小春と日和。

真上誠生

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花火、すれ違う想い。

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僕達がフランスを模した展示物を見ていると、辺りは少し暗くなってきていた。



 時間を確認するとナイトパレードまではまだ少し時間がある。

 それでもいい場所で観たいならもう行くべきだろう、早いに越したことはない。



「そろそろ行こうか、いい場所とりたいし」

 日和も時間を確認したのか笑いながらそう言った。



 どうやら僕と同じ考えだったみたいだ、僕は「同じことを思ってた」と言いながら頷いた。



 それを聞いて少しはにかんだような笑みを浮かべながら日和は「そうなんだ⋯⋯」と恥ずかしそうな声を出す。



 ──なんで照れているんだろう、よくわからないな。



 ジリリリリ! ジリリリリ!



 そう思った瞬間、いきなり日和の鞄から目覚まし時計のようなけたたましい音が鳴り始めた。



 その音にさっきまでの淡い空気は吹き飛んでしまう。



 日和は鞄の中に手を入れようとする。チャックに手をかけた所でその動きは止まった。



 その顔は少し思い詰めたような顔をしていて気になってしまい「大丈夫?」と、特に何も考えずにそう言ってしまっていた。



「⋯⋯うん、大丈夫だよ」日和はぎこちない笑い顔をしながらそう言ってチャックを開け始めた、僕はどうしたんだろう、と首を傾げる。



 日和はその鞄から携帯を取り出して誰からの電話なのか確認をして何かのボタンを押した。



 ⋯⋯すると、その携帯の音は止まった。



 もしかすると、日和は電源を切ったのかもしれない。



 ──何があったのだろうか、聞いてみてもいいのだろうか?



 そう考えていると「誰からなの?」考えていたことが口から出てしまっていた。



「⋯⋯言いたくない」日和は明確に拒否の言葉を口にしてから苦虫を潰したようなそんな苦痛の表情を浮かべた。



 そう言われた僕はそれ以上聞くことは出来ず、「⋯⋯そっか」と返すしかなかった。



 日和は下を向き「ごめ──、──で──にする──」何かを呟いている。

 ここからはその表情を伺い知ることは出来ない。



「ごめんね、時間を取らせて! ナイトパレード行かないとね!」顔を上げた日和は笑顔だった。



 いつかの時と同じように、わざとらしい程に明るい声を出している。

 それでも、その表情には少し曇りが見えてぎこちない笑顔になっている、それを見ていると僕の心は痛んだ。



 僕はそんな顔を見たくなくて空を見上げる、雲が一つもない空は太陽が落ちてきていて、少しずつ闇を帯び始めていた。



 それと共に、辺りのイルミネーションがポツリポツリと光が灯り始め、その光が広がっていくのを見とれてしまいそうになり気がつかないうちに足を止めてしまっている僕がいた。



 昼間と同じ場所には見えない幻想的な雰囲気に我を忘れて飲まれてしまいそうになる。



 ──昔の思い出が頭に浮かぶ。

 本を読んでいるとこういう描写のある本には何冊か出会うことがある。

 よく、こういう感じかな?と頭の中で空想したものだ。

 この光景はその思い描いたものを容易く越えてしまっている。

 ──見れてよかった。心の底からそう思えた。



「──ハル君、行くよ?」気がつけば少し距離が離れた所から日和が手を振っていた。



 しばらく放心していたみたいだ⋯⋯僕は日和に手を振り返し「ごめん、すぐ行く!」と言った。



 日和の振っている手を見て、そういえば今日は手をあまり握ってないなと思うが、まあいいか⋯⋯と気にしないことにした。



 どこかからかBGMが流れているのが聞こえる。

 どうやらもうナイトパレードが始まってしまっているみたいだった。



「ほら、早く行こう!」

 日和がそう言いつつ、早足で歩き始めのを見て僕は駆け足で後を追うのだった。



 僕らが行ったその先には人だかりが出来ていた。

 遊園地にいた人々が集まって来ているみたいだ。

 その人だかりの前を様々なキャラクター達が通り過ぎていく。



 僕達のいる所は一番端の所だ、やはり出遅れてしまったらしい。



 日和に「前に行く?」と聞いてみても返事がない、食い入るようにそのパレードを見つめている。



 まるで、一つ残らず記憶に焼き付けようとしているように見える、僕の考えすぎだろうか?



 それに習って僕もそのパレードをここから見ることにした。

 日和が動かないのに僕だけ動くわけにはいかない。



 しばらく見ていると、少し心が浮かれてくる。



 僕はこういうのに感動しないだろうと思っていたけど、やっぱり雰囲気がそれに染まっているとついつい楽しくなるものだと実感した。



 この後に花火があるとか楽しみでしかたない。

 今日は思い出に残りそうな一日だな、そう何となく心の隅でそう思った。



 ナイトパレードがすべて終わり、後は花火だけとなっている。



 今の時刻は七時半。そのまま花火が始まるのだろう。



 僕がその時を待っているといきなり袖を引かれた。



 その相手は日和だ、日和は僕に「少し場所を移動しないかな? 花火ならどこにいても見れるだろうし」そう提案する。



 確かに、ここは子供連れも多く賑やかだから静かに花火を見れる所に移動してもいいかもしれない。



「いいよ、どこかにいこう」僕がそう答えると

 日和は僕の手を握ってきた。



「いこ」日和は短く言葉を発すると日和は歩き出す。

 僕は引きずられるように日和の後をついていくしかなかった。



 少し手が湿っている、僕か日和のどちらかが手に汗をかいているのだろう。



 僕の指に何かが当たっているのを感じて見てみると日和の指には僕のプレゼントをした指輪がつけてあった。



「ここにしよっか」その指輪をぼーっと見ていると日和は立ち止まる。



 辺りを見てみると、そこは少し開けた場所で今はアトラクションも動いておらず人もいない。



 しかし、イルミネーションが光っているところを見るとここも遊園地の中として認識されているのだろう。



 辺りを見ていると大きな音と共に夜空が激しく光る。



 ──花火が打ち上がり始めたみたいだ。



 僕は空で散っていく光を見ながら前に見た花火大会の事を思い出していた。



 そうだ、この前はこのタイミングで僕が日和に⋯⋯



 頭の中に僕の記憶が甦り、どくん⋯⋯どくん⋯⋯とあの時の事を思い出して少し心臓が早くなるのを感じて僕は頭を振った。



 気がつけば視界は空から隣に移っていた。無意識に日和をみていたらしい。



 その目は日和の顔を映している、花火の光がしっかりとその顔を闇の中から浮かび上がらせている。



 そして、その顔についている瞳がこちらに向いている事に気づくまでそう時間はかからなかった。

 日和は空に光りながら咲いている花火などを見ずにずっと僕の事を見ている。



 視線が交わり合い逸らす事が出来ない。

 その日和の顔がどんどん近寄ってくる。



 そのまま日和は目を瞑り──その見たことのある顔に、あの時の言葉がもう一度思い返される。



 ──こいつは男だ。



 僕は弾かれたように日和の肩に手を置き、突き放すかのように思いきり手を伸ばした。



 やってから、しまったと思い日和の顔を見てみる。

 日和は悲しそうな顔をしていた。その顔を見て僕は罪悪感を覚え何かを言わなきゃと思い言葉を考える。



「ごめん、びっくりして⋯⋯大丈夫だった?」

 僕は自分の本心を隠しながら、そんな事をぬけぬけと言っていた。

 頭が痒く感じて、いつものようにかいている。



 まるで自分の身体じゃないみたいだ、人に操られて言葉を話して動いている。

 僕の意識はフワフワと宙を漂っているような、そんな感覚だ。



 それでも、しっかりとやるべき事はわかっているみたいだ。



 ──いつものように終わらすんだ。



 そう、いつものようにだ。いつものようにこのまま過ごす。



 罪悪感が胸を責める。

 それでも止めるわけにはいかない、別に傷つけたいわけじゃないんだ。



 この関係が動くのが怖い、進むのも無くなるのも怖い。

 このままが一番いい。何も怖くないから。



 ──だから上手くやらなくちゃいけないんだ。



 僕は決意を固めて日和を見る。ようやく地に足がついたような感覚がした。



 花火の光に日和は照らされながら日和は下を向いていた。



 無言の時間が過ぎていき花火はドンドン上がっていく。

 それでも日和は顔をあげない。



 僕は動く事が出来なかった。

 こんな日和を見るのは始めてだ。

 僕の腹の奥底が冷えていく、そんな錯覚をする。



 そして、しばらくした後に日和はゆっくりと顔をあげる。



 ⋯⋯その顔は無表情だった。



 いつもの日和はそこにいなかった。



 ──無機質。



 そう表すのが的確な気がした。



 日和の綺麗な白い肌のせいか、まるで白い陶器か白い仮面を顔に貼り付けたのではないかと思わせる程に、その顔にはなんの感情も一片たりとも浮かんでいない。



 こんな表情は初めて見る。どうしたらいいのだろうか。



 いや、本当に初めてなのか?

 記憶を呼び起こす。服屋での一件、あれが思い出される。



 僕は知らず知らずの内に日和の抱えている何かに触れてしまったのではないだろうか。



 悩んでも、悩んでも、答えはでない。

 日和はあれから何も喋らない。

 この場所には花火の音以外なにも聞こえていない。



「──ひよ」その間に耐えきれず、僕は意を決して声をかけようとする、しかしそれは最後まで続かなかった。



「──帰ろ?」日和の出すその言葉に僕の言葉は遮られてしまい、僕は戸惑いながらも頷くしか出来ず出そうとした言葉を飲み込んだ。



 空ではまだ花火が上がっている、それはまだ終わりそうにない。



 それでも、この場所では静かに何かが終わりを迎えてしまったような、そんな感じがした。
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