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『第一章』勇者召喚に巻き込まれてしまった件について。

街へ。

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「じゃあ、これに名前を書いてくれ」

 マスターは俺の前に紙と羽の付いたペンを用意する。名前って、異世界の文字でもいいのだろうか?

「すみません、こちらの文字をまだ覚えてなくて⋯⋯俺達の世界の文字でも大丈夫ですか?」

「うーむ、こっちも文字が読めないと対象しようがなかったりするしな⋯⋯どうするか」

 マスターは顎に手を当て悩み始める。すると、シリアさんは笑いながらペンを握る。

「私の代筆でいいでしょ? それじゃあ前を失礼するわね」

 シリアさんが俺の前へと身を乗り出す。身体がかなり近い。それにいい匂いがする。って、何考えてんだ俺。 

「レオ君、登録ネームはレオでいい? それともオウマ?」

「レオでお願いします」

 俺はなるべくシリアさんを意識しないようにしながら、努めて平静に答えた。

「わかったわ、レ⋯⋯オと。これでOKね。これで大丈夫よ、ってどうしたの顔を赤くして」

「えっ?」

 俺は顔に手を当ててみる。それでも、自分の顔はわからない。わかることは身体が熱く感じるということだけだ。

「はっはーん、さてはお姉さんの魅力にメロメロになっちゃったな! 私ってば罪作りな女ね」

「ち、違っ!」

 シリアさんの言葉を冗談とわかっていながらも、俺はテンパった反応をしてしまった。これでは、本当のことだと言っているようなものだ。

「えっ⋯⋯もしかして本当に?」

 その問いには俺は何も答えることは出来なかった。何かを口にすれば墓穴を掘りそうな気がしたからだ。

「そ、そうなんだ⋯⋯」

 シリアさんは顔を赤くしながら下を向く。その仕草が凄くかわいく見える⋯⋯もしかして、俺はシリアさんを⋯⋯

「ごほっ、ごほっ⋯⋯あー、俺の部屋でイチャつかんといてくれるか。全く、若い奴等ってのは」

「シリアちゃんが⋯⋯レオ君と⋯⋯いや、しかし、好きな人が幸せそうなら⋯⋯」

 マスターとダインさんは俺達をからかい半分で茶化してくる。それを聞いて、更に俺達は顔を赤くさせるのであった。




「さて、登録はおしまいだ。若い奴等はさっさと部屋から出てどこへでも行きな!」

 マスターから部屋を追い出される。そこで、俺は身体の痛みがさっぱりと引いている事に気付く。

「あれ、アイツに殴られた痛みは?」

「あぁ、それ言ってなかったな。今回はギルドの過失だからな、貴重品であるポーションを使わせてもらった。もちろんベイトの支払いだ」

 マスターは説明をしてくれる。ポーション、初めて聞く単語だ。多分、ゲームや小説なんかに出てくる物と同じなんだろうな。

「そうなんですか、そんな物をわざわざありがとうございます」

「うむ、あ、それとな、冒険者になるんだったら敬語はやめろ。冒険者ってのはな、自由なんだ。先輩後輩なんてなく全員が平等でなくてはいけない。まぁ、これは俺の持論で守ってるやつなんかいないけどな⋯⋯」

「はい、わかり⋯⋯わかった、ありがとう」

 俺が感謝の言葉を述べるとマスターは大きく破顔する。それにつられ、俺も笑った。



「では、私はネロ君の装具を新調してくるよ」

 ダインさんはネロの元に行こうとする。俺はそれを引き止める。

「ダインさん、今回の件で迷惑をかけてすみませんでした」

 頭をしっかりと下げて謝罪する。多分、ここまで残ってくれたのも俺が気になったからだろう。そりゃそうだよな、ちょっと前に店から出たばっかなのに、いきなり怪我してるんだもんな。誰だって気になるわ。

「いやいや、ネロ君に乗れたから私としても貴重な経験だったし全然迷惑じゃないよ。あー、でもこれだけ言っておこうかな」

 ダインさんは真面目な顔つきで口を開く。

「シリアちゃんを泣かせるようなマネはするな。私や他の人達にもシリアちゃんを好きな人はいる⋯⋯それはスキルのせいかもしれない。けれど確かに好きなんだよ。そんなシリアちゃんが君の事を気にかけている。それだけは覚えておいてくれ」

 一気にまくしたてるように想いの丈を伝えてくる。俺はそれを聞いて静かに頷く。

「年寄りからはそれだけだよ。無茶をするなって言っても君は聞かないだろうしなぁ⋯⋯いやはや、若さっていいもんだ」

 そう言いながら俺達に対して背中を向け、ヒラヒラと手を振り去っていった。その背中にもう一度頭を下げる。

「ダイン⋯⋯」

 シリアさんは悲しそうな顔をしていた。自分のスキルが人の心を惑わしていることに罪悪感を覚えているのかもしれない。

「あっ、レオ君⋯⋯」

 俺はそんなシリアさんの手を無言で握り、前を歩き始める。シリアさんにはそんな顔をさせたくなかった。

「シリアさん、次の用事は?」

「こ、ここで終わりだけど」

「じゃあ、美味しいお店とか教えてください! 明日は勇那と来なきゃいけないので!」

「レオ君、女といる時は他の女の話は⋯⋯」

「そういうのも、全然知らないので教えてもらえると助かります」

「あ、ちょっ、ちょっと⋯⋯もう、仕方ないわね⋯⋯」

 俺は後ろを振り向かず、前を見てシリアさんを引っ張るように歩く。後ろではシリアさんが困ったような雰囲気をしてるのを感じたが、それでも歩みは止めない。

 止まってしまえば、身体が紅潮しているのがバレてしまうだろうから。

 そして、俺達は壊れたギルドの扉を潜り抜け、街へと繰り出すのだった。
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