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第三章 最終都市防衛戦編
第四十三話 ココアという癒し
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心が落ち着くまでの間、少女はずっと僕の傍に居てくれた。僕は少女に感謝の言葉を伝えた後、クッキーを受け取りその場を後にした。
「まずはこの目で確かめないとダメだ」
あの子の母親のように消えたNPCがいないか確認するため、僕はこの街を端から端まで見て回った。街の住民全てを把握している訳ではないが、それでも交流があった人達の顔ぐらいは覚えている。
そして確認していった結果、少女の母親だけがこの街から消えていた。
街を見回り終えた僕は無意識にいつもの酒場に来ていた。カウンター席に座った僕は特に何かする事もなく、顎に手を乗せただ呆然と棚に並べられているボトルを眺めていた。
それからどれだけ時間が経ったのだろう。ふと、視線を下すと僕の目の前に白いカップが置かれていた。そのカップの内側は白と黒で綺麗に境が出来ていた。
カップに触れるとほんの少しだけ温かかった。
「いただきます。あぁ~、いつも通り甘くて美味しい……」
ここに通うようになってから、クッキーのお供として何度も飲んできたココア。楓御前、凪太郎の姉弟が来るようになってから追加されたメニューなのだが、もしかしたら僕が一番飲んでいるかもしれない。それほどまでにクッキーとの相性が抜群。
ココアを飲むたびに心が落ち着くのを感じる。何も無い空虚な世界から連れ戻されるような感覚。ココアを飲み終える頃には会話出来る程度には回復していた。
「ごちそうさまでした」
僕は空になったカップをソーサーに置き、黙々とグラスを拭くママに言葉をかける。ママは僕に笑顔を向けるだけで、それ以外反応がなかった。
いつものママなら食器を下げたりグラスを棚に戻したりと、テキパキ仕事をこなすのになぜか今日はゆっくりとしていた。
「あのさ……ママどうかした?」
僕は恐る恐るママにその事について問いかけた。すると、ママはおもむろに先ほどまでずっと拭いていたグラスを棚に置き、次に僕が飲み終えたカップを下げた。そしてカウンター越しに両手を伸ばし、僕の両肩を掴むとグッと自分の方に引き寄せる。
咄嗟の出来事に僕は反応出来なかった。
ガンッ!!パフッ!?
剛柔の感触が同時に発生していた。
何とも言えない柔らかい感触といい香りに包まれつつも、強く引っ張られた事でカウンターの角が腹部に食い込み痛みが走る。
拘束される事10秒が経過した時、パッとママは両手を離し僕を解放するのだった。
呆気に取られる僕に向かってママはいつも調子で話しかけてきた。
「タクトちゃ~ん、ココアのおかわりいる~?」
「うん……」
「は~い、どうぞぉ~」
「あぁ、ありがとう。うん、美味しい……じゃな~い!」
ホットココアが零れないようにカップをソーサーに置いてからそう叫んだ。僕の返しを聞いたママは両手を上げ大はしゃぎしている。
「うふふ、やぁっといつものタクトちゃんに戻ったぁ~!!」
その言葉を聞いた時、僕は今頃になってママの優しさに気づいた。ママは僕を元気づけるためにあんな突拍子もない行動に出た事に。
あのココアだって、僕があの席に着いてすぐに出されていたはず、しかもあのココアはまだ温かった。僕が気づかなかっただけで、きっとママは何度もココアを淹れなおしてくれていたのだろう。
それはつまりひと口も飲まずに冷めきってしまったココアをママは、ずっと黙って下げてくれていたという事。
「ありがとう、ママ。あと、心配をおかけしました」
「いいのよぉ~、それがママの仕事でもあるのだから~。でもぉ~、タクトちゃんがママに心配をかけたと思うのなら、今回はちゃ~んと『ホットココア』として飲んでねぇ~」
「はい、了解です」
湯気が立つカップにフーフーと息を吹きかけひと口飲むたびに、身体だけではなく心までもポカポカと温かくなるのを感じた。
ママは僕がココアを飲んでいる姿をずっとニコニコしながら見ている。それは僕がココアを飲み干すまで続いた。
「ごちそうさまでした」
「うふふ、美味しそうに飲んでくれてママも嬉しいわ~」
「美味しそうじゃなくて、本当に美味いよ」
「ほんとう~?」
「もちろん!」
そんな他愛もない会話を延々と続けた。いつもの僕だったら、途中で飽きてダンジョンに潜りに行きたい衝動に駆られていたはずだ。だけど、この時の僕はそんな些細な会話が本当に嬉しかった。
それは毎日ダンジョンに潜っていた僕が、その日課を忘れてしまうほど。
ただ心の奥底であの出来事を忘れるなと、喜ばずに嘆けという感情がずっと僕を戒めていた。
ピピピピピッ!ピピピピピッ!
「あれ、もうそんな時間?」
セットしていたアラームが正午になった事を知らせていた。僕はアラームを止めるため、目の前に表示された停止に視線を合わせた。
急に視線が正面に向いたまま動かなくなった僕を見たママは、不思議そうに首を傾げ問いかける。
「タクトちゃん、ど~したのぉ?」
「あ~、ちょっと用事が出来たみたい」
「あらあら、そうなのねぇ~」
「それじゃ、またね。ママ。あと……ココアありがとう」
「ココアなんていつでも淹れてあげるわよ~。いってらっしゃい、タクトちゃん♪」
「いってきます」
僕は酒場から出てママから見えない位置まで移動すると、昼食をとるためログアウトした。
そしてこの日を境にアーティファクト・オンラインの連続ログイン数は途切れた。
「まずはこの目で確かめないとダメだ」
あの子の母親のように消えたNPCがいないか確認するため、僕はこの街を端から端まで見て回った。街の住民全てを把握している訳ではないが、それでも交流があった人達の顔ぐらいは覚えている。
そして確認していった結果、少女の母親だけがこの街から消えていた。
街を見回り終えた僕は無意識にいつもの酒場に来ていた。カウンター席に座った僕は特に何かする事もなく、顎に手を乗せただ呆然と棚に並べられているボトルを眺めていた。
それからどれだけ時間が経ったのだろう。ふと、視線を下すと僕の目の前に白いカップが置かれていた。そのカップの内側は白と黒で綺麗に境が出来ていた。
カップに触れるとほんの少しだけ温かかった。
「いただきます。あぁ~、いつも通り甘くて美味しい……」
ここに通うようになってから、クッキーのお供として何度も飲んできたココア。楓御前、凪太郎の姉弟が来るようになってから追加されたメニューなのだが、もしかしたら僕が一番飲んでいるかもしれない。それほどまでにクッキーとの相性が抜群。
ココアを飲むたびに心が落ち着くのを感じる。何も無い空虚な世界から連れ戻されるような感覚。ココアを飲み終える頃には会話出来る程度には回復していた。
「ごちそうさまでした」
僕は空になったカップをソーサーに置き、黙々とグラスを拭くママに言葉をかける。ママは僕に笑顔を向けるだけで、それ以外反応がなかった。
いつものママなら食器を下げたりグラスを棚に戻したりと、テキパキ仕事をこなすのになぜか今日はゆっくりとしていた。
「あのさ……ママどうかした?」
僕は恐る恐るママにその事について問いかけた。すると、ママはおもむろに先ほどまでずっと拭いていたグラスを棚に置き、次に僕が飲み終えたカップを下げた。そしてカウンター越しに両手を伸ばし、僕の両肩を掴むとグッと自分の方に引き寄せる。
咄嗟の出来事に僕は反応出来なかった。
ガンッ!!パフッ!?
剛柔の感触が同時に発生していた。
何とも言えない柔らかい感触といい香りに包まれつつも、強く引っ張られた事でカウンターの角が腹部に食い込み痛みが走る。
拘束される事10秒が経過した時、パッとママは両手を離し僕を解放するのだった。
呆気に取られる僕に向かってママはいつも調子で話しかけてきた。
「タクトちゃ~ん、ココアのおかわりいる~?」
「うん……」
「は~い、どうぞぉ~」
「あぁ、ありがとう。うん、美味しい……じゃな~い!」
ホットココアが零れないようにカップをソーサーに置いてからそう叫んだ。僕の返しを聞いたママは両手を上げ大はしゃぎしている。
「うふふ、やぁっといつものタクトちゃんに戻ったぁ~!!」
その言葉を聞いた時、僕は今頃になってママの優しさに気づいた。ママは僕を元気づけるためにあんな突拍子もない行動に出た事に。
あのココアだって、僕があの席に着いてすぐに出されていたはず、しかもあのココアはまだ温かった。僕が気づかなかっただけで、きっとママは何度もココアを淹れなおしてくれていたのだろう。
それはつまりひと口も飲まずに冷めきってしまったココアをママは、ずっと黙って下げてくれていたという事。
「ありがとう、ママ。あと、心配をおかけしました」
「いいのよぉ~、それがママの仕事でもあるのだから~。でもぉ~、タクトちゃんがママに心配をかけたと思うのなら、今回はちゃ~んと『ホットココア』として飲んでねぇ~」
「はい、了解です」
湯気が立つカップにフーフーと息を吹きかけひと口飲むたびに、身体だけではなく心までもポカポカと温かくなるのを感じた。
ママは僕がココアを飲んでいる姿をずっとニコニコしながら見ている。それは僕がココアを飲み干すまで続いた。
「ごちそうさまでした」
「うふふ、美味しそうに飲んでくれてママも嬉しいわ~」
「美味しそうじゃなくて、本当に美味いよ」
「ほんとう~?」
「もちろん!」
そんな他愛もない会話を延々と続けた。いつもの僕だったら、途中で飽きてダンジョンに潜りに行きたい衝動に駆られていたはずだ。だけど、この時の僕はそんな些細な会話が本当に嬉しかった。
それは毎日ダンジョンに潜っていた僕が、その日課を忘れてしまうほど。
ただ心の奥底であの出来事を忘れるなと、喜ばずに嘆けという感情がずっと僕を戒めていた。
ピピピピピッ!ピピピピピッ!
「あれ、もうそんな時間?」
セットしていたアラームが正午になった事を知らせていた。僕はアラームを止めるため、目の前に表示された停止に視線を合わせた。
急に視線が正面に向いたまま動かなくなった僕を見たママは、不思議そうに首を傾げ問いかける。
「タクトちゃん、ど~したのぉ?」
「あ~、ちょっと用事が出来たみたい」
「あらあら、そうなのねぇ~」
「それじゃ、またね。ママ。あと……ココアありがとう」
「ココアなんていつでも淹れてあげるわよ~。いってらっしゃい、タクトちゃん♪」
「いってきます」
僕は酒場から出てママから見えない位置まで移動すると、昼食をとるためログアウトした。
そしてこの日を境にアーティファクト・オンラインの連続ログイン数は途切れた。
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