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一話、無能のおっさん。
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「入ります」
俺は扉を二回ノックした後、一言だけ声を掛けてハルトの待つ執務室へと入った。少しだけ甘い木の香りがする部屋の奥には大きな木の机が置かれている。そこに、このクランのマスターである、ラインハルトが座っていた。
ラインハルトは俺が入ってきたにも関わらず、一言も発することなく俺の事をじっと見据えている。いつもの朗らかな彼とは明らかに違う様子に俺は一度だけ唾を飲み込んだ。
空気が淀んでいる。そう思ってしまう。それは自分が感じるだけなのだとわかっている。きっと、今から言われることを俺はわかっているのだ。
「マスター、どうなされましたか?」
重苦しい空気を振り払うべく、俺は意を決して声を張り上げた。これは、彼より歳が上の俺が切り出すべきだと思ったからに他ならない。
二十も歳が離れているハルトに俺は敬語を使う。それは、このクランを立てた時に俺とハルトが交わした約束があったからだ。
俺と彼とは昔からの付き合いで、このクラン『天空の理想郷』を一緒に立てた仲でもある。
クランを立てる時、俺は彼をクランのマスターに仕立て上げた。それは、俺なんかと違い、強くなるのが目に見えていたからだ。それ程までに、彼には熱意があったし才能もあった。
それとは逆に、俺は熱意だけは人一倍あったが、才能の欠片なぞ一片たりともなかった。そんな俺が、クランの役職に就くのは不相応だと感じ、ずっと十年間も雑用係をしてきた。それで本当によかったのかと自分に何回も問い掛け、何回も諦めるのを繰り返していたら、いつの間にか熱意は無くなっていた。それが最近なのか、何年も前なのかはもう思い出せそうにも無い。
「マスター?」
俺の声に、彼の顔に苦悶の表情が浮かんだ。そして、少しだけ震える口をゆっくりと開き「リッド」と俺の名前を呼ぶ。
こんなラインハルトの姿を見るのは久しぶりだ。彼は純粋で誰よりも優しい。だからこそ慕われ、今ではこのクランも大手クランとしてこの地域で名を馳せるまでに至った。
そんな彼だから、わかってしまった。……俺の予想が当たっていたということが。
「すまないが、このクランを辞めてもらえないだろうか?」
予想通りの言葉がラインハルトの口から紡がれる。それは俺への退職勧告。予想が当たっていたことがなんだかおかしくて、思わず「はは」と乾いた笑い声を出してしまう。
いずれ言われるとは思っていた。だって、俺はもう今年で40歳。クランでの最年長だ。それなのに、やることと言えば雑用だ。それが俺じゃなきゃ回らないなんて仕事でもない。ハッキリ言えば、俺はクランのお荷物でもある。
冒険者として芽が出ないおっさんをいつまで置いておくんだという声が辺りからちらほらと上がっているのは俺も知っている。それを、こいつは全部受け止めていたのだ。それがついに止められなくなってしまったということだろう。
「なるほどな、そりゃ言いづらいわ」
敬語を止め、前と同じ様にラインハルト──ハルトへと言葉を掛ける。本音で語り合うのに敬語はいらないだろう。それに、俺はもうこのクランから出ていかなければいけないのだ、決め事も反故になる。
ハルトは何かを噛みしめる様にじっと一点を見つめたまま動かない。彼の葛藤が痛い位に伝わってくる。もしかすると、俺を辞めさせるの以外に何か意図があるのだろうか?
少し考え、一つだけ思い当たることがあったので、ああ、と納得をした。彼は俺に夢を諦めさせたいのかもしれない。こいつのことだ、中途半端に夢を追いかけている俺を止めたいと思っていても不思議ではない。
それより、早く答えを言ってあげた方がいいな。早く彼を楽にしてあげよう。そう思い、決意を固めて彼に伝えることにした。
「わかった、三日後にこのクランを辞めるよ。引継ぎだけしておきたいから誰かを寄越してくれ」
感情を殺して淡々と意志を伝えた。クランの邪魔でしかない俺が、退職を勧められたのにしがみ続けるなんてカッコ悪くて出来やしない。雑用係にだってプライドの一つくらいはある。
それに俺は彼と、クランを作る際に一つだけ約束を交わしたのだ。俺を他のメンバーと同じように扱うこと……と。自分で言い出したことを反故にするのは彼の背中を押す者として出来やしない。
「……本当に、いいんですか?」
ハルトが驚いた顔で俺に聞いてくる。普段の口調に戻っているところを見ると、俺が直ぐに提案を受け入れたことが余程びっくりしたのだろう。しかし、元の口調だとどっちが上の立場だかわからないな。
「ハルト、言葉に気を付けろよ。お前は大手クランのマスターなんだから」
「あ、わ、わか……わかった、すまない」
24になっても少しあどけなさが残る顔を必死に引き締め、ハルトは俺をじっと見つめてくる。その目には未来への希望を抱いているのか、光が宿っていた。その二つの目には今の俺がどう見えているんだ?
「リッド、それでは貴方を解雇させてもらう。明日、一人そちらに向かわせるから引継ぎを頼んだ」
「わかった、要件はそれだけか?」
「ああ……リッド、今までありがとう」
俺がハルトの言葉に頷くと、彼は急に頭を下げ、今にも泣きそうな声で謝罪の言葉を投げかけてくる。
「すまない、不甲斐ないマスターで……貴方にチャンスを与えることすら⋯⋯」
彼がここまで思い詰めているとは知らずに俺は驚いた。ここは歳上⋯⋯いや、昔馴染みとしてしっかりとフォローしておかないとな。
「仕方ないさ、なんせ俺の能力なんてただラベルを貼るのが上手くなるだけだからな? 元々冒険者には不向きだったんだよ」
これは事実だ、俺には冒険者としての才能は皆無だ。それなのに、今まで雇ってくれていたハルトには感謝している。それと同時に、彼をずっと見続けることが出来なかった自分に少しだけ情けなさを覚えた。
本来ならば、俺が彼を導いてあげなければいけない立場なはずだった。それなのに、今の俺はどうだ、胸を張ることすら出来ない。
知らずのうちに「ははっ」と乾いた笑い声が漏れていた。今の自分のなんと哀れなことよ。
ハルトは頭を下げたまま俯いている。多分、心の中で自分を卑下しているのだろう。こいつがどんな性格なのか一番俺がよく知っている、なんせ十年の付き合いだからな。
そんな彼の姿を見たくなくて、俺は執務室の扉へと向かった。⋯⋯そうだ、これだけは言っておかないと。
「ハルト、あまり気に病むな。俺はただの雑用だ、いくらでも代わりがいるんだからな」
そう言って俺は執務室の扉に手を掛ける。そして、多分これが最後となるであろう言葉をハルトに伝えることにした。
「元気でやれよ。このクランが更に大きくなるように祈っている」
そして、俺はそのまま部屋の外へと出た。──後ろからは、小さく啜り泣く音が聞こえた気がした。
†
「あーあ、何をしようかね……」
俺は、アイテムを箱に詰め込みながら独り言をぼやいていた。長年やってきた仕事なので、無意識下でも手が動くようになっている。
ダンジョン探索や魔物狩りから戻ってきた皆が持ってくるアイテムを整理しておくのが俺の仕事だ。ただそれだけの仕事を10年間もやってきた。
箱にアイテムを詰め込み終わった後、俺はラベルを箱に貼る。何を考えずともラベルは箱へと綺麗に貼り付く。
「もう今年で40か⋯⋯今さらどうしたらいいんだろうな⋯⋯」
こんな歳のおっさんが今から何かを始める無理だろうし、違う職場を探すべきかもしれない。しかし、こんな歳を取ってからの再就職……厳しいだろうな。
「何か良いスキルがあれば話は別なんだけどな……」
俺はさっき貼ったラベルに視線をやる。……スキルはある。だが、それが良いスキルであるとは限らない。
「『ラベル貼り』って……絶対にもっといい能力あっただろ……」もう何度目になるかわからない愚痴をこぼしてしまった。
ユニークスキル『ラベル貼り』。効果は綺麗にラベルが貼れるだけ。……悲しいことにこれが俺のスキルの全てだ。
こんなただの技術が、ユニークスキルとして分類されているのはおかしいと思うんだが、苦情をどこに言えばいいのかがわからない。天か? 天にキレればいいのか?
「あ……」
気が付けば今日の仕事は全部終わっていた。後は家へと帰るだけだ。
最近、クランでは探索より狩りが流行っているせいか、アイテムを持ってくる頻度が減ってきていた。そのせいで、尚更俺の存在意義が揺らいでいたのかもしれない。
「……帰るか」
考えていると悲しくなってきたので、まだ日が高いけども街へと出ることにした。……ここにいると気が滅入るだけだと思ってしまったから。
†
「お、おっさん、もう帰りか? いいなぁ、暇そうで」
「シータ、言ってやんなって。おっさんにそんな大量の仕事があるわけないだろ?」
帰り道の途中、二人の男が俺に声を掛けてくる。名前はシータとラルフ。ギルドの中でも上位の能力を持っている奴らだ。ことあるごとに俺を煽ってくるところを見るに、どうやら俺のことが嫌いらしい。
「まぁ、帰りだな。今月でクランを辞めることになったし、新しい仕事を探そうと思ってな」
俺は説明を兼ね、二人に現状を伝えた。二人の煽りに怒りを覚えるほど子供ではない。
「あっはっは!!! 聞いたかよラルフ!? ようやくハルトが決断したらしいぜ! おっさんがもっと早く辞めてれば悩まずに済んだのにな!」
「まぁ、倉庫番なんて成績が悪いやつがやればいいだけだし、一任する必要なんてなかったからな。費用の無駄だろ」
正論をラルフに言われてしまう。確かに、俺がクランにいる意味はそんなにない。でも歳上のしての矜恃があった。
「シータ、マスターの事を呼び捨てにするな」
俺はシータの態度に対して説教をする。しかし、シータは嫌味ったらしい顔をしながら俺を蔑むように笑う。
「もう辞めるおっさんに、そんなこと言われたくないんですけどー?」
くそっ、聞く耳もたねぇなこいつ。そりゃ、ギルド最弱の俺に言われたところで響かないのも当たり前だろうけどよ。
「シータ、言い過ぎだ。そろそろ行くぞ、報告があるだろ」
そう言って、ラルフはシータの肩を引っ張った。
「お、おい引っ張んなって!」シータは身体を引っ張られながらこっちを睨んでくる。
「おっさん! ラベル貼りなんて誰だって出来るんだよ! 無能なおっさんはどこだって雇ってもらえないだろうよ!」
シータは最後にそう残していく。皮肉だな、ユニークスキルが『ラベル貼り』だからか、レッテルが貼られてしまった。無能のおっさん、これが他の人から見た俺の評価。
「くそっ、なんで俺はこんなしょうもないスキルなんだ!」
悲しみと共に苛立ちが湧きあがってきた。それでも現状は変わらない。俺には『ラベル貼り』の才能だけしかないのだから。
「……今日は家に帰るか」
次の仕事を探すやる気が出ず、俺は家へと戻ることにした。歩いている最中『無能』という言葉が俺の脳裏をぐるぐると回り続けていた。
俺は扉を二回ノックした後、一言だけ声を掛けてハルトの待つ執務室へと入った。少しだけ甘い木の香りがする部屋の奥には大きな木の机が置かれている。そこに、このクランのマスターである、ラインハルトが座っていた。
ラインハルトは俺が入ってきたにも関わらず、一言も発することなく俺の事をじっと見据えている。いつもの朗らかな彼とは明らかに違う様子に俺は一度だけ唾を飲み込んだ。
空気が淀んでいる。そう思ってしまう。それは自分が感じるだけなのだとわかっている。きっと、今から言われることを俺はわかっているのだ。
「マスター、どうなされましたか?」
重苦しい空気を振り払うべく、俺は意を決して声を張り上げた。これは、彼より歳が上の俺が切り出すべきだと思ったからに他ならない。
二十も歳が離れているハルトに俺は敬語を使う。それは、このクランを立てた時に俺とハルトが交わした約束があったからだ。
俺と彼とは昔からの付き合いで、このクラン『天空の理想郷』を一緒に立てた仲でもある。
クランを立てる時、俺は彼をクランのマスターに仕立て上げた。それは、俺なんかと違い、強くなるのが目に見えていたからだ。それ程までに、彼には熱意があったし才能もあった。
それとは逆に、俺は熱意だけは人一倍あったが、才能の欠片なぞ一片たりともなかった。そんな俺が、クランの役職に就くのは不相応だと感じ、ずっと十年間も雑用係をしてきた。それで本当によかったのかと自分に何回も問い掛け、何回も諦めるのを繰り返していたら、いつの間にか熱意は無くなっていた。それが最近なのか、何年も前なのかはもう思い出せそうにも無い。
「マスター?」
俺の声に、彼の顔に苦悶の表情が浮かんだ。そして、少しだけ震える口をゆっくりと開き「リッド」と俺の名前を呼ぶ。
こんなラインハルトの姿を見るのは久しぶりだ。彼は純粋で誰よりも優しい。だからこそ慕われ、今ではこのクランも大手クランとしてこの地域で名を馳せるまでに至った。
そんな彼だから、わかってしまった。……俺の予想が当たっていたということが。
「すまないが、このクランを辞めてもらえないだろうか?」
予想通りの言葉がラインハルトの口から紡がれる。それは俺への退職勧告。予想が当たっていたことがなんだかおかしくて、思わず「はは」と乾いた笑い声を出してしまう。
いずれ言われるとは思っていた。だって、俺はもう今年で40歳。クランでの最年長だ。それなのに、やることと言えば雑用だ。それが俺じゃなきゃ回らないなんて仕事でもない。ハッキリ言えば、俺はクランのお荷物でもある。
冒険者として芽が出ないおっさんをいつまで置いておくんだという声が辺りからちらほらと上がっているのは俺も知っている。それを、こいつは全部受け止めていたのだ。それがついに止められなくなってしまったということだろう。
「なるほどな、そりゃ言いづらいわ」
敬語を止め、前と同じ様にラインハルト──ハルトへと言葉を掛ける。本音で語り合うのに敬語はいらないだろう。それに、俺はもうこのクランから出ていかなければいけないのだ、決め事も反故になる。
ハルトは何かを噛みしめる様にじっと一点を見つめたまま動かない。彼の葛藤が痛い位に伝わってくる。もしかすると、俺を辞めさせるの以外に何か意図があるのだろうか?
少し考え、一つだけ思い当たることがあったので、ああ、と納得をした。彼は俺に夢を諦めさせたいのかもしれない。こいつのことだ、中途半端に夢を追いかけている俺を止めたいと思っていても不思議ではない。
それより、早く答えを言ってあげた方がいいな。早く彼を楽にしてあげよう。そう思い、決意を固めて彼に伝えることにした。
「わかった、三日後にこのクランを辞めるよ。引継ぎだけしておきたいから誰かを寄越してくれ」
感情を殺して淡々と意志を伝えた。クランの邪魔でしかない俺が、退職を勧められたのにしがみ続けるなんてカッコ悪くて出来やしない。雑用係にだってプライドの一つくらいはある。
それに俺は彼と、クランを作る際に一つだけ約束を交わしたのだ。俺を他のメンバーと同じように扱うこと……と。自分で言い出したことを反故にするのは彼の背中を押す者として出来やしない。
「……本当に、いいんですか?」
ハルトが驚いた顔で俺に聞いてくる。普段の口調に戻っているところを見ると、俺が直ぐに提案を受け入れたことが余程びっくりしたのだろう。しかし、元の口調だとどっちが上の立場だかわからないな。
「ハルト、言葉に気を付けろよ。お前は大手クランのマスターなんだから」
「あ、わ、わか……わかった、すまない」
24になっても少しあどけなさが残る顔を必死に引き締め、ハルトは俺をじっと見つめてくる。その目には未来への希望を抱いているのか、光が宿っていた。その二つの目には今の俺がどう見えているんだ?
「リッド、それでは貴方を解雇させてもらう。明日、一人そちらに向かわせるから引継ぎを頼んだ」
「わかった、要件はそれだけか?」
「ああ……リッド、今までありがとう」
俺がハルトの言葉に頷くと、彼は急に頭を下げ、今にも泣きそうな声で謝罪の言葉を投げかけてくる。
「すまない、不甲斐ないマスターで……貴方にチャンスを与えることすら⋯⋯」
彼がここまで思い詰めているとは知らずに俺は驚いた。ここは歳上⋯⋯いや、昔馴染みとしてしっかりとフォローしておかないとな。
「仕方ないさ、なんせ俺の能力なんてただラベルを貼るのが上手くなるだけだからな? 元々冒険者には不向きだったんだよ」
これは事実だ、俺には冒険者としての才能は皆無だ。それなのに、今まで雇ってくれていたハルトには感謝している。それと同時に、彼をずっと見続けることが出来なかった自分に少しだけ情けなさを覚えた。
本来ならば、俺が彼を導いてあげなければいけない立場なはずだった。それなのに、今の俺はどうだ、胸を張ることすら出来ない。
知らずのうちに「ははっ」と乾いた笑い声が漏れていた。今の自分のなんと哀れなことよ。
ハルトは頭を下げたまま俯いている。多分、心の中で自分を卑下しているのだろう。こいつがどんな性格なのか一番俺がよく知っている、なんせ十年の付き合いだからな。
そんな彼の姿を見たくなくて、俺は執務室の扉へと向かった。⋯⋯そうだ、これだけは言っておかないと。
「ハルト、あまり気に病むな。俺はただの雑用だ、いくらでも代わりがいるんだからな」
そう言って俺は執務室の扉に手を掛ける。そして、多分これが最後となるであろう言葉をハルトに伝えることにした。
「元気でやれよ。このクランが更に大きくなるように祈っている」
そして、俺はそのまま部屋の外へと出た。──後ろからは、小さく啜り泣く音が聞こえた気がした。
†
「あーあ、何をしようかね……」
俺は、アイテムを箱に詰め込みながら独り言をぼやいていた。長年やってきた仕事なので、無意識下でも手が動くようになっている。
ダンジョン探索や魔物狩りから戻ってきた皆が持ってくるアイテムを整理しておくのが俺の仕事だ。ただそれだけの仕事を10年間もやってきた。
箱にアイテムを詰め込み終わった後、俺はラベルを箱に貼る。何を考えずともラベルは箱へと綺麗に貼り付く。
「もう今年で40か⋯⋯今さらどうしたらいいんだろうな⋯⋯」
こんな歳のおっさんが今から何かを始める無理だろうし、違う職場を探すべきかもしれない。しかし、こんな歳を取ってからの再就職……厳しいだろうな。
「何か良いスキルがあれば話は別なんだけどな……」
俺はさっき貼ったラベルに視線をやる。……スキルはある。だが、それが良いスキルであるとは限らない。
「『ラベル貼り』って……絶対にもっといい能力あっただろ……」もう何度目になるかわからない愚痴をこぼしてしまった。
ユニークスキル『ラベル貼り』。効果は綺麗にラベルが貼れるだけ。……悲しいことにこれが俺のスキルの全てだ。
こんなただの技術が、ユニークスキルとして分類されているのはおかしいと思うんだが、苦情をどこに言えばいいのかがわからない。天か? 天にキレればいいのか?
「あ……」
気が付けば今日の仕事は全部終わっていた。後は家へと帰るだけだ。
最近、クランでは探索より狩りが流行っているせいか、アイテムを持ってくる頻度が減ってきていた。そのせいで、尚更俺の存在意義が揺らいでいたのかもしれない。
「……帰るか」
考えていると悲しくなってきたので、まだ日が高いけども街へと出ることにした。……ここにいると気が滅入るだけだと思ってしまったから。
†
「お、おっさん、もう帰りか? いいなぁ、暇そうで」
「シータ、言ってやんなって。おっさんにそんな大量の仕事があるわけないだろ?」
帰り道の途中、二人の男が俺に声を掛けてくる。名前はシータとラルフ。ギルドの中でも上位の能力を持っている奴らだ。ことあるごとに俺を煽ってくるところを見るに、どうやら俺のことが嫌いらしい。
「まぁ、帰りだな。今月でクランを辞めることになったし、新しい仕事を探そうと思ってな」
俺は説明を兼ね、二人に現状を伝えた。二人の煽りに怒りを覚えるほど子供ではない。
「あっはっは!!! 聞いたかよラルフ!? ようやくハルトが決断したらしいぜ! おっさんがもっと早く辞めてれば悩まずに済んだのにな!」
「まぁ、倉庫番なんて成績が悪いやつがやればいいだけだし、一任する必要なんてなかったからな。費用の無駄だろ」
正論をラルフに言われてしまう。確かに、俺がクランにいる意味はそんなにない。でも歳上のしての矜恃があった。
「シータ、マスターの事を呼び捨てにするな」
俺はシータの態度に対して説教をする。しかし、シータは嫌味ったらしい顔をしながら俺を蔑むように笑う。
「もう辞めるおっさんに、そんなこと言われたくないんですけどー?」
くそっ、聞く耳もたねぇなこいつ。そりゃ、ギルド最弱の俺に言われたところで響かないのも当たり前だろうけどよ。
「シータ、言い過ぎだ。そろそろ行くぞ、報告があるだろ」
そう言って、ラルフはシータの肩を引っ張った。
「お、おい引っ張んなって!」シータは身体を引っ張られながらこっちを睨んでくる。
「おっさん! ラベル貼りなんて誰だって出来るんだよ! 無能なおっさんはどこだって雇ってもらえないだろうよ!」
シータは最後にそう残していく。皮肉だな、ユニークスキルが『ラベル貼り』だからか、レッテルが貼られてしまった。無能のおっさん、これが他の人から見た俺の評価。
「くそっ、なんで俺はこんなしょうもないスキルなんだ!」
悲しみと共に苛立ちが湧きあがってきた。それでも現状は変わらない。俺には『ラベル貼り』の才能だけしかないのだから。
「……今日は家に帰るか」
次の仕事を探すやる気が出ず、俺は家へと戻ることにした。歩いている最中『無能』という言葉が俺の脳裏をぐるぐると回り続けていた。
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