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第十九話 いつもの会話
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チュンチュンと心地いい小鳥のさえずりが聞こえ、窓からは日差しが顔めがけて降り注ぐ。だけど、その程度じゃあたしの眠りを妨げるほどの脅威にはならない。
それどころか外から聞こえてくる旋律は、まだ眠り足りないあたしにとっては夢の世界に誘う子守歌。
ほんの数秒この状況が続いていれば、フワッと気持ちよく意識を手放すことができたというのに邪魔が入った。
「おい、リーティア朝だぞ。そろそろ起きろ」
うるさい目覚ましのせいで、睡魔がまた少し遠のいてしまった。睡魔をもう一度こっちに引き寄せるためにも、まずはこの眩しい日差しから身を守らないと。
「……あと五分だけ」
あたしは目を閉じたままその邪魔者に返答すると、布団を顔の位置まで引っ張り上げた。
これで今度こそ二度寝ができると、そう思った矢先またあの目覚ましが鳴った。
「お前、その前もあと五分って言ってたぞ」
「あと五分で絶対に起きるから……母さん」
「――何寝ぼけてんだ。俺はお前の親じゃねぇえぇぇぇ!」
その怒号とともにあたしの至福の時間は終わりを告げた。癒しの布団が剥ぎ取られてしまったのだ。
「え~ん、えんえんえん。あたしの布団がなくなったよぉ~」
「そんな子芝居いいからさっさと起きろ!」
両手で顔を隠し泣いたふりをして同情を誘うがどうやら彼には効果がないらしい。まぁこれはやる前から分かり切っていたことではあったけど、少しぐらい戸惑ってくれてもいいじゃない。
「ロウ、子芝居はさすがにひどくない……分かった、分かりました。起きます、起きますよ」
「よろしい。じゃ、俺は朝飯を取りに行ってくるから、お前は俺が戻ってくる前に着替えを済ませておけよ」
そう言い残し部屋を出て行くロウファスを見送りつつ、あたしはベッドに寝っ転がったままググっと体を伸ばす。動かすたびにありとあらゆる箇所からポキポキと音が鳴り響く。
上半身を起こして正面に目を向けると、ロウファスが用意してくれた着替えがイスの上に置かれているのが見えた。
「綺麗に折りたたまれている時点で洗濯とかしてくれたんだろうし、感謝はしてるけど……何でアレ微妙に遠いとこに置いてあるのよ?」
あたしはそのことを不思議に思いつつもベッドから飛び降りると、ドア横の壁に背をピッタリとくっ付けているイスに向かう。彼が用意してくれていた着替えはもちろん王国騎士団の制服。右肩には、舌を出してお座りする狼が描かれたワッペンが縫い付けられている。
「この狼の絵……何度見ても子犬にしか見えないのよね。っと、こんなことしている場合じゃないわ。ロウが帰ってくる前に着替えておかないと、後で何を言われるか分かったもんじゃないわ」
手早く着替えを済ませたあたしはベッドに腰かけて、ロウファスが戻ってくるのを大人しく待つことにした。
それから数分が経過した頃、ドアの向こうから「着替え終わったかぁ~?」と問いかけてくる声が聞こえた。
あたしはその問いに「終わった~!」と元気よく答えると、彼は片手にお盆を持った状態で器用にドアを開けて入って来た。
ロウはベッドに座っているあたしを見るなり何か言いたそうな顔をしている。
「なに?」
「いや……お前な、俺が……まぁやめとくか」
「えっ、なによ。気になるじゃない、最後まで言ってよ」
「何でもねぇよ。ほら、スープが冷める前にさっさと食っちまえ」
ロウファスは朝ご飯が乗ったお盆を無造作にベッド横の机に置いた。
お盆の上にはふっくらと焼き上がったパンに湯気立つスープ、それにロウお手製のジャムが皿に添えられている。
朝ご飯を見た瞬間にお腹が『ぐぅ~』と鳴いた瞬間、気づいた時にはパンを掴みかぶりついていた。
そこから一心不乱にお腹の虫が収まるまで口を動かし続けた。
「ごちそうさまでした~、はぁ美味しかったぁ。もう食べられないわ~」
「残すだろうと思って多めに頼んでいたのを完食するとはな。三日も寝ていたやつの食事とは思えん食いっぷりで逆に感動すら覚えるよ」
「ふっふっふ、あたしに勝てるのは団員の中でもハイデンぐらいしかいないからね!」
「あ~、まぁそれもそうだな。それで、体調の方は問題なさそうか? いや、あれだけ食べることができるのなら問題ない……か」
「うん、いつもと変わりないわ。ただいつもよりも体がちょっとだけ重たい気はするかも?」
「まぁあれだけ眠り続けたら多少は鈍るかもしれないな」
朝ご飯に夢中で気づかなかったけど、床に脱ぎ散らかしていたはずの寝間着が無くなっていた。その代わりにどこか見覚えのあるカバンがイスの上に鎮座していた。
途中、ロウが何かを言っていた気がするけど、それよりも前方に見える狼ワッペンが縫われたカバンが気になる。
「ねぇねぇ、あのカバンってもしかしてあたしの?」
「あー、そうだよ。お前がさっき脱ぎ捨てた服もろもろが入ったカバンだ。じゃ、俺は食器を返しに行ってくるから、リーティアはそこでゆっくりしとけ」
「は~い」
ロウは空になった食器が乗ったお盆を持つと、そのままドアを開けて部屋を出て行った。
バタンとドアが閉まるのを確認したところで、ベッドに倒れ込もうとした最中、ギィーと鈍い音を出しながら徐々に開いていくドアの向こう側から「――寝るなよ?」と、それはもうとても低い声で念を押された。
あたしが背筋を伸ばし「あっ、はい。もちろんです」と答えると「よろしい」という声とともにドアはまたギィーという音を出し閉じていった。
さてさて、ロウに寝るなと釘を刺されてしまった。仕方ないベッドに寝っ転がるのはあきらめよう。
それにしてもやっぱりあれはあたしのカバンだったのね。というか、さっきまで食事に夢中で気づかなかったけど、ここってトリス村の宿屋よね。あたしって、何しにここに来たんだっけ……う~ん、思い出せないわね。なんか思い出そうとすればするほど、どんどん頭が痛くなってくるのよね。そうだ、あとでロウに聞いてみよう。
それどころか外から聞こえてくる旋律は、まだ眠り足りないあたしにとっては夢の世界に誘う子守歌。
ほんの数秒この状況が続いていれば、フワッと気持ちよく意識を手放すことができたというのに邪魔が入った。
「おい、リーティア朝だぞ。そろそろ起きろ」
うるさい目覚ましのせいで、睡魔がまた少し遠のいてしまった。睡魔をもう一度こっちに引き寄せるためにも、まずはこの眩しい日差しから身を守らないと。
「……あと五分だけ」
あたしは目を閉じたままその邪魔者に返答すると、布団を顔の位置まで引っ張り上げた。
これで今度こそ二度寝ができると、そう思った矢先またあの目覚ましが鳴った。
「お前、その前もあと五分って言ってたぞ」
「あと五分で絶対に起きるから……母さん」
「――何寝ぼけてんだ。俺はお前の親じゃねぇえぇぇぇ!」
その怒号とともにあたしの至福の時間は終わりを告げた。癒しの布団が剥ぎ取られてしまったのだ。
「え~ん、えんえんえん。あたしの布団がなくなったよぉ~」
「そんな子芝居いいからさっさと起きろ!」
両手で顔を隠し泣いたふりをして同情を誘うがどうやら彼には効果がないらしい。まぁこれはやる前から分かり切っていたことではあったけど、少しぐらい戸惑ってくれてもいいじゃない。
「ロウ、子芝居はさすがにひどくない……分かった、分かりました。起きます、起きますよ」
「よろしい。じゃ、俺は朝飯を取りに行ってくるから、お前は俺が戻ってくる前に着替えを済ませておけよ」
そう言い残し部屋を出て行くロウファスを見送りつつ、あたしはベッドに寝っ転がったままググっと体を伸ばす。動かすたびにありとあらゆる箇所からポキポキと音が鳴り響く。
上半身を起こして正面に目を向けると、ロウファスが用意してくれた着替えがイスの上に置かれているのが見えた。
「綺麗に折りたたまれている時点で洗濯とかしてくれたんだろうし、感謝はしてるけど……何でアレ微妙に遠いとこに置いてあるのよ?」
あたしはそのことを不思議に思いつつもベッドから飛び降りると、ドア横の壁に背をピッタリとくっ付けているイスに向かう。彼が用意してくれていた着替えはもちろん王国騎士団の制服。右肩には、舌を出してお座りする狼が描かれたワッペンが縫い付けられている。
「この狼の絵……何度見ても子犬にしか見えないのよね。っと、こんなことしている場合じゃないわ。ロウが帰ってくる前に着替えておかないと、後で何を言われるか分かったもんじゃないわ」
手早く着替えを済ませたあたしはベッドに腰かけて、ロウファスが戻ってくるのを大人しく待つことにした。
それから数分が経過した頃、ドアの向こうから「着替え終わったかぁ~?」と問いかけてくる声が聞こえた。
あたしはその問いに「終わった~!」と元気よく答えると、彼は片手にお盆を持った状態で器用にドアを開けて入って来た。
ロウはベッドに座っているあたしを見るなり何か言いたそうな顔をしている。
「なに?」
「いや……お前な、俺が……まぁやめとくか」
「えっ、なによ。気になるじゃない、最後まで言ってよ」
「何でもねぇよ。ほら、スープが冷める前にさっさと食っちまえ」
ロウファスは朝ご飯が乗ったお盆を無造作にベッド横の机に置いた。
お盆の上にはふっくらと焼き上がったパンに湯気立つスープ、それにロウお手製のジャムが皿に添えられている。
朝ご飯を見た瞬間にお腹が『ぐぅ~』と鳴いた瞬間、気づいた時にはパンを掴みかぶりついていた。
そこから一心不乱にお腹の虫が収まるまで口を動かし続けた。
「ごちそうさまでした~、はぁ美味しかったぁ。もう食べられないわ~」
「残すだろうと思って多めに頼んでいたのを完食するとはな。三日も寝ていたやつの食事とは思えん食いっぷりで逆に感動すら覚えるよ」
「ふっふっふ、あたしに勝てるのは団員の中でもハイデンぐらいしかいないからね!」
「あ~、まぁそれもそうだな。それで、体調の方は問題なさそうか? いや、あれだけ食べることができるのなら問題ない……か」
「うん、いつもと変わりないわ。ただいつもよりも体がちょっとだけ重たい気はするかも?」
「まぁあれだけ眠り続けたら多少は鈍るかもしれないな」
朝ご飯に夢中で気づかなかったけど、床に脱ぎ散らかしていたはずの寝間着が無くなっていた。その代わりにどこか見覚えのあるカバンがイスの上に鎮座していた。
途中、ロウが何かを言っていた気がするけど、それよりも前方に見える狼ワッペンが縫われたカバンが気になる。
「ねぇねぇ、あのカバンってもしかしてあたしの?」
「あー、そうだよ。お前がさっき脱ぎ捨てた服もろもろが入ったカバンだ。じゃ、俺は食器を返しに行ってくるから、リーティアはそこでゆっくりしとけ」
「は~い」
ロウは空になった食器が乗ったお盆を持つと、そのままドアを開けて部屋を出て行った。
バタンとドアが閉まるのを確認したところで、ベッドに倒れ込もうとした最中、ギィーと鈍い音を出しながら徐々に開いていくドアの向こう側から「――寝るなよ?」と、それはもうとても低い声で念を押された。
あたしが背筋を伸ばし「あっ、はい。もちろんです」と答えると「よろしい」という声とともにドアはまたギィーという音を出し閉じていった。
さてさて、ロウに寝るなと釘を刺されてしまった。仕方ないベッドに寝っ転がるのはあきらめよう。
それにしてもやっぱりあれはあたしのカバンだったのね。というか、さっきまで食事に夢中で気づかなかったけど、ここってトリス村の宿屋よね。あたしって、何しにここに来たんだっけ……う~ん、思い出せないわね。なんか思い出そうとすればするほど、どんどん頭が痛くなってくるのよね。そうだ、あとでロウに聞いてみよう。
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