悪魔の足跡

宮下里緒

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最終話

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月下が去っていった道は街灯に照らされる事なく真っ暗な闇にその空間が包まれていた。
夜空とは違うドロリとした黒は月下の内面そのものにも似ている。
この闇の向こうでまだあの男が笑っている様な気がして私はその空間をいまだ睨み付けていた。
「なんだったんだあの野郎は?」
そう呟いた海峡先輩の声が震えて聞こえたのは夜風のせいではないだろう。
理解不能の宇宙人。
狂人とはああいう人のことを言うのだろうか?
全く持ってその思想が分からない。
月下忠光とはまさにそんな人物だった。
私たちは互いに何を言えば良いのか分からず、ただ月下の去った暗闇を見つめている。
目を離すとその闇から月下がまた姿を現しそうで警戒を解くことがなかなかできないでいる。
「お前アイツがあんな奴だって知ってたのか?」
「そんなの知るわけないじゃない」
明らかに海峡先輩に対する態度が冷たく大きくなっているが、今はもう海峡先輩に対する恐怖など全くない。
そんなことを感じる余裕がないのだろう。
それほどまでに月下忠光という男は強烈な存在だった。
恐怖はもちろん嫌悪や怒り様々な負の感情をまとめて私の心にぶち撒けていった。
そんな余裕のなさを察してくれたのだろうか海峡先輩はいつもの様に声を荒げる事はなかった。
「お前病院行けよ。妊娠なんかしてたらシャレにならないだろ」
むしろそんな珍しい気遣いもしてくれるが私はその言葉に首を振った。
「いや、だってお前よ」
私の反応に狼狽する海峡先輩だけれど私の心はあくまで冷静だ。
「妊娠してたらどうする気だ」
「産みます」
間髪入れずに返答すると海峡先輩の顔が猫騙しでも食らったかの様にまぶたを瞬かせ、そのあとすぐに怒りに満ちた表情へと変わった。
「お前ふざけるなよ。アイツがどんな奴かわかっただろうが!それでもまだそんな寝ぼけたこと言ってるのか」
胸ぐらを体が浮くかと思うほどの勢いで掴み上げられるが、決意を硬く鉄の様にした私の心は微塵も揺らぐ事はなく海峡先輩の手を振り払った。
「ふざけても、寝ぼけてもいない。もし私が妊娠していたとしても生まれてくるこの子は関係ない。それにここで私が子供を堕ろせば私は月下に完全に負けたことになる。それだけは嫌だ」
そう、アイツの思い通りに絶望なんか絶対にしてやらない。
アイツをこれ以上楽しませるオモチャなんかに私はならない。
「馬鹿か。子供を産ませるのもアイツの目的だったんだろ。なら結局はアイツの思い通りじゃないか」
「そんな事ない。アイツは私が絶望して子供を身篭るのを望んでいた。でもそんな風に私はならない。子供を妊娠していたとしても、この罪の証を愛情もって育ててやる」
「お前それに公男を巻き込むのか?アイツは何も知らないんだぞ」
「なら全て話す。その上で私から離れるならそれでいい」
そう発言したところで視界が揺れた。
殴られたんだとすぐに理解できた。
「ゴミだろ、それは。理解できねーよお前。あの男と同じで」
「部外者のアナタじゃわかんないでしょうね。私の気持ちなんて。この惨めでどうしようも無い私の気持ちなんて」
殴られた口を拭うと服の裾が赤く汚れる口紅とは違う赤はとても鮮やかでいつかの芹香を思い出させた。
「分かりたくもないな。もういい俺はお前にはもう関わんねーよ。ただ公男をこれ以上悲しませるのはやめろ」
海峡先輩は最後にそう懇願する様に私に告げると、もうこの場にはいたくないというかの様に去った。
残された私は一人孤独に空を眺める。
夜道とは違う澄んだ黒色はとても遠くどこまでも遠く手を伸ばせばそこに私もいけないかと試したけれどそんなことできるはずもなく虚空を切る。
その行為に笑ってしまう。
結局偉そうなこと言っても私は逃げたいだけなんだと。
「本当どうしようも無いな私は」
そう呟く独り言は誰にも届くはずないのにあり得ない返答が来た。
「そうでもないよ。少なくとも僕はそう思わないよ」
見上げていた幻想的な世界から現実の地上へ顔を下ろすとそこには私にとっての日常が居た。
「公男?」
空き地の入り口、先程まで月下忠光が立っていたその場所に同じように。
けれど同じ様に立っているのに月下の様な威圧感はまるでない。
月下は行く道を塞いでいる壁の様だったけれど公男はそこで待っているまるで私の帰りを迎えようとしている様な優しさを感じられる。
「なんでここに?」
力はなくかすれるほどに痩せ細った声だったけれど公男にはきちんと届いたのだろう彼は何が嬉しいのかいつもの様にハニカム。
「海峡がね星美がここにいるから迎えに行けって教えれくれたんだ。こんんなところにいないで早く家に帰ればいいのに」
公男はやれやれといった風に首を振る。
「海峡先輩に何も聞いてないの?」
「聞いたよ星美がここにいるって」
「そうじゃなくて・・・」
いつも通り優しく笑う公男を見るとなんと答えればいいのかが分からなくなる。
さっきまでの鉄の決意も公男の暖かさに溶かされ今にも無くなるそうだ。
そんなオドオドする私に公男はすっと近寄り私の手を取る。
「いいから帰ろう。僕たちの家に空人も待ってる。君の帰る場所はそこなんだから」
そうして私の返答など聞かずに手を引き歩き出す。
公男にしては少し強引で積極的な行動に私は抵抗することなどまるで頭から抜け落ちされるがままについていく。
硬く握られた手はまるで私を逃さまいとしている様で、非日常にいた私を強引に日常へ引き戻そうとしているかの様だ。
それが無意識なのかあるいは海峡先輩からなんらかの事を聞いたがゆえなのかそれは分からないけれど、その温もりがあまりに心地良くて私もまたその手を強く握り返した。
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