9 / 24
呪詛返しやってみた
しおりを挟む呪いの痕跡となる魔力でできた糸はあっけなく切れてしまった。ちょっと張った状態で視たくて引っ張っただけなのに。絶句する私をクイルとエルさんは不思議そうに見ていた。
「どうしたのショウ?」
「手元に何かあるのですか?」
ふたりには魔力糸は視えていないようだった。糸のことを説明すると絶対に離すなとクイルがにじり寄ってくる。エルさんは持っていた書類をめくり始めた。
「調査の結果、浮気相手の本当の目的は、領主様一族と養子先の商家の仲たがいと思われます。養子先の商家が浮気相手の家とは商売敵なのです。サリー嬢を浮気するような夫に嫁がせるなんて……と領主様を怒らせ商家との繋がりを断ち、元旦那さんからも金を引っ張る、と」
「だけど、領主と商家は協力してサリーを保護した。養子先の商家には嫌がらせだとばれていて、領主にもそう報告したからね。それに、ショウには昨日の彼女がヒステリックに見えたかもしれないけれど、本来は明るくてとてもいい娘なんだよ。浮気されたことと呪いの影響で不安定になっていたことを、両家ともとても心配していた」
不安定になってる生来の根明が、元旦那をひどい目に合わせたいとか、死んだのを聞いて「自由だ」なんて言うものなんだろうか。まあ、私とこちらの「いい娘」の基準が違うのかもしれないし、生家と養子先のためにサリーは病むまで円満な結婚生活をする努力をしていたのかもしれない。それより、この糸どうしたらいい?
「ああ、私にも視えたよ。わかりにくいなあ。ショウの手にはどんな感覚がある?」
「ぼんやり生ぬるい感触がある、かな。これを手繰って術者のところまで行くか……呪詛返しするかだな」
「じゅそがえし?」
可愛らしく首をかしげる美少年。距離が近い。ひとを呪わば穴ふたつという言葉はアイシーリアにはないのだろう。呪術師が少ないのであれば、一般人が呪いという概念になじみがないのかもしれない。
「呪いを術者に返すことだ」
「私は聞いたことないね。呪術師の仲間内にはあるかもしれないけれど」
一度こちらの呪術師に会って、術の体系とかを聞いてみたい。それとも、何も聞かずに自分のイメージだけで術を作っていった方が使いやすいだろうか。下手に法則とか聞くと、それ以外の方法はないと思い込んでしまう気がする。異世界ルールを知らないことで上がる自由度と危険度はどちらを取るべきか、たいへん悩ましい。
とりあえず出来るかやってみよう。
クイルには呪いの元側の魔力糸を、触れないように固定してもらう。自分では触っておいてなんだが、彼が呪いに触れないほうがいい気がしたのだ。糸周辺の空気を魔術で固形化させ、空中に固定したという。どれぐらい高度な術なのかわからないが助かる。私が手を離したとたんに、掃除機のコードのように巻き戻るそぶりがあったのだ。
私はサリー側の魔力糸を手元に巻き取っていく。糸の端は持ったまま、空中に毛糸玉を作るように手をぐるぐる回す。だんだんサリーを覆う紫の靄の量が減っていき、手元には濃い紫色の玉ができていく。色が濃ゆくなったのは靄が圧縮されているからだろう。
巻き取り終わって紫色がなくなったサリーは、心持ち表情が穏やかになったような気がする。エルさんに様子を確認してもらうことにして、こちらを片付けてしまおう。
ではこの毛玉をどうするか、だ。
呪詛返しとは言ったが、具体的な手段を知っているわけではない。術が失敗したら術者に返ることだと認識していたが……この毛玉を送り返してみるのはどうだろう。元側の糸は戻りたそうにしていたし。
とりあえず出来るかやってみよう。
クイルに魔力糸の先だけ固定を解除してもらう。元側の糸を切れないように引っ張って伸ばし、毛玉にぐるぐると巻き付けた。ぎゅうぎゅうと全体を握ってくっついたのを確認すれば、呪いのおにぎりの出来上がりだ。とってもまずそう。昼ご飯は米以外にしてもらおう。米があるのか知らないけれど。
「呪詛返しになるかわからないけれど、少なくともサリーに呪いが行くことはないと思うからやってみる。糸の固定を解除してくれ」
「わかった。……魔力をそんなに自由に扱うなんて、ショウには呪術以外の才能もあると思うよ。呪術師の隠れ蓑に、魔術ギルドの仕事をするのもいいかもしれないね」
「……それはどうも」
褒められるのはうれしい。だが私は褒められると次は失敗するタチなのだ。話半分に聞いておこう。
「ふふ、本当だよ。じゃあ、糸の固定化を解除する」
「やってくれ」
術を解かれた魔力糸はやはり戻っていこうと、毛玉が引っ張られる感覚がある。戻る勢いをつけてやろうとボーリングのように振りかぶって投げてやった。毛玉は結構な勢いでドアをすり抜けて出ていった。
窓から館の門の方を見ると毛玉が転がっていくのが見える。追いかけた方がいいのだろうか。
「観測は私の使い魔にさせましょう。糸は無理でしたが、あの魔力の塊ならば追えます」
エルさんはそう言うと、胸ポケットからカードサイズに畳まれた紙を取り出して窓の外へと放つ。広がった髪は小鳥の形に開いて毛玉を追っていった。呪詛返しが成功するのか、術師がどうなるのかは気になるが結果を待つしかない。人の命を脅かそうというのだ。術師も報復の可能性は覚悟しているだろう。
私は次の仕事の前に、呪詛返しや失敗対策の安全装置をしっかり作ろうと決意していた。
そんなことを考えていると、クイルが私のそばに来ていた。サリーは大丈夫なんだろうか。
「向こうは結果待ちだね。サリーは安静が必要だろうけれど、もう命の危険はないよ」
まだ熱はあるようだが受けた呪いの影響や、これまでの疲れもある。ここから回復するのは医師や彼女自身の力が必要となる。呪いが成就していればサリーは死んでいたのかもしれないし、儲けたと思って頑張ってもらおう。
仕掛けてきた呪術師は帰ってくる毛玉を防げなければ自滅で死ぬかもしれないが、その心配はあまりしていなかった。結局のところ、ひとの命は他人の命だ。
「……助かったよ、ショウ。お疲れさま。本当にありがとう」
ねぎらいの言葉と美少年の笑顔がその日の私の報酬だった。
誇らしいような気持ち。
それから、よくわからないまま事態を動かして、こんなんでよかったんだろうかという戸惑い。
称賛を享受できずに、最悪の妄想にリソースを割かずにはいられない。まったく私の心は捩じれている。あの呪いの毛玉の方が余程わかりやすかったと思うのだった。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜
八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。
第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。
大和型三隻は沈没した……、と思われた。
だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。
大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。
祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。
※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています!
面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※
※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※
平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。
平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか……
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。
ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ
雑木林
ファンタジー
現代日本で草臥れたサラリーマンをやっていた俺は、過労死した後に何の脈絡もなく異世界転生を果たした。
第二の人生で新たに得た俺の身分は、とある王国の第三王子だ。
この世界では神様が人々に天職を授けると言われており、俺の父親である国王は【軍神】で、長男の第一王子が【剣聖】、それから次男の第二王子が【賢者】という天職を授かっている。
そんなエリートな王族の末席に加わった俺は、当然のように周囲から期待されていたが……しかし、俺が授かった天職は、なんと【牧場主】だった。
畜産業は人類の食文化を支える素晴らしいものだが、王族が従事する仕事としては相応しくない。
斯くして、父親に失望された俺は王城から追放され、辺境の片隅でひっそりとスローライフを始めることになる。
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
神に同情された転生者物語
チャチャ
ファンタジー
ブラック企業に勤めていた安田悠翔(やすだ はると)は、電車を待っていると後から背中を押されて電車に轢かれて死んでしまう。
すると、神様と名乗った青年にこれまでの人生を同情された異世界に転生してのんびりと過ごしてと言われる。
悠翔は、チート能力をもらって異世界を旅する。
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!
父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
その他、多数投稿しています!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる