前のフレデリックは、それまでと変わらぬ端正な顔立ちで私を見つめていた。だが、その瞳にはもう私への愛は映っていなかった。
「君は素晴らしい女性だ。でも、僕の心はもう君にはない」
 息が詰まりそうだった。私たちは幼い頃からの幼馴染で、親同士の取り決めによって婚約が決まった。彼は優しく、真面目で、誰よりも誠実な人間だった。
「誰か好きな人ができたの?」
 その問いに、フレデリックは一瞬目を伏せた。
「……ああ」
 愕然とする私の前で、彼はためらいがちに続ける。
「彼女は……すまない、今は言えない」
 心臓が掴まれたように痛んだ。誰なのか、それを聞くことが怖かった。
 その夜、私は眠れぬまま天井を見つめ続けた。目を閉じれば、フレデリックの言葉が反芻される。「彼女は……」——何度思い返しても、現実とは思えなかった。
 数週間、私は塞ぎ込んだ。食事も喉を通らず、部屋に閉じこもったまま、何をする気力も起きなかった。母や父は心配して声をかけてくれたが、私は応じることすらできなかった。
 そんなある日、母が私の部屋をノックし、言った。
「クラリッサ、少しは気分転換しないと。ジェシカのお披露目会があるのよ。あなたも出席しなさい」
「……ジェシカの?」
「ええ、彼女の婚約が決まったのよ」
 妹の婚約——その言葉に、私は胸の奥がざわつくのを感じた。
「相手は誰?」
「それは、当日のお楽しみよ」
 母は微笑みながらそう言ったが、私にはその笑顔の裏にある違和感を拭えなかった。
 そして、お披露目会当日——。
 豪華なシャンデリアが輝くホールに足を踏み入れた瞬間、周囲の視線が私に集まった。誰もが私を気の毒そうに見つめる。
 私はただ、まっすぐ進んだ。正面には、華やかなドレスを身にまとったジェシカと、その隣に立つ婚約者の姿があった。
 その男性の顔を見た瞬間、私は全身の血が凍るのを感じた。
 ——フレデリック。
 そこにいたのは、私のかつての婚約者だった。
 一瞬、頭が真っ白になり、現実感が失われた。
 ジェシカが微笑んで私に手を振る。
「姉さま! 来てくれて嬉しいわ」
 フレデリックの表情は硬く、何か言いたげに私を見つめていた。
 その瞬間、すべてのピースがはまった。
 彼が私に「今は言えない」と言った理由——それが、目の前の光景だったのだ。
 この瞬間、私の中で何かが弾けた。
 ——いいわ。
 私は微笑みを浮かべながら、そっと手袋を外した。
 そして、その指先で、決意を固める。
『ジェシカの服、全部売りさばいてやる』
 そう、これは復讐だ——。
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