6 / 84
変わらぬ日常その2
しおりを挟む
なぜ彼女が出支度をしているのかというと、それは今日が月に一度の買い出しの日だからだ。これは娘の定期検査が開始された二年前から変わっていない。そもそもこういう日を決めた理由も寂しさを紛らわすためだったりする。リアムが人形のように何をしても反応がなかった頃でも、触れたり話しかけたりと、一方的だったかもしれないにせよ、スキンシップをとることはできていた。ただその分、休眠状態に入ってしまうと自分だけがこの世界に取り残されたかのような喪失感に襲われた。その反動もあってか、買い出しに行くと毎回リアムの衣料品を爆買いしてしまう。
またこうやって予め決めていないと彼女の性格上、外出すらしなくなる可能性が非常に高い。実際にリアムが誕生するまでの数年間で、彼女が外出したのは片手で数えるほどしかない。それも実験用の器材が不足したことによって、やむを得ず、渋々、仕方なく外出していただけなのである。
彼女は鉱石で重たくなったビニール袋を片手に、まだハムスターを見下ろしている娘に声をかけた。
「リアム、お母さんは買い物に行ってくるから、ちゃんと留守番しとくんよ。誰が来ても絶対にドアを開けちゃダメやからね。まあ我が家に来客なんてないんやけど、万が一があるから。って、リアム聞いてる?」
声掛けされたリアムはゆっくりと顔を上げ「――何?」と問いかけた。その気の抜けた返答と呆けた顔を見た彼女は微笑し言い直す。
「って、やっぱ聞いてなかったか。めっちゃ考えごとしてるって顔してたもんね。えとな、お母さん今から買い物行ってくるから、留守番と誰が来ても絶対にドア開けたらダメっていう話をしてた」
「――了解した」
「あ~うん。それじゃ行ってくるわね。おもち、リアムのこと頼んだよ」
創造主から名を呼ばれたハムスターはすぐさま目を開き、尻尾を使って器用に二足で立ち上がった。その動作はついさっきまで寝ていたとは思えないほど素早いものだった。それから彼女に向かって短い前足を用いて敬礼したのち「チュウ!」と承諾の意を示すかのようにひと鳴きした。
リアムは首を傾げ「――おもち?」と背を向けるハムスターに声をかける。白毛で常に丸まって寝ているからという理由で『おもち』と名付けられたハムスター。おもちがここで暮らすようになってから一度も、創造主が外出する時に見送るどころか一瞥すらしたことがない。そのおもちが今回に限って、そんな行動をとったことに驚き、つい反射的に声が出てしまったのかもしれない。それと同時に不安な気持ちが広がる。前述の本を取りに行けなかった時の感情同様、この感情についても少女は理解できず困惑していた。ドアノブに手をかけ今にも外に出ようとする創造主にある言葉を口にした。それは少女が一度も発したことがない言葉だった。
「――お母さん、行ってらっしゃい」
「えっ……行ってきます? ていうか、いまリアムうちのことお母さんって呼んだ?」
「――否定、創造主と発言」
「い~や言いました、さっきお母さんってリアムは言ってました!」
「――否定、リアムは創造主と発言した」
「いやいやいやいや、うちが娘の言ったことを聞き間違えるわけないやん!」
「否定、否定、否定」
親子による不毛な言い争いが延々と続くなか、少女の太ももの上では律儀に敬礼し続けるハムスターの姿があった。
またこうやって予め決めていないと彼女の性格上、外出すらしなくなる可能性が非常に高い。実際にリアムが誕生するまでの数年間で、彼女が外出したのは片手で数えるほどしかない。それも実験用の器材が不足したことによって、やむを得ず、渋々、仕方なく外出していただけなのである。
彼女は鉱石で重たくなったビニール袋を片手に、まだハムスターを見下ろしている娘に声をかけた。
「リアム、お母さんは買い物に行ってくるから、ちゃんと留守番しとくんよ。誰が来ても絶対にドアを開けちゃダメやからね。まあ我が家に来客なんてないんやけど、万が一があるから。って、リアム聞いてる?」
声掛けされたリアムはゆっくりと顔を上げ「――何?」と問いかけた。その気の抜けた返答と呆けた顔を見た彼女は微笑し言い直す。
「って、やっぱ聞いてなかったか。めっちゃ考えごとしてるって顔してたもんね。えとな、お母さん今から買い物行ってくるから、留守番と誰が来ても絶対にドア開けたらダメっていう話をしてた」
「――了解した」
「あ~うん。それじゃ行ってくるわね。おもち、リアムのこと頼んだよ」
創造主から名を呼ばれたハムスターはすぐさま目を開き、尻尾を使って器用に二足で立ち上がった。その動作はついさっきまで寝ていたとは思えないほど素早いものだった。それから彼女に向かって短い前足を用いて敬礼したのち「チュウ!」と承諾の意を示すかのようにひと鳴きした。
リアムは首を傾げ「――おもち?」と背を向けるハムスターに声をかける。白毛で常に丸まって寝ているからという理由で『おもち』と名付けられたハムスター。おもちがここで暮らすようになってから一度も、創造主が外出する時に見送るどころか一瞥すらしたことがない。そのおもちが今回に限って、そんな行動をとったことに驚き、つい反射的に声が出てしまったのかもしれない。それと同時に不安な気持ちが広がる。前述の本を取りに行けなかった時の感情同様、この感情についても少女は理解できず困惑していた。ドアノブに手をかけ今にも外に出ようとする創造主にある言葉を口にした。それは少女が一度も発したことがない言葉だった。
「――お母さん、行ってらっしゃい」
「えっ……行ってきます? ていうか、いまリアムうちのことお母さんって呼んだ?」
「――否定、創造主と発言」
「い~や言いました、さっきお母さんってリアムは言ってました!」
「――否定、リアムは創造主と発言した」
「いやいやいやいや、うちが娘の言ったことを聞き間違えるわけないやん!」
「否定、否定、否定」
親子による不毛な言い争いが延々と続くなか、少女の太ももの上では律儀に敬礼し続けるハムスターの姿があった。
10
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
もうダメだ。俺の人生詰んでいる。
静馬⭐︎GTR
SF
『私小説』と、『機動兵士』的小説がゴッチャになっている小説です。百話完結だけは、約束できます。
(アメブロ「なつかしゲームブック館」にて投稿されております)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる