上 下
8 / 84

約束は破るためにあるその2

しおりを挟む
 彼女の果ての無い時間潰しはこのまま永久に続くかと思いきや、おもちのある言動によって開始してから一時間も経たずに終了した。 
 天井を眺めていたリアムは自分の体の上で、先程から何やらゴソゴソと蠢くおもちが気になり視線を下ろす。そこで彼女の目に映ったものは、体を左右に揺らしながら徐々に胸元から腹部に移動していく白毛玉。柔らかな毛が肌に触れるたびに不快な刺激が少女を襲う。めくれ上がった服を整えれば即解決する話なのだが、そういった対策すら講じようとはせず不満を漏らす。

「――こそばゆいんやけど?」
「チュウ」
「気にするなって? そう言うんやったらどいてくれん?」
「チュー、チュッチュチュ!」
「そんなことよりも、創造主はいつ帰って来るんだって? そんなのリアムにも分からないよ!」

 この時、リアムは生まれて初めて声を張り上げ苛立ちをあらわにした。良くも悪くもおもちは感情表現が乏しい彼女から、怒りという感情を引き出すことに成功した。
 またこの質問はリアムがおもちに対して事あるごとに行っていた。しかし、その問いにおもちは一度も答えたことは無い。そもそも一日の大半を寝て過ごしている彼に質問を投げかけている時点で、回答など期待してはいけない。案山子に話しかけているのに等しい行為、だとしても訊かずにはいられなかった。それが今日に限って質問者と回答者が逆だったというだけである。そして、おもちが訊いていたということは、彼自身も創造主がいつ帰宅するか知らないことを意味していた。彼女にとって期待していた答えではなかったが、それとは別の期待、希望を見出す。

「もしかしてだけど、おもちもお母さんのことが心配なの?」
「チュチュウ。チュ、チュウチュウ!」
「そんなん当たり前だろ。つうか、アイツ迷子になってんじゃないかって? って、おもちアイツじゃないでしょ、お母さんでしょ!」
「……チュウ」
「分かればよろしい。いや、まさかお母さんに限ってそんなはず。でも、ずっと帰ってこないのは迷子になってるから?」

 おもちに言われるまで考えしなかった、考えようともしなかった発想。自分たちの親である創造主がそんなヘマをするとは到底思えない。自我が芽生え始めた頃からリアムは、創造主の言いつけに従い待っていれば、いつの日か自分のもとへ帰ってきてくれると、ただそれだけを信じて生きてきた。その考えは今でも変わっていないし、そうだと信じたい。だけど、おもちが放った言葉もまた正しいように思えた。外ではどうかは分からないが、家の中で創造主がテキパキと動いていたところなんて、一度も見たことがなかったからだ。まあリアムに対してだけは、倍速かと錯覚させるほどの手際の良さを発揮していたのだが、当の本人は全く記憶に残っていないらしい。

「――お母さん、案外どんくさかったかも」
「チュウ?」
「だろ? じゃないよと否定したいけど、おもちの言うことも強ち間違っていなさそうな気もする」
「チュチュ!」
「なに嬉しそうにしとんよ。ていうか、お母さんが本当にそれが理由でお家に帰ってこれないと言うのなら、リアムたちでお母さんを迎えに行こか!」

 リアムは話を区切り大きく息を吸い込むと、姿勢をそのままに拳を突き上げ高々に宣言した。それは彼女が創造主との誓いを破るということを意味していた。
 彼女が本気だと悟ったおもちは冗談だったと言えなくなってしまい、嬉しそうに旅支度をする少女をただ黙って眺めるしかなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ワイルド・ソルジャー

アサシン工房
SF
時は199X年。世界各地で戦争が行われ、終戦を迎えようとしていた。 世界は荒廃し、辺りは無法者で溢れかえっていた。 主人公のマティアス・マッカーサーは、かつては裕福な家庭で育ったが、戦争に巻き込まれて両親と弟を失い、その後傭兵となって生きてきた。 旅の途中、人間離れした強さを持つ大柄な軍人ハンニバル・クルーガーにスカウトされ、マティアスは軍人として活動することになる。 ハンニバルと共に任務をこなしていくうちに、冷徹で利己主義だったマティアスは利害を超えた友情を覚えていく。 世紀末の荒廃したアメリカを舞台にしたバトルファンタジー。 他の小説サイトにも投稿しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

INNER NAUTS(インナーノーツ) 〜精神と異界の航海者〜

SunYoh
SF
ーー22世紀半ばーー 魂の源とされる精神世界「インナースペース」……その次元から無尽蔵のエネルギーを得ることを可能にした代償に、さまざまな災害や心身への未知の脅威が発生していた。 「インナーノーツ」は、時空を超越する船<アマテラス>を駆り、脅威の解消に「インナースペース」へ挑む。 <第一章 「誘い」> 粗筋 余剰次元活動艇<アマテラス>の最終試験となった有人起動試験は、原因不明のトラブルに見舞われ、中断を余儀なくされたが、同じ頃、「インナーノーツ」が所属する研究機関で保護していた少女「亜夢」にもまた異変が起こっていた……5年もの間、眠り続けていた彼女の深層無意識の中で何かが目覚めようとしている。 「インナースペース」のエネルギーを解放する特異な能力を秘めた亜夢の目覚めは、即ち、「インナースペース」のみならず、物質世界である「現象界(この世)」にも甚大な被害をもたらす可能性がある。 ーー亜夢が目覚める前に、この脅威を解消するーー 「インナーノーツ」は、この使命を胸に<アマテラス>を駆り、未知なる世界「インナースペース」へと旅立つ! そこで彼らを待ち受けていたものとは…… ※この物語はフィクションです。実際の国や団体などとは関係ありません。 ※SFジャンルですが殆ど空想科学です。 ※セルフレイティングに関して、若干抵触する可能性がある表現が含まれます。 ※「小説家になろう」、「ノベルアップ+」でも連載中 ※スピリチュアル系の内容を含みますが、特定の宗教団体等とは一切関係無く、布教、勧誘等を目的とした作品ではありません。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

高校生とUFO

廣瀬純一
SF
UFOと遭遇した高校生の男女の体が入れ替わる話

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

「メジャー・インフラトン」序章3/7(僕のグランドゼロ〜マズルカの調べに乗って。少年兵の季節 FIRE!FIRE!FIRE!No2. )

あおっち
SF
 とうとう、AXIS軍が、椎葉きよしたちの奮闘によって、対馬市へ追い詰められたのだ。  そして、戦いはクライマックスへ。  現舞台の北海道、定山渓温泉で、いよいよ始まった大宴会。昨年あった、対馬島嶼防衛戦の真実を知る人々。あっと、驚く展開。  この序章3/7は主人公の椎葉きよしと、共に闘う女子高生の物語なのです。ジャンプ血清保持者(ゼロ・スターター)椎葉きよしを助ける人々。 いよいよジャンプ血清を守るシンジケート、オリジナル・ペンタゴンと、異星人の関係が少しづつ明らかになるのです。  次の第4部作へ続く大切な、ほのぼのストーリー。  疲れたあなたに贈る、SF物語です。  是非、ご覧あれ。 ※加筆や修正が予告なしにあります。

入れ替われるイメクラ

廣瀬純一
SF
男女の体が入れ替わるイメクラの話

処理中です...