恋愛感情が乏しい魔女は背徳王太子のお妃さま~森に迷い込んだ少年を気まぐれで助けたら、十年後に彼と結婚することになりました~

虎柄トラ

文字の大きさ
上 下
2 / 29

第2話 森に住みし魔女

しおりを挟む
 ある日の朝、私は家から少し離れた野菜畑に向かう途中で、それはもう非常に珍しいものを見つけた。

「こんなところに子供が……見間違いじゃないわよね?」

 私が住んでいる場所は王都から東にそびえるグラシャル霊峰のふもとに広がる樹海。その最深部といってもいいくらいに深い、深いところに家を建てて、そこで一人暮らしをしている。

 私はあまり人間が好きじゃない、それはきっと私の暗い過去に関係しているからだと思う。 

 人間に会いたくない、会わないためにも私はこんな辺鄙へんぴな誰も訪れない樹海奥地を住処に選んだ。

 最初は不便だったけど、姉たちの協力もあって今ではもうここ以外の生活場所など考えられない、そう胸を張って言えるほどの快適な暮らしを実現している。

 おっと……いけない、いけない。どうも一人暮らしが長いせいか、すぐに自分の世界に入ってしまう。
 姉さんたちはどうやって、この問題を解決しているんだろう。また今度会った時にでも聞いてみよう。

 それはさておき……なぜこんな奥地に子供がいるのだろうか、手ぶらでしかもたった一人で。

 私がここで暮らすよりもずっと昔から、森の入口には『迷いの森に入るべからず』って書かれた大きな看板が立ってある。
 それにもし、文字が薄れて見づらくなっていたとしても、彼らは言い伝えに従って森に入ろうとはしないし、そもそも近づこうともしない。

『神が住まいしたる霊峰に立ち入らんとせし者は、山を守護せし森にて永久とわ彷徨さまようことになるだろう』

 この言い伝えはただの脅しじゃなくて、本当に入ったら生きて帰れないからやめておけよと、彼らの先人が杞憂きゆうして残してくれた警告文。

 その警告を破ってまで森に入ってきた愚かな子を助けてあげる必要などあるのだろうか……そんな悪魔のささやきが私の誘惑してくる。

 対して天使の言い分はというと、見つけてしまった以上助けないっていう選択肢はないか、しょうがないか……ほんの少しだけやる気のなさが垣間見えるものだった。

 住み始めた頃はちょっと遠出しただけで遭難したり、家に戻れなくなった時はキャンプをして一人夜を過ごした。本当に死んじゃうんじゃないかと心細くて眠れない夜もあった。

 あの時……カサンドラ姉さんが探しに来てくれなかったら、ほんとに死んでたかも……。
 
 目の前で生き倒れている子供がいなかったら、そんな怖くもあり嬉しかった記憶が呼び起こされることもなかった。

「……はぁ~、ここで見捨てたら、私たちをさげすんだあいつらと一緒になっちゃうわね」

 ほんと私の気まぐれに感謝なさいよ、人間の子よ。

 こうして私は手に入れる予定だった新鮮野菜を諦めて、その子供をおんぶして家まで連れ帰ることにした。

 天使の意見に耳を傾けたまではよかった……だけど、私は甘く見ていた。
 野菜の入ったカゴを持って帰るのと、子供ひとりを背負って帰るのでは、労働のレベルが段違いだということを……。

 子供を二階の寝室まで運びベッドに寝かせたところで、私の体力は尽きた……完っ全に尽きた、もう今すぐにでも横になりたい……何にもしたくない、もう甘いもの食べて寝たい。
 だからといって、そういうわけにもいかないのが常である。一人暮らしという自由を手にした代償として、何でもかんでも自分で全部しないといけないのだ。

 そう意気込んでドアを閉めて部屋を出たまではよかったんだけど、身体は正直といいますか……私は、糸の切れた操り人形のように、どっと力が抜けてしまいその場でへたり込んでしまった。

「まいった……立ち上がれそうにないわ」 

 え~っと、前言撤回します。気力だけではどうしようもない時もある。いまがその時かもしれない。

 やっぱりちょっとだけ、ほんのちょびっとだけ休ませてほしい、私は頑張りましたよ。だから、ちょっとだけいいじゃない。

 誰に対して懇願しているのか、許可を得ようとしているのか、自分でもよく分かりませんが、とりあえず言えることはしんどかったんです……心身ともに、ほんと。

 森で一人暮らししている私が体力的に問題があるとは思えない。薪割りとか畑作りとか、私一人で全部やっているんだから。つまり何が言いたいのかというとですね、きっと外的要因……あの人間の子が全ての元凶ってわけですね。いや、それだとあの子供だけが悪者扱いになるから、その言い方があまりいいもんじゃないわよね。

 あと見た目がカッコいいからって、急勾配な螺旋階段にした過去の私……ちょっと反省しなさい、のちのちその安易な発想で本当にもう大変な目に遭うわよ。

「疲れた、ほんとに疲れた。えっ、人間の子ってこんなに重たいの? 修道女の子たちはこんなに重たくなかったわよ? マジ意味わかんないんですけど。ははは……私は何を話しているのやら。一旦休憩しよ、思考も言語もめちゃくちゃになってる……もう無理だ」 

 私は身体が求めるがままに重たいまぶたをそっと閉じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

本日、訳あり軍人の彼と結婚します~ド貧乏な軍人伯爵さまと結婚したら、何故か甘く愛されています~

扇 レンナ
キャラ文芸
政略結婚でド貧乏な伯爵家、桐ケ谷《きりがや》家の当主である律哉《りつや》の元に嫁ぐことになった真白《ましろ》は大きな事業を展開している商家の四女。片方はお金を得るため。もう片方は華族という地位を得るため。ありきたりな政略結婚。だから、真白は律哉の邪魔にならない程度に存在していようと思った。どうせ愛されないのだから――と思っていたのに。どうしてか、律哉が真白を見る目には、徐々に甘さがこもっていく。 (雇う余裕はないので)使用人はゼロ。(時間がないので)邸宅は埃まみれ。 そんな場所で始まる新婚生活。苦労人の伯爵さま(軍人)と不遇な娘の政略結婚から始まるとろける和風ラブ。 ▼掲載先→エブリスタ、アルファポリス ※エブリスタさんにて先行公開しております。ある程度ストックはあります。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...