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『第一章』勇者召喚に巻き込まれてしまった件について。

魔王の力、旅立ちの日。

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「……レオ君、その子達何?」


 シリアさんは、ゼロとレイを見て指を指す。俺は、さっきの幽霊達であることをシリアさんに告げる。


「えっと、お姉さん。ゼロです」


「私はレイです」


 二人は礼儀正しく挨拶をする。おい、俺とは対応が違うのはなんでだ。


「え、あはは……思ったよりかわいい幽霊ね」


 シリアさんは乾いた笑いをする。もしかすると、こんな小さい子達にびびっていたのが情けないと思っているのかもしれない。


「なぁ、あんたのことなんて呼んだらいい?」


「私も」


 ゼロとレイは問いかけてくる。俺は「別になんでも」と答えることにした。正直呼び方なんてどうでもいい。


「じゃあ、俺は兄貴って呼ぶ!」


「私はお兄様でいいかな? よろしくねお兄様!」


 どうやら俺に弟分と妹分が出来たようだった。


「シリアさん、依頼が終わったことをギルドへ報告しに行けばいいのかな?」


 俺はシリアさんに聞いてみる。作業終了の証明書とかが必要になると思ったからだ。


「あ、ああ。別に大丈夫よ。ちゃんと辺りに魔物がいないかは役所の人間が確認にくると思うから」


「わかった」


 シリアさんがそう言ってくれるなら一安心だ。後は……


「ゼロ、レイ。普段は姿を消すことってできるか?」


 俺は二人に聞いてみる。さすがに街中を幽霊が浮かんでいたら騒ぎになるだろう。


「うん!」


「できるぞ!」


 二人はうなずき、実際に消えたところを見せてくれた。うん、これなら大丈夫そうだ。


「じゃあ、行きましょうかシリアさん。コンもお待たせ」


 俺はしゃがんで、コンに手を差し伸べる。すると、コンはその手を伝ってするするといつものポジションへと収まった。


「ごしゅじんさま、おつかれ~」


 コンは俺にねぎらいの言葉を掛けてくれる。


「まぁ、作業よりここまで歩いてくることの方が疲れたけどな」


 依頼は正直、思ったよりも簡単で拍子抜けだった。


「もう少し説得に時間がかかると思ってたけどな」


「兄貴が無理やりしてきたんじゃないか」


「嫌がる私達に無理やり」


「ごしゅじんさま~、あとでちょっとおはなししようね~」


 コンの声音が低くなったような気がする。しかし、ちゃんと説明すれば俺が無実だということはわかってくれるはずだ……だよね?


 俺達は話合いながらギルドへの帰り道を歩いていく。


「これで、レオ君ともさよならか……楽しかったな……」


「……と言いながらも明日の朝、普通に俺のベッドにいそうですけどね」


「ばれたか!」


 ぺろっと舌を出すシリアさんに俺は苦笑する。そのタイミングでプレゼントを渡すことにしよう。俺はそう決意した。




「じゃあ、ギルドの清算私がしてくるわね」


 字が読めない俺に代わってシリアさんがギルドの中へと入っていく。その間、俺はゼロとレイ相手に会話をすることにした。


『ゼロ、レイ聞こえるか? お前達も頭の中で会話できるようになっているはずだ』


『うわ、なんだこれ……兄貴、聞こえてるか?』


『なんか変な気分、お兄様、これで大丈夫かな?』


 二人は早くも順応してくれたようだ。話が早くて助かる。


 とりあえず、話を聞いておかないとな。


『二人って魔王の話は聞いたことがあるか?』


『魔王知らないね』


 レイは何も知らないと言った。まぁ、コンも知らないのだからあそこに住んでいた二人が知るはずないか。


『魔王、勇者、ナンバリング……』


『……ゼロ?』


 ゼロの様子がおかしい。ぶつぶつと誰にでもなく呟いている。


『あ、ああああああああああああ!!!』


 その瞬間、辺りの空気が重くなったような気がした。そのあと、突風が辺りに吹き荒れる。


「きゃあ、なに!?」


「なんだこの風!」


 そのせいで、辺りが騒ぎになり始めていた。俺はゼロへと言葉を投げかける。


『ゼロ、落ち着け!』


『お兄ちゃん!?』


「ごしゅじんさま~これやばいよ~」


 唐突の事に俺はうろたえてしまう。どうしてこうなったのかはわからない。けれど、確かにゼロは魔王への反応を示した。


『ゼロ、お前何が……』


『やめろ、やめろ! その名前で俺を呼ぶな!』


 ゼロは何かを必死で耐えていた。俺はどうすればいいのかわからない。ゼロに声を掛け続けることしかできない。


 このままだと、何が起きるのかはわからなかった。ただ、俺の勘が警報を発している。


「う~ん、しかたないか~」


 こんな状況でも、コンはのんびりとした声を出す。


「ごしゅじんさま~ごめんね~いただきま~す」


 そして、コンは空間へと噛みつく。その瞬間、ゼロの姿が見えた。


『ぐがあああああああああああ!』


『いやあああああ! お兄ちゃん!!!』


 ゼロとレイの悲鳴が脳内でこだまする。俺の頭はその声で割れそうになってしまう。


「コン、何してるんだ!」


 俺はコンに言葉で訴える。頭が割れそうに痛くてスキルで会話を出来そうにない。


「ん~しょくじ~ゼロおいしいよ~」


 コンは悪びれもなく、ゼロを咀嚼していた。


「きゃあ、レイス!?」


「なんでこんなところに!?」


 ゼロの姿が現れたことで、辺りの騒ぎが大きくなり始めていた。


「コン、やめろ! ゼロは俺の従魔だ!」


 辺りにアピールできるように俺は声を張り上げる。そうしなければ、今にでもゼロが攻撃されてしまいそうだった。


「じゃあ~ごしゅじんさま~、ゼロをしたがえさせてよ~」


 コンは俺に言う。そうだ、ゼロの暴走は俺の責任だ。ならば、責任ははたさなければいけない。


「でも、どうすればいいのか……」


 俺は、『魔物支配++』の能力を把握しきれていないのかもしれない。そもそも、支配下に置くということは、魔物の行動を全てコントロール出来るはずだ。そう思っていると、頭の中に使い方が浮かんでくる。


 ──なんだ、これだけでいいのか。俺はその使い方を見て、薄っすらと口角が上がっていることに気付いた。しかし、これを使えば俺が魔王だとバレてしまうかもしれない。


「レオ君、何が起きて!?」


 ギルドの中からシリアさんが出てくる。今の状況を飲み込めていないようだ。それも仕方ないだろう。さっきまでは普通に笑いあって会話をしていたはずだ。


「ごめん、シリアさん。俺にも何がなんだか……でも、やらなきゃいけないことはわかる」


 俺は苦しんでいるゼロへと向き直る。そして、吹き荒れる風の中心へと向かって歩き始めた。


「ダメ、レオ君。何をやろうとしてるの……」


 やっぱり、シリアさんは俺が何者なのか大体わかっているんだろう。それでも何も言わずに俺と仲良くしてくれていた。本当に感謝をしている。


「ありがとう、シリアさん。俺はゼロを従魔にした。その責任を果たさないといけない」


 もし、俺以外がゼロを退治してくれていたら。ゼロをここまで苦しませずにいたはずだ。


 もし、俺が魔王の事を聞かなければ、平穏のままシリアさんと別れられたはずだ。


「こんなことになるなんて、誰も思わないよな」


 俺はぽつりとつぶやく。多分、俺は急ぎすぎていたんだ。ここにいる理由なんてわからず、辺りとは違っていることに焦って早く情報を得ようとしすぎていた。その罰が当たったんだ。きっと。


「レオ君!」


 シリアさんの声はもう後ろの方だ。風の音で俺の元には届かない。『魔物支配++』これをしっかりと発動する。俺はそれだけを考えた。


 そう考えると、俺の頭の中に禍々しい獅子の形をした紋章が頭の中に浮かぶ。俺はそれを解き放つイメージをした。


 右手を闇が覆う。そして、俺はゼロに向かってその手を突き出した。


「戻って来い! ゼロ!」


 言葉を発する。その瞬間、黒い手が大きく広がり、ゼロを包み込んでいく。それは、魔王の手。見るものを恐怖へと突き落としていく。


 辺りの悲鳴が大きくなる。これで俺はバレてしまった。もう少しおとなしくしているつもりだったけどこうなっては仕方ない。


「ゼロ、今度こそ完全な調印を」


 俺はゼロの魂の根源に印を埋め込む。これで、もうゼロは俺の言うことに従うはずだ。


「兄貴……俺……」


「お兄様……それって……」


 ゼロが正気に戻った後、風はゆっくりと止んでいく。そして、残ったのは、右手が闇に包まれた俺と禍々しい印を発したレイス。


「なんだ、あの印は……」


「もしかして、魔族!?」


「おい、逃げろ! マスターも呼んでこい!」


 ギルドの中にいる奴らが俺らの姿を見て逃げ始める。その喧騒に包まれて、シリアさんは呆然と俺を見ていた。


「レオ君、貴方は……」


「うん、シリアさん。俺、実は、魔王なんだ」


 俺はシリアさんに事実を告げていた。このままだと多分追手がくるだろうし、これが最後の挨拶になりそうだったから。


「ごめん、騙すつもりはなかったんだ。俺もこの世界に召喚されて何が何だかわからなくてさ」


「うん、知ってたよ」


「やっぱりか、シリアさん何か知ってそうだったもんな」


 俺は思いっきり笑い声をあげた。シリアさんはそんな俺を心配そうな顔で見ている。


「なんで知ってたか教えてくれる? これが最後になるかもしれないからさ」


「最初にベッドで寝たとき、貴方の魔力も調べたって言ってたでしょ」


 やっぱりあの時か。シリアさんを担当から外さなくて正解だったな。


「あの時、貴方の魔力の色を見たの」


「色?」


「えぇ、貴方の魔力は全てを飲み込む黒で出来ていた。その魔力の前ではどんな魔物ですらひれ伏すわ。全部の魔物を仲間に出来る存在なんて一人しかいないわよね」


「だから、ネロを当てがったんだね」


「そうね、私の推測が外れていることを願ったわ。でも貴方はすんなりとネロを仲間にしてしまった」


「誰も従えることが出来なかったネロを俺が仲間にしたことで更に確信が強まった」


 そう考えると、シリアさんの言動につじつまが合う場面が多すぎる。それでも、一つわからないことがあった。


「……なんで俺を助けたの?」


 ギルドでマスターに疑われた時、あの時に俺を突き出すことが出来たはずだ。それをなぜしなかったのか。


「貴方に惚れたからよ」


「……へ?」


 あまりの突然な告白に俺の頭は混乱する。いや、まぁずっと言ってもらってきてはいたけど、こんな裏を隠していたことまで喋ったうえで言われるとは思ってもいなかった。


「貴方と関われば関わるほど、魔王とは程遠い存在であることがわかったわ」


 確かに、俺の情けない姿ばかり見せてたもんなぁ……


「で、それと共に思ったの。魔王っていったいなんだろうって。人類の敵なのかって」


 俺はそれについて答えを返すことは出来ない。というか、王国が何故魔物と戦っているかすらわからないのだ。


「その答えはこの国では探せそうにない。そもそも魔王がここにいる理由もわからないんだしな」


 魔王がもう一人いる可能性だってまだ残っている。ここにいるだけでは何もわからないんだ。


「シリアさん、俺を信じてくれてありがとう。俺は、行くよ」


「うん、最後にこれをあげる。本当は明日渡す予定だったんだけど」


 そう言いながらシリアさんは俺の肩にカバンを掛けてくれた。


「これは?」


「マジックバック、アイテムボックスの代わりになるはずよ」


 俺の為にこんな物を用意してくれていたなんて……俺の目から、思わず涙があふれる。


「シリアさん……俺、もっとシリアさんといたかった……」


 そう言った俺の口を何かが塞ぎ息が出来なくなる。シリアさんの顔が俺の目の前に近づいていた。


「それは私もよ、でも、お互いにやることがあるでしょ」


「うん……」


 俺は頷く。そうだ、俺は逃げないといけない。


「私は勇那ちゃんに伝えておくわ。あと、私のスキルを使って口止めをしておくわ」


 シリアさんは自分の嫌いなスキルを使ってまで俺の為に尽くしてくれるという、そのことに俺の胸は痛くなる。


「ごめん、シリアさん……俺なんかの為に……」


「何言ってんの! 貴方は魔族を統べる王なんでしょ! しっかりしなさい!」


 ──パーンとシリアさんは俺の背中を思いっきりはたいた。


「行きなさい、貴方の望みは何?」


「……勇那と、元の世界に戻ること」


 そうだ、俺の願いはそれだ。そのためにやれることは全部やると考えていたはずだ。こんな一時の感傷に惑わされてはいけない。


「そうよ、勇那ちゃんには私から言っておく。貴方は行きなさい!」


 そうして、ドンと背中を突き出されてしまう。


「シリアさん、行ってきます」


 俺は、振り向かずに前へと走り始めた。

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